雇用保険は、失業や休業時の生活や再就職活動を支える重要な制度で「使用人兼務役員」に該当すれば取締役などの法人役員でも加入できる場合があります。ただし、基準を誤って判断すると加入漏れや不正加入のリスクがあるので注意が必要です。本記事では、役員の雇用保険加入条件や例外、手続き、注意点まで詳しく解説します。役員や企業の雇用保険対応に不安がある方は、ぜひ最後までご覧ください。
目次
雇用保険とは?

雇用保険は、失業や休業時に生活や再就職活動を支援する公的制度で、業種や企業規模に関係なく、労働者を雇用する全ての事業に適用されます。ここでいう労働者とは、事業主の指示命令に従って働き、その対価として賃金などを受けて生活する者であり、以下の両方の条件を満たす場合に加入できます。
- 31日以上継続して雇用される見込みがあること
- 週所定労働時間が20時間以上であること
なお、2028年10月からは週所定労働時間の要件が「週10時間以上」に緩和され、より多くの短時間勤務者が加入対象となる予定です。
参考:雇用保険の加入手続はきちんとなされていますか! |厚生労働省
参考:雇用保険法等の一部を改正する法律(令和6年法律第26号)の概要|厚生労働省
取締役は雇用保険に加入できるのか?
会社の代表取締役や取締役などの法人役員は、原則として雇用保険の対象外です。労働者には加入義務がありますが、役員は会社の経営方針を決定する立場にあり、労働者性が認められないため加入できません。
また、従業員から役員に昇格した場合は、雇用保険の資格を喪失し、制度上は退職扱いとなります。
「使用人兼務役員」であれば加入できる可能性がある
役員であっても、経営者としての業務とは別に、労働者としての職務を明確に行っている場合は、労働者性が認められ、「使用人兼務役員」として雇用保険に加入できる可能性があります。
ただし、以下の地位にある場合は、労働者性が認められても加入できません。
- 会社の取締役のうち、会社を代表する取締役
- 農協等の役員(雇用関係が明らかでない場合)
- その他法人や人格のない社団法人・財団法人の役員(雇用関係が明らかでない場合)
以下は、役員が雇用保険に加入できるかを判断するための簡易フローチャートです。ご自身や自社のケースを確認する際の参考にしてください。最終的な判断は、勤務実態や書類をもとに所轄のハローワークが行います。
【使用人兼務役員の雇用保険加入可否フローチャート】
判定順序 | 質問 | はい | いいえ |
1 | あなたは役員ですか? | 2へ進む | 雇用保険の加入対象(通常の労働者扱い) |
2 | 役員業務とは別に労働者としての業務がありますか? | 3へ進む | 加入できない |
3 | 労働者としての給与が役員報酬より多いですか? | 4へ進む | 加入できない |
4 | 勤怠管理や就業規則の適用を受けていますか? | 加入できる可能性あり(ハローワークへ相談) | 加入できない |
参考:労働保険の適用単位と対象となる労働者の範囲 | 厚生労働省大阪労働局
会社法・税法上の役員の違いに注意
会社法や税法での「役員」の扱いは、雇用保険制度での扱いとは異なります。
雇用保険制度では、肩書や契約形態にかかわらず、実際に指揮命令下で労働しているか(労働者性)を基準に判断しますが、会社法・税法では役員は原則として労働者とみなされません。
制度 | 役員の定義 | 労働者として扱われるか | 報酬の扱い |
会社法 | 株主総会で選任され、会社と委任契約を結ぶ取締役・会計参与・監査役など | 原則扱われない | 役員報酬として支給 |
税法 (法人税法) | 法人の経営に従事する取締役・理事・監事など(実質的経営者も含む) | 原則扱われないが、労働者業務を兼務すれば給与部分は区分可 | 役員報酬と給与に区分して支給 |
雇用保険制度 | 肩書や契約形態にかかわらず、実際に指揮命令下で労働しているか(労働者性)で判断 | 労働者性があれば扱われる | 労働分のみ給与として保険料算定 |
これらの定義を混同し、会社法や税法の基準だけで役員を一律に「労働者ではない」と判断すると、本来雇用保険に加入できる使用人兼務役員を未加入のままにしてしまい、失業時に給付を受けられない事態を招く恐れがあるので注意してください。
逆に、労働者性のない役員を加入させてしまった場合、給付申請時に不支給や保険料返還を求められる可能性があります。さらに、役員報酬と給与を正しく区分せず申告すると、法人税や社会保険料の計算に誤りが生じ、税務調査や社会保険調査で追徴・是正を受けるリスクもあるので注意しましょう。
使用人兼務役員が雇用保険に加入するために必要な書類

