社長は厚生年金に入れるのか入れないのか、迷う方は少なくありません。法人の代表者も一定の条件を満たせば厚生年金への加入が義務となります。本記事では、社長が厚生年金に加入できないケースや必要な手続き、未加入時のリスクについてわかりやすく解説します。厚生年金の加入要件や負担について不安がある方は最後までご覧ください。
目次
社長は厚生年金に入れるのか?

社長であっても一定の条件を満たせば社会保険(厚生年金・健康保険)への加入が求められます。
社会保険は、法人から労務の対償として報酬を受ける「使用される者」が加入対象で、一般社員だけでなく取締役や代表取締役などの役員も含まれるため、法人の代表者でも報酬を受け取っていれば厚生年金への加入義務が生じるのです。
関連記事:法人を設立したときにかかる社会保険料の負担と軽減する方法
社長が厚生年金に入れないケース
社長であっても、条件によっては厚生年金に加入できない場合があります。加入できない場合には将来の年金額や保障内容に影響するため、どのようなケースが該当するのかを理解しておきましょう。
役員報酬がゼロの場合
役員報酬がゼロの場合は、厚生年金には加入できません。社会保険料は役員報酬額を基に算出され、報酬から天引きして会社が納付する仕組みであるため、報酬がなければ保険料の計算ができず、制度上の手続きも行えないからです。
加入を希望する場合は、まず役員報酬を設定しましょう。
会社が休眠状態の場合
法人が休眠状態であり、実際に事業活動を行っていない場合は、厚生年金の加入義務は発生しません。ここでいう休眠状態とは、形式的な届け出だけではなく、実際に業務・取引・従業員雇用がない状態を指します。
事業を再開すれば再び厚生年金の加入義務が生じるため、休眠届や資格喪失届などの手続きを正しく行い、将来のトラブルを防ぎましょう。
関連記事:会社を休眠する際の手続きの流れや注意すべきポイントについて解説
社長が厚生年金に入れない場合はどうなるのか?
厚生年金に加入できない社長は、「国民年金」に加入します。国民年金は保険料が一律で、厚生年金のように収入に応じて年金額が増える仕組みがないため、将来受け取れる年金は少なくなります。
厚生年金に入れない期間が長いほど、老後の年金総額に影響が出るため、制度の仕組みを理解し早めに対応しましょう。
社長が厚生年金に加入する手続き
社長が厚生年金に加入するには、まず法人を社会保険の適用事業所として登録し、そのうえで本人や対象となる従業員を被保険者として届け出る必要があります。
以下に、必要書類と提出先、期限をまとめます。
書類 | 提出先 | 提出期限 | 主な添付書類 |
健康保険・厚生年金保険 | 事業所の所在地を管轄する年金事務所の事務センター (窓口持参の場合は事業所の所在地を管轄する年金事務所) | 設立日から5日以内 |
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健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 | 設立日または採用日から5日以内 |
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健康保険・厚生年金保険 新規適用届
「新規適用届」は、法人を社会保険の適用事業所として登録するための必須手続きです。
法人化したすべての事業所が提出義務を負い、提出期限は設立日から5日以内と非常に短期間のため注意しましょう。
提出先は事業所所在地を管轄する年金事務所の事務センターで、法人番号通知書と設立90日以内発行の登記事項証明書が必要です。
健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届
「被保険者資格取得届」は、社長本人や加入対象となる従業員を社会保険の被保険者として登録するための書類です。提出期限は設立日または採用日から5日以内で、遅れると資格取得日がずれ、保険給付や年金額に影響する恐れがあります。
提出先は管轄年金事務所で、添付書類として基礎年金番号が確認できる年金手帳や基礎年金番号通知書が必要です。
社長が社会保険(厚生年金など)に入らない場合の5つのリスク

