退職金は老後の重要な収入源であるため、税金を抑える制度が整えられています。しかし、退職金に関する制度は複雑で、正しく理解しないと税負担が大きくなりかねません。特に、複数箇所から退職金を受け取る場合やiDeCoをしている人は注意が必要です。本記事では、退職金に関する所得控除の仕組みや5年ルールの内容、iDeCoを含めた受け取り方を詳しく解説します。
目次
退職金の仕組みと税金の基礎知識
退職金には勤務年数に応じた計算ルールがあり、退職所得控除が適用されます。退職所得控除により課税対象となる退職所得を減らし、税負担を抑えられます。まずは、退職金にかかる税金の仕組みを確認しましょう。
退職金にかかる税金とは
退職金には所得税、復興特別所得税、住民税が課税されます。税額は退職金の額面や受け取り方によって変動するため、退職金にかかる税金制度への理解が大切です。
特に、退職金を一括で受け取る場合には「退職所得控除」が適用されるため、課税対象の金額を大幅に減らして税負担を軽減できます。退職所得を計算するときに退職所得控除を差し引けば、課税所得額を減らせる仕組みです。
退職金の所得税率は金額に応じて段階的に設定されており、金額が大きいと税額が増えます。高額な退職金を受け取る前に、税負担を抑える方法を確認しましょう。
退職所得控除と適用方法
退職所得控除は退職金にかかる税負担を軽減する制度であり、控除の適用により課税対象額を減らせます。控除額は勤続年数に応じて計算方法が異なり、長期間継続して勤務した場合には大きな恩恵を受けられます。
退職所得控除額の具体的な計算方法は以下の通りです。
- 勤続年数が20年以下の場合:
退職所得控除額=40万円×勤続年数
※ただし、計算結果が80万円未満の場合は80万円 - 勤続年数が20年を超える場合:
退職所得控除額=800万円+70万円×(勤続年数-20年)
勤続年数の端数(1年に満たない月数)は1年に切り上げられます。例えば、勤続年数15年4ヶ月の場合は16年として計算します。
退職所得控除の適用には、正確な勤続年数を証明する記録が必要です。また「退職所得の受給に関する申告書」を事前に提出すると所得税が源泉徴収され、原則として確定申告は必要ありません。
参考:No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)|国税庁
短期退職手当等に該当する場合の課税退職所得
5年以内の短期退職をした場合には、課税退職所得の計算方法が異なるため、注意が必要です。一般的に、課税退職所得の金額を計算する際には、以下の方法で計算します。
<課税退職所得の計算方法>
課税退職所得額=(退職金-退職所得控除)×1/2
しかし、5年以内に退職した場合は退職金が短期退職手当等に適用されます。短期退職手当等に該当すると、退職金から退職所得控除を差し引いた金額が300万円以下か、300万円を超えているかによって課税退職所得の計算方法が異なります。
<短期退職手当等の場合の課税退職所得の計算方法>
- 退職金-退職所得控除=300万円以下の場合:
課税退職所得=(退職金-退職所得控除)×1/2 - 退職金-退職所得控除=300万円超の場合:
課税退職所得=150万円+(退職金-(300万円+退職所得控除額))
例えば、退職金800万円、勤続年数4年(退職所得控除は40万円×4年で160万円)の場合の課税退職所得の金額は以下の通りです。
課税退職所得=150万円+(800万円-(300万円+160万円))=490万円
支払う税金は上記の490万円に税率をかけて計算します。
上記のように短期間で退職すると、退職金の額によっては税制優遇メリットをあまり感じられない可能性があります。退職金を受け取る場合は、注意してください。
iDeCoの税制メリット
iDeCo(確定拠出年金)は老後の資産形成を支援する優れた制度であり、税制面で多くのメリットがあります。iDeCoでは、拠出金が全額所得控除の対象となり、課税所得が減少することで年間の税負担を軽減できます。
さらに、運用中に得られる運用益はすべて非課税となるため、長期的な資産運用においても有利です。受取時には、退職所得控除や公的年金等控除などの活用により、税負担を抑えられる可能性があります。
