医師が開業で失敗しないためには、開業までの手順や注意点をしっかり把握しておくことが重要です。しかし、開業を決意したものの、一体どこから手をつけたらいいのか、資金はどれくらい必要なのかわからないという方も多いのではないでしょうか。そこで、この記事では医師が開業するために知っておきたい基礎知識や必要資金、開業の適齢期などについても詳しく解説していきます。
目次
医師が開業するまでの流れ
経営理念・診療方針を決める
医師が開業する場合、まず取り組むべきは経営理念・診療方針を決めることです。具体的にいうと「何を、どのような患者さんに対して、どのように提供していきたいのか」を考えていく必要があります。
この経営理念・診療方針は、開業に必要なさまざまな事柄を選択する際に、ベースとなる考え方です。例えば、開業場所をどこにするかという点も、診ていきたい患者さんの層によって基準が異なります。経営理念・診療方針が明確に定まっていないと、このような選択をする際に戸惑ってしまうことでしょう。よって、まずはベースとなる方針を慎重に検討することが重要です。
とはいえ、開業したいと考えた動機を掘り下げていくことができれば、経営理念・診療方針の策定は難しくありません。「開業してどのようなことをしていきたいのか」「どのような存在になりたいのか」をしっかり考えていくことで、自然と方針は固まっていきます。
ポイントとしては、できる限り具体的な目標や数字を考えることが重要です。例えば「1日に何人の患者さんに対して、どのような診療を行っていきたいか」など、具体的に考えていきましょう。このように掘り下げていくことで、自分がどんな医院を開業していきたいのかが見えてくるはずです。
開業スケジュールを策定する
医院を開業することを決めたら、開業までのスケジュールを策定していきましょう。初めて開業する場合には、少なくとも1年以上の準備期間を設けることが一般的です。できる限り早く準備に取り掛かり、余裕を持って進めていきましょう。
なお、開業スケジュールが遅れる一番の要因となるのが、開業場所の選定に時間がかかりすぎてしまうことです。開業場所は経営に大きな影響を及ぼすため慎重に検討したいところですが、あまりにも時間をかけてしまうと、当初の開業予定日に間に合わない可能性があります。
また開業時期については、どの時期が有利ということは特にありません。実際に開業する医院が多いのは、年度末で退職する医師が多い4~5月となっています。
事業計画を考案・策定する
ベースとなる方針やスケジュールが決まったら、それを実現するための事業計画を策定していきます。事業計画は金融機関から融資を受ける際にも必要なものであり、以下3つの情報についてまとめていきましょう。
- 資金調達方法
開業に要する費用について、どのように資金調達をしていく予定なのかを決定します。 - 開業資金の内訳
賃料や内装工事費、医療機器の導入費用など、開業に必要な費用の内訳を検討していきます。 - 初年度収支計画
開業後の収支見込みを策定します。勤務医の頃とは大きく環境が変わりますが、現実的な数字を記載することが重要です。
事業計画は、資金調達の際に金融機関に提出するだけでなく、開業後の経営方針にも大きく関わってきます。事業計画の策定に不安がある方は、専門家のアドバイスを受けることも検討しましょう。
開業する地域を選んで診療エリアの調査を行う
事業計画を策定して開業までの見通しが立ったら、「診療圏調査」などを参考にしながら開業する地域の選定を行っていきます。この診療圏調査を行うことで、その場所で医院を開業した場合に、1日あたりどれくらいの患者数が見込めるのかを調査することが可能です。推定される患者数が少ない場合、その地域の人口に対して医療機関が十分あるということになるため、開業にはリスクが伴います。開業場所はその後の経営に大きな影響を及ぼすため、事前にしっかりと調査しましょう。
資金調達方法を検討する
開業する地域の選定と並行して行いたいのが、資金調達方法の検討です。医院を開業するためには多額の開業資金が必要となるため、基本的には金融機関からの融資を受けることになります。必要な開業資金の目安は診療科目や地域によっても異なりますが、仮に首都圏で一般内科を開業する場合、5,000~8,000万円の資金が必要になることが一般的です。
必要となる開業資金の算出を終えたら、融資を受ける金融機関を選定します。民間の金融機関のほか、日本政策金融公庫などの公的金融機関も融資を行っています。策定した事業計画書などを提出し、資金調達を進めていきましょう。
医院を開業するための物件を選ぶ
開業する地域が決まったら、実際に医院を開業するための物件探しにうつります。一戸建てや医療モール、ビルのテナントなどのさまざまな形態があるため、経営理念・診療方針に沿った物件を選定していきましょう。
