会社を設立し、多くの経営者が悩むのが役員報酬の金額です。特に10万円と8万円のどちらに設定するかによって社会保険料の負担額にも影響するため、役員報酬額には慎重な判断が求められます。本記事では、役員報酬10万円と8万円それぞれのケースにおける社会保険料や税金の負担をシミュレーションし、どちらが自社の状況にとって有利な選択肢となるのかを多角的に解説します。
目次
役員報酬の基本ルールと従業員給与との違い

役員報酬は、従業員に支払われる給与とは税法上の扱いや決定プロセスが大きく異なります。
従業員の給与は、業績に応じて昇給させたり、賞与を支給したりすることが比較的自由に行えます。
一方、役員報酬は会社法に基づいた決定方法に従わなくてはなりません。
損金算入するために理解しておきたい3つの役員報酬制度
役員報酬を会社の経費(損金)として計上するには、法人税法で定められた3つのいずれかの制度を満たす必要があります。
最も一般的なのが定期同額給与で、事業年度を通じて毎月同額を支払う方法です。
例えば、月々の支給額が固定であれば、損金算入ができます。
次は事前確定届出給与で、事前に具体的な支払額と支払日を税務署へ届出ると、特定の時期に決まった額の報酬が損金算入できる制度です。
例えば、賞与などは事前確定届出給与として扱えます。
最後に業績連動給与ですが、主に上場企業などが利用する方式のため、中小企業での適用はまれです。
株主総会の決議等で支給基準が明確に定められ、一定の業績指標に連動する場合のみ損金算入が認められます。
原則変更不可?役員報酬と給与の決定プロセスの違い
従業員の給与は、会社の業績や個人の評価に基づき、雇用契約の範囲内で比較的柔軟に変更できます。
一方、役員報酬は株主総会などの決議によって決定され、一度決めた金額は事業年度の終了まで変更できないのが大原則です。
役員が自身の報酬を操作して会社の利益を不当に圧縮することを防ぐために、役員報酬には税務上のルールが設けられています。
例えば、役員報酬を月額30万円と設定し、期中に業績が好転したからといって増額した場合、増額分は損金として認められません。
役員の職務内容の重大な変更や、経営状況が著しく悪化した場合など、例外的なケースを除いて役員報酬は変更できないため、期初の金額設定が重要です。
役員報酬額が社会保険料に与える影響の仕組み
役員報酬の金額は、社会保険料の負担額に直接影響します。
法人の役員は、原則として健康保険や厚生年金保険といった社会保険への加入が義務付けられているからです。
標準報酬月額とは?社会保険料の計算基礎を解説
標準報酬月額とは、健康保険料や厚生年金保険料を計算するために用いられる、基準額のことです。
毎月の役員報酬などの報酬月額を、一定の幅で区切られた等級に当てはめて決定されます。
例えば、東京都の場合、報酬月額が93,000円以上10万1,000円未満であれば標準報酬月額は98,000円です。
このように、実際の報酬額そのものではなく、等級表に定められた金額を基に保険料が算出されるため、報酬額が少し変動しただけでは保険料が変わらないこともあります。
標準報酬月額は、定時決定という毎年4月から6月の報酬を基にその年の9月から翌年8月までの標準報酬月額が決定される仕組みで、定期的に見直しが行われます。
会社と個人で折半する社会保険料の負担構造
社会保険料は、会社と役員個人がそれぞれ半分ずつ負担する労使折半が原則です。
健康保険料と厚生年金保険料を合計した金額が、毎月の役員報酬から天引きされる個人負担分と、会社が別途納付する会社負担分に分けられます。
例えば、算出された社会保険料の総額が約60,000円だった場合、役員個人が給与から約30,000円を天引きされ、会社も約30,000円を負担します。
したがって、役員報酬の金額を決定する際には、役員個人の手取り額が減るだけでなく、会社側にも同額の費用負担が発生することを念頭に置かなければなりません。
