資本金の増資と減資は、一見すると正反対の方向を向いた企業活動に思われがちです。しかし、これらを同時に行うことで、企業にとって大きな戦略的メリットを得られるケースもあります。
本記事では、資本金の増資と減資を同時に行う仕組みやその手続きの流れ、企業にもたらすメリットや注意すべきデメリットについて解説します。
目次
増資と減資を同時に行う目的
増資と減資を同時に行う目的は、企業の財務体制をより柔軟なものに整えるためです。
たとえば、会社が成長する中で将来の投資や資金調達のために資本金を増やす(=増資)必要が出てくることがあります。一方で、過去に出た赤字を補填するために、資本金を減らす(=減資)ことが必要になる場合もあります。
この「増資」と「減資」を同時に行うことで、以下のような財務面の目的が達成できます。
- 財務状態の健全化
- 資本の最適化
- 経営の柔軟性向上
企業としては増資と減資を同時に行うことで、過去の財務整理とこれからの事業展開への準備が行えます。
1.財務状態の健全化
過去の損失を損失処理による財務のリセットと新規資本による成長投資を一度に行うことで、財務体制を立て直し、将来の成長に備えることができます。
2.資本の最適化
過剰な資本や不必要な累積損失を整理し、適正な資本金の水準へと調整することで、企業の実態に即した資本構成を整えることができます。
3.経営の柔軟性向上
資金調達の余地を確保しつつ、財務の引き締めも同時に行えるため、経営判断の選択肢が広がります。
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増資と減資を同時に行うメリット
増資と減資を同時に行うことは、一見すると複雑に思えるかもしれませんが、上手に活用すれば企業にとって大きなメリットがあります。
ここでは、その具体的なメリットについてご紹介します。
1.手続きの効率化
増資と減資を別々に実施するよりも、公告や株主総会などの手続きが一本化され、手続きの効率化と時間の削減につながります。
2.外部への信頼性向上
資金調達の透明性が高まり、外部の債権者や投資家に対して企業が自らの資本管理能力を示す機会となります。これにより信用力の向上や資金調達の円滑化が期待できます。
3.リスクの分散
減資によって過去の損失を整理しながら、増資で得た新たな資金を将来の事業へ投入することで財務・事業両面のリスクを分散できます。
4.財務活動の柔軟性
経済環境や市場変化への迅速な対応が可能になり、機動的な資本政策を実行できる体制が整います。
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増資と減資を同時に行うデメリット
増資と減資を同時に行うことは、資本構成の最適化や財務の健全化につながる一方で、慎重な判断と綿密な準備が求められます。実施方法を誤ると、かえって企業の信頼や財務に悪影響を及ぼす恐れもあるため、リスクについても正しく理解しておく必要があります。
ここでは、増資と減資を同時に行う際に注意すべきデメリットについて解説します。
1.手続きの複雑さ
増資と減資の手続きは、それぞれ異なる法的要件を満たさなければなりません。そのため両方を同時に行う際の手続きはより複雑になり、専門的な知識が要求されます。法律や手続きの理解が不十分な場合には、迷わず専門家に相談、または依頼することをおすすめします。
2.コストの増大
増資と減資を同時に行う場合、必要な書類や公告の対応にかかる経費が増加します。登録免許税や公的書類作成にかかるコストも増えるため、想定以上に費用がかかると考えた方がよいでしょう。
3.債権者との関係悪化の可能性
増資と減資は債権者保護手続きに影響を与えるため、債権者から意見や異議申し立てが出るリスクがあります。これによりスケジュールが遅延したり、対外的な信頼関係に悪影響が出る可能性もあります。
4.法的トラブルのリスク
公告や通知など法定手続きに不備があると、登記が却下されたり取引先や株主からの信頼を損ねたりする恐れがあります。とくに形式に厳しい会社法関連の手続きでは、ちょっとした不備が後の大きなトラブルにつながることもあります。
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増資と減資を同時に行う手続きの流れ
増資と減資を同時に行う場合、企業の資本構成に大きな変化が生じるため、手続きは段階的かつ慎重に進める必要があります。全体の流れとしては以下のようになります。
- 株主総会での決議
- 公告と債権者への通知
- 出資手続きと総数引受契約
- 効力発生
- 登記申請
- 登録免許税の支払い
以下より、それぞれのステップで行うべき作業について詳しく解説します。
1.株主総会での決議
まず、株主総会での特別決議を行います。増資および減資の内容を株主に提案し、承認を得る必要があります。特に資本に関わる重大な変更は、通常の決議ではなく、より厳格な要件を満たす特別決議が必要とされるので注意しましょう。
