手形は商取引における重要な決済手段のひとつですが、取引先の突然の倒産により「不渡り」となれば、自社の資金繰りや会計処理にも深刻な影響を及ぼします。適切な会計処理を怠れば、損金算入が否認されるなど税務リスクも伴うでしょう。本記事では、手形の基本から、不渡り発生時の会計処理の具体例、倒産リスクの影響、不渡り回避のための5つの対策まで、実務に役立つ情報を網羅的に解説します。
目次
手形とは?

手形は、一定の期日に代金を支払うことを約束した証書であり、商取引における重要な決済手段のひとつです。
現金を使わずに支払時期を先送りできる利便性がある一方で、不渡りや回収不能といった信用リスクも伴います。
手形の種類と基本的な流れについて押さえておきましょう。
手形の種類
手形には「約束手形」と「為替手形」の2種類があります。
約束手形は、振出人が受取人に対して一定の期日に支払うことを直接約束する形式ですが、一方の為替手形は、振出人が第三者に支払いを依頼する構造で、輸出入取引などで用いられます。
国内取引では約束手形が主流であり、現金支払の代替として広く利用されています。
手形取引の一般的な流れ
手形取引は、商品やサービスの提供後に手形を受け取り、支払期日に銀行で現金化するのが基本的な流れです。
期日前に割引や裏書譲渡を通じて資金化することも可能ですが、受取手形の不渡りリスクがある点に注意しましょう。
与信管理が不十分なまま手形を受け取ると、後々の資金繰りに重大な影響を及ぼす可能性があります。
取引先の倒産で手形が不渡りになる流れと影響
手形は将来の支払いを約束する信用取引であるため、取引先の資金繰りが破綻すれば支払不能に陥る可能性があります。倒産による不渡り発生の仕組みとその影響について確認しておきましょう。
倒産による手形不渡りの発生メカニズム
取引先の倒産によって手形が不渡りになるのは、支払期日前に資金繰りが尽きるケースが多いでしょう。債務超過や急な取引停止などで手形資金の準備ができず、決済不能となります。
加えて、支払不能の事前通知がなされない場合も多く、他の債権者との競合や破産手続きへの移行により、債権回収が極めて困難になります。
関連記事:黒字倒産はなぜ起こる?7つの理由や起こりやすい業種、黒字倒産しないためのポイントをご紹介!
2回目の不渡りによる銀行取引停止リスク
同一手形交換所管内で6ヵ月以内に2度不渡りを起こすと、銀行取引停止処分が科され、企業としての信用は事実上失われます。
これにより、金融機関との取引は全面的に停止され、融資や決済も不能になります。多くの企業はこの段階で実質的な倒産状態となります。
手形が不渡りになったときの会計処理
手形が不渡りになると、会計上は損失処理や引当金の取崩しなど、適切な仕訳が求められます。処理方法を誤ると税務上の否認リスクにも繋がるため、状況に応じた正しい会計処理が必要です。
回収不能と判断して貸倒損失で処理する場合
取引先が倒産し、手形の回収が見込めないと判断できる場合は「貸倒損失」として損金計上します。債権が回収不能である根拠資料を保管しておく必要があります。
明らかに回収不能と認められる状況であれば、税務上も損金算入が可能です。
例)100万円の受取手形が貸倒となった場合
| 借方 | 貸方 | ||
| 貸倒損失 | 100万円 | 受取手形 | 100万円 | 
設定済みの貸倒引当金を取り崩して処理する場合
あらかじめ計上していた貸倒引当金がある場合は、回収不能となった手形に対してその引当金を取り崩して処理します。
引当金でカバーしきれない部分がある場合は、その差額を貸倒損失として処理します。
例)100万円の受取手形に対し、貸倒引当金を全額取り崩す場合
| 借方 | 貸方 | ||
| 貸倒引当金 | 100万円 | 受取手形 | 100万円 | 
回収できた場合に償却債権取立益で処理する場合
過去に貸倒処理を行った手形が後日回収された場合、その回収額は「償却債権取立益」として収益計上します。これは臨時的な利益であり、本来の営業収益とは区別して処理する必要があります。
例)過去に貸倒処理した受取手形のうち50万円を回収した場合
| 借方 | 貸方 | ||
| 現金 | 50万円 | 償却債権取立益 | 50万円 | 
取引先倒産で手形が回収不能になる5つのリスク
取引先が倒産し、受け取っていた手形が回収不能となると、単なる損失にとどまらず、自社の財務や信用、取引関係にまで広く影響が及びます。実務上注意すべき以下5つのリスクについて解説します。
- 資金繰りの悪化による事業継続リスク
- 会計上の損失が財務に与える影響
- 税務上の処理が煩雑化するリスク
- 社内信用・外部信用の低下リスク
- 他の取引先への影響が波及するリスク
資金繰りの悪化による事業継続リスク
予定していた手形の入金が滞ることで、仕入代金や人件費などの支払い資金が不足し、自社の資金繰りに大きな支障をきたすおそれがあります。
取引先の倒産は突発的に発生する場合が多く、代替資金の確保が間に合わなければ、連鎖的な経営悪化や黒字倒産に陥るリスクも生じます。
会計上の損失が財務に与える影響
手形の回収不能が確定すると、会計上は「貸倒損失」として費用計上する必要があります。
これにより当期利益が減少し、自己資本比率など財務指標の悪化に繋がる場合もあります。
財務の健全性が損なわれれば、金融機関や投資家からの信用にも影響が出る可能性があるでしょう。
税務上の処理が煩雑化するリスク
貸倒損失を税務上で損金算入するには、破産手続廃止決定や督促記録などの証拠が必要です。
処理のタイミングや書類が不適切であると、税務調査で否認され、追徴課税の対象になる可能性もあります。倒産処理には正確な会計と証拠管理が不可欠です。
社内信用・外部信用の低下リスク
手形の貸倒が発生すると、取引先選定や与信管理が甘かったという印象を社内外に与えるおそれがあります。
特に役員や経理部門の判断が問われ、企業全体のガバナンスへの信頼低下に繋がるケースもあります。こうした信用毀損は、今後の取引や人材確保にも影響を及ぼしかねません。
他の取引先への影響が波及するリスク
倒産情報は業界内や取引ネットワークを通じてすぐに広まり、他の取引先にも警戒感が生まれます。
その結果、与信枠が縮小されたり、前払いへの変更を求められるなど、取引条件が悪化するケースもあるでしょう。
手形の不渡りリスクを防ぐための5つの対策

