社会保険料や税金の負担を減らす手段のひとつに、マイクロ法人の設立が挙げられます。現在の個人事業の収入がいくらあれば、マイクロ法人を設立しても良いのでしょうか。結論は「扶養家族が居ないなら年間所得200万円から」「配偶者を扶養しているなら年間所得に関係なく」です。この記事では、マイクロ法人の設立でお得になる年収について解説します。
目次
マイクロ法人の目的は「社会保険料の最安化」
マイクロ法人とは、従業員を雇わず代表者1人で事業を行う会社を指します。一般的な会社が事業拡大を目的とするのに対し、マイクロ法人は事業拡大を目的としません。税金や社会保険料の軽減を主な目的とします。
マイクロ法人を設立した場合、代表者である自分への役員報酬を45,000円以下に設定すると社会保険料を最安にできます。役員報酬については記事の後半で解説するので、この章では社会保険料をいくら安くできるのか解説します。
社会保険とは「健康保険」「年金」などの総称
社会保険とは、以下5つの保険の総称です。一般的には、法人を設立すると5つすべてへの加入が義務付けられます。
- 健康保険
- 介護保険
- 厚生年金保険
- 労災保険
- 雇用保険
このうち、労災保険と雇用保険は経営者には適用されません。したがって社員が1人のマイクロ法人なら、健康保険(40歳以上なら介護保険も)と厚生年金保険に入ります。
健康保険と厚生年金は、個人事業主が入る「国民健康保険」と「国民年金」に比べて、保険料が安いのが特徴です。
社会保険料を最安にするなら「個人事業主+マイクロ法人」の二刀流
個人事業を法人化するだけでも社会保険料は節約できます。しかし、社会保険料を最も安くするには法人化ではなく、個人事業主を続けながら法人も運営する「二刀流」が必要です。
社会保険は報酬に応じて保険料が上がります。法人1本だと稼げば稼ぐほど保険料を多く支払わなければいけません。
収入は欲しいけど保険料は最低限にしたい。これを叶えるのが、個人事業と法人の併用です。主な生活資金は個人事業の収入から得ます。一方、マイクロ法人の役員報酬は最低限にし、支払う社会保険料を最低限にします。これが社会保険料を最安にする方法です。
二刀流の際は、法人と個人事業の業種は別にする必要があります。同じ業種だと、個人の収入を法人に分散させることになり違法です(所得税法第12条)。
例えば「個人事業主はITコンサル」「マイクロ法人はアフィリエイト」といったように、明確に異なる業種を設定するといいでしょう。
参考:所得税法(昭和四十年法律第三十三号)|e-Gov法令検索
サラリーマンは社会保険料の節約メリット無し
サラリーマンの場合、マイクロ法人を設立しても社会保険料の節約はできません。既に勤務先で社会保険に加入しているため、両方の会社で社会保険料の支払いが必要です。
しかし所得税なら減らせるケースがあります。それは副業(個人事業)の所得が800万円を超えたときです。所得税が法人税を上回るため、個人事業を法人化すると税負担を減らせます。その場合も、社会保険の節約メリットはありません。
参考:兼業・副業等により2カ所以上の事業所で勤務する皆さまへ|日本年金機構
マイクロ法人を検討するのは個人事業主の収入がいくらから?
法人には維持費が掛かります。社会保険料の最安化で浮いたお金が、法人の年間ランニングコストを上回るか試算しましょう。最低でも掛かる法人のランニングコストは、17万円です。
法人住民税の最低額 | 7万円 |
決算申告の依頼費用 | 10万円 |
合計 | 17万円 |
法人の決算申告を税理士に依頼する場合、安くても10万円ほど掛かります。自力で決算申告できる方はもっとコストを抑えられますが、あまり現実的ではないので税理士への依頼をおすすめします。
【税理士監修】法人が税理士に依頼する費用の相場はいくら?依頼内容別の相場と費用を抑えるポイントをご紹介!
