個人事業主にとって、帳簿作成は避けては通れない義務です。正確な記録を怠ると税務調査の際に不利益を被るリスクがあります。帳簿には種類があり、初心者には煩雑に感じることでしょう。しかし、基本的な付け方をマスターすれば、決して難しくはありません。この記事では、初心者でも分かりやすい帳簿の基本と、効率的に作成するコツやおすすめの方法をご紹介します。
目次
帳簿とは?
帳簿とは、事業の収支を記録するためのツールで、経営の健全性を保つためには欠かせない存在です。どの業種においても作成する必要があり、取引が発生するたびに記載します。
帳簿作成は個人事業主の義務
個人事業主や法人に関わらず、すべての事業主にとって帳簿の作成は法的な義務です。帳簿を付けることで、税務申告の際に必要となる財務情報を正確に把握できます。
帳簿には、売上や経費、資産や負債などの金銭的な動きを記録することで、事業の財政状態や税金の正確な計算が行えます。もし、帳簿を付けずに申告を行った場合、納税額に誤りが生じて税務署から指摘を受けたり、追加で税金を支払うことになる可能性が高まります。
また、帳簿は事業の経済活動を客観的に示す証拠ともなるため、万が一の税務調査にも備えておく必要があります。
経営状況の正確な把握のために不可欠
帳簿を付ける最大の目的は、経営状況を正確に把握するためです。収入と支出を明確にすることで、事業の利益やキャッシュフローを正しく理解し、経営判断の基礎データとすることが可能です。
また、帳簿は将来の事業計画や予算策定のための重要な情報源です。資金繰りの計画を立てる際にも、過去の帳簿から得られるデータは非常に役立つでしょう。
帳簿が正確であるほど、経営の見通しを立てやすくなり、リスクを回避しやすくなるのです。
売上や経費が発生したタイミングで帳簿を付ける
帳簿は、売上や経費が発生したタイミングで記入することが大切です。売上がゼロの日など、必ずしも毎日付ける義務はありませんが、こまめに記録を付けることで、記入ミスや計算ミスを防げます。
特に、現金取引や小規模な取引が多い個人事業主の場合、後回しにすると記憶が曖昧になりがちです。そのため、できるだけ早めに記録を付ける習慣を身に付けておくと良いでしょう。
また、帳簿は税務調査の際にも重要な資料となるため、正確な記録が求められます。日々の小さな取引も見逃さず、しっかりと帳簿に記載しましょう。
関連記事:確定申告なのに帳簿を付けてない!個人事業主の最低限の対策は?
個人事業主で帳簿を付けてないとどうなる?
個人事業主にとって、帳簿を付けることは経営の基本です。では、帳簿を付けていない場合、どのような影響があるのでしょうか?
経営リスクや納税額が増える場合がある
帳簿を付けないと、収支が明確でないため、資金繰りが困難になる可能性が高いです。「どの商品やサービスが利益をもたらしているのか」「どの投資が無駄だったのか」を判断することも難しくなるでしょう。
また、帳簿を適切に管理していないと、支払う消費税が増えるかもしれません。消費税の計算では、「仕入税額控除」を適用すれば、自分が支払った消費税額から仕入れで支払った消費税分を引いて計算できます。ただし、仕入税額控除を受けるためには、帳簿や請求書などを保存しておくことが原則です。帳簿を付けていない場合はこの控除が受けられず、本来納めるべき税金より多く支払うことになるでしょう。
ペナルティが課される可能性も
未記帳の状態が税務調査で発覚した場合、ペナルティが科されます。まず考えられるのが「無申告加算税」や「過少申告加算税」です。これらは税額に一定の割合を乗じた金額が追加で課税されるもので、最悪の場合、税額の50%にも上ることがあります。
さらに、悪質なケースでは、税務署からの修正の可能性や、重加算税の対象となることもあります。税金の負担が大幅に増加するだけでなく、信用失墜にもつながりかねません。
遡って付けることも可能?
