会社を設立したものの、一人社長として本当に社会保険に入るべきなのか不安に感じる方も多いでしょう。従業員がいない場合、社会保険の加入は必要ないと思われがちですが、法人化した時点で原則として加入義務が発生するのでご注意ください。ただし、一定の条件を満たす場合は例外もあります。本記事では、一人社長が押さえておくべき加入条件や例外ケース、保険料の目安、必要な手続きや未加入リスクまで詳しく解説します。
目次
一人社長でも社会保険は必要なのか
一人社長であっても、法人を設立した時点で原則として社会保険への加入が義務付けられます。健康保険法と厚生年金保険法では、法人事業所は「強制適用事業所」とされており、役員である社長も報酬を受け取る場合は被保険者として加入対象になります。
関連記事:法人を設立したときにかかる社会保険料の負担と軽減する方法
一人社長が社会保険に加入しなくてもよいケース
社会保険は原則として法人に加入義務がありますが、一定の条件を満たす場合は例外的に加入しなくてもよいケースがあります。
従業員を雇っていない場合
従業員を1人も雇用していない場合、労働保険(雇用保険・労災保険)への加入義務は発生しません。労働保険は労働者を保護するための制度であり、社長本人のみの事業では適用外となるためです。
法人化していない場合
法人化していない個人事業主は、原則として社会保険への加入義務はないため、国民健康保険と国民年金(第1号被保険者)に加入します。
ただし、以下に該当する場合は「強制適用事業所」となり、事業主本人も社会保険に加入しなければなりません。
- 常時5人以上の従業員を雇っている
- 上記要件を満たす事業所で、従業員が社会保険の適用対象となる労働時間・日数で働いている
参考:社会保険適用拡大対象となる事業所・従業員について | 厚生労働省
関連記事:法人成りしたら5日以内に社会保険手続きを!スムーズな手続きガイド
役員報酬がゼロの場合
役員報酬がゼロの場合は、制度上、社会保険に加入できません。社会保険料は役員報酬から天引きして会社が納付する仕組みのため、報酬がなければ保険料の徴収が不可能です。
そのため、会社設立直後など無報酬期間がある場合は、社会保険ではなく国民健康保険と国民年金に加入する必要があるでしょう。
一人社長の社会保険料の目安

一人社長の場合でも、社会保険料は役員報酬額や所在地、加入している健康保険の種類によって異なります。各保険ごとの計算方法と負担の仕組みを整理しましょう。
標準報酬月額
社会保険料の計算は、役員報酬額、加入する健康保険の種類、事業所所在地の都道府県などにより異なり、その基礎となるのが「標準報酬月額」です。これは給与額を一定の幅で区切り等級に分けたもので、健康保険は50等級、厚生年金は32等級に区分されます。
この等級ごとに保険料額が決まるため、役員報酬を設定する際は保険料負担とのバランスを考える必要があります。
参考:標準報酬月額・標準賞与額とは? | こんな時に健保 | 全国健康保険協会
健康保険料の計算方法
健康保険料は会社と本人が半分ずつ負担します。毎月の給与だけでなく賞与からも徴収され、保険料率は都道府県ごとに異なります。
計算式は以下の通りです。
- 毎月の給与:標準報酬月額 × 健康保険料率
- 賞与:標準賞与額 × 健康保険料率
介護保険料の計算方法
介護保険料は40〜64歳の第2号被保険者に適用され、健康保険料に上乗せして徴収されます。65歳以上の第1号被保険者は市区町村が算定し、原則年金から控除します。
計算式は以下の通りです。
- 毎月の給与:標準報酬月額 × 介護保険料率
- 賞与:標準賞与額 × 介護保険料率
厚生年金保険料の計算方法
厚生年金保険料は全国一律で18.3%の保険料率が適用され、会社と本人が折半します。計算式は以下の通りです。
- 毎月の給与:標準報酬月額 × 18.3%
- 賞与:標準賞与額 × 18.3%
雇用保険料の計算方法
前述した通り、従業員を雇っていない場合は加入義務がありませんが、雇用した場合は会社と本人が負担します。保険料率は業種ごとに異なります。
計算式は以下の通りです。
- 毎月の給与:給与総額 × 雇用保険料率
- 賞与:賞与額 × 雇用保険料率
労災保険料の計算方法
こちらも前述した通り、従業員がいない場合は加入義務がありませんが、雇用した場合は全額会社負担となります。保険料率は業種ごとに異なります。
計算式は「年間の賃金総額 × 労災保険料率」です。賃金総額には基本給、賞与、残業手当、通勤手当、扶養手当などが含まれますが、役員報酬や出張費、各種祝い金などは含まれません。
参考:令和7年度の労災保険率について(令和6年度から変更ありません)|厚生労働省
社会保険の加入に必要な書類
社会保険に加入する際には、所定の書類を期限内に提出する必要があります。それぞれの書類について、提出先や期限、必要な添付書類を理解しておきましょう。
書類 | 提出先 | 提出期限 | 主な添付書類 |
健康保険・厚生年金保険 | 事業所の所在地を管轄する年金事務所の事務センター (窓口持参の場合は事業所の所在地を管轄する年金事務所) | 設立日から5日以内 |
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健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 | 設立日または採用日から5日以内 |
| |
健康保険 被扶養者(異動)届 | 扶養異動の事実発生日から5日以内 | 続柄や収入を確認できる書類(住民票、所得証明書など) | |
労働保険 保険関係成立届 | 雇用開始日の翌日から10日以内 | 事業所の所在地を管轄する労働基準監督署 | なし |
雇用保険 適用事務所設置届 | 設立後または雇用開始日の翌日から10日以内 | 事業所の所在地を管轄するハローワーク | |
雇用保険 被保険者資格取得届 | 就業月の翌月10日まで | 雇用契約書など | |
労働保険 概算保険料申告書 | 保険関係成立日から50日以内 | 事業所の所在地を管轄する労働基準監督署 | 給与台帳など賃金総額がわかる資料 |
一人社長が社会保険に加入しない場合のリスク

