会社員から個人事業主になると、自由度が増す一方で、保険や年金などすべてを自分で管理する必要があります。開業届や青色申告の申請といった税務手続き、健康保険や年金の切り替えなどの社会保険手続きはもちろん、事業計画や資金準備も欠かせません。しかし、しっかりと準備をしておくことでスムーズに独立できるでしょう。本記事では、会社員から個人事業主になる際に押さえておきたいポイントを分かりやすく解説します。
目次
会社員から個人事業主になるメリット・デメリット

会社員から個人事業主になると、収入や保障がすべて自己責任になります。個人事業主のメリットとデメリットを理解し、自分のライフスタイルやキャリアプランに合っているかどうか考えましょう。
会社員から個人事業主になるメリット
会社員から個人事業主になる最大のメリットは、働き方の自由度が高まることです。仕事内容やスケジュールを自分で決められるため、時間や場所に縛られず、自分のペースで働くことができます。
よって、ワークライフバランスを大切にして働くことも可能です。
収入面の自由度も大きな魅力です。会社員のように毎月決まった給与を受け取るのではなく、自分の努力やスキル次第で収入を増やせます。
また、税制面でのメリットも見逃せません。個人事業主は必要経費を計上することで課税所得を抑えられるため、節税効果が期待できます。
会社員として働きながら副業として事業を行う場合は、給与所得と事業所得を損益通算することも可能です。例えば、事業所得で赤字が出ても、その分を給与所得から差し引くことができるので、所得税の負担を軽減できるかもしれません。
会社員から個人事業主になるデメリット
会社員から個人事業主になる最大のデメリットは、収入が変動するリスクです。会社員のように毎月安定した給与が保証されるわけではなく、計画的に資金計画・管理を行わなければなりません。
また、税務や経理など事務作業も増えます。会社員であれば年末調整がありますが、個人事業主は自分で確定申告を行う必要があります。そのため、経理や税務の知識を身につけ、日々の帳簿付けや書類管理も必要です。
さらに、社会保険料の負担増も大きなポイントです。会社員時代は健康保険や厚生年金の保険料を会社と折半していましたが、個人事業主になると国民健康保険と国民年金に切り替わり、保険料をすべて自分で支払う必要があります。
関連記事:フリーランスはいくら稼げば税金がかかる?税金・社会保険料の仕組みや各年収の手取り目安を紹介!
会社員から個人事業主になる前に行うべきこと

会社員から個人事業主になる際には、入念な準備が欠かせません。資金や知識、人脈を事前に整えておくことで、独立後の事業を円滑に始められるでしょう。ここでは、個人事業主になる前に行うべきことを説明します。
事前の準備
個人事業主として独立する前に、以下のステップで準備を進めましょう。
- 副業で小さく始める
- 人脈を広げる
- 税務・会計の基礎知識を学ぶ
- 生活費を備える
- 事業用口座・クレジットカードを準備する
最初は会社員として働きながら副業を始め、徐々にスケールを広げていくと独立のリスクを抑えられます。その際は、就業規則で副業が認められているか必ず確認しておきましょう。
そして独立後は一人で事業を進める場面が多いため、取引先や相談できる人脈を事前に築いておくことも大切です。
独立後は、確定申告や経費計上などを自分で行うため、税務・会計の基礎知識を学んでおくと安心です。なお、独立当初は収入が不安定になりやすいため、半年から1年分の生活費を蓄えておくことをおすすめします。
事業専用の銀行口座やクレジットカードも準備しておきましょう。収支管理がしやすくなり、確定申告の手間を減らせます。なお、事業専用のメールアドレスを用意することで、取引先からの信頼感も高まります。
事業計画の策定
事業計画は事業の方向性を明確にし、目標達成に向けた具体的な行動指針です。
まず、どのような事業を行うのかを整理し、提供するサービスや商品、顧客のターゲットを明確にしましょう。その上で、競合他社の状況や市場ニーズを分析し、自身の強みを活かして差別化を図ることが成功につながります。
次は、収益をどのように上げるのかを具体的に計画します。売上目標や価格設定、販売戦略を数値ベースで立て、無理のない目標を設定しましょう。
