労働保険は「広義の社会保険」には含まれますが、「狭義の社会保険」には含まれません。よって、「広義の社会保険と」労働保険は同じものですが、「狭義の社会保険」と労働保険は違うものです。社会保険という単語が指すのが、広義なのか狭義なのかを文脈などから判断する必要があります。この記事では、狭義の社会保険と労働保険の違いを解説します。
目次
労働保険は「広義の社会保険」だが「狭義の社会保険」ではない
「社会保険」という言葉には、広義と狭義の2つの使われ方があります。労働保険は「広義の社会保険」ですが「狭義の社会保険」ではありません。
広義の社会保険 |
|
狭義の社会保険 |
(労働保険は含まない) |
このように定義が異なるため、「社会保険」という言葉が使われている場面では、どちらの意味なのかを読み取る必要があります。
例えば、厚生労働省の資料では、日本の社会保険には以下の4種類があるとされています。
- 病気・けがに備える「医療保険」
- 加齢に伴い介護が必要になったときの「介護保険」
- 年をとったときや障害を負ったときなどに年金を支給する「年金保険」
- 仕事上の病気、けがや失業に備える「労働保険」(労災保険・雇用保険)
この資料では、労働保険も「社会保険」の1つに含まれるとされています。そもそも社会保険とは、民間保険と区別するために使われていた言葉だからです。社会保険への加入は法律で義務付けられていますが、民間保険は自由に加入契約ができます。
一方で、労働保険を「社会保険」に含めない方が実務がスムーズに進む場合があります。保険料を例に挙げると、健康保険料・厚生年金保険料は毎月納付ですが、労働保険料は年1回の納付です。よって、帳簿でも分けて記帳されます。
このように、本来はひとくくりであった言葉に対し、現場での扱いやすさから分けて呼ぶ必要が出てきました。こうした背景から、社会保険には広義と狭義の違いが生まれています。
表にすると以下の通りです。
分類 | 保険の種類 | 保険の名称 | |
広義の社会保険 (国が提供する公的な保険) | 狭義の社会保険 (実務上よく使われる定義) | 医療保険 |
|
年金保険 |
| ||
介護保険 | |||
労働保険 | 労災保険 | ||
雇用保険 |
参考:社会保険制度|広島県
つまり、「社会保険」とひとことで言っても、文脈によって指している範囲が異なります。情報を得る際は、社会保険という単語が示すのが「労働保険を含む広義」か「労働保険を含まない狭義」なのか意識しましょう。
社会保険の概要について詳しくは下記の記事をご確認ください。
社会保険と労働保険は備える範囲や対象者などが違う
ここでは、それぞれの公的な保険の違いを下記の4つの観点から見ていきましょう。
- 目的
- 対象者
- 保険料の負担方法
- 手続き主体
以下、1つずつ解説します。
制度の目的の違い:「何に備える保険なのか」が違う
狭義の社会保険と労働保険は、制度の目的が異なります。
分類 | 保険の種類 | 保険の目的 |
狭義の社会保険 | 医療保険 年金保険 介護保険 | 日常生活のリスク保障 |
労働保険 | 労災保険 雇用保険 | 働くことに伴うリスク保障 |
狭義の社会保険は、医療、老後、介護など生活全般のリスクに備えるための制度です。一方、労働保険は、労働に起因するリスクに備えます。
例えば、日常の体調不良の際に医療費の一部を補助するのが医療保険、老後の生活資金を支えるのが年金保険です。一方、仕事中にケガをした際の治療費や、失業時に受け取れる失業給付は、労災保険や雇用保険から支給されます。
参考:国民健康保険の加入資格について|厚生労働省
参考:国民年金の加入と保険料のご案内|日本年金機構
参考:労働保険関係の成立と対象者|群馬労働局
対象者の違い:「誰が給付を受けられる保険なのか」が違う
狭義の社会保険と労働保険は、給付を受けられる対象者が異なります。
狭義の社会保険は、会社員や公務員などの被用者だけでなく、自営業や専業主婦(主夫)なども含めた国民全体が対象です。一方、労働保険の対象は、実際に雇用されて働いている労働者本人だけです。
分類 | 保険の名称 | 給付を受けられる人 | 給付の例 |
狭義の社会保険 | 国民健康保険 | 組織に属さない人 (自営業、無職など) | 医療費、高額療養費、出産育児一時金など(傷病手当金は原則なし) |
