超高齢化社会を迎える日本において、事業承継は多くの企業が抱える重要な問題のひとつです。後継者の選定・育成も大きな課題ですが、事業承継に要する資金についてお悩みの方も多いのではないでしょうか。事業承継に必要な資金面の問題をサポートするために、各金融機関では様々な融資制度が実施されています。この記事では、事業承継における融資制度や事業承継ローンの基礎知識について、注意点なども含めて詳しく解説していきます。
目次
事業承継とは
事業承継とは、事業や会社の経営権を後継者に引継ぐことを指します。現経営者が所有している株式を後継者に引き渡すことで、その会社の経営権を譲渡する方法が一般的です。しかし、事業承継の形態には、他にも様々なケースが考えられます。例えば、複数の事業を行っている会社がそれぞれの事業に後継者を立てる場合や、事業に関連する資産のみを引き継がせる場合などが挙げられます。いずれにせよ、現経営者の引退後も事業を行う場合、事業承継は必要不可欠なプロセスであることに違いありません。
事業承継の融資制度の目的について
事業資産を買い取る目的での利用
経営者が死亡すると、経営者名義の財産は原則として相続人が承継します。そして、相続財産に事業用資産が含まれていた場合、事業とは無関係な相続人へと資産が渡ってしまうことになるのです。そのままの状態では事業に支障をきたすため、後継者は相続人から事業用資産を取得する必要があります。
しかし、相続人から事業用資産を取得するためには、その資産価値に相当する現金を用意しなければなりません。そこで、事業用資産を買い取るために融資制度が利用されています。なお、このような事態を避けるためにも経営者の生前対策は非常に重要だといえるでしょう。
相続税などの納税資金としての利用
相続が発生した場合、相続財産の額によっては相続税を納める必要があります。このときに問題となるのが、相続財産のほとんどが不動産などの実物資産だった場合です。
相続財産の預貯金が少ない場合、相続税を支払えるだけの現金を相続人が持ち合わせていない可能性があります。また、相続税は相続発生から10か月以内に納付する必要があり、実物資産を換価するには時間が足りないケースがほとんどです。
そこで、相続税などの納税を目的として融資制度が実施されています。
事業承継がきっかけで資金調達が困難になった場合の利用
多くの場合、会社名義で融資を受ける際には代表者個人が連帯保証人となることを求められます。事業承継にあたって連帯保証人の地位も後継者に引き継ぐことになりますが、後継者に負担をかけないために個人保証を解除する経営者も少なくありません。
しかし、個人保証を解除したことや後継者の信用度によっては、事業承継後の融資で不利になるおそれがあります。このようなケースにおいても、事業承継における融資制度の活用を検討すべきといえるでしょう。
事業承継の融資を受ける条件
事業承継を策定して実際に計画を立てていること
事業承継の融資を受けるためには、中期的な事業承継計画を現経営者と後継者が協力して策定することが要件のひとつになっています。事業承継は会社にとっての一大プロジェクトであり、その計画書作成も非常に重要な意味を持ちます。事業承継計画がしっかりと練られていれば、事業承継後の経営や金融機関の印象にも好影響を与えられるでしょう。
また、事業承継計画策定の段階から後継者が参加し、計画自体に後継者の意見や希望を取り入れることも重要なポイントです。後継者が事業承継計画の策定に携わることで、あらためて次期後継者としての覚悟や心構えを持つ良い機会にもなるでしょう。
事業承継をきっかけとして新たな事業展開を考えていること
ただ単に既存事業を承継するだけではなく、事業承継をきっかけに新たな事業展開や経営の多角化を図る場合にも融資を受けることが可能です。長期化するコロナ禍の影響や物価の高騰を受け、日本経済の状況は大きく変動しています。このような現状に対応するべく、新規事業の立ち上げや事業転換に取り組む方への支援が行われています。事業承継の際に必要な資金のみならず、新たな事業展開を検討している場合にも活用できることを覚えておきましょう。
