国内の居住者が国外へ移住する際に、所有する資産に課せられる「国外転出時課税」についてご存じでしょうか。株式など高額な資産を所有している場合は課税対象となるので注意が必要ですが、具体的な内容が分からない方も多いですよね。そこで本記事では国外転出時課税の概要や手続きの流れについて解説します。さらに税金の納税猶予制度や減額措置についても解説するので、課税対象となる人はぜひ参考にしてください。
目次
国外転出時課税制度とは
まずは国外転出時課税制度について、その概要と対象者・資産について解説します。
概要
特定の資産を保持する方が海外へ生活拠点を移す際に、その資産の潜在的な利益に対して課税する制度です。
対象者
対象となるのは、以下の2つの条件を両方満たす居住者です。
- 出国時に、保有する対象資産の合計額が1億円以上であること
- 出国前の10年以内に、日本国内に5年を超えて居住していたこと
在留資格が「外交」や「教授」などの場合、在留期間は国内居住期間に含まれません。また納税猶予制度を利用していた期間は、国内居住期間に含めます。
対象資産
対象資産は以下の通りです。
- 株式(上場・非上場)
- 投資信託
- 国債、地方債などの公社債
- 匿名組合契約の出資持分
- 未決済の信用取引・デリバティブ取引(先物取引やオプション取引など)
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国外転出時課税制度が導入された背景
株式等の売却益に対する所得税は、国際的な取り決めにより居住国で課税されるのが通例です。
しかしこれは、国によって課税の有無が異なります。日本ではキャピタルゲインに課税する一方で、非課税の国も存在しています。以前は高額な売却益を得る際に租税回避目的で国外に移住する人が多くいました。
このような状況は税収の減少や国内納税者との不公平を生じさせるため、国外転出時課税制度が導入されました。この制度により実際に株式等を売却していなくても含み益に対して課税されるため、税金逃れは困難になります。
つまり国外転出時課税制度は、国内で築かれた財産に対する所得税を公平かつ安定的に徴収することを目的としているのです。
関連記事:ストックオプション税制の拡充、国外転出時課税の納税猶予の見直し、譲渡所得の特例
国外転出時課税制度の確定申告手続きの流れ
以下では国外転出時課税制度の手続きの流れについて、納税管理人を選任する場合としない場合のケースに分けて解説します。
手続き | 納税管理人を選任する | 納税管理人を選任しない |
①納税管理人の選任 | 必要 | 不要 |
②確定申告の準備 | 国外転出日の時価で対象資産の含み益を計算 | 国外転出予定日の3か月前の日の時価で対象資産の含み益を計算 |
③確定申告書の提出 | 国外転出の翌年2月16日~3月15日 | 国外転出日まで |
④納税 | 確定申告の期限まで | 国外転出日まで |
⑤納税猶予の申請(該当する場合) | 確定申告の期限までに担保の提供 納税猶予申請書の提出 | 利用不可 |
⑥納税猶予期間中の手続き(該当する場合) | 毎年継続適用届出書の提出 ※対象資産の売却や帰国時の手続き | – |
納税管理人を選任しない場合は国外転出日までに確定申告と納税を済ませる必要があるため、時間的な余裕がないケースが多いです。そのため時間に余裕をもって申告・納税を済ませなくてはいけません。
国外転出時課税制度が適用される具体例
以下では、本制度の適用が想定される具体的な事例を紹介します。
事例①海外駐在に伴う役員の転出
企業の海外展開に伴い役員が海外駐在員として1年以上の期間、国外に滞在する場合が想定されます。創業オーナーである役員が自社株式を多額に保有していると非上場株式でも評価額が1億円を超え、適用対象となる場合があります。
事例②海外留学する親族への資産移転
相続税対策や事業承継対策として、資産管理会社の株式を親族へ移転するケースも多く見られます。
当該親族が海外留学等の目的で1年以上国外に居住する場合、資産管理会社の株式評価額によっては本制度の対象となり得ます。役員の転出とは異なり、親族の海外居住については税理士への相談が遅れる傾向があるため、特に注意が必要です。
事例③ストックオプション行使後の従業員の海外転勤
上場企業において、従業員がストックオプションを行使し、自社株式を保有する場合があります。
当該従業員が海外転勤により国外に居住する場合、保有株式の評価額によっては本制度の対象となる可能性があります。
一般的に企業は、従業員の個別財産を把握する立場にはありません。しかし従業員が保有する自社株式の評価額を算出し、本制度に関する情報提供を行うことが望ましいです。
国外転出時課税制度における納税猶予制度
国外転出時課税制度により課税対象となる場合、納税者は原則として出国年の所得税の確定申告で納税する必要があります。
しかし、一定の要件を満たすことで、納税を猶予してもらうことができます。以下では、この納税猶予制度について解説するので、ぜひ参考にしてください。
概要
国外転出時課税制度の対象となる場合、納税者は確定申告を行う必要がありますが、一定の手続きを踏むことで納税猶予制度を利用できます。この制度は、納税管理人の届出により、国外転出に伴う所得税等の納税を最長10年4ヵ月間猶予するものです。
納税猶予制度における「担保」
納税猶予には、猶予分の所得税・利子税相当額の担保が必要です。担保として提供できる財産は、所得税法施行令や国税通則法施行令によって定められています。
担保となる対象の例は以下の通りです。
- 土地や建物など
- 国債や地方債などの公社債
- 税務署長が確実と認める有価証券(上場株式など)
- 税務署長が確実と認める保証人の保証
法改正による変更内容
令和5年度税制改正により、非上場株式や持分会社の社員の持分を担保として提供する際の手続きが簡素化されました。
従来はこれらの財産を担保にする場合、株券の発行や譲渡制限の解除など、煩雑な手続きが必要でした。
しかし多くの企業が株券不発行であり上場時には再移行が必要な状況だったのです。そのため、スタートアップ企業の海外進出の妨げになっているという指摘が相次ぎました。
今回の改正により、株券不発行のままで質権設定による担保提供が可能となり、手続きの負担が軽減されました。これにより、スタートアップ企業の海外進出が促進されることが期待されます。
関連記事:外国税額控除とは?二重課税されないための確定申告のやり方
国外転出時課税制度の減額措置
国外転出時課税制度には課税を取り消したり減額できたりする措置があります。以下ではその2パターンの減額措置について解説するため、ぜひ参考にしてください。
納税猶予制度の適用を受けていない |
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納税猶予制度の適用を受けている |
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国外転出時課税に関するよくある質問
最後に国外転出時課税に関するよくある質問をまとめたので、ぜひ参考にしてください。
資産に仮想通貨(暗号資産)は含まれる?
現時点では、仮想通貨は国外転出時課税制度の対象外となっています。しかし今後の法改正で仮想通貨が対象となる場合もあるので注意しましょう。
納税猶予期間が満了したらどうすればいい?
納税猶予の特例を受けた場合、猶予期間満了日の翌日から4ヵ月以内に納税が必要です。満了日に資産価値が下落していれば、再計算による減額も可能です。
まとめ
国外転出時課税制度は海外への転出を考えている方にとって避けては通れない課税制度です。しかし、納税猶予制度や減額措置を受けられるケースもあるため、これらをうまく活用して節税をしましょう。
とはいえ国外転出時課税制度は複雑で分かりにくい部分も多いかと思います。ご自身の状況に合わせた最適な判断をするためには、専門家である税理士に相談することをおすすめします。
小谷野税理士法人では国外転出に関する豊富な経験と知識を持つ税理士が、状況に合わせた適切なアドバイスを提供しています。国外転出時課税に関するご相談は「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。