手形取引の不渡りリスクを未然に防ぐには、事前の備えが欠かせません。実務で取るべき5つの有効な対策を具体的に解説します。
- 与信管理を徹底して信用リスクを回避する
- 支払条件を見直し回収リスクを軽減する
- 保証人や担保を設定して万一に備える
- 手形保険を活用して損失補填の手段を確保する
- 電子決済へ移行し手形依存体質を脱却する
与信管理を徹底して信用リスクを回避する
手形取引のリスクを避けるためには、事前の与信管理が最も重要です。決算書や取引履歴の確認、信用調査機関の情報などを活用し、信用力の低い企業とは手形取引自体を控える判断が求められます。
新規取引だけでなく、既存取引先についても定期的な与信見直しを行うことで、不渡り回避に繋がります。
関連記事:黒字倒産の対策方法まとめ!起こる原因から回避方法までを分かりやすく解説
支払条件を見直し回収リスクを軽減する
手形による後払い取引は回収リスクを伴うため、できるだけ現金払い・前払いに切り替えるのが有効です。難しい場合でも、支払サイトを短縮するだけで資金回収の確実性が高まります。
手形依存を減らし、リスクの高い企業には納品後即支払いのルールを設けるなど、柔軟に条件を見直しましょう。
保証人や担保を設定して万一に備える
万が一の不履行に備える手段として、取引開始時に連帯保証人を立ててもらったり、担保設定を行っておくのは非常に有効です。
保証や担保があれば、不渡りが発生しても一定額を回収できる可能性が高まります。特に大型案件や長期的な取引では、与信条件に応じて担保設定を義務づけるのが望ましい対応です。
手形保険を活用して損失補填の手段を確保する
手形が不渡りとなった場合に備え、専門の保険商品を利用するのも対策のひとつです。手形保険に加入していれば、回収不能に陥った際に保険金によって一定の損失を補填できます。
与信管理の一環として、取引先の信用力に応じて保険の活用を検討するのも安全性を高める実務的手段です。
電子決済へ移行し手形依存体質を脱却する
手形に代わる決済手段として、振込やオンライン請求システムなどの電子決済手段の活用も重要です。
これにより資金回収のスピードと確実性が向上し、信用リスクの分散にも繋がります。手形文化からの脱却は、企業全体のキャッシュフロー健全化にも寄与します。
手形不渡りや取引先倒産に関してよくある質問

手形不渡りや取引先の倒産に直面した際、実務上の判断や会計処理について悩むケースは少なくありません。実際によく寄せられる質問を取り上げるので、対応に迷った際の参考にしてください。
不渡りになった手形は税務上どのように扱われますか?
不渡りとなった手形は、一定の条件を満たせば「貸倒損失」として損金に計上できます。相手先の経営破綻が明らかな場合や、内容証明や督促状などの回収努力の記録がある必要があります。
証拠書類を適切に保存し、貸倒処理の正当性を明示するのが税務上のポイントです。
取引先が破産したらすぐに貸倒損失にできますか?
破産手続きの開始が裁判所によって正式に決定された場合など、客観的な事実が確認できれば、取引先からの債権を「貸倒損失」として損金処理できます。
ただし、破産申立て前の段階や可能性があるだけでは認められません。破産開始決定通知や配当不能通知など、具体的な資料に基づく判断が必要です。
不渡りが2回で銀行取引停止になるって本当ですか?
はい、本当です。6ヵ月以内に2回不渡りを出すと「銀行取引停止処分」となり、当該企業は全国銀行協会に通知され、当座取引が停止されます。
これは実質的な企業信用の失墜を意味し、多くの企業がこの段階で事実上の倒産に至ります。1回目の不渡りの時点で継続取引の見直しが不可欠です。
取引先の倒産や不渡りリスクに不安がある方は専門家に相談
取引先の突然の倒産や手形の不渡りは、資金繰りの悪化だけでなく、損失の計上漏れや誤った税務処理といった二次的なリスクにも繋がります。
適切な対応が遅れると損害が拡大する可能性もあるため、判断に迷った段階で専門家へ相談しましょう。
小谷野税理士法人では、取引リスクへの対応から会計処理・税務対策まで、豊富な経験をもとに適切なアドバイスをご提供しています。適切な対応で損失を最小限に抑えるためにも、ぜひ一度小谷野税理士法人にご相談ください。





