法人成りとは、個人事業主が株式会社や合同会社などの法人を設立し、個人の事業を継続することを言います。この時、借入金を法人に移すにあたり必要な手続きが「債務引受」です。これは借入金の返済責任を法人が引き継ぎ、経営管理を法人単位で統一するために行います。
しかし、債務引受には法的や税務上の注意点が存在するほか、金融機関の審査や契約内容の調整が必要となりますから、しっかり押さえておかなければなりません。
この記事ではその基本的な流れや種類、必要書類の準備、検討すべきリスク、税務面でのポイントについて解説しましょう。
目次
債務引受の種類やポイント
債務引受には2つの種類が存在するため、どちらが適しているか見極めが必要です。ここでは手続き上のポイント、メリットや注意点も含め、詳しく解説していきましょう。
債務引受の種類
債務引受には主に「重畳的債務引受」と「免責的債務引受」の2つのタイプがあります。
重畳的債務引受は、個人事業主と法人が共に債務者としての責任を負う形態で、法人が返済を行いつつも個人の責任も残るパターンです。
一方、免責的債務引受は、法人が単独で借入金の責任を負い、個人は連帯保証人としての立場に変わります。個人の返済義務は基本的に法人が返済不能の場合に限定されるため、個人の負担軽減に繋がりやすいのが特徴です。
個人事業主から法人成りをするケースでは、基本的に債務者にとってメリットの大きい免責的債務引受を利用することになるでしょう。しかし、金融機関の判断によっては、貸し倒れリスクの予防等の観点から重畳的債務引受を提案される可能性もありますので、事前に確認しておくと安心です。
免責的な債務引受のポイント
ただし、免責的債務引受を利用する際には、借入金を引き受ける法人の信用力や経営状況が厳しく審査されます。場合によっては、金融機関から連帯保証人の継続や追加担保の差入れを求められることも少なくありません。また、法人が何らかの理由で借入金の返済ができなくなった場合には、連帯保証人である個人に対して再び返済義務が発生するため、責任が完全になくなるわけではありません。
そのため、免責的債務引受を検討する際には、借入金を法人が確実に返済できる状況か、経営計画が現実的かどうかを十分に見直しましょう。金融機関との交渉時には、法人としての返済能力や将来的な収益見通しを明確に示すことが、免責的債務引受の導入を円滑に進める鍵となります。
負債を引き継ぐタイミング
負債の引継ぎは、法人成りのタイミングに合わせて行うのが一般的です。この際、金融機関との契約書の内容をよく確認したうえで、債務引受の申請を行い、金融機関の承認を受けなければなりません。契約書の条件によっては事前に調整が必要な場合もあるため、余裕をもって準備を始めるとよいでしょう。
この手続きを放置してしまうと、会計処理や税務面で混乱が生じる原因となりますので、適切なタイミングで負債を法人に移すことが大切です。
さらに、資産の移転と負債の引継ぎのタイミングを合わせることで、資産と負債のバランスが整い、法人の財務基盤がより安定します。
個人事業主の借入金を法人へ引き継ぐ仕組み
個人事業主が保有する借入金を法人に引き継ぐ際には、主に債務引受という方法が行われます。借入金を移転すれば、資金繰りや返済計画の管理も法人としてまとめられるため、税務上の経費処理も適切に行うことが可能です。
以下より借入金を引き継ぐ際に必要な書類と、債務引受を行う際の一般的な流れを見ていきましょう。
借入金の引き継ぎに必要な書類
借入金の引継ぎ手続きを行う際には、まずは以下のような書類が必要となります。
1.登記簿謄本
法人設立の証明として必要で、法人の存在や代表者の情報を金融機関が確認するために提出します。
2.決算書
直近の決算書が必要となり、法人の財務状況や収益性、返済能力などを審査するために使われます。一般的には、過去1〜2期分の決算書の提出を求められることが多いです。
3.事業計画書
今後の経営方針や事業の見通しを説明する書類です。法人がどのような事業計画で今後運営していくのかを明示し、金融機関に事業の将来性をアピールします。
4.借入契約書および返済履歴
個人事業主時代の借入契約書や、これまでの返済状況が分かる書面の提出が求められる場合があります。これらにより債務の金額や残高、返済の進捗状況などが確認されます。
5.保証人変更に関する同意書
借入金の引継ぎにともない、保証人が変更になる場合には、保証人変更同意書や関連する書類が必要になります。
