決算書には間違いやミスがあってはならないものです。しかし、作成や確認の作業を人間が行う以上、どうしてもミスが発生することはありえます。もし、すでに確定済みの前期決算書に誤っている箇所を見つけた場合、どう対応すれば良いのでしょうか。本記事では、損益を修正する方法や申告について、さらにペナルティの有無などをご紹介します。
目次
前期の損益に間違いが見つかったときに修正はできる?
前期の損益にミスや間違いがあることが判明しても、すでに確定し税務署に提出した決算書自体の修正はできません。しかし、損益を調整しなければ、今期の損益にも影響が出ます。前期の損益であろうと、修正処理は行わなければいけません。修正の方法は、大企業か、中小企業か、個人事業主かによって異なります。
大企業の場合
従来は、大企業でも、当期の決算書において修正を行うのが一般的でした。しかし、前期損益の修正に使う勘定科目「前期損益修正益」や「前期損益修正損」での処理は、現在では原則として禁止されています。
2009年公表の会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準に、過去に遡及して修正すべきと定められているためです。
そのため、重要性が低いと認められる金額の場合を除き、大企業においては、修正再表示を行わなければいけません。修正再表示とは、過去の誤りに対する訂正を財務諸表などに反映して、再度作成することです。
あるいは、もともと正しく処理されていたものとみなし、正しい数値に基づいて今期の決算書を作成する方法もあります。
中小企業の場合
中小企業に関しては、上記の会計基準よりも、“中小企業の会計に関する基本要領”が優先して適用されます。基本要領では、前期損益修正益・損の利用は禁止されておらず、従来通りの修正が可能です。詳しくは、後ほど具体的な仕訳例をご紹介します。
また、利益剰余金の期首残高を増減させることでも訂正できます。例えば、売上の見落としがあった場合は、利益剰余金を増額させます。反対に、費用の処理漏れがある場合は、利益剰余金を減額することで対応可能です。
なお、修正によって発生した損益は、当期の損益と明確に区別しなければいけません。そのため、損益計算書上は「特別損益」に計上します。
個人事業主の場合
個人事業主が前期損益を修正するときは、「事業主借」「事業主貸」の勘定科目を利用できます。例えば、売上が50,000円分足りなかった場合や、費用が50,000円分多かったケースでは、下記のように訂正しましょう。
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
資産・負債科目 (現金、普通預金、売掛金、買掛金など) | 50,000 | 事業主借 | 50,000 |
一方、費用が50,000円分少なかった場合は、下記のような修正仕訳をします。50,000円分多かった売上の修正も、同様の仕訳で対応可能です。
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
事業主貸 | 50,000 | 資産・負債科目 (現金、普通預金、売掛金、買掛金など) | 50,000 |
なお、いずれの場合も必ず、修正のために行った仕訳である旨と、正しい取引内容についての情報を、摘要欄に記載しましょう。また、これらの仕訳をする場合は、修正申告が必要になる可能性があります。
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前期損益修正益での仕訳例
中小企業では、「前期損益修正益」を利用することで、前期の損益をプラスに修正できます。いくつか仕訳例を確認しておきましょう。
売上高を低く計上していた場合
まずは、売上高の計上額が足りなかった場合の仕訳をご紹介します。決算書に記載していない売上が発覚したケースも当てはまります。
例えば、正しくは50,000円であるはずの売上高が40,000円で登録されていたケースでは、下記のように仕訳をします。
【前期に行った仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
売掛金 | 40,000 | 売上高 | 40,000 |
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
売掛金 | 10,000 | 前期損益修正益 | 10,000 |
前期の決算書で間違っていたのは、売上高です。しかし、「売上高」で処理すると、当期分の売上と混同してしまいます。前期分の売上であることがわかるよう、貸方の勘定科目には、「売上高」ではなく「前期損益修正益」を使用しましょう。
貸倒処理をした売掛金が入金されていた場合
回収が困難な売掛金を貸倒処理したものの、年度末に入金されており、決算が終わってから入金が判明した場合の修正にも、前期損益修正益を利用できます。仕訳例は以下の通りです。
【前期に行った仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
貸倒損失 | 200,000 | 売掛金 | 200,000 |
