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- 節分お化け~日本のハロウィーン~
小谷野です。
今週は節分でした。成田山新勝寺では恒例の成田屋(海老蔵と子供達)が、神田明神では音羽屋(菊之助親子)が豆まきをしたと報道されていました。
福を体に取り入れるために年の数だけ豆を食べるのは厳しい年代ですが、コンビニが平成に仕掛けた恵方巻き(節分に恵方を向いて黙って巻物を食べる)くらいはできそうです。
ところで、日本において節分の時期に仮装をして、厄払いをする儀式があることはあまり知られていません。
江戸時代に始まった「節分お化け」の儀式は昭和の時代には廃れてしまったそうです。
一方、ケルト人の1年の終わりにあたる10月31日に悪霊や魔女を追い出すために仮装するハロウィーンは、日本ですっかり定着しました。
日本の「節分お化け」の伝統を今も引き継いでいるのが、花街の芸妓衆です。
京都の花街に限らず、東京の花街でも1週間程度「節分お化け」イベントを行います。
普段は真面目に三味線で、唄、踊りを行う芸妓達が、仮装お笑いイベント(本来は厄除け儀式)の演者になります。
お世話になった向島の千代田さんでは、今年は歌舞伎の三人吉三をコメディータッチにした劇を見せてくれました。
向島話ですが、こちらの芸妓衆の踊りは、猿若流が多いようです。
近くの猿若町は浅草寺の北東にあたり、江戸時代の天保の改革(1841年)に江戸三座(中村座・市村座・森田座)が幕府から強制的に移転を命じられた場所です。猿若町の名前は、江戸歌舞伎創始者とされる猿若(中村)勘三郎の
名前からきています。
現在も、平成中村座として浅草寺の周辺で公演を行っているのはその名残です。
~ 仮装前でもお化けの、小谷野でした ~