参考:法人住民税|総務省
では、社会保険料を17万円浮かせられる年間所得はいくらからでしょうか。
扶養無しなら年間所得200万円ほどでマイクロ法人設立を検討
40歳未満で扶養する家族がいない場合、年間所得が200万円あれば社会保険料を17万円以上浮かせられるでしょう。個人事業主と二刀流の社会保険料を比べると以下の通りです(東京都渋谷区の40歳未満)。
前年所得 | 150万円 | 200万円 |
個人事業主の年間社会保険料 (国民年金+国民健康保険) | 20万3,760円+18万8,543円 =39万2,303円 | 20万3,760円+24万5,993円 =44万9,753円 |
二刀流の年間社会保険料 (厚生年金+健康保険+子ども子育て拠出金) | 19万3,248円+69,468円+3,792円=26万6,508円 | |
二刀流で浮くお金 | 39万2,303円-26万6,508円 =12万5,795円 →約13万円 | 44万9,753円-26万6,508円 =18万3,245円 →約18万円 |
※国民健康保険料は自治体によって異なる
※法人の保険料は折半額ではなく全額で計算する
40歳以上で介護保険料も納めている方は、上記の表よりも浮くお金が多くなります。自力で決算申告でき税理士費用が掛からない方も同様です。その場合、年間所得が200万円に届かなくても二刀流を検討してみてください。
参考:国民年金の保険料はいくらですか(令和6年度)|日本年金機構
参考:令和6年3月分~適用 ・厚生年金保険料率(東京都)|全国健康保険協会
配偶者を扶養しているなら所得に関わらずマイクロ法人設立を検討
個人事業主の場合、扶養家族分の国民年金と国民健康保険料も支払いが必要です。しかし法人の社会保険だと、扶養家族分の支払いはありません。
配偶者を扶養していれば配偶者の年金(年間約20万円)が浮くため、所得に関係なく法人のランニングコスト17万円を上回ります。
以下の表は、前年の所得が150万円の事業者(40歳未満)の場合です(東京都渋谷区)。扶養する家族がいない方や、子1人だけ扶養している方だと浮くお金は17万円に達しません。しかし、配偶者を扶養すると子無しでもお金が17万円以上浮くのが分かります。
前年所得150万円(40歳未満) | 扶養無し | 配偶者が扶養ではなく、小学生1人を扶養 | 配偶者が扶養ではなく、小学生2人を扶養 | 40歳未満の配偶者を扶養 | 40歳未満の配偶者と小学生2人の計3人を扶養 |
個人事業主の年間社会保険料 (国民年金+国民健康保険) | 20万3,760円+18万8,543円 =39万2,303円 | 20万3,760円+22万7,903円=43万1,663円 | 20万3,760円+28万0,383円=48万4,143円 | 20万3,760円×2人分+22万7,903円=63万5,423円 | 20万3,760円×2人分+25万4,143円=66万1,663円 |
二刀流の年間社会保険料 (厚生年金+健康保険+子ども子育て拠出金) | 19万3,248円+69,468円+3,792円=26万6,508円 | ||||
二刀流で浮くお金 | 39万2,303円-26万6,508円 =12万5,795円 →約13万円 | 43万1,663円-26万6,508円=16万5,155円 →約17万円 | 48万4,143円-26万6,508円=21万7,635円 →約21万円 | 63万5,423円-26万6,508円=36万8,915円 →約37万円 | 66万1,663円-26万6,508円=39万5,155円 →約40万円 |
※配偶者と子の所得はゼロとする
※国民健康保険料は自治体によって異なる
※法人の保険料は折半額ではなく全額で計算する
配偶者を扶養している方は、所得に関係なくマイクロ法人の設立を検討しましょう。「配偶者は扶養していないが扶養する子が2人以上いる」という方も同様です。
マイクロ法人の年収は90万円が目安!支出と同額を狙おう
社会保険料の負担額を最低限にするには、役員報酬も最低限にする必要があります。役員報酬とは、法人の役員に対して支給される報酬のことです。