会社負担分は、会社の資金繰りに直接影響を与える固定費となります。
【比較】役員報酬10万円vs8万円!社会保険料と手取り額をシミュレーション

役員報酬を10万円にするか8万円にするかで、社会保険料や税金の負担、そして最終的な個人の手取り額はどのように変わるのでしょうか。
以下で、それぞれの場合をシミュレーションしていきます。
役員報酬10万円の場合の社会保険料と税金の概算
役員報酬を月10万(年収120万円)に設定した場合を考えます(40歳未満、東京都、扶養親族なしのケース)。
今回のケースでは、標準報酬月額は98,000円となり、健康保険料と厚生年金保険料を合わせた社会保険料の月額は約28,000円です。
社会保険料は会社と個人で折半するため、個人負担額は約14,000円、会社負担額も約14,000円となります。
また、年収120万円に対しては所得税と住民税が課税されます。
所得税の源泉徴収額は0円、住民税は月額約3,000円程度です。
結果、社会保険料と税金を差し引いた個人の手取り額は、月額約83,000円となります。
役員報酬8万円の場合の社会保険料と税金の概算
次は、役員報酬を月額8万円(年収96万円)に設定した場合のシミュレーションです(条件は同上)。
8万円のケースでは標準報酬月額は78,000円と88,000円となり、社会保険料の月額は約24,000円です。
会社と個人で折半するため、それぞれの負担額は約12,000円ずつとなります。
10万円のケースと比較すると、会社と個人の負担がそれぞれ月額約2,000円ずつ減らせます。
年収が96万円の場合は、給与所得控除や基礎控除を差し引くと課税所得が0円になるため、所得税はかかりません。
結果として、個人の手取り額は社会保険料を差し引いた約68,000円となります。
なお、住民税については、自治体ごとに非課税ラインが異なるため、該当する自治体の確認が必要です。
結局どちらがお得?会社負担と個人手取りの合計で解説
上記のどちらがお得かは、何を重視するかによって異なります。
会社の総支出(役員報酬+社会保険料会社負担分)で比較すると、10万円の場合は月額約11万4,000円、8万円の場合は月額約92,000円となり、8万円の方が会社のキャッシュアウトを約22,000円抑えられます。
一方、個人の手取り額は10万円の場合が約83,000円、8万円の場合が約68,000円となり、10万円の方が約15,000円多いです。
短期的な資金繰りを優先するなら8万円が有利ですが、個人の収入や将来の年金受給額を加味すると10万円にもメリットがあります。
役員個人と会社は一体であるため、両者の支出と収入のバランスを総合的に見て判断することが重要です。
役員報酬を月額10万円に設定するメリット
役員報酬を月額10万円に設定すると、8万円の場合と比較して社会保険料の負担は増加しますが、メリットも存在します。
報酬の増加は、将来を見据えた厚生年金受給や個人の信用問題にもかかわります。
将来受け取れる厚生年金の受給額が増える
役員報酬を高く設定するメリットの一つが、将来の年金受給額の増加です。
厚生年金保険料は標準報酬月額に比例して高くなりますが、支払った保険料の額と期間に応じて、老後に受け取る老齢厚生年金の額が決まります。
つまり、毎月の役員報酬から天引きされる厚生年金保険料が多いほど、将来の年金資産も増えます。
短期的な手取り額を優先して報酬を低く抑えると将来の年金が少なくなるため、老後の生活設計まで見据えた、バランスの取れた報酬額を検討しなければなりません。
社会的信用が向上しローン審査で有利になる可能性がある
役員報酬の金額は、個人の収入証明にもなります。
そのため、住宅ローンや自動車ローン、事業用の融資などを金融機関に申し込む際、審査における重要な判断材料の一つです。
報酬額が低いと、返済能力が低いと見なされたり、事業の安定性に疑問を抱かれたりする可能性があります。
