源泉徴収制度は、給与や報酬の支払時に所得税や復興特別所得税を差し引く重要な仕組みです。しかし、源泉徴収が不要な場合もあり、基準が明確に定められています。この記事では、源泉徴収が必要、または不要になる支払いや注意すべきケースを解説します。誤って徴収してしまったときの対処法にも触れていますので、ぜひ参考にしてください。
目次
法人に課される「源泉徴収義務」とは

源泉徴収は、企業が給与や報酬を支払う際、所得税をあらかじめ差し引いて国に納める制度です。給与等を支払う企業に義務付けられており、適切に処理することが求められます。
報酬の支払い時に所得税額をあらかじめ差し引く
従業員などに給与や報酬を支払う際、法人は所得税および復興特別所得税を差し引いて納税する必要があります。所得を受け取る側に代わって法人が税金を納める仕組みで、所得税法で定められています。給与の支払い時には、従業員の所得税が天引きされ、その額は給与明細に記載しなければなりません。
また、従業員への給与だけでなく、業務を依頼している個人事業主への報酬についても、一定額が源泉徴収されることがあります。この場合、一般的には所得税の税率は10.21%と定められており、支払う金額からその割合で差し引かれた額が納付されます。ただし、個人事業主への報酬でも対象とならない支払いもあるため、注意が必要です。
参考:No.2110 事業主がしなければならない源泉徴収|国税庁
源泉徴収した所得税の納付期限は翌月10日まで
源泉徴収した税額は、原則として給与や報酬を支払った月の翌月10日までに税務署に納付する義務があります。例えば、4月25日に給与を支払った場合、5月10日が納付期日です。月末に報酬を支払う場合は、スケジュールがタイトになりがちであるため、注意しましょう。
1年間に従業員へ支払われた給与や税額は、「源泉徴収票」に記載されます。年末調整後に各従業員へ配布される重要な書類で、正確な税額の把握や控除の確認に必要なものです。
一方で、法人が弁護士や個人事業主などへ支払った報酬や契約金については、その詳細が「支払調書」に記録されます。支払調書は、税務署が課税の正確性を確認するための大切な資料として活用されるものです。これらの書類を期限内に作成・提出する必要があります。
納付が遅れると延滞税が加算される可能性がある
源泉徴収した所得税の納付が遅れた場合、延滞税が発生する可能性があります。納期限を過ぎてから完納日までの期間に応じたペナルティとして課され、支払うべき税金に加算されます。未納期間が長引けば長引くほど、延滞税の額は増加するため、注意が必要です。
また、納付しないことで、従業員や外部の所得受給者に迷惑がかかるケースもあります。例えば、医療費控除などを利用して還付申告を行う際、未納があると還付処理が遅れる可能性が生じるのです。税金の支払いを滞らせないよう、計画的な資金管理を行う必要があります。
万が一、納付が遅れそうな場合は、事前に税務署と相談し適切な対応を取ることを心がけましょう。
参考:延滞税の計算方法|国税庁
「納期の特例」を受けると納付回数を年2回に減らせる
毎月納付するのは手間ですが、給与や報酬を支給する従業員が10人未満の事業者であれば、源泉所得税の「納期の特例」の申請が可能です。本来は毎月の納付が必要な源泉所得税を、年2回にまとめて納付することが認められます。
具体的には、1〜6月に発生した源泉所得税を7月10日までに、7〜12月に発生した分を翌年1月20日までに納付すれば良い仕組みです。特例を利用することで、毎月の事務手続きが削減されるでしょう。
「納期の特例」を適用するためには、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を税務署に提出し、承認を受ける必要があります。申請は無料で、承認を受けた翌月以降分から適用されます。
