個人事業主が従業員を雇用する場合、「社会保険に入らなければならないのか?」と疑問に感じる方は多いでしょう。特に、常時雇用する従業員が5人以上か5人未満かという点は、加入義務を判断する重要な基準です。さらに、事業の業種や法人化の有無によって社会保険の扱いは変わるため、判断に迷う場合があります。本記事では、社会保険への加入が義務付けられる条件や法人との違いをわかりやすく解説します。
目次
個人事業主における社会保険の基本

社会保険は、個人事業主本人と従業員とで加入する保険制度が異なる点を押さえておくことが重要です。制度を誤解したまま運営していると、「未加入状態で放置して追徴金を請求される」といったリスクもあるため注意しましょう。
個人事業主本人と従業員では加入する保険制度が異なる
個人事業主本人と従業員では、加入する保険制度が異なります。個人事業主本人は、原則として市区町村が運営する国民健康保険と国民年金に加入します。個人事業主は、会社等に雇用される労働者ではないため、対象になりません。
一方、個人事業主の従業員は、事業所が社会保険の適用事業所であれば、健康保険と厚生年金に加入します。
社会保険と労働保険の2種類を理解しよう
従業員の雇用を検討している個人事業主は、社会保険と労働保険の2種類を正しく理解することが重要です。一般に社会保険といわれる制度は、狭い意味での「社会保険」と「労働保険」の2つに大別されます。
両者を混同すると、加入義務や手続きの範囲を誤解する恐れがあるため、注意しましょう。
【従業員数別】個人事業主の社会保険加入義務を徹底解説

個人事業主の社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入義務は、主に常時雇用する従業員人数で決まります。ここでは、従業員数や業種ごとに加入義務の違いを詳しく見ていきます。
従業員が常時5人以上いる場合の加入義務(強制適用事業所)
個人事業所であっても、従業員が常時5人以上いる場合は、社会保険への加入が義務付けられます。社会保険の「強制適用事業所」という仕組みにより、事業主の意思にかかわらず健康保険と厚生年金保険に加入しなくてはなりません。
ただし、強制適用事業所は後述する法定16業種に該当する場合の規定です。また、加入対象となる従業員は、正社員だけではありません。正社員の4分の3以上の勤務時間・勤務日数のパートやアルバイトも、「1人」としてカウントされます。
従業員数が5人以上の場合は、個人事業所であっても社会保険への加入義務を正しく理解することが大切です。
従業員が5人未満の場合の加入義務(任意適用事業所)
常時使用する従業員が5人未満の個人事業所は、社会保険の強制適用事業所には該当せず、社会保険の加入義務はありません。加入義務がない以上、従業員は各自で国民健康保険と国民年金に加入する必要があります。
しかし、加入義務がない事業所でも、従業員の福利厚生を充実させる目的で社会保険に加入することが可能です。従業員の半数以上の同意を得て年金事務所に申請し、厚生労働大臣の認可を受けることで「任意適用事業所」になれます。
ただし、一度任意適用事業所になると、原則として脱退はできません。
社会保険への加入が義務付けられている業種
従業員が常時5人以上いる個人事業所でも、すべての業種で社会保険への加入が義務付けられているわけではありません。社会保険への加入が必要なのは、法律で定められた「法定16業種」に該当する場合です。主に以下の業種が該当します。
- 製造業
- 土木建築業
- 鉱業
- 電気ガス事業
- 運輸業
- 物品販売業
- 金融保険業
- 士業(2022年10月の改正で追加)
将来的に、さらに対象範囲が広がる可能性があるため、今後の法改正動向にも注目が必要です。法定16業種は事業の継続性が高く、従業員保護の必要性が高いと判断されているため、加入が義務化されています。自らの事業がどの業種に分類されるかを正確に確認し、必要に応じて社会保険加入手続きを行うことが必要です。
社会保険への加入が任意となる業種
法定16業種に該当しない事業を営む個人事業所は、たとえ常時雇用する従業員が5人以上いても、社会保険の強制加入の対象とはなりません。具体的には、農林水産業、飲食業、理容・美容業、旅館や映画館などの興行、宗教事業などがあります。
これらの事業所は、社会保険への加入が任意となっており、事業主の判断に委ねられます。ただし、強制加入が免除されている業種でも、従業員の半数以上の同意があれば、任意適用事業所として社会保険に加入可能です。
個人事業主本人はどの社会保険に加入するのか