使用人兼務役員として雇用保険に加入する際は、労働者性を客観的に証明できる書類を整え、ハローワークに提出する必要があります。以下は、加入可否を判断するために一般的に求められる主な書類です。
書類 | 説明 |
兼務役員雇用実態証明書 | ハローワーク指定様式。役員と労働者としての業務・勤務・報酬の実態を明記する。 |
定款 | 代表権・業務執行権の有無を確認できる書類。記載が無ければ申立書が必要になる。 |
定款に加えて申立書 | 定款で確認できない場合に、権限の有無や報酬規定などを補足するために使用する。 |
議事録または登記事項証明書 | 就任日や役職を確認するために必要。 |
人事組織図 | 指揮命令系統や職務の位置づけを説明するために必要。 |
役員報酬規程・報酬額の根拠資料 | 支給形態や報酬金額を明確に示すために使用する。 |
労働者名簿 | 従業員としての採用日などの実態を記録。 |
賃金台帳 | 就任時から申請時まで、直近の3ヵ月分を用意する。 |
出勤簿 | 加入時から全ての出勤記録を用意。6ヵ月以上遡る場合は遅延理由書が必要。 |
就業規則・賃金規程 / 雇用契約書 | 従業員としての待遇適用を明確化する。就業規則が無い場合には雇用契約書を代替可能。 |
総勘定元帳 (役員報酬と給与の部分) | 支払い区分を明らかにするため、直近の支給内容が確認できるもの。 |
資格取得届または資格取得確認通知書 | 雇用保険被保険者資格を取得する際に提出する。 |
すべての書類は原則としてコピーで提出できますが、記載内容が不明確な場合には、追加の説明や申立書で補足しなければなりません。また、出勤簿や賃金台帳を遡って提出する場合に6ヵ月を超える期間が含まれるときは、その理由を明記した「遅延理由書」の添付が必要です。
提出後に勤務実態や報酬の内容などに変更が生じた場合や、雇用保険の資格喪失事由が発生した場合には、速やかに再提出や資格喪失届を提出しましょう。
参考:「兼務役員雇用実態証明書」提出時必要書類 | 厚生労働省
取締役と雇用保険に関してよくある質問

取締役の雇用保険は、実務でも判断が難しく、特に使用人兼務役員の扱いや失業給付の可否は質問が多いテーマです。以下によくある疑問をまとめましたので、自身や自社の状況と照らし合わせて、加入可否や手続き判断の参考にしてください。
役員報酬のみでも加入できますか?
役員報酬のみを受け取っている場合、雇用保険の被保険者になることはできません。雇用保険はあくまで「労働者としての立場」で支払われる賃金を基礎に加入の可否を判断する制度であり、経営者としての立場で受け取る役員報酬はその対象外です。
使用人兼務役員の場合は、経営者としての職務と従業員としての職務を兼ねるため、役員報酬と従業員としての給与の両方が支払われます。このとき、労働者性が強いと認められるには、従業員としての給与が役員報酬より多く支払われていることが重要な判断材料の一つになります。
名ばかり役員の場合はどうなりますか?
実態として労働者性が認められれば、雇用保険に加入できる可能性があります。「名ばかり役員」とは、登記上は取締役や監査役などであっても、経営判断や会社運営に関与せず、上司の指揮命令を受けて一般従業員と同様に働く人を指します。
雇用保険では肩書や契約形態ではなく実際の勤務実態を重視するため、雇用契約書・勤怠記録・賃金台帳などの証拠があれば被保険者資格の取得が検討されます。
従業員から役員になった場合、失業給付は受けられますか?
従業員から役員へ昇格した場合、原則として雇用保険の基本手当(失業給付)は受けられません。基本手当は「失業状態」であることが条件で、役員就任により労働契約は終了し経営者の立場になります。形式上は退職扱いでも、実態として就業が続くため失業とは認められません。
たとえ在職中に雇用保険へ加入していても、このケースでは給付資格は発生しない点に注意しましょう。
参考:Q&A~労働者の皆様へ(基本手当、再就職手当)|厚生労働省
役員を含む雇用保険の判断に迷ったら専門家に相談を
雇用保険の加入可否や給付の判断は、労働者性や報酬の区分など複雑な要素が絡みます。特に役員の場合は、会社法・税法・雇用保険制度の基準が異なるため、自己判断で進めると保険料の過不足や給付不支給といったリスクを招く可能性があるでしょう。
こうしたトラブルを避けるためには、制度に精通した専門家への相談が有効です。
小谷野税理士法人は、社会保険の手続きのサポートに対応可能です。役員や企業の雇用保険に関するお悩みは、ぜひ小谷野税理士法人へご相談ください。