帳簿を遡って付けることは可能ですが、それには限界があります。過去の取引に関する領収書や請求書などを保管している必要があり、不足している場合には、正確な帳簿作成が難しくなるでしょう。
また、税務署からの指摘があった場合に備えるためにも、過去の記録を正確に反映させることが重要です。遡って帳簿を付ける際には、税理士などの専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。
関連記事:白色申告の帳簿の付け方解説|手書きやエクセルは可?記載例も
個人事業主が付ける帳簿の種類
個人事業主は、どのような帳簿が必要なのでしょうか。ここでは、青色申告者と白色申告者で異なる帳簿の種類とその特徴についてご紹介します。
青色申告と白色申告で異なる
個人事業主が税務申告をする際、青色申告と白色申告の二つの選択肢があります。どちらの申告方法を選ぶかによって、必要な帳簿が異なる点に注意が必要です。
以下の表で主な違いを見てみましょう。
帳簿 | 概要 | 青色申告 | 白色申告 | ||
65万円控除 55万円控除 | 10万円控除 | – | |||
主要簿 | 総勘定元帳 | すべての財務取引を詳細に記録し、個々の勘定科目ごとに取引を分類する。 | 必須 | 不要 | |
仕訳帳 | 日々の経済活動を取引ごとに記録し、後の集計の基礎となる。日付順に記載する。 | ||||
補助簿 | 現金出納帳 | 現金の収入と支出を記録する。現金の動きを正確に把握するために不可欠。 | 必要に応じて作成 | ||
預金出納帳 | 銀行口座の入出金を記録し、現金出納帳と合わせて資金状況を管理する。 | ||||
固定資産台帳 | 事業で使用する固定資産の詳細を記録し、資産の価値や減価償却を把握する。 | ||||
売掛帳 | 商品やサービスを提供したものの、まだ代金が支払われていない取引を管理する。 | ||||
買掛帳 | 商品やサービスを受け取ったものの、まだ代金を支払っていない取引を記録する。 |
青色申告を選ぶと、記帳の手間は増えますが、税務上の優遇措置を受けられます。個人事業主の青色申告について詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
関連記事:個人事業主の青色申告とは?いくらから必要?メリット・デメリットや帳簿の書き方などについて解説!
主要簿
主要簿とは、事業の経済活動を記録するための基本的な帳簿のことです。個人事業主が青色申告(10万円控除を除く)を選択した場合、以下の主要簿を付けることが求められます。
- 総勘定元帳:すべての取引を勘定科目ごとにまとめた帳簿で、財務状況の把握に不可欠
- 仕訳帳:日々の取引を記録する帳簿で、取引の日付・内容・金額・対応する勘定科目を記載
これらの帳簿は、確定申告時に収益や費用を正確に計算するために必要であり、青色申告特別控除を受けるためにも欠かせません。
一方、白色申告の場合は、これらの帳簿を正式に付ける必要はありませんが、収入と支出を記録した「収支帳」を作成することが推奨されています。
なお、確定申告の際には、総勘定元帳と仕訳帳を提出するのではなく、2つの帳簿をもとに作成した以下の書類を作成して提出します。
- 貸借対照表:一定時点の資産・負債・純資産の状況を示す
- 損益計算書:一定期間の収益と費用を対比させ、利益を計算する
作成した帳簿や書類は税務調査の際に必要となるため、決められた保存期間内(原則7年)は適切に管理しなければなりません。
補助簿
補助簿は、主要簿の詳細な記録を補完するための帳簿です。特定の勘定科目に関する詳細な情報を管理するために使用されます。例えば、以下の補助簿があります。
- 売掛金帳:売掛金の取引を顧客ごとに記録する
- 買掛金帳:買掛金の取引を仕入先ごとに記録する
- 固定資産台帳:固定資産の取得や減価償却、売却などの情報を記録する
青色申告をしている個人事業主は、正確な財務状況を把握するために、補助簿を付けることが望ましいとされています。補助簿を利用することで、主要簿だけでは把握しきれない細かな情報を記録し、必要に応じて迅速にデータを取り出すことが可能です。
補助簿を利用することで、主要簿だけでは把握しにくい細かな情報を管理し、より正確な財務分析を行うことが期待できます。
関連記事:個人事業主の青色申告とは?いくらから必要?メリット・デメリットや帳簿の書き方などについて解説!