厚生年金などの社会保険は、条件を満たせば法人代表者にも加入義務がありますが、未加入のまま放置すると、以下のようなリスクが伴うため注意しましょう。
- 罰則による金銭的・刑事的負担
- 保険料の遡及徴収による資金負担
- 延滞金の発生による負担増
- 従業員保険料の会社負担リスク
- 求人活動制限による採用機会の損失
罰則による金銭的・刑事的負担
加入義務があるにもかかわらず未加入の場合、健康保険法第208条などに基づき、最大50万円以下の罰金または6ヵ月以内の懲役刑が科される可能性があります。罰則は法人だけでなく代表者個人にも及ぶ場合があり、行政指導や社会的信用の失墜にも繋がります。
経営者としての法令遵守の姿勢が問われるため、加入要件に該当する場合は速やかに加入手続きを行いましょう。
保険料の遡及徴収による資金負担
未加入が発覚すると、最長で過去2年分の保険料を遡って徴収されます。徴収対象は給与だけでなく賞与も含まれるため、一度に多額の資金が必要となります。
特に資金繰りが厳しい中小企業にとっては大きな負担となり、経営計画の見直しや借入れが必要になるケースもあるでしょう。
延滞金の発生による負担増
社会保険料を納付期限までに納めなかった場合、延滞金が発生します。延滞金は経過期間によって割合が異なり、短期間でも負担は無視できません。
延滞金は経過期間を「3ヵ月以内」と「3ヵ月超え」に分けて計算し、最後に合算します。
- 3ヵ月以内の期間 :納付すべき保険料額 × 延滞金の割合A × 日数 ÷ 365
- 3ヵ月を超える期間:納付すべき保険料額 × 延滞金の割合B × 日数 ÷ 365
※納付すべき保険料額の1,000円未満は切り捨て、合算後の延滞金は100円未満切り捨て。
※割合A・Bは年度ごとに定められるため、最新の利率は日本年金機構や厚生労働省の公表情報で確認してください。
※延滞金額が1,000円未満の場合は、延滞金がかからない自治体もあります。
例えば、保険料30万円を120日遅延し、割合Aが2%、割合Bが8%の場合の計算式は以下の通りです。
- 最初の90日(3ヵ月以内):30万円 × 0.02 × 90 ÷ 365 ≒ 1,479円
- 残りの30日(3ヵ月超え):30万円 × 0.08 × 30 ÷ 365 ≒1,972円
- 合計:1479円 + 1,972円 = 3,451円(端数を処理して3,400円)
延滞金は保険料本体とは別に負担するため、納付遅延が長引くほど経営への影響が大きくなります。
従業員保険料の会社負担リスク
未加入が発覚して過去の保険料を遡って支払う場合、既に退職した従業員分の保険料も会社が全額負担しなければならない場合があります。退職者から過去分を回収するのは困難で、結果的に企業がその負担を背負う形になります。
従業員在籍中に適切に保険加入を行えば余計な支出を防げるため、手続きの遅れによる不要なコスト増に注意しましょう。
求人活動制限による採用機会の損失
社会保険に未加入の企業は、ハローワークで求人票を受け付けてもらえないため、公共の職業紹介サービスを利用できず、人材確保の機会を大きく失う可能性があるでしょう。求人媒体や紹介会社の利用に頼らざるを得ず、採用コストが増加するかもしれません。
採用活動の選択肢を広げ、優秀な人材を確保するためにも、適正に社会保険に加入しましょう。
参考:社会保険(厚生年金・健康保険)の適用範囲の拡大について(2022年10月1日から) | 山梨労働局
社長の厚生年金に関してよくある質問

社長の厚生年金に関する質問は多く寄せられます。以下にその一部を取り上げるので、判断や検討の参考にしてください。
厚生年金と国民年金は将来の受給額にどれくらい差がありますか?
厚生年金は国民年金に上乗せされるため、加入期間や報酬額によっては倍以上の年金を受け取れる可能性があります。
例えば令和7年度の場合、国民年金(満額)は月額69,308円(年約83万円)ですが、平均的な収入で40年間厚生年金に加入した場合は基礎年金を含め月額232,784円(年約279万円)です。
厚生年金に加入している社長が途中で国民年金に切り替えることは可能ですか?
厚生年金から国民年金への切り替えは、法人を廃業した場合や厚生年金の適用事業所でなくなった場合など、制度上の資格喪失が発生した時に限り可能です。
切り替え手続きは退職や廃業後14日以内に、市区町村役所または年金事務所で行う必要があります。期限を過ぎると未加入期間が発生し、将来の年金額に影響する可能性があるため、速やかに手続きしましょう。
参考:会社を退職したときの国民年金の手続き | 日本年金機構
厚生年金保険料を抑える方法はありますか?
厚生年金保険料は、標準報酬月額を適正に設定することで抑えられます。例えば、算定基礎期間中の給与・賞与の見直しや非課税手当の活用などが有効ですが、標準報酬を過度に下げると将来の年金額や各種給付が減少するリスクがあるので注意が必要です。
報酬改定や役員報酬の設定は、制度や税務への影響も踏まえ、社会保険労務士など専門家と相談しながら進めるのが望ましいでしょう。
参考:【事業主向け】社会保険料を抑える7つの方法と3つのデメリット
厚生年金の加入可否で迷う社長は専門家に相談を
厚生年金への加入可否は、法人形態や役員報酬の有無、勤務実態など複数の要素で判断されます。
誤った判断で未加入のまま放置すると、過去の保険料を遡って請求されたり、罰則や延滞金が発生するなど、大きな負担やトラブルに繋がりかねません。こうしたリスクを回避するためには、制度に精通した専門家への相談が有効です。
小谷野税理士法人では、厚生年金を含む社会保険全般について、制度の説明から申請手続きまで一貫して支援しています。加入要件や負担の見通しに不安がある場合は、ぜひ小谷野税理士法人にご相談ください。