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
普通預金 | 200,000 | 前期損益修正益 | 200,000 |
通常の売掛金が入金されていることに気付いていなかったケースでも、同様の仕訳で処理できます。入金の見落としによるミスを防ぐためにも、決算処理を終える前に、年度末に入金されたものがないか改めて確認すると良いでしょう。
関連記事:NISAはなぜ損益通算も繰越控除もできないの?わかりやすく解説
前払金をすべて費用計上していた場合
費用計上で起こりがちなミスに、「前払費用」として計上すべき前払金を費用として反映してしまうケースがあります。
前払費用は、継続的なサービスのために前払いした費用のうち、まだサービスを受けていない部分を計上するための勘定科目です。具体的には、年払いの家賃や地代、リース料、保険料などを指します。
費用を一括して支払っていても、経費として反映できるのはサービスを受けた後とされています。年払いの契約が翌期以降にまたがる場合、翌期以降にサービスを受ける部分に対する費用は、「前払費用」として仕訳をしなくてはいけません。
もし当期以降にサービスを受ける部分も含めて、前払金の全額を費用として計上していた場合、前払費用への変更が必要です。例として、年払いの家賃の仕訳をミスしたケースであれば、下記のように訂正しましょう。
【前期に行った仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
地代家賃 | 2,400,000 | 現金 | 2,400,000 |
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
前払費用 | 1,200,000 | 前期損益修正益 | 1,200,000 |
また、前払費用以外の費用についても、計上額が過大であった場合は同様の処理を行います。
棚卸資産の計上漏れがあった場合
反映されていなかった棚卸資産に気付いた場合も、前期損益修正益を利用して処理します。
棚卸資産とは、いわゆる「在庫」のことです。小売業の場合は仕入れた商品のうちまだ販売していないもの、製造業の場合はまだ使用していない原材料などが該当します。そのほか、事務用の消耗品なども含まれます。
例えば、倉庫に保管されていた商品の中に見落としているものがあった場合、下記のように訂正の処理をしましょう。
【前期に行った仕訳】
なし
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
商品 | 700,000 | 前期損益修正益 | 700,000 |
なお、外注先など社外に保管している場合でも、所有権のある在庫はすべて登録しなければならないため、注意してください。
前期損益修正損での仕訳例
前期損益修正益とは反対に、前期の損益をマイナスに変更したいときは、「前期損益修正損」が利用できます。どのように仕訳を行うか、例を確認しましょう。
仕入高を低く計上していた場合
仕入高の計上不足があったときは、前期損益修正損を利用して訂正します。例えば、50,000円の仕入れを40,000円で登録していたときの修正仕訳は、下記の通りです。
【前期に行った仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
仕入 | 40,000 | 買掛金 | 40,000 |
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
前期損益修正損 | 10,000 | 買掛金 | 10,000 |
反映し忘れた仕入高があった場合も、同じように処理しましょう。
社員が立て替えて払った費用を精算していなかった場合
前期に社員が立て替えた交通費などの費用を、当期になって精算したケースの修正も、前期損益修正損を利用できます。交通費30,000円分の精算を行った場合であれば、下記のように仕訳をしましょう。
【前期に行った仕訳】
なし
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
前期損益修正損 | 30,000 | 現金 | 30,000 |
なお、費用の計上額が足りなかったケースや、登録が漏れている費用が発覚した際の修正処理も、上記と同様です。
棚卸資産の計上が多すぎた場合
棚卸資産を過大に計上していた場合も、前期損益修正損で変更できます。仕訳の具体例は下記の通りです。
【前期に行った仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
商品 | 250,000 | 期末商品棚卸高 | 250,000 |
【修正用の仕訳】
借方:勘定科目 | 借方:金額 | 貸方:勘定科目 | 貸方:金額 |
前期損益修正損 | 30,000 | 商品 | 30,000 |
実際の資産額が前期の仕訳よりプラスであるときは前期損益修正益、マイナスであるときは前期損益修正損で訂正すると覚えておきましょう。
関連記事:【税理士監修】損益分岐点比率とは?計算方法や業種別の目安・改善方法について
前期の損益を修正したら、税務署への申告も必要?