個人事業主の帳簿の付け方
帳簿の記帳方法にも種類があります。それぞれの特徴を知った上で、自身にとって適切な方法を選択しましょう。
「複式簿記」と「単式簿記」
複式簿記は、取引を二つの視点から記録する方法です。例えば、商品を仕入れた場合、「仕入れ費用が増えた」と同時に「手元の現金が減った」という二つの事実を記録します。これにより、資産や負債、資本の変動を詳細に把握でき、財務状態の分析にも優れています。
一方、単式簿記はよりシンプルで、現金の出入りだけを記録します。収入があればプラス、支出があればマイナスとして記載するため、日々の現金流を追いやすいですが、複式簿記ほどの詳細な財務分析はできません。
「複式簿記」の付け方と具体例
複式簿記は、より詳細な財務状況を把握するための方法で、中規模以上の事業を営む個人事業主に適しています。複式簿記では、取引ごとに「借方」と「貸方」を記録し、資産・負債・資本・収益・費用の変動をバランスよく把握できるのが特徴です。
例えば、文房具を1万円で購入した場合、「事務用品費」として借方に1万円を記入し、同時に現金や銀行口座の減少を「現金」または「預金」として貸方に1万円記入します。
日付 | 借方 | 貸方 | 摘要 |
令和6年◯月◯日 | 事務用品費 10,000円 | 現金 10,000円 | 文房具 |
複式簿記では、取引を「原因」と「結果」に分けて考えます。上記の例では「現金で10,000円の文房具を買ったから(原因)、現金が10,000円減った(結果)」となります。借方と貸方が常にバランスを保つように記録していくのが複式簿記です。
「単式簿記」の付け方と具体例
単式簿記は、収入と支出を記録するシンプルな方法です。個人事業主の中でも特に小規模な事業や副業をされている方に適しています。
例えば、文房具を購入した場合、その支出を「経費」として記録します。また、商品を販売して得た収入は「売上」として記録します。これらの記録を日付とともに「現金出納帳」に記入していくのが一般的です。
具体的には、上記の文房具購入を単式簿記で記録する場合、以下のように記入します。
日付 | 勘定科目 | 金額 | 摘要 |
令和6年◯月◯日 | 事務用品費 | 10,000円 | 文房具 |
収入と支出を対応させることなく、単純に記録していくのが単式簿記の特徴です。
どちらの種類で付けるべきか?