国民年金 | 20歳以上のすべての人 | 老齢基礎年金、障害基礎年金、遺族基礎年金 | |
健康保険 | 組織に属して報酬を得る人 (役員を含む) | 医療費、高額療養費、出産育児一時金、傷病手当金など | |
厚生年金保険 | 老齢厚生年金、障害厚生年金、遺族厚生年金 | ||
介護保険 | 40歳以上の医療保険加入者のうち、「要介護・要支援」と認定された人 | 介護サービス利用料 | |
労働保険 | 労災保険 | 組織に属して報酬を得る人 (役員を含まない) | 療養給付、休業補償、障害一時金、遺族への一時金など |
雇用保険 | 失業手当、育児休業給付、介護休業給付など |
ただし給付を受けるには、労働時間などの条件を満たさなければならないケースもあります。詳しくは各保険のホームページをご確認ください。
参考:国民健康保険の給付について|厚生労働省
参考:公的年金の給付の種類|厚生労働省
参考:保険給付の種類|協会けんぽ
参考:介護保険制度について|厚生労働省
参考:サービスにかかる利用料|介護保険の解説|厚生労働省
参考:労災給付の種類|厚生労働省
参考:雇用保険制度の概要|ハローワーク
保険料の負担方法の違い:「誰が保険料を支払うのか」が違う
狭義の社会保険と労働保険では、保険料を「誰が・どのくらい負担するか」が異なります。
分類 | 保険の名称 | 保険料の負担者 |
狭義の社会保険 | 国民健康保険 (+介護保険) 国民年金 | 本人 |
健康保険 (+介護保険) 厚生年金保険 | 事業主と従業員で折半 | |
労働保険 | 労災保険 | 事業主 |
雇用保険 | 事業主と従業員 (割合は業種によって異なる) |
例えば、会社員が毎月支払っている健康保険料や厚生年金保険料は、同額を会社も負担しています。一方、労災保険料は労働者が払う必要はなく、会社が全額支払います。
なお、40歳以上になると、医療保険料(国民健康保険料or健康保険料)に介護保険料が上乗せされます。
参考:パート・アルバイトの皆さんへ社会保険の加入対象により手厚い保障が受けられます。|政府広報オンライン
参考:労働保険料の申告・納付|厚生労働省
手続き主体の違い:「誰が加入手続きするのか」が違う
それぞれの保険で、保険に加入する手続きをする人、つまり手続き主体が異なります。ここでは狭義の社会保険か労働保険かの違いよりも、「組織に属しているか否か」が重要です。
組織に属している会社員などの場合、原則として事業主(会社など)が手続きしてくれます。一方、会社を辞めたときなど組織に属していない場合、本人が役所などで国民健康保険や国民年金への手続きをしなければなりません。この際、労働保険の加入は不要です。
分類 | 保険の名称 | 手続き主体 | 手続き先 |
狭義の社会保険 | 国民健康保険 (+介護保険) | 加入者本人 (自営業、無職など) | 区市町村 |
国民年金 | |||
健康保険 (+介護保険) 厚生年金保険 | 事業主(法人や、条件を満たす個人事業主) | 健康保険組合または 日本年金機構 | |
労働保険 | 労災保険 | 労働基準監督署 | |
雇用保険 | 公共職業安定所 (ハローワーク) ※加入条件あり |
なお、介護保険は、40歳以上になると自動的に加入します。
参考:手続き・届出|国民健康保険|渋谷区ポータル
参考:国民年金に加入するための手続き|日本年金機構
参考:新規適用の手続き|日本年金機構
参考:労働保険の成立手続|厚生労働省
参考:雇用保険適用事業所を設置する場合の手続きについて|東京ハローワーク
なお、個人事業主の場合、条件付きで加入できる社会保険もあります。状況によっては、普通に国民健康保険+国民年金に入るよりも保険料が割安になる場合も。個人事業主の社会保険について詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:個人事業主が加入すべき社会保険の種類|加入条件や健康保険組合一覧まとめ
また、会社を設立した際の加入手続きについて詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:会社設立時にする社会保険の加入手続き|費用は?いつから支払う?