医院の企画・設計を実施する
開業する物件の選定を終えたら、経営理念・診療方針に沿って内装の企画・設計を実施していきます。内装は医師の好みもありますが、ターゲットとなる患者さんを意識したデザインにすることが重要です。また、現在は院内だけでなく、医院へのアプローチ部分やトイレのバリアフリー化が常識になっています。
医院に導入する医療機器を選ぶ
どの医療機器を導入するかは診療科目によって異なりますが、医院間の連携を図るうえでも重要とされているのが「電子カルテ」です。ほとんどの診療科で必要なものであり、導入している医院が増加しています。そのほかにも開業に必要な医療機器を揃えていく必要がありますが、事業計画を確認しながら無理のない範囲で導入を検討していきましょう。
リスク対策を実施する
勤務医と違い、開業すると医師であると同時に経営者という立場にもなります。勤務医の場合でも損害保険などに加入しているのが一般的ですが、開業を機に保険を見直すことも必要です。開業資金として融資を受けた場合には、その借入金についてのリスク対策も含め、保険全体の見直しを図ることをおすすめします。
税理士・公認会計士などの専門家に協力を依頼する
税理士や公認会計士などの専門家に顧問を依頼することで、事業計画の策定や経営方針についてアドバイスをもらうことができます。税務面・会計面から有益なアドバイスをもらえることで、開業後の経営にも大きなメリットがあります。ただし、税理士や公認会計士にも得意分野があるため、医療機関に強い方に依頼するようにしましょう。
スタッフ採用と研修を実施する
どんな人材を採用するかによって医院の印象が左右されるため、開業するうえで非常に重要なポイントとなっています。採用方法は、基本的に求人サイトや求人誌ガイドに広告を打つなどして行うのが一般的です。開業前の勤務先から看護士などを雇用できれば心強いですが、それが困難な場合でも、一人は経験豊富なスタッフを雇用したいところです。
集客のためのPRを行う
他業種と同様、医院においても集客のためのPR活動は非常に重要です。集客につながりやすいPR方法にはホームページや口コミがあり、しっかりと検討していく必要があります。
ホームページを作成する際は、患者さん目線でわかりやすい表現を心掛るようにしましょう。ただし、医療機関の広告には法律上の制限があり、表現方法には注意しなければなりません。厚生労働省の「医療広告ガイドライン」などを参照しながら、法律に抵触しないよう進めていきましょう。
また、良い口コミが広がるよう、地域で行われている集会などにも積極的に参加し、医院を知ってもらう機会を増やしていくことも重要です。
行政機関に医院開業の届け出を行う
医院を開業する際には、厚生局への「保険医療機関指定申請」や、保健所への「診療所開設届」などの届け出が必要となります。管轄によって書式や必要書類が異なるため、届け出を行う際は事前に確認しておきましょう。
また、保健所への届け出を行う際には注意点があります。それは、必ず「物件の契約前に届け出を行うこと」です。医院を開業するうえで、契約した物件に不備が見つかると保健所から許可がおりないケースがあります。物件の契約を終えた後に問題が発生すると、時間的・金銭的ロスにつながってしまうため、契約前に必ず保健所に確認するようにしましょう。
コロナ禍で医師が開業する際の注意点
開業までには1年以上の準備期間が必要であることを述べましたが、コロナ禍ではさらに余裕を持ったスケジュールを組んでおくほうが無難です。内装工事や医療機器の納期が遅延し、保健所や消防局の検査実施にも時間を要する可能性があります。全体的に進行が遅れることを想定し、余裕を持った開業計画を検討していきましょう。
医師が開業する適齢期とは?
医師が開業する場合、専門医としての技術・経験はもちろん、チームをまとめる管理職としての経験や、長期的な事業計画を実現させる経営者としての能力が求められます。これらの経験や知識のほか、自己資金もある程度準備しなければならないことから、医師が開業する適齢期は40~50代前半頃といわれています。
医師が開業する平均年齢
開業時期について、日本医師会が全国の個人医院や医療法人に対して行ったアンケートによると、新規開業年齢の平均値は41.3歳という結果になりました。なお、開業後5年以内の回答者については平均44.9歳、開業後30年を超えた回答者では37.5歳という結果が出ています。つまり、最近では40歳以降で開業する医師が増加しており、ある程度の経験を積んでから開業するケースが主流となっているようです。
医師が病院やクリニックを継ぐ場合の適齢期とは?