役員報酬を10万円に設定すると、8万円の場合よりも年収が高くなるため、社会的信用が向上し、各種ローン審査で有利に働くことが期待できるでしょう。
特に、役員報酬以外に副業などの安定した収入源がない創業者にとっては、個人の信用力を示す上で報酬額が重要な意味を持ちます。
役員報酬を月額8万円に設定するメリット
役員報酬を月額8万円に設定すると、特に創業期の会社にとってはメリットがあります。
会社の支出を抑えられ、黒字化を目指しやすく銀行や取引先からの信用獲得にもつながります。
社会保険料の会社と個人負担を最小限にできる
役員報酬を低く設定するメリットは、社会保険料の負担が軽減できる点です。
社会保険料は標準報酬月額に基づいて算出されるため、報酬額を8万円に抑えると、10万円の場合よりも等級が低くなります。
社会保険料は会社と個人が折半するため、低い等級が適用されるとそれぞれの負担を削減できます。
創業期など、利益がまだ安定していない段階では、固定費である社会保険料の負担は会社にとって重荷です。
例えば、月々の社会保険料負担を低く抑えることで会社の資金繰りは大幅に改善され、事業への再投資に資金を回しやすくなります。
所得税と住民税が非課税になる
役員報酬を月額8万円(年収96万円)に設定すると、税法上のメリットがあります。
給与所得者の場合、2025年11月現在では年収が160万円以下であれば、給与所得控除(65万円)と基礎控除(95万円)を差し引いた後の課税所得がゼロになり、所得税がかかりません。(他の所得がない場合)
年収96万円は160万の範囲内に収まるため、所得税は非課税となります。
また、住民税についても多くの自治体で非課税限度額以下となるため、所得に応じた「所得割」が非課税になる可能性が高いです(自治体によって異なります)。
よって、報酬から天引きされる金額を社会保険料のみに抑えられ、手取り額の減少を最小限に食い止められます。
配偶者の扶養内で働けるケースがある
自身の役員報酬を低く抑えることで、配偶者の税法上の扶養に入れる場合があります。
配偶者控除や配偶者特別控除の対象となるには、本人の合計所得金額に要件があります。
例えば、給与収入のみの場合は、年収が123万円以下であれば配偶者控除の対象です。
役員報酬を年間96万円(月額8万円)に設定すれば、配偶者の扶養に入って所得税や住民税の負担が軽減されます。
役員報酬を低く抑える際に知っておくべき注意点
役員報酬を低く設定すると、社会保険料の抑制など短期的なメリットがあります。
一方で、長期的な視点で見るといくつかのデメリットやリスクも存在します。
老後の年金受給額が減少するリスク
役員報酬を低く抑えると、毎月支払う厚生年金保険料も少なくなります。
つまり、将来受け取れる老齢厚生年金の受給額が減少します。
日本の公的年金制度は、現役時代に納めた保険料が多いほど、老後の給付が手厚くなる仕組みです。
例えば、役員報酬を月額30,000円のような低水準で長期間設定し続けた場合、国民年金(老齢基礎年金)に上乗せされる厚生年金部分がごくわずかになり、老後の生活資金計画に不安が生じます。
老後資金のリスクを補うためには、iDeCo(個人型確定拠出年金)や小規模企業共済など、別の私的年金制度への加入を積極的に検討しましょう。
個人の生活費が不足する可能性
役員報酬は、経営者自身の生活を支えるための重要な原資です。
社会保険料の負担を軽減したいという理由だけで、役員報酬を極端に低い金額に設定してしまうと、個人の生活費が不足する事立つに陥りかねません。
生活費を補うために、会社から役員個人へお金を貸し付ける「役員貸付金」を利用する方法もありますが、利息の計上が必要になる上、金融機関からの評価を下げる要因にもなります。
また、個人の貯蓄を取り崩して生活を維持する状況が続けば、経営に集中できなくなる可能性もあるでしょう。