これまで従業員の社会保険について解説してきましたが、個人事業主本人が加入する保険制度は従業員とは別物です。個人事業主は、国民皆保険・国民皆年金の制度に基づき、市区町村の国民健康保険と、日本年金機構の国民年金に加入します。
国民健康保険と国民年金への加入が基本となる
個人事業主本人は、原則として国民健康保険と国民年金に加入します。個人事業主は、企業に雇用される会社員とは異なり、健康保険や厚生年金保険の被保険者にはなれません。
医療保険としては市区町村が運営する国民健康保険に、年金制度としては国民年金に第1号被保険者として加入します。保険料は、所得に応じて決まる国民健康保険料と、定額の国民年金保険料を全額自己負担で納める必要があります。
個人事業主は労災保険や雇用保険に原則加入できない
労働保険である労災保険と雇用保険は、本来、労働者の保護を目的とした制度であるため、個人事業主本人は原則として加入できません。したがって、業務が原因でケガや病気になったとしても、労災保険からの給付は受けられません。
事業を廃止して失業状態になった場合でも、雇用保険から基本手当(失業手当)を受けとることは不可能です。ただし、労災保険には「特別加入制度」という例外があり、条件を満たせば加入できる場合があります。
法人化すると社会保険はどう変わる?個人事業主との違い
個人事業から法人成りして会社を設立すると、社会保険の扱いは大きく変化します。個人事業主が加入するのは、国民健康保険と国民年金ですが、法人化した事業主が加入するのは健康保険と厚生年金です。
ここでは、法人化による社会保険制度の具体的な違いについて解説します。
法人成りすれば事業主も健康保険・厚生年金に加入する
法人化した事業所は業種や従業員数にかかわらず、法律上、社会保険の強制適用事業所として扱われます。原則として、たとえ社長1人だけの会社であっても同様です。
法人から役員報酬を受け取る事業主(社長)は、被保険者として健康保険と厚生年金保険に加入する義務が生じます。個人事業主のときには加入できなかった厚生年金に加入することで、国民年金に上乗せされる形で将来の年金受給額が増加します。
保険料は会社と個人で半分ずつ負担する
法人化すると、健康保険料と厚生年金保険料は、会社と個人で半分ずつ負担する仕組み(労使折半)に変わります。個人事業主時代の全額負担とは大きく異なるため、注意しましょう。
労使折半の保険料は、役員報酬や給与をもとに決まる標準報酬月額で算出されます。会社が負担する半額分は経費(法定福利費)として計上できるため、法人税の節税効果も期待できます。
事業主と従業員の視点から見る社会保険加入のメリット
社会保険への加入は、事業主の視点では保険料負担という義務が伴います。事業主にとって、確かに保険料の負担は重く感じられるかもしれません。
しかし、その一方で制度に加入することは、事業主と従業員の双方にとって多くのメリットをもたらします。
【事業主側】福利厚生の充実で人材確保につながる
事業主にとって、社会保険を完備することは企業の信頼性を高め、人材戦略において大切な意味を持ちます。求職者の多くは、就職先を選ぶ際に給与や仕事内容だけでなく、福利厚生の充実度、特に社会保険の有無を重要な判断基準としているためです。
社会保険が整備されていれば、「安心して長く働ける環境だ」と感じてもらえます。また、法令を遵守している健全な企業であるという対外的なアピールにもなり、取引先や金融機関からの信用向上にも寄与する可能性があります。
【従業員側】将来の年金額が増え、手厚い医療保障を受けられる
従業員が社会保険に加入する最大のメリットは、保障の充実です。年金制度では国民年金に加えて厚生年金にも加入するため、将来受け取れる年金額が国民年金のみの場合よりも大幅に増加します。また健康保険では国民健康保険にはない手厚い給付を受けられる点が魅力です。
例えば、病気やケガで仕事を休んだときは傷病手当金、出産時には出産手当金が支給されます。
社会保険に加入する際に事業主が注意すべき点
社会保険への加入は従業員の安心や人材確保につながる多くの利点があります。しかし、事業主にとっては新たな責任と負担が生じることも事実です。
特にこれまで社会保険に未加入だった事業所が新たに対象となる場合、事前に注意点を理解し準備を整えておく必要があります。
事業主の保険料負担が増加することを念頭に置く
社会保険に加入すると、事業主は従業員が負担する保険料と同額を負担する義務を負います。事業主が負担する分は、法定福利費として経費に計上可能です。
ただし、従業員の給与が増えると、それに比例して保険料も高くなり、キャッシュフローに影響します。特に従業員を雇って社会保険に加入する場合は、事前に負担額を計算し、事業計画や資金繰りに組み込むことが大切です。保険加入で発生するコストを想定しておかないと、経営を圧迫する要因になりかねません。
社会保険に関する事務手続きが発生する
社会保険への加入後は、事業主にさまざまな事務手続きを行う義務が発生します。従業員を採用した際の「資格取得届」や、従業員が退職した際の「資格喪失届」の提出は都度必要です。毎年7月には、全従業員の報酬月額を届け出て、9月からの標準報酬月額を決定する「算定基礎届」を提出する必要があります。
また、昇給などで給与が大きく変わったときは、「月額変更届」の提出が必要です。社会保険の手続きには提出期限があり、正しい知識が求められます。
手続きが難しいと感じる場合は、社会保険労務士などの専門家へ委託するのも一つの方法です。社会保険加入に伴う事務手続きを把握し、期限や内容に注意して適切な対応を心がけましょう。
事務手続きでお困りの方は、初回無料相談をご利用ください。秘密厳守で専門の税理士が対応いたします。
まとめ
個人事業主は、社会保険への加入義務と加入内容を正しく理解することが重要です。個人事業主の社会保険への加入義務は、常時雇用する従業員が5人以上か、また事業が法定16業種に該当するかによって決まります。これらの条件を満たす場合は強制適用事業所となり、加入が必須です。
事業主本人は、原則として国民健康保険と国民年金に加入します。しかし、法人化すると健康保険・厚生年金の対象となるなど、制度が大きく変わるため注意が必要です。
確かに、社会保険に加入すると新たなコストがかかるため、「負担ばかり増えるのでは」と感じるかもしれません。しかし、福利厚生の充実は従業員の安心につながり、結果的に優秀な人材が定着し、企業の信頼性も高まります。
多くの個人事業主が、社会保険加入義務の不安を解消しています。ぜひ、お気軽にご相談ください。