厚生労働省が発表した「平成30年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」に記載されている「診療所に従事する医師数と平均年齢」を参照すると、診療所で従事している医師の平均年齢は60歳以上が約半数を占めていることがわかりました。また、70歳以上も20%以上を占めるなど、事業承継問題は深刻な状況にあるといえます。
病院やクリニックを継ぐ場合、譲渡者と後継者がともに働く期間が必要です。よって、譲渡側は遅くとも70代前半には後継者を決定し、後継者は40歳前後が望ましいといえるでしょう。
開業する医師の平均年収
開業する医師の平均年収について、中央社会保険医療協議会が令和元年に実施した「医療経済実態調査」を参照すると、各診療科目別の平均年収は以下のとおりとなっています。
診療科目 | 平均年収 |
内科 | 2,424万円 |
外科 | 1,977万円 |
精神科 | 2,587万円 |
小児科 | 3,068万円 |
産婦人科 | 1,834万円 |
皮膚科 | 2,709万円 |
耳鼻咽喉科 | 1,890万円 |
眼科 | 1,511万円 |
その他 | 2,355万円 |
開業医全体 | 2,374万円 |
診療科目によって異なりますが、開業医全体の平均年収は2,374万円という結果になりました。同調査による勤務医の平均年収が1,491万円だったことを考えると、開業医の平均年収のほうが高い傾向にあることがわかります。
開業する医師が必要な自己資金の目安
医師が開業する場合、金融機関から融資を受けることもできるため、開業に必要な資金をすべて自己資金で用意する必要はありません。とはいえ、自己資金ゼロの場合は、融資を受けるための審査で不利になる可能性があります。よって、開業資金の10~20%程度の自己資金を用意しておくほうが望ましいといえるでしょう。
失敗しないために知っておきたい医師開業のポイント
周辺エリアの既存医院を調査しておく
医師が開業する際には、開業エリアの検討とともに既存医院の調査もしておくことをおすすめします。既存医院を調査することで、その地域のニーズを把握することができ、開業後の経営にも良い影響を与えます。開業を検討しているエリアのニーズと、自院の方針が合っているのか調査しておくことで、失敗するリスクを抑えることが可能です。
ターゲットを明確に設定して強み・専門性を打ち出す
開業を成功させるためには、ターゲットを明確にして強みや専門性を打ち出していくことが重要です。ニーズのある強みや専門性を打ち出すことによって、患者さんが集まりやすくなる可能性があります。開業場所や年齢層によっても異なりますが、医院のコンセプトからターゲットとなる患者さんを設定していきましょう。
導入する医療機器はよく検討する
医療機器を導入する場合は、導入費用に見合った利用者数が見込めるのか、しっかり検討する必要があります。また、例えばCTを導入したとすると、高額な導入費用に加えて臨床検査技師を雇うための人件費が必要になることも考えられます。医療機器を導入する際は、人件費も含めて考えることが重要です。
人件費を考えてパート雇用なども考慮する
開業直後は資金繰りに苦労する場合があるため、常勤の従業員を最小限に抑えることも考慮する必要があります。どうしても人員が必要な場合は、パート雇用にすることで人件費を抑えることが可能です。無駄な人件費によって資金繰りが悪化しないよう、注意しておきましょう。
開業医の定年についての知識
勤務医と違い、医院を開業した場合には定年がありません。自分の健康さえ維持できれば、90代でも医師として働き続けている方もいます。また、実際には事業承継問題によって後継者が見つからず、70歳頃までは引退しない医師が増加しているようです。
しかし、事業承継がうまくいかず、自分も体調を崩したことで廃院となってしまうケースも少なくありません。65~70歳での引退を考えている方は、数年かけて事業承継の準備を行うことが重要といえるでしょう。
医師が失敗しない開業をするためには専門家に相談を検討
ここまで、医師が開業するまでの流れや注意点などについてご紹介してきました。医師が開業に失敗しないためには、入念な準備が必要不可欠です。事業計画の内容や開業場所などは、開業後の経営に大きな影響を及ぼすため、早い段階から専門家に相談することをおすすめします。医院の開業に失敗しないよう、本稿でご紹介した内容をぜひとも参考にしてみてください。