事業の継続性を考えても、役員が安定した生活を送れる最低限の報酬額は確保するべきです。
金融機関からの融資審査で不利になる場合がある
金融機関が会社に融資を行う際、決算書の内容だけでなく、経営者の状況も審査の対象となります。
役員報酬が社会通念上生活が困難と思われるほど低い水準に設定されていると、「会社の収益性が低く、役員に十分な報酬を支払えないのでは」「経営者の生活が成り立たず、会社の資金を私的に流用するリスクがあるのでは」といった懸念を抱かれるかもしれません。
特に、創業融資や追加融資を検討している場合は事業計画との整合性も問われるため、低すぎる役員報酬は信用力を低下させ、審査で不利に働く要因となり得ます。
報酬を低く設定する際は、理由を合理的に説明できる準備が必要です。
役員報酬額を決定する前に確認したい3つのポイント

役員報酬の金額設定は、一度決定すると事業年度の途中では原則として変更できないため、慎重な判断が求められます。
役員報酬額を決定する前に、以下の3点について見ていきましょう。
会社の利益計画に基づいた現実的な金額を設定する
役員報酬は、会社の利益から支払われる重要なコストです。
したがって、感情や希望的観測で金額を決めるのではなく、必ず事業計画や収益計画に基づいた客観的で現実的な金額設定が必要です。
まずは、年間の売上予測と仕入原価、その他の経費を算出し、どの程度の営業利益が見込まれるのかをシミュレーションします。
さらに、法人税の支払いなども考慮して、会社の資金繰りを圧迫しない範囲で役員報酬としていくらまでなら支払い可能かを判断します。
社会保険料の会社負担分も固定費として発生するため、報酬額面だけでなく、会社が負担する総額を意識して決定しましょう。
事業年度の開始から3ヶ月以内に決定する必要がある
法人税法上、役員報酬(定期同額給与)を損金として認めてもらうためには、役員報酬金額を事業年度の開始日から3ヶ月以内に決定するというルールがあります。
通常、金額の決定は事業年度開始後に開かれる定時株主総会で行われ、議事録を証拠として保管しておかなければなりません。
期間を過ぎてから役員報酬を決定したり、増額や減額の改定を行ったりすると、会計期間における損金算入が認められない可能性があります。
例えば、年間の役員報酬を96万円(月額8万円)と決めた場合、その決定プロセスを法的な要件に則って適切に行うことが、税務上のリスクを避けるためには重要です。
事業年度の途中で役員報酬を変更することは原則不可能
一度決定した役員報酬は、事業年度が終了するまで金額を変更できないのが大原則です。
理由としては、経営者が期末の利益状況を見て報酬額を変動させ、意図的に法人税額を操作するのを防ぐためです。
例えば、期初に月額30万円と設定した役員報酬を、業績が好調だからという理由で期中に40万円に増額したとします。
差額の10万円分は損金として認められずに会社側では法人税が、個人では所得税が課されて二重課税の状態になり、不利益が生じます。
役員の地位が変わる、経営状態が著しく悪化するなど、やむを得ない事情がない限り変更は認められないため、最初の金額設定が重要です。
まとめ
役員報酬を10万円に設定するか8万円に設定するかは、それぞれにメリットとデメリットが存在し、一兼にどちらが良いとは言い切れません。
役員報酬10万円の選択は、社会保険料の負担は増えるものの、将来の年金受給額の増加や社会的信用の向上といった長期的な利点があります。
一方、役員報酬8万円は、社会保険料と税金の負担を最小限に抑えられます。
創業期などのキャッシュフローが厳しい時期の会社と個人の手元資金を最大化する短期的なメリットも大きいです。
最終的な判断は、会社の利益計画や経営者のライフプラン、および将来の事業展開などを総合的に勘案して行う必要があります。
本記事で解説したシミュレーションや注意点を参考に、自社の状況に最も適した報酬額を慎重に決定しましょう。