ただし、半年分の源泉所得税をまとめて納付するため、納付期限に近づくと資金繰りに注意が必要です。納期の特例を受けた場合でも、納付期限を忘れずに管理しましょう。
参考:A2-8 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請|国税庁
源泉徴収が必要な支払いの例
源泉徴収は、特定の種類の支払いに対して必要ですが、それぞれ対象となる範囲や条件が異なります。以下に、主な例を挙げて詳しく解説します。
従業員への給与や賞与・役員報酬
従業員に支払う給与や賞与は、原則すべて源泉徴収の対象です。パートタイムやアルバイトなどの雇用形態に関係なく、社会保険料などを差し引いた1カ月の給与額が一定額を超える場合、徴収が義務付けられます。
また、役員に支払われる報酬も対象です。従業員と同じ基準が適用され、年間の所得税申告に先立って、給与や報酬から所得税が天引きされます。過剰に徴収された従業員や役員については、年末調整や確定申告で税金が還付される仕組みです。
一方、一定の範囲内で支給される通勤手当や旅費などの費用は、対象外です。例えば、出張費や交通費を実費精算する場合は、源泉徴収の必要はありません。
税理士や弁護士などの資格を持つ個人への報酬
税理士や弁護士、司法書士といった特定の資格を持つ個人に支払う報酬も、源泉徴収の対象です。これは、資格業務に基づく報酬・料金に適用される税法の規定に定められています。例えば、顧問料や手続き関連の報酬については、支払額に応じて10.21%を差し引く必要があります。
一方で、一部の資格者に対する報酬は、源泉徴収の対象から外れます。行政書士への報酬がその一例です。また、司法書士に支払う登記手数料や登録免許税などの費用は、報酬の一部ではないため対象から外れます。
また、個人ではなく法人に支払う場合も不要です。報酬の性質や支払先によって適用条件が異なるため、取引ごとに確認しましょう。
参考:No.2798 弁護士や税理士等に支払う報酬・料金|国税庁
個人のライターやデザイナーへの原稿料・講演料
記者・ライター・デザイナーなどに支払う原稿料やデザイン料、または講師などに依頼した講演料は、源泉徴収が必要です。たとえ報酬の請求書に明記されていない場合や、徴収しないよう求められた場合でも、必要なケースでは支払側に徴収する義務があります。ただし、支払い先が法人の場合は、源泉徴収する必要はありません。
対象となるのは、挿絵・デザイン・翻訳・通訳・写真・作曲など、個人のスキルを活かした業務に対する報酬が該当します。また、取材費・調査費・謝金・旅費・宿泊費といった名目で支払われる費用も、実態が原稿料や講演料として認識される場合には、対象です。
ただし、試験問題の出題料や答案の採点料など、一部の業務は対象から外れます。また、懸賞応募作品などに対する賞金についても、1人1回5万円以下の金額であれば徴収は不要です。
参考:No.2795 原稿料や講演料等を支払ったとき|国税庁
広告宣伝を目的とした50万円を超える賞金
「広告宣伝を目的として支払われる賞金」とは、事業者が製品やサービスの宣伝や販売促進を目的として個人に支払う報酬です。抽選で当たる賞品や、クイズ番組で個人に支払われる賞金などが該当します。
この場合、源泉徴収が適用されるのは、賞金額が50万円を超える場合です。支払額から50万円を差し引いた残りの金額に対して、10.21%の所得税および復興特別所得税が課せられます。例えば、賞金が60万円の場合、60万円から50万円を引いた「10万円に税率を乗じた額」を差し引かなければなりません。賞金額が50万円以下であれば、源泉徴収は不要です。
また、賞品を現物で支給する場合には、その価額を評価し、計算に使用します。小売販売価額の60%を適用する場合が多いですが、商品券やギフト券の場合は券面額を基準とします。
一方、旅行に招待する場合など、現金や物品以外の形態で提供されるものは、徴収は不要です。ただし、旅行の代わりに現金や物品を選べる場合は、選択された価額が課税対象とされます。