ただし、iDeCoは2024年12月末の税制改正大綱にて5年ルールが撤廃されると閣議決定がありました。iDeCoを受け取った後、10年以内に別の退職金を受け取ると、その退職金について退職所得控除を適用できなくなってしまう恐れがあります。
iDeCoを活用した節税とは?いくら節税できる?効果的な運用方法・シミュレーション・注意点などをご紹介
退職金の5年ルールとは
退職金の5年ルールとは、退職金を複数回受け取る際に5年超の期間をあけると、退職所得控除を再度受けられる制度のことです。5年ルールの詳しい仕組みや、税負担を抑えるための退職金の受取方法を解説します。
退職金の5年ルールの概要
5年ルールとは、退職金を受け取る際の税金に関する規定を指します。退職金を2回以上受け取る場合、一度受け取ってから5年超経過していれば、再度退職所得控除を受けられます。
退職所得控除が使えると税負担を大きく抑えられるため、退職金を複数回にわたって受け取る場合は、事前に受取時期や金額を確認しましょう。
退職金を5年以内に2回受け取る際の注意点
5年以内に2回退職金を受け取る場合、1社目と2社目の勤続期間に重複があると、2回目の退職金の退職所得控除額が調整されます。具体的には、1社目と2社目の重複期間に相当する退職所得控除額を2回目の退職所得控除額から差し引くことになります。
退職金を複数回受け取る場合は、5年超期間をあける方が税制面で得をすると覚えておきましょう。
19年ルールとの違い
退職金の19年ルールとは、企業型DCやiDeCoといった確定拠出年金を一時金で受け取る際の退職所得控除に関する規定です。iDeCoを一時金で受け取る場合、過去19年の間に退職金を受け取っていると、重複する期間の退職所得控除を受けられません。
5年ルールと19年ルールはいずれも、退職金や一時金を複数回受け取る場合の退職所得控除に関する規定を指します。違いをまとめると以下の通りです。
- 5年ルール(後に受け取るのが企業からの退職金の場合に適用)
→重複期間分の退職所得控除が受けられない - 19年ルール(後に受け取るのがiDeCoや企業型DCの一時金の場合に適用)
→重複期間分の退職所得控除が受けられない
確定拠出年金を一時金受取で考えている人は、受け取るタイミングを慎重に判断する必要があります。
iDeCoと退職金の損をしない受け取り方
退職後の生活資金を充実させるためには、iDeCoと退職金の受け取り方をあらかじめ計画する必要があります。税制メリットを最大限享受するための、iDeCoと退職金の受け取り方を解説します。
5年ルールを踏まえて受取時期を調整する
退職金を受け取る際は、5年ルールを踏まえた受取時期の調整が重要です。複数回にわたって退職金を受け取るのであれば、一度受け取ってから5年以上あけると退職所得控除を満額受けられます。
また、iDeCoなどからも一時金として受け取る予定がある場合、受取時期が重複すると税負担が増加する可能性もあるため、計画的な調整が必要です。iDeCoを先に受け取るのであれば、5年以上あけてから企業の退職金を受け取る方が節税効果が高まります。
なお、税制改正大綱によって10年ルールとなる可能性があるので、今後の動向に注意しなければなりません。
iDeCoの受取時期・受取方法を調整する
iDeCoおよび退職金を受け取る際は、受取時期の調整が重要です。
令和8年以降はiDeCoの退職金5年ルールが撤廃され10年ルールへと変更になります。
したがって、iDeCoを一時金として受け取った後、10年以内に勤務先から退職金を受け取ってしまうと退職金については退職所得控除を適用できなくなってしまいます。
iDeCoの受給開始時期は60歳から75歳であることを考えると、iDeCoを一時金として受け取ってしまうと退職金の税負担が重くなってしまう可能性もあるでしょう。
場合によっては、iDeCoを一時金ではなく年金方式で受け取ることも検討しなければなりません。
19年ルールを踏まえて受取順番を調整する