6.代表者の身分証明書
新代表者や申請者本人の身分を証明する運転免許証やマイナンバーカードなどのコピーが求められるのが一般的です。
また、このあとの債務引受に関しては「免責的債務引受契約書」や「重畳的債務引受契約書」といった契約書が必要となるほか、契約内容や金融機関によって書類が異なる場合もあります。引継ぎ手続き時のトラブルを防ぐため、専門家等のサポートを受けながら事前に確認しておきましょう。
また、会社設立に必要な書類については以下の記事もご覧ください。
関連記事:会社設立の必要書類一覧|株式と合同での違いや提出先まとめ
債務引受の一般的な流れ
次に債務引受の流れについてご説明します。一般的には以下の順に進めることになります。
- 金融機関への相談
- 法人の信用審査
- 契約内容の確認と合意
- 債務引受の手続きと完了
- 会計・税務の整理
債務引受を行う場合、まずは借入先である金融機関や日本政策金融公庫などの公的機関に「債務引受」の意向を伝え、法人への事業承継を進めたい旨を相談しましょう。
そこで金融機関は、個人事業主時代の実績や法人化後の事業計画、資本金の状況、収益性などを総合的に審査し、問題なければ具体的な手続きへと進みます。
次に、法人成りに伴う事業承継の形態や借入条件の変更について双方で合意します。保証人が変更となる場合や連帯保証人を再設定する必要がある場合は、書面で明確に責任範囲を定めることが大切です。
合意できれば法的手続きを行い、債務引受が完了します。この時、借入金の管理体制も個人から法人へ移行するため、会計処理や法人税の対応などについても見直しておきましょう。
借入金を引き継がない場合の対応
法人成りの際には、借入金を引き継がず法人化する方法もあります。その場合は新たな負債を抱えず事業をスタートさせるため、借入金を全額完済するのが理想です。
しかし完済が難しい場合は、返済計画の見直しや返済期間の延長、毎月の返済額の減額など、金融機関と協議して返済負担を軽減する方法があります。また、返済条件の緩和を金融機関へ交渉することも一つの代替案と言えるでしょう。
その他には、資産の一部を売却して借入金の返済に充てる、親族や知人からの借り換えを検討するといった方法も考えられます。さらに、法人設立後に改めて法人名義で融資を受け、個人用の借入金を一括で返済する方法もありますが、この場合は新規法人の信用力や実績に応じて審査が行われるため、事前に十分な資金計画を立てなければなりません。
いずれの方法を選択する場合でも、借入金が残っている限りは個人事業主として引き続き返済義務が残りますから、金融機関や関係者との信頼関係を継続し、返済負担を明確にした上で、将来的な資金繰りを検討するのがおすすめです。
また、女性や35歳未満、55歳以上で法人成りを検討している方は「新規開業・スタートアップ支援資金」も利用できます。詳しくは以下の記事でご確認ください。
関連記事:女性若者シニア起業家支援資金完全ガイド!融資や起業時の注意点も解説
法人における負債の仕訳方法
法人が個人事業主から借入金などの負債を引き継ぐ場合、会計上は適切な勘定科目を用いて仕訳を行わなければなりません。例えば、個人事業主から引き継いだ借入金が長期であれば「長期借入金」、短期(決算日の翌日から1年以内)であれば「短期借入金」の勘定科目を使用します。たとえば、5年返済の借入金1,000万円を引き継いだ場合、次のように仕訳します。
(借方)貸付金 1,000万円 /(貸方)長期借入金 1,000万円
このように借入金の返済期限や内容に応じて科目を正しく使い分けることが重要です。また、負債とともに資産も引き継ぐ場合は「現金」「売掛金」「固定資産」など適切な勘定科目を選択し、同時に仕訳を行います。たとえば、売掛金500万円と機械装置800万円を引き継ぐ例では下記のような仕訳が考えられます。
(借方)売掛金 500万円 /(貸方)未払金 1,300万円 (借方)機械装置 800万円 |
このような会計処理を正確に行うことで、法人の貸借対照表上の資産と負債のバランスが明確となり、財務内容の正確な把握や税務申告時のトラブル回避に繋がります。仕訳の際は、引き継ぐ資産・負債ごとに勘定科目と金額を正確に記録し、記載ミスのないよう注意しましょう。
関連記事:個人事業主の資本金となる元入金とは?仕訳例や金額の決め方を解説
関連記事:法人成りする際の最後の個人事業税はどうやって処理するの?