増資では、新たに発行する株式の数や条件、引受人などが議題となり、取締役会で事前に協議された内容をもとに審議されます。
減資については、資本金の減額理由やその影響についても詳細な説明が求められます。取締役会での議事録は資料として残し、対外的にも透明性を確保することが重要です。
2.公告と債権者への通知
増資や減資の際は官報で公告を行い、債権者に異議申し立ての機会を提供することが法律で定められています。特に主要な債権者には個別通知を行い、慎重に対応することで法的トラブルを防ぎ、企業の信頼を守ることに繋がります。
3.出資手続きと総数引受契約
増資に向けた出資手続きでは、新たに発行される株式を引き受けるための金額を払込む必要があります。これに先立ち、株主総会で発行株数や払込金額を明確に決議しておくことが前提です。
総数引受契約は会社と出資者の間で締結され、新株の発行条件や払込期限を定めるものであり、スムーズな資金調達の基礎となります。上場企業の場合は、金融商品取引法に基づく関係機関への届出が必要になる場合もあります。
4.効力発生
増資と減資を同日に行う場合、効力発生日の設定が非常に重要です。この日は資本構成の変更が法的に実施される基準日となります。
効力発生日は株主総会の決議時に設定することも可能であり、その場合は決議と同時に法的効果が発生するよう準備を整える必要があります。
5.登記申請
増資や減資が決まったら、まず株主総会の議事録や株主リスト、決議書など必要な書類を用意します。
次に、法務局に提出する登記申請書類を準備します。必要な書類や形式は法務局によって異なるので、最新情報の確認が必要です。また、登録免許税の支払いも忘れずに行い、納税証明書も添付します。
すべての書類が整ったら法務局に申請し、登記が完了すると資本構成が正式に認められます。
6.登録免許税の支払い
増資の場合、増額部分の0.7%の登録免許税が課されますが最低でも3万円が必要です。たとえば増資額が100万円であっても、実際の納税額は最低税額である3万円となります。
一方、減資については資本金の額に関わらず一律3万円の登録免許税がかかります。納税は一般的には申請時に収入印紙を貼付けするため、事前に納税額を計算をしておきましょう。
効力発生日を決議時に定めるケースについて
効力発生日を株主総会での決議時に設定する方法は、手続きの迅速化と確実な実行という点で有効です。この方式では、決議と同時に効力発生日を明記した議事録を作成し、その日をもって資本構成の変更が法的に確定します。
事前に株主への説明資料を準備し、疑問や懸念を解消するための質疑応答の機会も設けると良いでしょう。決議後は、債権者保護手続きや登記書類の準備を速やかに行い、適正な手続きを進めます。
このように効力発生日をあらかじめ定めておくことで、スケジュールが明確になり、社内外の関係者への周知もスムーズに行えるメリットがあります。
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トラブルを防ぐための注意点
それぞれの手続きをすすめる際は細心の注意が必要です。ここでは手続きにおけるトラブルを防ぐ要点について解説をします。
貸借対照表や資本構成に正確な情報を提供すること
曖昧な情報を提供することは債権者との信頼関係を損なう恐れがあるため、データの正確性を確保することが重要です。
債権者への公告・通知を必ず行うこと
債権者が異議を申し立てる機会を与えない場合、将来的に法的トラブルが生じるリスクがあります。関連する義務を怠らないよう徹底しましょう。
各手続きに設定された期限を厳守すること
手続きの遅延は法的な効力に悪影響を及ぼすため、スケジュール管理を徹底し、遅れがないように気をつけましょう。
専門家への相談を検討すること
法律や税務に関する判断は専門的な知識を要するため、不安がある場合は専門家に相談するのが確実です。不足した知識による判断ミスはトラブルを招きかねません。特に増資を行うと、その年の納税額にも影響を及ぼすため、事前に税理士に相談をすることをおすすめします。事前に相談をすることで、納税における節税対策のアドバイスももらえるでしょう。
まとめ
増資と減資を同時に行うことで、資本構成の見直しや財務基盤の強化が図れます。ただし、目的や意図を明確にし、適切なスケジュールと正確な手続きを行うことが重要です。特に株主総会での議決、債権者への対応、効力発生日の設定などは慎重に進める必要があります。
また、手続きには法務・税務の専門知識が求められるため、税理士などの専門家に相談することで、スムーズかつ確実に進めることができます。事前に課題や目的、不明点を整理しておけば、より的確なアドバイスが得られます。
計画的な準備と信頼できる専門家のサポートがあれば、トラブルを防ぎながら、企業の成長に資する資本戦略を実現することができます。