中小企業が設備投資を行う際、税制優遇制度を活用することで、経営の負担を軽減できます。その中でも「特別償却」と「税額控除」は、多くの企業が関心を持つ制度です。しかし、それぞれの仕組みやメリット・デメリットを正しく理解し、適切に選択しなければ、思わぬ税負担に繋がることもあるでしょう。本記事では、中小企業が知っておくべき特別償却と税額控除の基本を解説し、制度を活用する際の重要なポイントを紹介します。
目次
特別償却とは
特別償却とは、企業が一定の資産を取得した際に、通常の減価償却よりも早く費用計上できる制度です。これにより、所得を圧縮し法人税の負担を軽減できるため、特に設備投資を行う企業にとって資金繰りの改善や事業成長に寄与するでしょう。
通常の減価償却は、資産の耐用年数に応じて段階的に行われるのに対し、特別償却は取得初年度に一定割合を一括償却できるため、早期の節税効果が得られるのが特徴です。
ただし、中小企業が特別償却を活用するためには、一般的には「中小企業投資促進税制」を利用する必要があります。
この制度では、特別償却のほかに「税額控除」という仕組みも選択できます。企業の財務状況や資金繰りを考慮し、どちらの制度を活用するのが最適か慎重に判断しましょう。
関連記事:【税理士監修】特別償却と税額控除とは?節税のポイントや中小企業向けの控除について解説
中小企業投資促進税制について
「中小企業投資促進税制」は、中小企業の設備投資を支援し、経営の安定化を図るための税制優遇措置です。
この制度では、前述した「特別償却」と「税額控除」のいずれかを選択でき、資金繰りや税負担の軽減に役立ちます。適用対象となる企業は一定の要件を満たす必要があるため、制度の詳細を理解した上で、企業の財務状況に応じて適切な制度を選択しましょう。
項目 | 特別償却 | 税額控除 |
優遇措置の内容 | 取得価額の30%相当額を初年度に償却可能 | 取得価額の7%相当額を法人税から控除 |
節税の仕組み | 所得圧縮による法人税軽減 | 直接的な法人税減額 |
資金繰りへの影響 | 初年度の減価償却費増加で所得圧縮 | 所得がある場合に有効 |
赤字企業での利用 | 利用可能 | 翌期に繰越可 |
適用対象資産 | 機械装置、工具、器具備品、ソフトウェアなど | |
適用対象者 | 青色申告を行う中小企業者等 | |
申請手続き | 確定申告時に明細書を添付 | 確定申告時に明細書を添付 |
併用可否 | 税額控除との併用不可 | 特別償却との併用不可 |
参考:No.5433中小企業投資促進税制(中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は税額控除)|国税庁
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優遇措置の内容
特別償却は、取得価額の30%相当額を初年度に償却できる制度で、早期に費用計上することで所得を圧縮し、法人税負担を軽減できます。これにより、設備投資を行った年の税負担を大幅に抑えられるでしょう。
また、減価償却費が増えることで、キャッシュフローの改善にも寄与します。特に、初期投資額が大きい企業にとっては、経営の安定化を図る手段として有効でしょう。
さらに、赤字企業でも利用可能で、たとえ当年度の法人税が発生しなくても、翌年度以降の税負担を抑える効果があります。
一方、税額控除は、取得価額の7%を法人税から直接控除できる制度であるため、利益が出ている企業にとって即効性のある節税効果が得られるでしょう。
法人税額から直接控除できるため、節税効果が明確であり、事業が安定して黒字経営を続けている企業には特に適しています。
ただし、法人税を支払う必要のない赤字企業は税額控除を利用しても税金に影響しませんが、翌期に繰越ができます。
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適用対象者
中小企業投資促進税制を利用できるのは、一定の条件を満たした中小企業者や個人事業主です。以下が対象となる企業の主な要件です。
項目 | 適用対象となる企業 |
企業規模 | 資本金1億円以下の中小企業(税額控除は資本金3,000万円以下) |
申告形態 | 青色申告を行っている法人・個人事業主 |
大企業との関係 | 大企業の子会社(資本50%以上)でないこと |
事業の種類 | 一般の製造業、サービス業など |
この制度を利用できるのは、青色申告を行う中小企業や個人事業主です。ただし、資本金1億円を超える大企業や、大企業の子会社(資本比率50%以上)は対象外となるため注意しましょう。
また、金融業や風俗関連業など、一部の業種は特例の適用が制限されることがあります。事前に自社が適用対象となるかを確認し、適切に活用することが重要です。
適用対象資産
特別償却や税額控除の適用を受けるためには、対象となる設備投資が一定の条件を満たしている必要があります。以下が、適用対象資産の主な種類と要件です。
資産の種類 | 適用要件 | 取得価額要件 |
機械装置 | 事業用の生産設備・加工機械など | 160万円以上 |
工具・器具・備品 | 事務機器、測定機器、運搬機器など | 合計額が120万円以上 |
ソフトウェア | 事業効率化に資する業務用ソフトウェア | 70万円以上 |
適用対象となる資産は、機械装置、工具、器具備品、ソフトウェアなどが含まれます。例えば、製造業では生産設備や加工機械、オフィスでは事務機器やIT機器などが対象となることが一般的でしょう。
ただし、各資産には最低取得価額の要件があり、これを満たさない場合は特別償却や税額控除の適用を受けることができません。設備投資を検討する際は、事前に適用条件を確認しましょう。
特別償却と税額控除の選択基準
特別償却と税額控除のどちらを選択するかは、企業の財務状況や経営戦略に大きく関わります。それぞれの制度には異なるメリットとデメリットがあるため、慎重に判断することが求められます。以下に、選択基準となるポイントを紹介します。