一般的な会社の場合、役員報酬は役員の生活費を賄うために支給されます。しかしマイクロ法人の場合は、社会保険料の節約を目的として金額を設定するケースがあります。
役員報酬はいくらまで?月45,000円以下に設定しよう
社会保険料と所得税を最低限にするには、役員報酬を月11,411〜45,000円の範囲で設定しましょう。
まず社会保険料を最安にするには、役員報酬を月額63,000円以下に設定する必要があります(東京都の場合)。
しかし役員報酬が月11,411円以下だと社会保険料が天引きできず、社会保険に入れないので注意しましょう。
参考:令和6年3月分~適用 ・厚生年金保険料率(東京都)|全国健康保険協会
役員報酬は課税所得の対象となるため、所得税の確定申告が必要です。マイクロ法人の役員報酬は、個人事業主である自分が所得として受け取るからです。
税負担の発生を避けるため、所得税も0円を狙うことができます。役員報酬が年間55万円未満だと、役員報酬に対して所得税が掛かりません。給与所得控除の最低控除額が55万円だからです。
参考:給与所得控除|国税庁
したがって、役員報酬を月45,000円以下にすれば、年間54万円の所得となり所得税も掛かりません。以上を総括すると、役員報酬は月11,411〜45,000円に設定すると考えられます。
マイクロ法人の収入は年90万円〜を目安に支出と同額にする
マイクロ法人の年収は、役員報酬を含む経費や税金などすべての支出額と同額程度に抑え流ことができます。役員報酬は45,000円で据え置きですので、法人の年収が増えても課税所得だけが増えて支払う税金が増えてしまいます。
マイクロ法人を運営する上で最低限発生する支出は、以下が考えられます。
役員報酬 | 54万円 |
会社負担の | 約14万円 |
決算申告の 依頼費用 | 10万円 |
その他経費 | 約5万円 |
法人住民税の 最低額 | 7万円 |
合計 | 約90万円 |
ここに、役員社宅・出張旅費・固定資産税・税理士顧問契約料といった経費がプラスされれば、さらに支出が増えます。大事なのは、支出と年収を同額にして課税所得を増やさないことです。
年収の調整は難しいため、あえて赤字にする方法もあります。詳しくは下記の関連記事をご確認ください。
関連記事:マイクロ法人で赤字決算すると節税につながる?得られる効果や注意点、節税の具体例を解説!
マイクロ法人設立のデメリット
マイクロ法人は社会保険料を減らせるメリットがありますが、デメリットもあります。ここでは、主なデメリットを3点解説します。
将来貰える年金は少ないので自力運用が必要
支払う厚生年金保険料が最低限ですので、将来貰える年金額も最低限です。老後に備えるためには、社会保険の節約で浮いたお金を自分自身で運用しなくてはいけません。浮いた分を浪費しないようご注意ください。
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税制や保険制度は頻繁に変わるので毎年チェックが必要
マイクロ法人は現時点で節約に有効ですが、将来の制度改革によっては損になる可能性もあります。税率や保険料は毎年のように頻繁に変わるからです。収入と支出のバランスや役員報酬の適切額などを毎年チェックする必要があります。
設立時にも維持にも、手間とお金が掛かる
法人の設立手続きには、登録免許税などで10〜25万円ほど費用が掛かります。また、ランニングコストは年17万円ほどです。
実際に掛かる金額とは別に、手続きなどの手間も掛かります。自分が割く労力や専門家に依頼する額が節約額に見合うか、法人設立前にシミュレーションしましょう。
会社設立の手続きとは?会社設立から事業開始までの知っておきたい基礎知識をご紹介
マイクロ法人の節税メリットは税理士との予測が必須
この記事では、マイクロ法人で社会保険料を最安にする方法を解説しました。しかし、実際に節約できるか否かは事業の形態や家族構成、居住地などによって異なります。マイクロ法人を設立したらかえって苦しくなるケースもあります。
後悔しないために、設立前には必ず税理士と事前シミュレーションを行ってください。