源泉徴収が不要な支払いの例

従業員や個人への支払いにも、源泉徴収が不要となるケースがあります。これには給与や報酬の金額や支払先の性質による基準が関係します。
1カ月で8万8,000円に満たない従業員への給与
従業員への給与が社会保険料控除後の金額で1カ月8万8,000円未満の場合、源泉徴収は不要です。国税庁が定める「給与所得の源泉徴収税額表」では、8万8,000円以上の給与について、税額を記載しています。
ただし、不要となるのは「扶養控除等申告書」を提出している場合に限定されます。未提出の従業員には、給与額に関係なく源泉徴収が義務付けられる点に注意が必要です。この場合、給与額の一定割合(3.063%)が差し引かれます。
この仕組みは主に低収入の従業員を対象としたものであり、書類の提出が条件となるため、給与計算時には確認を怠らないよう注意が必要です。なお、月収が基準を上回る場合でも、扶養親族の人数によって徴収額が0円になるケースもあります。
法人に対する支払い(馬主たる法人以外)
法人に対する支払いは、源泉徴収の対象外とされます。これは所得税が個人の所得に課される税金であり、法人には法人税が適用されるためです。ただし、例外として、馬主である法人に支払う競馬の賞金については、源泉徴収が必要です。
法人と混同しがちな支払い先として、法人格を持たない任意団体や屋号付きの個人事業主が挙げられます。しかし、これらは源泉徴収が必要となる場合があるため、注意が必要です。
また、支払い先の個人事業主が法人成りした場合、その法人への支払いは源泉徴収の必要はありません。ただし、年の途中で法人成りをした場合には、個人事業としての支払い分と法人としての支払い分を区別し、法定調書を提出する必要があります。
1回の支払いが5万円以下の謝礼金
謝礼金のうち、1回の支払い額が5万円以下の場合は不要です。この特例は、懸賞応募作品の入選者や新聞投稿の採用者に対する賞金等に適用されます。
このため、講演会やインタビューなどの謝礼金については、金額にかかわらず源泉徴収の必要がある点に注意しましょう。取材費や調査費、車代として支払われた金額も、実質的に報酬とみなされる場合には対象とされます。
また、謝礼金が消費税を含んでいる場合、税込金額を対象とします。ただし、請求書に「謝礼金」と「消費税額」が明確に区分されている場合は、税抜き額を基準に行うことが可能です。
個人が雇う常時2人以下の家事使用人への給与
個人が雇用する常時2人以下の家事使用人に対する給与や退職金の支払いでは、源泉徴収の必要がありません。家事使用人の給与は「事業所得」ではなく、「雑所得」として扱われることが一般的です。
ただし、雇用する家事使用人が常時3人以上になる場合は、源泉徴収義務が発生します。また、その場合には住民税の特別徴収も併せて行う必要があります。
家事使用人の具体例としては、ベビーシッターや家庭教師などが挙げられますが、支払先が法人や事業者の場合は、家事使用人には該当しません。この場合は、「外注費」として扱われることが一般的です。
源泉徴収が不要な支払いでも必要となるケース
基本的には不要なケースでも、特定の条件下では源泉徴収が必要になる場合があります。以下では、具体的な例を挙げて解説します。
「扶養控除等申告書」を提出していない
従業員が「扶養控除等申告書」を提出していない場合、源泉徴収が必要です。申告書が提出されている場合は、税額表の「甲欄」が適用され、扶養控除や基礎控除が考慮された税額が計算されます。
しかし、未提出の場合は「乙欄」となり、控除が適用されないため税負担が増えるのです。同じ給与額であっても甲欄と乙欄では毎月天引きされる税額が大きく異なります。
ただし、本来納めるべき所得税額が変わるわけではなく、従業員自身が確定申告することで納めすぎた税額が還付される仕組みです。
日雇い雇用者の日給が9,300円以上