事業承継に向けて安定した経営権を確保しようとしていること
経営権とは、経営者が人事・財務・生産方式などについて管理・決定する権利のことを指します。ただし、これらの権限はあくまで一般的な例であり、法的に定義されているものではありません。より具体的な例としては、株式会社であれば発行済み株式数の過半数を所有している者が、実質的な経営権を所有しているとみなされます。過半数の株式を所有していることで、役員の選解任や増資、剰余金の配当などについて決議することが可能です。
会社の方針に大きな影響を及ぼす経営権の確保は、事業承継において非常に重要な課題です。融資制度においても、安定的な経営権の確保に向けた取り組みを行っているかという点は重視されています。
日本政策金融公庫が提供する「事業承継・集約・活性化支援資金」とは
「事業承継・集約・活性化支援資金」とは
事業承継・集約・活性化支援資金とは、事業譲渡や合併によって有用な事業を承継・集約する中小企業等の資金調達を支援する制度です。公的金融機関である日本政策金融公庫が実施しており、地域経済における産業活動の維持・発展などを目的として行われています。
日本政策金融公庫は国から出資を受けて設立された公的機関であり、民間の金融機関ではカバーできない部分を支援しています。この事業承継・集約・活性化支援資金も、事業承継に関する特別な融資制度の一種であるため、申請条件に該当する方は利用を検討してみてください。
なお、事業承継・集約・活性化支援資金の内容は「国民生活事業」と「中小企業事業」のふたつに分類されています。
国民生活事業とは、創業間もない企業や小規模事業者を対象とした事業です。無担保や低金利の融資制度が充実しており、資金繰りに悩んでいる小規模事業者等が利用しやすい制度といえます。一方、中小企業事業は中小・中堅企業等を対象に事業資金の融資などを行う事業です。多種多様な業種に長期的な融資を行っており、融資額の規模も大きいことが特徴です。
ここでは、「中小企業事業」における事業承継・集約・活性化支援資金の概要について解説していきます。
利用条件
事業承継・集約・活性化支援資金を利用するためには、以下のいずれかに該当する必要があります。
融資対象者 | 資金用途 |
① 中期的な事業承継を計画し、現経営者が後継者とともに事業承継計画を策定している方 | 事業承継計画の実施に要する設備資金・長期運転資金 |
② 安定的な経営権の確保等によって、事業の承継・集約を行う方 | 事業承継に要する設備資金・長期運転資金 (事業承継・集約に要する転貸資金を含む) |
③ 事業の承継・集約をきっかけに、新事業の展開や経営多角化など新たな取り組みを行う方 | 当該事業の実施に要する設備資金・長期運転資金 |
④ 中小企業経営承継円滑化法にもとづき認定を受けた、中小企業者の代表者や個人等 | 事業承継に要する設備資金・長期運転資金のうち、中小企業経営承継円滑化法施行規則に定める資金 |
⑤ 事業承継によって金融機関からの資金調達が困難となり、公庫が貸付の際に経営者個人保証を免除する方 | 金融機関との取引状況が変化したことで必要となった長期運転資金 |
事業承継を検討している方であれば、いずれかの要件に該当するのではないでしょうか。どの要件においても、事業承継に要する運転資金であれば融資を受けることが可能です。また、建物等の契約更新に伴い、一時的に施設等を借りるための資金も長期運転資金に含まれます。
業種を問わず、幅広い方が利用できる融資制度となっているため、資金繰りでお悩みの方は申請条件をしっかり確認しておきましょう。
融資限度額
融資限度額は、直接貸付で7億2,000万円となっています。この直接貸付とは、日本政策金融公庫が行う融資のうち、申し込みや審査、融資の実行までをすべて日本政策金融公庫が行う融資形態のことを指します。
融資利率
融資利率は上限3%となっています。ただし、どの利用条件に該当するのかによって利率が変動する場合があります。また、一定の要件を満たすことで利率が緩和されるケースも定められており、低金利で融資を受けることが可能です。詳細が気になる方は、公式サイトで要件をチェックしておきましょう。
