法人の経営は常に順調とは限りません。法人を設立してから事業が軌道に乗るまでの期間や、一時的に売上が低迷した期間は赤字となりやすい傾向があります。そして赤字から黒字に転じた際に活用したいのが繰越欠損金です。利益が出た事業年度の法人税の負担を軽減しつつ、経営の安定化や資金繰りの改善も期待できます。
本記事では、繰越欠損金の概要や適用条件、注意点について詳しく解説します。
目次
赤字の繰越制度とは
赤字は繰り越せる、と聞いたことがある方もいるでしょう。事業年度に生じた赤字を翌年度以降に繰り越し、将来の黒字と相殺できる税務上の制度があります。このような制度を「繰越欠損金」といいます。
繰越欠損金は、次年度以降に黒字となったときに法人税の負担を軽減し、手元資金を確保しやすくなる点がメリットです。まずは制度の概要を確認しましょう。
繰越欠損金とは?
翌年度以降に繰り越す赤字の金額を「繰越欠損金」と言います。決算で発生した赤字の金額を翌年度以降の課税所得から差し引くことで、黒字となった事業年度の課税所得を減らし、法人税の負担を軽減できる仕組みです。
ただし、繰越できる期間は最大10年間と定められており、無期限に利用できるわけではありません。
個人事業主の場合も赤字を繰り越せる制度がありますが、法人とは内容が異なります。個人事業主の方は以下の記事をご覧ください。
関連記事:青色申告者対象の繰越控除とは?確定申告の手続きをわかりやすく解説!
赤字を繰越できる条件
繰越欠損金を利用するには、いくつかの条件があります。
<条件>
- 青色申告の承認を受けていること
- 決算日から2ヵ月以内に申告していること
- 帳簿類の保管や経理処理が適切であること
白色申告では、災害損失を除いて赤字の繰越は認められません。青色申告の承認申請書は、一般的には法人設立時は設立日から3ヵ月以内、それ以外は事業年度開始の前日までに税務署へ提出する必要があります。
税務上、繰越欠損金の適用には正確な帳簿書類の10年間の保存が義務づけられています。赤字の繰越を活用するためには、申告手続きや日々の会計記録を正確に行うことが不可欠です。
繰越期間と適用年数
繰越欠損金は、原則として赤字が発生した事業年度の翌年から最大10年間にわたり適用できます。以前は繰越期間が9年とされていましたが、税制改正により平成30年4月以降に開始する事業年度から適用期間が10年へ延長されました。
適用年数は法改正によって変化してきているため、自社の事業年度に応じて最新の情報を確認しましょう。また、複数年にわたって赤字が生じた場合、古い年度の赤字から順番に控除される点にも注意が必要です。
繰越できる金額の上限
繰越欠損金として控除できる金額には上限が設けられています。資本金の額や課税所得の金額によって実際に控除できる金額は異なります。ここでは資本金の額による違いや控除の基本的なルールを解説します。
その年の課税所得内まで
繰越欠損金として控除できる金額は、その年度の課税所得の範囲内に限られます。例えば、当期の課税所得が1,000万円の中小企業の場合、繰越欠損金が2,000万円あっても、控除できるのは1,000万円までです。課税所得を上回る1,000万円分は翌年度以降に繰り越して控除します。
控除の順序にもルールがあり、古い年度に計上された繰越欠損金から優先的に控除され、控除しきれなかった分が翌年度以降へ引き継がれます。
資本金1億円以下は全額、1億円以上の企業は50%まで
青色申告をしている中小企業(資本金1億円以下などの条件に該当する法人)の場合、課税所得の全額を繰越欠損金で控除できます。
一方、資本金が1億円を超える企業では、繰越欠損金の控除額の上限が課税所得の50%と定められており、無制限に控除することはできません。ただし、中小企業であっても一定の大規模法人(発行済み株式の総数又は出資金額の50%以上を他の代法人に保有されている法人など)の子会社などは、繰越欠損金の控除限度額が50%となる場合があります。
繰越欠損金の上限を正確に把握するためは資本金の額だけでは不十分です。過去に発生した欠損金の繰越期間や適用年度の課税所得の状況によって、実際の控除額がいくらになるかを確認しましょう。
課税所得を超える繰越欠損金については控除できないため、毎年の決算時に繰越欠損金の計上額と残額をしっかり管理しておくことが大切です。
参考:青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除(国税庁)
繰越欠損金の具体的な計算方法・仕訳例
繰越欠損金を適切に計算するために、赤字となった事業年度の損益計算書や税務申告書をもとに繰越欠損金の額を正確に把握しましょう。決算時にはその年度の課税所得から繰越欠損金を差し引き、調整後の課税所得を計算します。
複数年度にわたり赤字が発生している場合には、古い年度の繰越欠損金から順に控除します。年度ごとの欠損金残高を管理し、計算に漏れがないよう注意が必要です。