必要資金の確保
個人事業主として独立する際には、必要資金を確保しなければなりません。開業初期は収入が不安定になりやすいため、余裕を持った資金計画を行いましょう。
確保しておくべき資金は主に以下の3つです。
- 初期費用:設備投資、仕入、オフィス・店舗の準備費用など
- 運転資金:事業が軌道に乗るまでの人件費や仕入代金など
- 生活費:最低でも半年分、できれば1年分を貯蓄しておくと安心
会社員時代から計画的に貯蓄し、不足分は金融機関からの融資や行政の補助金・助成金の活用など、資金調達も検討しておきましょう。
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会社員から個人事業主になるときに必要な手続き

会社員から個人事業主になる際には、税務関連の手続きや社会保険の切り替えをしなければなりません。また、開業届や青色申告承認申請書の提出は、税制上のメリットを受けるために必要です。
ここでは個人事業主になる際に必要な手続きを説明します。
開業届の提出
個人事業主として事業を始める際は税務関連の手続きが必要です。最初に税務署に開業届(正式名称:個人事業の開業・廃業等届出書)を提出しましょう。
開業届の手続き方法を表にしました。
項目 | 内容 |
提出期限 | 事業開始日から1ヵ月以内に所轄の税務署へ提出 (所得税法で義務化) |
入手方法 | 国税庁ホームページからダウンロード/税務署窓口で入手 |
提出方法 |
|
必要書類 |
※マイナンバーカード1枚で可 |
屋号の記載 | 任意 (事業用口座開設などで必要になる場合があるため、設定推奨) |
開業届を提出することで、税務当局から正式に個人事業主として認められます。青色申告承認申請書を提出することで、青色申告などの税制上のメリットを得られます。
また、開業届の控えは銀行口座開設などさまざまな契約時に必要になるため、必ず保管しておきましょう。
青色申告の選択
青色申告とは、確定申告を行うことで、青色申告特別控除などの優遇を受けられる制度です。
主な内容を以下の表にまとめました。
項目 | 内容 |
メリット |
|
申請方法 | 所得税の青色申告承認申請書を所轄税務署に提出 |
提出期限 |
|
青色申告特別控除は条件に応じて65万円・55万円・10万円の3種類があります。
詳細を以下の表にまとめました。
控除額 | 条件 |
65万円控除 |
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55万円控除 |
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10万円控除 | 簡易簿記で記帳(複式簿記でない場合) |
青色申告は帳簿付けに多少の手間はかかりますが、控除や赤字の繰り越しといった節税メリットを得られます。
所得税の確定申告
個人事業主として活動する場合、毎年所得税の確定申告を行う必要があります。確定申告とは、1月から12月までの1年間の所得を計算し、その税額を税務署に申告・納税する手続きです。
所得とは収入から必要経費を差し引いた額で、58万円(基礎控除額)を超えると確定申告が必要となります。
確定申告には白色申告と青色申告があります。
- 白色申告:簡易な記帳で済むが、控除などの優遇は少ない
- 青色申告:複式簿記による記帳が必要だが、最大65万円の青色申告特別控除など、税制上のメリットが大きい
確定申告書の作成は、国税庁ホームページの「確定申告書等作成コーナー」を利用すると便利です。
参考:所得税の確定申告|国税庁
社会保険の手続き
会社員から個人事業主になると、それまで加入していた社会保険(健康保険や厚生年金保険など)から、個人で加入する制度へ切り替える手続きが必要です。社会保険は病気やけが、老後の生活に備える大切な制度であり、適切に手続きを行うことで安心して事業に専念できるでしょう。
会社員と個人事業主では、社会保険の仕組みが大きく変わります。社会保険の仕組みの違いを以下の表にまとめました。
項目 | 会社員 | 個人事業主 |
健康保険 |
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年金 |