iDeCoや企業型DCを一時金で受け取る際は、19年ルールも考慮する必要があります。退職所得控除を満額で受けるには、以下の順番で退職金やiDeCoを受け取ると税制メリットを享受できます。
- iDeCoを受け取った5年後以降(10年の可能性あり)に企業からの退職金を受け取る
- 企業からの退職金を受け取った19年後以降にiDeCoを受け取る
ただし、iDeCoの一時金は60歳から75歳の間で受け取らなければなりません。最も遅い75歳で受け取る場合でも、退職所得控除を適用するには企業からの退職金を55歳までに受け取る必要があります。
企業からの退職金を55歳以降でしか受け取れない場合には、次に紹介する年金の併用も合わせて検討してみてください。
年金の併用も検討する
退職金とiDeCoを一時金として受け取る場合、19年ルールが適用されると、重複期間の退職所得控除が受けられず、税負担が増える可能性があります。iDeCoを一時金で受け取ると税金額が大きくなるようであれば、年金を併用するのも一つの手です。
年金として受け取る場合、65歳未満は公的年金と合わせて年間60万円以下、65歳以上であれば110万円までは税金がかかりません。しかし、これらの金額を超えると雑所得が発生して税金がかかる可能性があります。
退職金やiDeCoの受取を予定している人は、金額や年齢などを踏まえてあらかじめシミュレーションをしておきましょう。必要に応じて税理士など専門家のアドバイスを受けながら計画を立てるのがおすすめです。税金についてのお困りごとやご相談は、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。
退職金のお得な受け取り方は?「一時金」「年金」の選ぶポイント
退職所得控除額の計算シミュレーション
退職所得控除額は勤続年数やiDeCoの受け取り方などに応じて変わります。あらかじめシミュレーションをしておけば、税負担を抑えて手取り額増加につながるでしょう。具体的な事例をもとに、計算シミュレーションをしていきます。
勤続年数別の退職所得控除額
基本的な退職所得控除額は勤続年数に応じて異なります。特に、勤続年数が20年を超えるか否かで計算方法が変わるため、20年以下と20年超のケースで退職所得控除額を確認しましょう。
<勤続年数10年の場合>
退職所得控除額=40万円×10年=400万円
<勤続年数30年の場合>
退職所得控除額=800万円+70万円×(30年-20年)=1,500万円
上記の通り、勤続年数が20年を超えた年数分に対しては年間70万円の退職所得控除が適用されます。
5年以内に複数回退職金を受け取る場合
5年以内に複数回退職金を受け取る場合は、5年ルールが適用される可能性があります。5年ルールが適用されると、重複した勤続年数に応じて退職所得控除額が減額され、税負担が増えます。
例えば、以下の場合は退職所得控除額の減額対象です。
- A社に2000年4月1日入社、2020年3月31日に退職し、退職金2,000万円を受け取る(勤続20年)
- B社に2018年4月1日入社、2024年3月31日に退職し、退職金500万円を受け取る(勤続6年)
上記では、A社とB社の勤続年数の重複期間は2年(2018年4月1日〜2020年3月31日)です。退職所得控除額は年40万円なので、2年分の80万円はB社での退職所得控除額から差し引いて計算します。
<A社とB社の退職所得控除額>
- A社の課税退職所得控除額=40万円×20年=800万円
- B社の課税退職所得控除額=(40万円×6年)-80万円=160万円
退職所得控除が減額されるのは、勤続年数に重複があるケースのみです。勤続期間に重複がなく、仮に上記のケースでA社を2018年3月31日に退職し、その後すぐにB社へ転職していた場合は、B社における退職所得控除の減額はありません。
ただし、A社の勤続年数も減っているため、上記のケースではA社とB社を合わせた退職所得控除額は変わらないことになります。
退職金を受け取ってからiDeCoを受け取る場合
退職金を受け取ってからiDeCoを一時金として受け取る場合は、受け取り時期に注意が必要です。19年経過してから受け取ると、通常の退職所得控除が受けられますが、19年以内に受け取る場合は重複期間の退職所得控除が受けられません。
