個人事業主で従業員が5人未満の場合、社会保険(健康保険・厚生年金)への加入は原則として不要です。ただし、従業員を1人でも雇う場合は、労働保険(雇用保険・労災保険)への加入が必要です。従業員5人未満の事業所でも、一定の手続きを踏むことで任意で社会保険に加入できます。本記事では、個人事業主の社会保険と労働保険の加入義務について、条件や具体的な手続き方法を詳しく解説します。
目次
従業員が5人未満の個人事業主は社会保険(健康保険・厚生年金)の加入義務はない

個人事業主の場合、従業員が5人未満であれば、社会保険(健康保険・厚生年金)への加入は原則として義務付けられていません。社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が法律で義務付けられている事業所を「強制適用事業所」と呼びます。
個人事業主の場合、農林水産業や一部のサービス業などを除き、常時5人以上の従業員を使用する事業所が該当します。したがって、従業員が5人未満の個人事業所は、原則として社会保険の強制適用事業所にはならず、加入義務はありません。
従業員が5人未満の個人事業所では、事業主は国民健康保険と国民年金に、従業員も各自で国民健康保険・国民年金に加入します。従業員が5人未満の個人事業主は社会保険加入の義務はありませんが、必要に応じて任意で加入しましょう。
ただし従業員を1人でも雇えば労働保険(雇用保険・労災保険)への加入は必須
従業員を1人でも雇う場合、社会保険とは別に労働保険(雇用保険・労災保険)への加入が必要です。労働保険は、従業員の人数に関係なく法律で義務付けられており、働く人の安全や生活を守るための制度です。労災保険は、パートやアルバイトも含めすべての労働者が対象で、業務中や通勤中のケガや病気に備えます。
一方、雇用保険は、週の所定労働時間が20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがある労働者が対象です。個人事業主が初めて従業員を雇う場合は、労働基準監督署やハローワークで労働保険の加入手続きを行わなくてはなりません。
労働保険の加入手続きが初めての場合、書類の記入ミスで受理されないこともあります。筆者の経験上、専門家への相談が無難です。
社会保険(健康保険・厚生年金)に任意で加入できる「任意適用」制度とは
「小さな事業所では社会保険は縁がない」と思われがちですが、実はそうではありません。強制適用事業所に当てはまらなくても、事業所が希望すれば社会保険に加入できる「任意適用」という制度があります。
任意適用を活用している小規模事業者は増えており、人材の定着にも効果があります。特にIT系やクリエイティブ系では、人材確保の差別化要素として効果を発揮しています。
任意適用を利用するには、加入を希望する従業員の半数以上の同意が必要です。事業主が管轄の年金事務所へ「任意適用申請書」を提出し、厚生労働大臣の認可を受けると、任意適用事業所として認められます。
小規模事業所でも、手続きを行えば社会保険のメリットを受けられるため、積極的に活用しましょう。
任意適用事業所になるための手続きと流れ
従業員5人未満の個人事業所が、任意適用事業所になるための手続きを見ていきましょう。任意適用事業所になるには、まず従業員へ制度を説明し、加入対象となる従業員の半数以上から同意を得ることから始まります。口頭での同意だけでなく、後日の証明のために同意書を作成しておくのが望ましいです。
次に、「健康保険・厚生年金保険任意適用申請書」と「任意適用同意書(従業員の半数以上の同意を証明する書類)」を作成します。あわせて、事業主世帯全員の住民票や事業所証明書といった添付書類を準備し、管轄の年金事務所に提出します。書類に不備がなければ、申請が認可され、任意適用事業所として社会保険に加入できます。
従業員を社会保険に任意加入させる3つのメリット

従業員を社会保険に任意加入させることは、事業主にとって保険料負担という側面がありますが、コスト面を上回るメリットもあります。特に、人材の確保や定着において有利に働くでしょう。
福利厚生を充実させると、従業員の安心感が高まり、人材の確保や定着にも有利に働きます。また、求人活動の際に企業の魅力をアピールする効果もあります。ここでは、任意加入で得られる主な3つのメリットを、具体的に見ていきましょう。
福利厚生の充実で人材確保につながる
社会保険への加入は、法定福利厚生の中でも特に重要な要素です。加入義務のない小規模な事業所が社会保険を完備していることは、従業員への配慮と受け取られ、応募者数が増える傾向があります。
社会保険には、国民健康保険にはない傷病手当金(病気やケガで働けない期間の所得保障)や出産手当金といった制度があります。社会保険の保障は、正社員だけでなくパートやアルバイトとして働く従業員にとっても安心材料です。
結果として従業員の満足度が向上し、離職率の低下につながります。さらに、新たな人材を採用する際のアピールポイントにもなるでしょう。
従業員の将来への不安を軽減できる
厚生年金に加入すると、従業員は国民年金(老齢基礎年金)に上乗せして老齢厚生年金を受け取れるため、将来の年金額が増加します。年金受給額の増加は、従業員の老後の生活設計における経済的な不安を和らげることにつながります。
障害を負った場合や、死亡した場合に厚生年金が支給されるなど、国民年金のみの場合よりも保障が手厚いです。事業主が任意加入を選択することは、従業員が安心して働ける職場環境を整備する上で効果的です。
求人応募で有利になる可能性がある
多くの求職者は、就職先を選ぶ際に福利厚生、特に社会保険の有無を重要な判断基準にしています。求人情報に「社会保険完備」と書くことは、他の小規模事業所との差別化や、採用の強みにつながります。特に、安定した雇用を求める人や扶養から外れて働く人にとって、社会保険は応募の明確な動機になるでしょう。
また、社会保険に加入していることは、事業所が法令を守り、従業員を大切にする健全な経営を行っている証でもあります。社会保険に加入できる点をアピールすることで、より質の高い人材からの応募が集まりやすくなります。
従業員を社会保険に任意加入させる2つのデメリット