計算ミスがあると追徴課税などのリスクがあるため、必要に応じて税理士などの専門家のサポートを受けながら適切に対応しましょう。
決算時の計算手順
中小企業で決算時に繰越欠損金を適用する際の流れは、以下の通りです。
- 当期の課税所得を計算する
- 過年度から繰り越されている欠損金の残高を確認する
- 当期の課税所得を上限として、繰越欠損金を控除する
- 調整後の課税所得を算出する
繰越欠損金が多くても控除できる金額は当期の課税所得の範囲内です。繰越欠損金の残高は翌年度以降に繰り越します。複数年度にわたって繰越欠損金を計上している場合は、古い年度の分から控除する点に注意しましょう。
仕訳の記載例
繰越欠損金は税法上の制度であり、税務申告を通じて将来の課税所得から控除されるものです。会計帳簿上、資産として認識される「繰延税金資産」を計上するのは、税効果会計を適用している場合に限ります。税効果会計を適用していない場合、繰越欠損金を計上する際も取り崩す際も会計上の仕訳を行いません。
以下では、税効果会計を適用した場合の仕訳を紹介します。
<欠損金が発生したときの仕訳例>
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
繰延税金資産 | 300,000 | 法人税等調整額 | 300,000 |
繰越欠損金が発生した場合は、将来の課税所得を減らす効果が見込まれる資産として計上するのが一般的です。
たとえば100万円の繰越欠損金を計上するときは、実効税率30%とすると、100万円✕30%=30万円の繰延税金資産とします。繰越欠損金によって将来支払う税金が30万円軽減されると見込まれるためです。
法人税等調整額は、会計上の税金費用と税法上の税負担の差額を調整するための勘定科目です。
<繰越欠損金を取り崩す仕訳>
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
法人税等調整額 | 150,000 | 繰延税金資産 | 150,000 |
100万円の赤字を計上した翌年度に50万円の黒字となった場合、繰越欠損金の一部を取り崩し、繰延税金資産を減額する仕訳を行います。
当期の所得50万円に対して、繰越欠損金50万円を控除できると仮定します(実際には税法上の控除限度額の規定がある場合があります)。実効税率30%とすると、繰越欠損金50万円に対応する繰延税金資産15万円(50万円 × 30%)を取り崩し、繰延税金資産の残高を減らす計算です。
実効税率については、以下の記事も参考にしてください。
関連記事:【税理士監修】法人税率の「実効税率」とは?年所得800万円以下の中小企業の計算式はどうなる?
繰越欠損金のメリット
繰越欠損金を活用すると、赤字が発生した年度の損失を翌期以降の課税所得と相殺できるため、黒字となった事業年度の税負担を軽減できます。
長期間にわたって税負担を軽減する要素として利用できるため、資金繰りに余裕が生まれやすく、経営計画にも柔軟性を持たせられます。
さらに繰越欠損金をうまく活用している法人は、金融機関などからの信用を得やすくなり、投資や設備更新などの資金調達の際にプラス要素として評価されることもあります。繰越欠損金は法人の赤字時のダメージを緩和しつつ、黒字年度の税負担を抑制できる重要な制度といえます。
繰越欠損金のデメリット
翌期以降も赤字が続く場合は繰越欠損金が回収できません。繰越欠損金の活用メリットは、赤字となった翌年度以降に黒字に転換することによって生まれます。損失の繰越期間には制限があるため、早期に収益を回復できない場合には、繰越欠損金の効果を最大限に生かせないリスクがある点に注意しましょう。
連続して赤字決算が続くと債務超過になるリスクが高まり、金融機関からの融資審査が厳しくなることが一般的です。その結果、資金調達が難航し、事業継続や成長戦略に支障をきたす可能性があります。繰越欠損金があるからと油断して資金計画をおろそかにすると、長期的な企業価値の向上を妨げかねません。
法人は赤字の場合も一定の税金がかかります。赤字になった場合の税金については以下の記事も参考にしてください。
関連記事:赤字の場合にかかる法人の税金は?確定申告や融資などについても解説
まとめ
法人の赤字を将来の黒字と相殺できる繰越欠損金は、上手に活用すれば利益が出た事業年度の課税所得を減らし、法人税の負担を軽減する効果があります。ただし、赤字を計上した時点から繰越欠損金をすべて解消するまで、長期間にわたる適切な管理が必要です。
赤字の場合はどのように申告すればよいのか、繰越欠損金と黒字を相殺するにはどうしたらよいのか、専門知識がないと不安に思うことも多いでしょう。誤った計算をしてしまうと、繰越欠損金のメリットを受けられなかったり、追徴課税などのペナルティを受けたりするリスクがあります。一人で悩まずに税理士のサポートを受けると安心です。