日雇い雇用者の場合、1日あたりの給与が9,300円未満である場合は、源泉徴収は不要です。一方、日給が9,300円以上となる場合、「給与所得の源泉徴収税額表(日額表)」に基づき、源泉徴収が必要とされます。
ただし、この適用にはいくつかの条件があります。例えば、あらかじめ雇用契約期間が2カ月以内と定められている場合や、日々雇用される形態で2カ月を超えて継続的に支払がない場合が該当します。契約期間の延長や再雇用などによって2カ月を超えた場合は、適用基準が変わるため注意が必要です。
源泉徴収制度がある理由
源泉徴収制度は、税金の支払い漏れや徴収漏れを防ぐために設けられています。従業員個人が納税手続きを行う負担を軽減し、所得税の徴収が効率的に進められるメリットがあるのです。ここでは、制度がある理由について、解説します。
所得税の申告漏れを防ぐ
源泉徴収は、個々の納税者が申告を忘れるリスクを防ぐために効果的な制度です。特に給与所得者の場合、給与から所得税が天引きされるため、確定申告を行わずに納税できます。
さらに、通常は毎月定期的に行われるため、国税収入の時期に偏りをなくせる点においてもメリットがあります。税務署は効率的に税金を徴収できるだけでなく、納税者も税金の支払いを意識せずに済むのです。
徴税の手続き簡素化にもつながる
従業員個々に納税義務を課す代わりに、雇用主が一括して税金を天引きして納付するため、税務署が個別の申告書を受け付けたり、納税額を管理する手間が省けます。源泉徴収制度により、行政側の効率化と徴税コストの削減が両立するのです。
しかし、「本来は国が負担すべき徴税コストを事業主に転嫁している」との指摘もあります。実は、国際的に見ると年間の収入をもとに自分で税額を計算し、申告を行う「申告納税制度」が主流です。一方で、源泉徴収制度を採用している国は、日本をはじめ、ドイツ・インド・韓国など、ごく限られた国々にとどまっています。
納税者の負担を減らすメリットもある
多くの給与所得者は年末調整を受けることで、所得税の申告や納税の手続きを省略できる利点があります。給与所得者の納税意識を欠く面もありますが、申告の手間が省けることにメリットを感じる方も多いことでしょう。
また、支給時に税金が天引きされる仕組みは、多額の納税額が一括で発生する事態を避ける効果もあります。年末調整で税額が還付される場合もあり、一度に支払う税金の負担を軽減する点は納税者にとって大きなメリットと言えるでしょう。
源泉徴収が不要なのに徴収してしまった場合の対処法

不要であるにもかかわらず誤って源泉徴収を行った場合、まず「支払対象者がどの状況に該当するか」を確認しましょう。在職中の場合や離職中の場合で対応が異なるため、それぞれのケースに応じた対応を行う必要があります。
従業員が在職中の場合、年末調整の際に過不足分を調整し、正確な税額を確定するのが一般的な対応でしょう。その間、過剰に控除された場合には差額を還付し、不足の場合には追徴を行います。
一方、既に離職した場合や他社に再就職している場合、新しい雇用先の年末調整で精算されるため、正しい源泉徴収票を再発行する必要があります。転職していない場合には、本人が確定申告を行い、税額を調整するよう案内することも選択肢です。なお、徴収票の訂正が必要な場合は、税務署への報告が必要になるケースもあるため、注意しましょう。
源泉徴収の手続きに不安がある方は税理士へご相談を
事業者は、給与や報酬を支払う際、所得税を源泉徴収し、国へ納付することが義務付けられています。また、フリーランスや外部の個人への報酬の中にも、適用が必要なケースが多く存在します。必要な手続きを怠ると罰則が発生する可能性があるため、注意が必要です。
しかしながら、源泉徴収のルールは複雑であり、計算や事務手続きに手間取るケースも多いことでしょう。対応に不安がある場合は、私たち「小谷野税理士法人」が全力でサポートしますので、ぜひお気軽にご相談ください。