社会保険の加入義務があるにもかかわらず未加入のままにすると、さまざまなリスクが発生します。
罰金や懲役刑が科される可能性がある
社会保険未加入が悪質と判断される場合、健康保険法第208条などに基づき、最大で50万円以下の罰金または6ヵ月以内の懲役刑が科される場合があります。
特に虚偽申告や度重なる加入指導の無視などは重く扱われます。
過去2年間の保険料を遡って徴収される
未加入が発覚すると、年金事務所から強制加入を命じられ、最大で過去2年分の社会保険料を遡って支払う必要があります。
徴収対象は給与だけでなく賞与も含まれ、一括納付が求められるため、多額の資金が必要となります。
従業員負担分も会社が負担する可能性
遡及徴収の期間にすでに退職した従業員がいる場合、その分の保険料を本人から回収できない時は、会社が従業員負担分を含めて全額を支払わなければなりません。
特に人数が多い場合や高額報酬者が含まれる場合は、企業側の負担額が大きく膨らむ可能性があるでしょう。
ハローワークで求人できなくなる
社会保険未加入の事業所は、ハローワークで求人票を受け付けてもらえません。求人を行うためには、まず社会保険に加入していることが条件となります。この制限により、人材採用の機会を逃し、人員確保が難しくなるリスクがあるでしょう。
参考:社会保険(厚生年金・健康保険)の適用範囲の拡大について(2022年10月1日から) | 山梨労働局
延滞金が発生する
社会保険料を納付期限までに支払わないと延滞金が発生します。延滞金は3ヵ月以内とそれ以降で計算が分かれ、それぞれの金額を合算します。
- 3ヵ月以内の期間:納付すべき保険料額※ × 延滞金の割合A × 日数)÷ 365
- 3ヵ月を超える期間:納付すべき保険料額※ × 延滞金の割合B × 日数)÷ 365
※納付すべき保険料額の1,000円未満の端数は切り捨て
※合算後の延滞金は100円未満切り捨て
一人社長の社会保険に関してよくある質問

一人社長の社会保険について、特に相談の多い内容を取り上げましたので、制度の理解や将来の備えの参考にしてください。
赤字決算でも社会保険料は払わなければいけませんか?
赤字でも給与を支給していれば社会保険料は発生します。利益ではなく標準報酬月額を基準に算定されるため、赤字でも会社負担分と本人負担分の納付が必要です。
社会保険料を減らすことはできますか?
可能です。例えば、役員報酬額を引き下げて標準報酬月額を下げる、支給形態を変更して賞与割合を増やす、繁忙期・閑散期に合わせて随時改定を活用するなど、いくつかの方法があります。
ただし、変更には条件やタイミングがあり、適切な手続きを踏まないと認められないので注意しましょう。
関連記事:【事業主向け】社会保険料を抑える7つの方法と3つのデメリット
一人社長でも、病気やケガで働けなくなったら傷病手当金はもらえますか?
条件を満たせば受給可能です。通常は役員報酬があると対象外ですが、療養中に減額または未支給とした場合は申請できます。
社会保険に不安がある一人社長の方は専門家に相談
社会保険は加入義務や期限、保険料の計算方法など複雑な要素が多く、判断を誤ると遡及加入による多額の保険料負担や罰則のリスクがあります。特に役員報酬の設定や扶養認定の判断は、長期的な保険料や将来の給付額にも影響します。
こうしたリスクを避けるためには、社会保険制度に精通した専門家へ早めに相談するのが有効です。
小谷野税理士法人では、税務と社会保険の両面から1人の社長の状況に合わせた最適なアドバイスを行い、幅広くサポートしています。社会保険の加入や見直しに少しでも不安がある方は、ぜひ小谷野税理士法人へご相談ください。