社会保険と労働保険の違いについてよくある質問
ここでは、よくある質問2点にお答えします。
「会社の社会保険に入る」ってどういう意味?
「会社の社会保険に入る」とは、会社に就職する際に複数の公的な保険にまとめて加入することを指すのが一般的です。
具体的には、以下の4つの保険への加入を意味する場合が多いです。
- 健康保険(40歳以上なら介護保険も含む)
- 厚生年金保険
- 労災保険
- 雇用保険
このシーンの場合、社会保険という単語が示すのは「労働保険を含む広義」であると解釈できます。
ただし、雇用保険は条件を満たす従業員だけが加入できます。詳しくは下記のホームページや記事をご確認ください。
参考:雇用保険制度Q&A~事業主の皆様へ|厚生労働省
関連記事:雇用保険の加入条件とは?特徴や注意点・手続きの流れを徹底解説!
なお、20歳未満でも、正社員として働き始めた場合は会社の社会保険に加入します。よって20歳未満であっても厚生年金を通じて年金保険料を納めることになり、将来の年金受給資格にカウントされます。
参考:10代の皆さんへ|いっしょに検証!公的年金|厚生労働省
個人事業主でも従業員がいたら社会保険と労働保険に入るの?
従業員がいる個人事業主の場合、狭義の社会保険は事業の種類と規模によって加入の必要性が変わります。一方で、労働保険への加入は必要です。
まず狭義の社会保険(健康保険+厚生年金)は、下記2点を両方満たす場合に加入が必要です。
- 常時5人以上の従業員を雇っている
- 法定17業種に該当する業種である
※法定17業種の詳細は下記の厚労省の資料の4ページ目をご確認ください。
参考:個人事業所に係る適用範囲の在り方について|厚生労働省
一方で、労働保険(労災保険+雇用保険)は下記の条件に当てはまる場合に加入が必要です。
労災保険 | 労働者を1人でも雇ったら、業種や雇用形態を問わず加入が必要 |
雇用保険 | 「週20時間以上労働かつ31日以上の雇用見込みがある従業員」がいる場合、加入が必要 |
個人が従業員を雇った場合の手続きについて、詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:【個人事業主向け】従業員雇用時のガイド|手続きや税務上の注意点を解説
社会保険の手続きが不安な方はご相談ください
この記事では、社会保険と労働保険の違いについて解説しました。
労働保険は広義の社会保険に含まれますが、狭義の社会保険には含まれません。狭義の社会保険が日常生活のリスクを保障するのに対し、労働保険は労働に伴うリスクを保障します。また、加入手続きの主体や保険料の負担者も異なります。
社会保険も労働保険も、それぞれ加入条件や手続き先が異なり複雑です。その上、手続き期限もあります。従業員の雇用状況変更や法人化などにより、保険の取り扱いが変わる際はご注意ください。社会保険に未加入だと、罰金や懲役の対象になる場合があります。
そのため、社会保険や労働保険の手続きが不安な方は、ぜひ税理士などの専門家にご相談ください。税理士は、個別のケースに合わせて、加入すべき保険の判断や手続きをサポートいたします。