具体的な退職所得控除額をシミュレーションしてみましょう。例えば、勤続30年の人が55歳で退職金2,500万円を、その後60歳で加入期間15年のiDeCoの一時金800万円を受け取るケースで考えます。
まず、退職金に適用される退職所得控除額、課税対象となる退職所得は以下の通りです。
- 退職所得控除=800万円+70万円×(30年-20年)=1,500万円
- 退職所得=(2,500万円-1,500万円)×1/2=500万円
続いて、iDeCoの退職所得控除額の計算です。退職金を受け取ってから19年以内にiDeCoの一時金を受け取ると19年ルールが適用されます。45〜55歳の10年は雇用期間であり、iDeCoの加入期間でもあるため、重複期間として控除を減額します。
- 退職所得控除額=40万円×(15年-10年)=200万円
- 退職所得=(800万円-200万円)×1/2=300万円
上記の場合、退職所得300万円にかかる所得税や住民税などを支払わなければなりません。税負担を回避するために、退職所得控除額である200万円を一時金として受け取り、残りは年金として受け取るといった方法もあります。
iDeCoを活用する場合は受け取り方によって税負担が大きく異なるため、ライフプランに応じた事前の検討が大切です。
退職金で手取りを最大化する方法
退職金や年金の手取り額を最大化するには、税制優遇への十分な理解と戦略的な活用が重要です。退職所得控除を活用し、一時金の受取タイミングや年金との組み合わせを調整すれば手取りを増やせます。手取り額をできるだけ大きくする方法を解説します。
退職所得控除を最大限活用する
退職所得控除は、退職金を受け取る際の税負担を大幅に軽減する税制優遇措置です。控除額は勤続年数に応じて算出され、特に20年を超えて勤続すると有利な条件が適用されます。
退職金やiDeCoを一時金として受け取る場合は、退職所得控除の活用が手取り額アップにつながります。
控除額を意識して退職金と年金のバランスを調整する
退職金を一時金として受け取る際の退職所得控除を満額使い切るようであれば、年金と併用して受け取ると税負担の軽減につながります。年金形式で受け取れば定期的な収入源を確保でき、長期的な生活設計がしやすいでしょう。
一時金と年金のバランスを調整すれば、税負担を最小限に抑え、手取り額をアップさせられます。ただし、バランス調整のためにはご自身の現在の家計状況や将来の資産計画、税金制度への正確な理解などが必要です。
必要に応じて、ファイナンシャルプランナーや税理士といった専門家の意見を取り入れてください。
必要に応じて確定申告を行う
退職金を一時金として受け取った場合、確定申告をしないと退職所得控除が適用されないことがあります。退職金を受け取った企業へ「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、原則として確定申告は不要です。
しかし、退職所得の受給に関する申告書を提出していない場合、退職所得控除が適用されずに税金がかかってしまいます。退職所得控除は税負担を大きく軽減する制度なので、国税庁のサイトや資料を活用し、控除額を適切に計算した上で確定申告を行いましょう。
さらに、確定申告で医療費控除や寄付金控除なども受けられると、手元に残る金額を増やせます。申告に必要な書類を事前に準備し、正確な情報をもとに手続きを進めてください。
【税理士監修】医療費控除とは?申請・計算方法や他の制度との違いを解説
寄付金が税金対策になる?寄付金控除の仕組みや対象について解説
まとめ:退職金の5年ルールを活用して賢く節税
退職金は多くの人にとって老後の生活を支える大切な資産であり、退職所得控除の活用がポイントになります。退職所得控除を最大限活用するには、5年ルールや19年ルールを理解した上で、退職金の受け取り時期や金額の調整が大切です。
退職金はもちろん、iDeCoや公的年金といった制度を正しく理解し、賢く節税をしていきましょう。税理士へのご相談は、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。