前期の損益計算を誤っていたということは、その年度の納税額も変わる可能性があるということです。本来の納税額へと訂正するためには、税務署に届け出る必要があります。
修正益があった場合は“修正申告”が必要
修正益があると、修正前よりも納税額が増えるケースも多いでしょう。納税額に不足があった場合、税務署へ「修正申告」を行わなければいけません。
修正申告は、申告書を作成して税務署に提出することで行えます。なお、不足分の納税期限は修正申告書の提出日なので、注意してください。また、還付を受けていた場合は、実際の還付額との差額を返金します。
修正損があった場合は“更正の請求”ができる
修正損がある場合、税金を納めすぎている、あるいは還付額が実際より少ないこともあります。払いすぎた税金を返金してもらったり、足りない分の還付を受けたりするには、「更正の請求」を行いましょう。
更正の請求は、該当年度の確定申告の法定申告期限から5年位内が期限とされています。受理されるまでに時間がかかることもあるため、早めに更正請求書を作成・提出しましょう。
なお、納税額が多すぎても法的に問題はないため、修正申告とは異なり、更正の請求はあくまで任意です。
参考:「申告の内容を間違えていたときはどうすればいいですか?」確定申告書等作成コーナー
前期損益の修正によるペナルティとは?税務調査の可能性も
前期の損益が誤っていた場合や、修正申告・更正の請求をした際に、ペナルティはあるのでしょうか。
まず、「決算書の内容を間違えたこと」自体に対するペナルティは特にありません。そのため、金額に影響しない間違いのみや、修正損のみの場合は、ペナルティを受けずに済みます。
一方で、修正益がある場合、納める税金が不足していたことへのペナルティは存在します。不足分の納税期限である修正申告書の提出日までに納税したとしても、本来の法定期限には間に合っていません。そのため、不足分の税額には延滞税が課せられます。
延滞税は、法定期限の翌日から不足分を納税した日までの日数に応じて算出されます。法定期限の翌日から2ヵ月以上が経過すると、延滞税の税率が高くなるため、注意が必要です。
さらに、税務署から不備について指摘を受けた場合には、「過少申告課税」も課されます。故意に改ざん・隠ぺいしたとみなされると、重加算税が課されることもあるでしょう。
税務署から指摘される前に自ら修正申告をすれば、過少申告課税や重加算税は課されません。法定期限から1年以上が経過してから修正申告した際、1年経過後の延滞税の計算期間から免除される特例もあります。前期損益が誤っていることに気付いた場合は、早めに修正し、申告しましょう。
また、仮に毎年のように修正が発生した場合、故意の改ざんとみなされたり、会計がずさんであると推測されたりする可能性があります。その結果、税務調査の対象になりやすくなることも考えられます。可能な限りミスや間違いのないよう、チェック体制を強化するなどの対策を行いましょう。
参考:「延滞税について」国税庁
参考:「加算税の概要」財務省
前期損益の修正に関する疑問は税理士への相談もおすすめ
今回は、前期の損益が誤っていたときの、修正や申告の方法などをご紹介しました。
決算書の損益は本来、間違いがあってはならないものです。ペナルティが発生したり、税務調査の対象になったりする可能性もあります。しかし、人間が作業するからには、ミスの確率をゼロにはできません。
もし間違いに気付いた際は、早めに修正や申告を行いましょう。前期損益の修正についてのお困りごとやご相談は、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。