法人成りにおける税金上の留意点
節税対策のために検討されることも多い法人成りですが、その分税金の控除や取り扱いが変化する部分もあります。申告漏れ等のリスクを回避するためにも、以下のポイントをしっかり押さえておきましょう。
資産・負債の評価と税務リスク
法人成りの際には、個人事業主から法人へ資産や負債を引き継ぐ場合、その評価額の設定方法次第で譲渡所得税や消費税が課税される可能性があります。ここで重要なのは、市場価値に基づいた適正な評価を行うことです。過小または過大評価による税務リスクを防ぐためにも、専門家によるアドバイスを受けながら進めましょう。
法人税と個人所得税の違い
法人化すると税率や各種控除、所得分散の方法が個人事業主時代と大きく異なります。適切な役員報酬の設定や利益の分配を検討することによって、全体的な税負担の最適化が可能です。しかし、過度な節税策は否認される恐れもあるため、現行税法に則って堅実に工夫しましょう。
借入金債務の引受と経費処理
個人事業時代の借入金や資産を法人で引き継ぐ際には、利息支払いや減価償却費の計上方法が変わる点に注意が必要です。法人は損金算入に関する規定や減価償却の法定償却方法が個人事業主と異なるため、移行時における経費処理の見直しが求められます。
適切な時期と決算日調整
法人成りのタイミングによっては、個人事業と法人の収入・支出が重複し、課税の二重負担につながる恐れがあります。スムーズに移行するためには、引継ぎのタイミングや決算期の設定を慎重に調整することが大切です。
関連記事:【税理士監修】法人税とは?税率や計算方法、申告などをわかりやすく解説
債務引受を行う際の注意点
また、法人成りに伴う債務引受に関してもいくつか注意点が存在しますので、確認しておきましょう。
法人・個人のリスクの把握
負債の引継ぎを行う際は、法人と個人が負うリスクを明確に理解することが極めて重要です。特に引継ぐ負債の額が法人の財務状況にどのような影響をもたらすのかを詳細に調査し、事前にリスク評価を実施しましょう。
資産・負債バランスの調整
引き継ぐ負債と資産のバランスを十分に検討することも、安定した法人経営を行う上では重要です。財務諸表をもとにシミュレーションを行い、資産よりも負債が大きくならないよう努めましょう。
専門家との連携による最適な税務対応
法人成りや債務引受に伴う税務申告書の作成や各種手続きは煩雑で、専門的な知識が必要となります。そこでおすすめなのが、早い段階から税理士をはじめとする専門家に相談することです。適切なアドバイスを受けることで、見落としがちなリスクも把握しやすくなりますから、後々のトラブルの予防にも繋がります。
法人成りにおける債務引受のまとめ
法人成りにおける債務引受には、個人事業主としての借入金や負債を新設法人に引き継ぐことで、経営の透明性や会計処理の効率化を図るという目的があります。債務引受には重畳的債務引受と免責的債務引受があり、どちらを採用できるかは金融機関の審査によっても異なるため、事前の確認や準備が大切です。
一方で、債務引受は利益相反取引に該当するため、必要な社内承認手続きも怠れません。手続きや判断に迷う場合は、専門知識を持つ税理士に相談し、適切なアドバイスを受けながら進めましょう。