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雇用保険 | 原則加入(失業給付あり) | 個人事業主本人は加入不可(従業員を雇うと雇用保険の加入義務が発生) |
労災保険 | 会社が加入 | 本人は対象外 (従業員を雇う場合は労災保険への加入義務あり) |
次に国民健康保険の手続きについて表でまとめました。
項目 | 内容 |
切り替え期限 | 退職日の翌日から14日以内に役所で手続き |
必要書類 | 健康保険資格喪失証明書、身分証明書、マイナンバーカードなど |
申請の遅れ | 14日を過ぎても可能だが、保険料は資格喪失日の翌日から発生 |
保険料の算定方法 | 前年の所得や家族構成、年齢などで計算(自治体ごとに異なる) |
なお、場合によっては退職後も会社の健康保険を任意継続(最長2年)したり、業界団体が運営する国民健康保険組合に加入したりする選択肢もあります。
参考:医療保険|厚生労働省
関連記事:【個人事業主向け】年の途中で開業した場合の確定申告はどうする?注意点も解説
関連記事:青色申告で帳簿をつけてないとどうなる?確定申告の可否や対処法を解説
年金の切り替え手続き
会社員から個人事業主になるときには、年金の手続きも必要です。
日本の年金制度は以下の通り、3階建て構造となっています。
- 1階部分:国民年金(全国民が加入)
- 2階部分:厚生年金(会社員や公務員が加入)
- 3階部分:企業年金・個人年金など任意加入制度
会社員は国民年金と厚生年金の両方に加入していますが、個人事業主になると国民年金のみに加入することになります。個人事業主は国民年金の第1号被保険者となり、保険料を毎月全額自己負担で納めなければなりません。
国民年金保険料は原則として全員が同じ金額です。会社員時代の厚生年金は会社と本人が折半して負担していました。一方、個人事業主になると全額自己負担となり、将来受け取れる年金額は会社員に比べて少なくなるのが一般的です。
なお、年金の切り替え手続きは退職日の翌日から14日以内に居住地の市区町村役場で行う必要があります。
その他必要な手続き
税務や社会保険の手続き以外にも、個人事業主として事業を始める際に行っておくべき手続きや準備があります。事業運営の効率化や信用力の向上につながるため、必要な場合は早めに着手しましょう。
例えば、事業用の銀行口座を開設すると、以下のようなメリットがあります。
- 事業用と個人用の口座を分けることで、収入と支出が明確に区分できる
- 経費や売上の管理がしやすくなり、確定申告時の帳簿整理が効率化する
- 取引先からの信用度も高まる
事業の規模に関わらず、個人用通帳と事業用通帳を分けることで経理の負担が軽減できるため、事業用の銀行口座を開設することをおすすめします。また、事業内容によっては、開業にあたり特定の許認可の取得が必要になる場合があります。
例としては以下の通りです。
- 飲食店:食品営業許可
- 美容室:美容所開設届
- 建設業:建設業許可
これらの許認可は、事業が法律や安全基準を満たしていることを証明するものであり、取得しないまま事業を行うと罰則の対象となる可能性があります。許認可の種類によっては、申請に時間や費用がかかるケースもあるため、事業計画の段階で必要な許認可を確認しておきましょう。
まとめ
会社員から個人事業主へ移行することには、多くのメリットがある一方で、税金や社会保険の手続き、さらに収入などのリスク管理をすべて自分で行わなければなりません。
開業したら、まずは開業届や青色申告の手続きを行いましょう。また、社会保険についても健康保険や年金を速やかに切り替える必要があります。加えて、事業計画の策定や資金の確保、事業用口座の開設といった準備も計画的に進めてください。
こうした手続きを一つひとつ確実に行うことで、会社員から個人事業主への移行をスムーズに進められるでしょう。また、不安なことや疑問点がありましたら、税理士など専門家に相談することをおすすめします。
個人事業主として働く際のお困りごとやご相談は、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。