従業員にとって多くのメリットがある社会保険の任意加入ですが、事業主の視点からは慎重に検討すべきデメリットも存在します。主なデメリットは、事業主が負担する保険料の増加と、加入や脱退に伴う手続きの手間です。
特に、従業員5人未満の小さな事業所では、コスト面の負担が経営判断に影響する場合もあります。加入を検討する際は、メリットとデメリットをしっかり比較するとよいでしょう。
事業主の保険料負担が増加する
従業員が社会保険に加入すると、事業主が負担する保険料が増加します。社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)は、従業員と事業主が折半する仕組みだからです。任意加入の場合は、事業主が全従業員分の半額を負担する必要があります。
保険料は従業員の給与額(標準報酬月額)に比例するため、従業員数や給与水準によっては負担が大きくなることもあります。任意加入を検討する際は、事前に資金計画やシミュレーションをしっかり行うことが大切です。
加入や脱退の手続きに手間がかかる
社会保険の任意適用事業所になると、事業主は様々な事務手続きに対応する必要があります。まず、任意適用を受けるための申請手続き自体に書類作成などの手間がかかります。また、新たに従業員を雇用した際には「資格取得届」を、従業員が退職した際には「資格喪失届」を提出しなければなりません。
さらに、年に一度、全従業員の報酬月額を届け出て保険料を再計算する「算定基礎届」の提出も義務付けられます。事務手続きは煩雑で専門的な知識も要するため、本業と並行すると負担となる場合があります。
任意加入を検討する際には、手続き負担を踏まえ、社会保険労務士への委託なども視野に入れることが重要です。
資金計画のシミュレーションなどでお困りの方は、初回無料相談をご利用ください。秘密厳守で専門の税理士が対応いたします。
従業員5人以下の個人事業主の社会保険に関するよくある質問
従業員5人未満の個人事業主が社会保険を検討する際には、様々な疑問が生じます。例えば、パートやアルバイトの扱いや、事業主が負担する保険料は経費にできるのか、といった点は特に気になるところでしょう。
また、将来的に事業が拡大し、加入義務が発生した場合に手続きを怠るとどうなるのかも知っておくべきです。ここでは、個人事業主から寄せられることの多い質問にQ&A形式で回答し、具体的な疑問の解消を目指します。
パートやアルバイトでも社会保険への加入は必要?
社会保険の適用事業所で働く場合、パートやアルバイトであっても、一定の要件を満たすと社会保険への加入が義務付けられます。基本的な基準は、1週間の所定労働時間および1ヵ月の所定労働日数が、通常の労働者の4分の3以上であることです。この基準を満たすパート・アルバイトは、本人の意思にかかわらず加入する必要があります。
なお、法改正により、大企業では短時間労働者にも加入義務が拡大していますが、個人事業主は、当面4分の3基準で判断します。パートやアルバイトでも、「働く時間・日数」によっては社会保険加入が必要であることを、理解しておきましょう。
従業員の社会保険料は経費として計上できる?
事業主が負担する従業員分の社会保険料は、全額を「法定福利費」という勘定科目で経費として計上可能です。常時5人以上の従業員を雇用する強制適用事業所だけでなく、任意適用を選択した従業員5人未満の事業所でも同様です。
従業員の社会保険料を経費計上することで、課税対象となる所得金額が減るため、所得税や住民税の節税につながります。ただし、従業員の保険料は経費計上できる一方で、事業主自身の保険料は事業の経費にはならない点には注意が必要です。
加入義務があるのに手続きをしなかった場合の罰則は?
加入義務があるのに事業主が手続きを怠ると、罰則を受けることがあります。健康保険法や厚生年金保険法では、6ヵ月以下の懲役または50万円以下の罰金が定められているためです。さらに、罰則が適用される前に年金事務所が調査を行い、職権で強制的に加入させられる場合もあります。
強制的に加入させられた場合、最大で過去2年分の保険料を一括で徴収されることになります。過去2年の保険料だけでなく延滞金も加算されるため、経営への影響は大きいです。罰則が科されないよう、加入義務が生じたら速やかに手続きを行いましょう。
まとめ
従業員が5人未満の個人事業主では、社会保険への加入は任意ですが、労働保険は従業員を1人でも雇用すれば加入が必須です。社会保険に任意で加入する「任意適用」は、従業員の半数以上の同意を得て申請する必要があります。また、任意加入は事業主の保険料負担が増える一方、福利厚生の充実による人材確保や定着率向上につながるメリットもあります。
近年の法改正の流れを見ても、中小企業や個人事業主に対して社会保険加入を求める方向に進んでいることは明らかです。「今は任意だから大丈夫」と考えるのではなく、将来を見据えた早めの準備が、経営の安定と従業員の安心につながります。
個人事業主の社会保険加入によるシミュレーションについてのお困りごとやご相談は、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。