返済期間
事業承継・集約・活性化支援資金を利用した場合の返済期間は、以下のとおりとなっています。
資金用途 | 返済期間 |
設備資金 | 20年以内(うち据置期間2年以内) |
運転資金 | 7年以内(うち据置期間2年以内) 公庫融資借換特例制度を適用する場合は、 8年以内(うち据置期間原則1ヵ月以内) |
公庫融資借換特例制度とは、より低金利な融資制度への借り換えを行うことで、総返済額を抑えることを目的とした制度です。新型コロナウイルスなどの影響によって資金繰りが悪化した事業者等が対象となっています。事業承継・集約・活性化支援資金についても規定されているため、予備知識として覚えておきましょう。
一般金融機関の提供する「事業承継ローン」とは
公的金融機関だけではなく、一般の金融機関においても事業承継に関する融資制度は実施されています。名称は各金融機関によって異なりますが、事業承継に要する様々な費用負担をサポートするために用意されたのが「事業承継ローン」です。事業承継を行う際には、後継者にとって大きな費用負担がかかります。具体的な費用としては、以下の費用などが考えられるでしょう。
- 相続税
- 株式の取得費用
- 不動産取得税
- 贈与税
- 登録免許税
- 法人税
これらに加えて、現経営者が連帯保証人となっている債務がある場合には、その地位も引き継がなければなりません。
一般金融機関による事業承継ローンは、他の融資と比較して審査が通りやすくなっており、条件も有利な内容になっています。融資限度額や利率などの条件は各金融機関によって異なるため、利用を検討する際は直接確認しておきましょう。
事業承継ローンを活用する際の注意点
申請してすぐに借入れはできない
事業承継ローンは、申請後すぐに融資を受けられるわけではありません。どの金融機関においても、ある程度の審査期間が設けられています。金融機関によって異なりますが、審査結果が出るまでに3週間~2か月程度の期間を要する場合がほとんどです。
よって、実際に税金などの支払いを行う前に融資を受けられるよう、融資実行までにかかる期間も踏まえたうえで事業承継計画を策定する必要があります。できる限り早い段階から事業承継計画を検討し、不安な場合は専門家へ相談してみることをおすすめします。
審査が全て通るわけではない
事業承継ローンには審査があることを述べましたが、当然ながら必ず審査を通過できるわけではありません。審査を通過するための条件は明記されていませんが、以下に該当する方は審査に落ちやすいといわれています。
- 他の金融機関からの融資やカードローンを利用しており、返済に滞りがある
- 事業承継計画の内容に説得力がない
- 業績があまりよくない
このようなケースに該当する場合、返済能力が疑われるため審査では不利になるでしょう。事業承継計画を策定する際は、事業承継ローンを利用できなかった場合も想定しておくことが重要です。
結果的にかかる費用が大きくなる可能性がある
補助金や助成金と違い、事業承継ローンは利息をつけて返済しなければなりません。よって、自己資金で支払った場合と比較して総返済額が大きくなるというデメリットがあります。自己資金の用意があるにも関わらず、事業承継ローンの利用を検討している場合は注意が必要です。
また、毎月の返済額を低く設定することで返済期間が延びると、利率も高くなってしまいます。融資には返済義務があることを、あらためて認識したうえで利用を検討していきましょう。
事業承継の融資をうまく活用したい場合は専門家への相談も検討が必要
事業承継を行うには、経営権の確保や納税のために様々な資金が必要になります。事業承継は後継者の費用負担が大きくなるため、慎重に資金計画を検討しなければなりません。資金繰りでお悩みの方は、本稿でご紹介した融資制度の活用も視野に入れてみてはいかがでしょうか。また、事業承継計画の立案や現実的な資金計画の策定が難しい場合には、専門家への相談も検討していきましょう。