どちらの簿記方法を選ぶかは、事業の規模や自身の会計知識、さらには時間的な余裕で決まります。小規模でシンプルな取引が主な事業であれば、単式簿記で十分な場合が多いです。
しかし、事業が成長し、取引が複雑になってくると、複式簿記の方が適してくるでしょう。また、将来的に法人化を考えている、投資家からの資金調達を目指しているなど、外部との財務報告が求められる場合は、複式簿記を採用することが望ましいです。
自分にとって管理がしやすく、事業の成長を見据えた方法を選びましょう。
個人事業主が自分で帳簿を付ける方法は3つ
個人事業主が帳簿を自分で付ける方法は3つあります。ここでは、それぞれの方法について詳しく解説します。
手書き
デジタル化が進む中でも、手書きで帳簿を付ける方法は根強い人気があります。手書きの最大の利点は、特別なツールやスキルが不要であることです。帳簿用紙や家計簿ノートを使い、日々の収支を記録していきます。
手書きによる方法は、書く行為によって支出を意識しやすくなる心理的な効果もあります。しかし、計算ミスや記入漏れが発生しやすい点、また保管や整理にも手間がかかる点はデメリットと言えるでしょう。
手書きは、小規模で取引の少ない事業主や、デジタルツールに馴染みのない方に適しています。
アプリ
最近では、帳簿管理を手軽に行えるアプリが数多く登場しており、レシートの撮影からデータ入力、さらには自動での仕訳までをサポートしてくれるものもあります。多くのアプリはクラウド上でデータを管理するため、どこからでもアクセス可能で、データの紛失リスクも低減されます。
また、グラフや表で視覚的に収支を確認できるため、経営状況を直感的に把握できるのも大きなメリットです。ただし、アプリによっては月額料金が必要な場合もあるため、自分の事業規模や必要機能を考慮して選ぶことが重要です。
エクセル
エクセルを使った帳簿管理は、柔軟性とカスタマイズ性に優れています。自分の事業に合わせた帳簿のテンプレートを作成し、必要な項目を自由に追加・編集できます。
また、エクセルには計算式を設定できるため、合計や消費税の計算などを自動で行うことが可能です。さらに、ピボットテーブル機能を使えば、複雑なデータも簡単に分析できます。
ただし、エクセルの操作にはある程度の知識が必要であり、テンプレート作成にも時間がかかることがあります。しかし、一度設定を行えば、効率的に帳簿管理を行えるでしょう。
関連記事:個人事業主の開業1年目、初めての確定申告の方法について
帳簿付けを効率化するためのコツ
帳簿付けは事業の健全な運営に不可欠ですが、手間や時間がかかる場合も多いでしょう。ここでは、初心者でも簡単にできる効率化のコツをご紹介します。
時間を節約するコツは毎日付けること
帳簿を付ける際には、毎日の習慣化が重要です。日々の取引をその都度記録することで、情報が新鮮なうちに正確なデータを残せます。また、毎日の小さな積み重ねは、月末や年末の大仕事を大幅に軽減します。
忙しい日でも、少なくとも取引の概要だけでもメモしておくと、後で詳細を追加する際に役立ちます。時間を有効に使うためにも、日々コツコツと帳簿を更新する習慣を身に付けましょう。
アプリやツールの活用も有効
デジタル技術の進化により、多くの帳簿記入アプリや会計ツールが登場しています。これらを活用することで、手書きでの記入に比べて時間を大幅に節約できます。
例えば、スマートフォンのカメラで領収書を撮影し、自動でデータを読み取ってくれるアプリもあります。また、クラウドサービスを利用すれば、いつでもどこでも最新の帳簿にアクセスでき、バックアップも自動で行われるため、データの紛失リスクの低減にもつながります。
自分のビジネススタイルに合ったツールを見付けて、導入を検討してみましょう。
領収書や請求書は適切に管理しよう
帳簿付けにおいて、領収書や請求書などの書類管理は欠かせません。これらの書類は、税務調査の際に重要な証拠となるため、適切に整理し、保管しておく必要があります。
具体的には、日付順や取引先ごとにファイルを分けるなどして、迅速に必要な書類を取り出せるようにしましょう。
デジタル化が進む現代では、スキャナーで電子化し、クラウドサービスに保存することも一つの方法です。物理的なスペースを取らず、検索も簡単に行えます。
個人事業主でも帳簿付けを税理士へ依頼することがおすすめ
帳簿付けは正確さが求められるため、初心者にとっては難易度が高い作業です。特に法律や税制が複雑な場合、専門家である税理士に依頼することで、正確かつ効率的な帳簿管理が可能となります。
税理士は税務申告のプロフェッショナルであり、節税対策のアドバイスも期待できます。費用はかかりますが、その分のリターンを得られる可能性も高いため、ビジネスの規模が拡大してきたら、税理士への依頼も検討してみる価値はあるでしょう。
帳簿付けに不安がある方や個人事業主の節税対策、資金調達などについて詳しく知りたい方は、私たち「小谷野税理士法人」が全力でサポートしますので、ぜひお気軽にご相談ください。