企業の利益状況を考慮する
特別償却と税額控除は企業の利益状況によって適用の自由度が異なります。税額控除は法人税額を直接控除できるため、所得がある企業には有利ですが、赤字企業では法人税自体が発生しないため適用できないため、特別償却を選ぶ方がよいでしょう。
所得がある企業はどちらの制度も選択可能ですが、最適な節税効果を得るためには、事前に決算状況をしっかりと確認し、企業の財務戦略に沿った制度を選ぶことが重要です。
設備投資の規模と財務状況を確認する
設備投資の規模や財務状況に応じて、特別償却と税額控除のどちらを選択するか慎重に判断する必要があります。
特別償却は初年度の減価償却費を増やし、利益を圧縮することで法人税負担を軽減できますが、翌年以降の減価償却費は減少するため、長期的な資金繰りへの影響も考慮すべきでしょう。
一方、税額控除は法人税額を直接削減できるため、大規模な設備投資を行い、利益が見込める企業には適しています。自社の資金状況を確認し、最適な制度を選択しましょう。
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法人税の支払額をシミュレーションする
税額控除は法人税額の7%相当額を直接控除できるため、法人税の支払いが多い企業には大きなメリットがあります。しかし、控除額が法人税額を超える場合、適用額が制限される点に注意しましょう。
例えば、設備投資により法人税額が減少し、税額控除の適用限度を超えてしまうと、節税効果が十分に得られない可能性があります。特別償却との比較を行い、自社の法人税額を正確にシミュレーションした上で、より節税効果が高い制度を選択しましょう。
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将来の税負担を考慮する
特別償却は取得初年度に大きく償却できるため、短期的な節税効果は高いものの、翌年度以降の減価償却費が減り、結果的に税負担が増加する可能性があります。
一方、税額控除を選択すると、通常の減価償却を継続しながら法人税を削減できるため、将来的な税負担を分散できます。
短期的なキャッシュフローの改善を優先するのか、長期的な税負担のバランスを取るのかを考え、企業の経営戦略に沿った方法を選択しましょう。
適用条件や業種制限を確認する
特別償却と税額控除には、それぞれ適用対象となる業種や設備の種類が決められています。一部の業種や資本金額によっては税額控除の適用が制限される場合があるため、事前に適用条件を確認することが不可欠です。
また、特別償却は対象資産によって適用の条件が異なるため、設備投資を行う際には要件を十分に確認しなければなりません。適用条件を誤ると税制優遇が受けられないリスクがあるため、税務の専門家に相談し、正確な情報をもとに制度を活用しましょう。
特別償却を活用する際の5つの注意点
特別償却を最大限に活用するために重要な5つの注意点を解説します。
- 適用条件を満たしているか確認する
- 税額控除との比較を行う
- 赤字の場合は節税効果が限定的
- 申請手続きを忘れずに行う
- 将来の税負担を考慮する
適用条件を満たしているか確認する
特別償却を利用するには、対象資産や適用企業の要件を満たす必要があります。例えば、対象資産は一定の取得価額以上であることが求められ、一部の業種では適用が制限される場合があります。
また、資本金1億円以下の中小企業が対象となるため、大企業の子会社などは適用外となることもあります。要件を満たしていない設備投資では制度を活用できないため、事前に細かい条件を確認し、適用可能かを慎重に判断しましょう。
税額控除との比較を行う
特別償却と税額控除は併用できず、どちらかを選択する必要があります。特別償却は、取得資産の30%を初年度に償却できるため、早期に経費計上し利益を圧縮することが可能です。
一方、税額控除は取得価額の7%を法人税から直接控除できるため、利益がある企業にとって即効性のある節税手段となります。
企業の利益状況や将来の税負担、資金繰りを考慮し、どちらがより有利かをシミュレーションしたうえで選択しましょう。
赤字の場合は節税効果が限定的
特別償却は、利益を圧縮することで法人税の負担を軽減する仕組みですが、そもそも利益が出ていない赤字企業では税負担が発生しないため、効果が限定的となります。
そのため、赤字企業や利益が少ない企業は、特別償却よりも翌期以降の利益と相殺できる別の節税対策を検討することが必要です。
また、今後の事業計画を見据え、将来的に利益が見込まれる場合は、特別償却を活用して適切なタイミングで税負担を調整することも選択肢の一つでしょう。
申請手続きを忘れずに行う
特別償却を適用するには、確定申告時に書類を税務署に提出する必要があります。この書類添付を怠ると、特別償却の適用を受けることができません。申請期限が過ぎると制度の適用が認められない可能性があるため、事前に必要書類を準備し、確実に提出するようにしましょう。
将来の税負担を考慮する
特別償却を利用すると、初年度の減価償却費が増える一方、翌年以降の減価償却費は減少します。その結果、翌年度以降の課税所得が増加し、法人税負担が高くなる可能性があるでしょう。
したがって、企業の財務戦略や資金計画を考慮し、特別償却を活用することで将来の税負担がどのように変動するかを事前に検討する必要があります。
短期的な節税だけでなく、長期的な経営視点を持ち、将来の税負担とのバランスを考えて特別償却を活用しましょう。
特別償却の活用に迷った中小企業は専門家に相談
特別償却は中小企業の設備投資を支援する有効な制度ですが、適用要件や選択肢が複雑なため、判断に迷うことも少なくありません。特に、税額控除との比較や、将来の税負担を見据えた戦略的な活用が求められます。
適用要件が曖昧な場合、どちらの制度を選ぶべきか判断が難しい場合、また最新の税制改正の影響を確認したい場合は、専門家に相談しましょう。
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