2009年に創設された「事業承継税制」は、企業が事業を承継する際に発生する贈与税や相続税を一定期間猶予する制度のことです。適用を受けてから5年の猶予期間を経た後、さらに特定の手続きを行うと、猶予を継続したり相続税が免除になったりといったメリットが得られます。
本記事では、事業承継税制における適用条件や必要書類の提出など、具体的な手続き方法と注意点を解説します。
目次
事業承継税制の基本
事業承継税制は、事業を引き継いだ後継者が企業の株式を相続または生前贈与で取得する際、多額の相続税や贈与税の負担を軽減または納税を猶予する制度です。制度を利用するために必要な一定の条件や手続き、概要について以下で詳しく見ていきましょう
事業承継税制の仕組みと要点
事業承継税制には、基本的な仕組みとして「納税猶予」と「免税」があります。一定の条件を満たすことで、後継者が納税を猶予されるだけでなく、最終的に免除が受けられる可能性があるため積極的に活用していきましょう。
ただし要件として、株式の3分の2以上を保有することや、後継者が事業を継続し続けることなどが定められています。猶予期間中も要件をクリアしていれば、納税猶予は5年経過後も継続されます。
事業承継税制には「法人版」と「個人版」があり、以下のような違いがあります。
法人版(一般措置) | 法人版(特例措置) | 個人版 | |
対象資産 | 総株式の最大3分の2 | すべての株式(非上場株式) | 特定事業用資産 |
後継者数 | 1人 | 最大3人 | 1人 |
納税猶予割合 | 贈与税100% 相続税80% | 贈与税100% 相続税100% | 贈与税100% 相続税100% |
関連記事:事業承継税制とは?制度の概要や目的をわかりやすく解説
特例措置における後継者の役割と必要要件
後継者は親族や社内の人間、もしくはM&Aなどによって先代経営者から事業を引き継ぐことが役割です。
従来の事業承継税制では後継者は1人に限られていましたが、「特例措置」が設けられたことにより、最大3人の後継者まで承継できるようになりました。
そのほかの要件としては、以下などを満たしていることが求められます。
- 贈与時に50%超の同族株主グループに属していること
- 贈与時に20歳以上であること
- 贈与時まで3年以上、役員であること
- 贈与時に代表権を有していること
- 贈与時に株式の保有について、一定の要件を満たしていること
なお、株式保有に関する一定要件は「後継者が2人以上の場合、各後継者が総議決件数10%以上の株式を保有すること」です。
また、後継者の死亡が発生した場合に備えて事前計画も行いましょう。万が一に後継者が死亡した場合に、会社経営や事業の継続に与える影響を最小限に抑えるため、早めに次の候補者や適切な対応策を検討しておくことが必要です。
参考:非上場株式等についての贈与税・相続税の 納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし
事業承継税制の進行後のステップ
事業承継税制を適用後の5年間は、納税猶予期間として設定されており、期間内は納税猶予に必要な条件を満たし続けることが求められます。具体的には、企業の業績や経営状況を定期的に確認し、法定で求められる報告義務を遂行するなどの手続きが必要です。事業承継税制が適用されて5年後のステップについて見ていきましょう。
税制適用後にすべき手続き
5年間の税制適用を受けた後は、期間内は継続して以下の定期的な手続きが求められます。
- 都道府県庁に年1回の「年次報告書」を提出
- 税務署に年1回の「継続届出書」を提出
定期的な報告により、税制適用が継続される条件を満たしているかどうかが確認されます。
5年が経過した後は、3年ごとに事業内容や財務状況の再評価を行い、税務署へ「継続届出書」を提出しなければなりません。必要書類や情報の提出を怠ると、納税の猶予や免除が取り消されるリスクが生じます。
参考:法人版事業承継税制の適用を受けられている方に ~継続届出書の提出について~
免除される場合や取り消される場合の仕組み
税制適用を受けた後、事業の変化に応じて相続税や贈与税が免除、もしくは猶予の取消になることもあります。
相続税・贈与税が免除となるケース
猶予期間中に以下の状況になった場合、相続税や贈与税の納税は免除されます。
- 後継者が次の後継者に贈与税の納税猶予を受け継ぐ場合
- 5年経過後に会社が破産や清算に陥った場合
- 後継者が死亡した場合
このほか納税が免除になったり、贈与税や相続税の一部が免除になる特例もあるので、詳しくは国税庁のホームページでご確認ください。
参考:非上場株式等についての贈与税・相続税の 納税猶予・免除
相続税・贈与税の納税猶予が取り消されるケース
一方で以下のような場合、納税の猶予が取り消される可能性があるため要注意です。
- 後継者が企業の代表者でなくなった場合
- 資本金や準備金が減少した場合
- 納税猶予中の株式の一部を譲渡した場合
- 会社が解散または組織変更をした場合
- 筆頭株主が変更された場合
税制適用が取り消された場合、猶予されていた税額が再計算された上で利息と共に納付することになります。
事業承継税制のメリットと注意点
後継者が事業を引き継ぐ際の税負担軽減や、事業運営に集中しやすくなる点など、事業承継税制の利用で得られるメリットについて見ていきましょう。
事業承継税制の適用によるメリット
相続税や贈与税による納税額は大きいため、事業承継税制は後継者にとっては財政的な負担を軽減できる点が大きなメリットです。
事業を引き継いだ直後からコンスタントに売り上げを上げられるとは限りません。納税の猶予期間があることで、本来一度に納めるべき税金を事業運営に回すことができるようになります。
また、個人事業主向けの事業承継税制も創設されたことにより、個人事業者間の事業承継でも贈与税・相続税の納税猶予を受けられるようになりました。そのため、たとえば家族経営の相続における納税負担の軽減も可能になります。
経営環境の悪化などで事業の継続が困難な場合も、特例措置の条件を満たせば相続税・贈与税の納税が猶予される点もメリットです。
注意すべきデメリットやリスク
納税猶予の期間中はいくつもの条件を満たした上で事業を運営しなければなりません。特に「資本金や準備金が減少した場合」については、引継ぎ後の売り上げが思うように出なかった場合、この条件を守ることが難しくなります。猶予の条件を満たせなくなると、猶予されていた税金を即時納める義務が生じてしまいます。
また、年次報告を怠った場合や業績が大幅に悪化した場合も税制の適用が取り消される可能性があります。税制が適用されない場合は納付額の再計算が必要になるため、予期しない財務負担が生じるリスクもあり得ます。
事業承継税制を活用するための準備と進め方
事業承継税制を効果的に活用するには、事前準備と計画が重要です。本制度のポイントや活用の手順を理解していきましょう。
専門家に相談することの重要性
事業承継に関しては、事業承継税制以外にも税金や事業運営などに関する専門的な知識が必要です。税理士や法律の専門家に相談することで、具体的な手続きや要件についてのアドバイスが得られます。
特に、事業承継税制の適用に関する条件や手続きを正しく把握するためには、専門的な支援があると有利です。令和9年以降も制度改正や新しいルールの変更が想定されるため、専門家に最新の情報を確認してもらうことで、対応の漏れを防止できるでしょう。
事業承継税制の適用前に検討すべき他の選択肢
事業承継の方法は多岐にわたります。事業承継税制を利用するかどうかを決める前に、他の選択肢も慎重に検討することが重要です。
例えば、事業を受け継いで事業承継税制を活用する以外にも、以下のような方法があります。
- 後継者が事業を承継せずに、M&Aや会社売却で会社を手放す
- 後継者以外の従業員にも自社株を取得できる「従業員持株制度」を活用する
上記のような方法を取る場合、事業承継税制の適用は受けられませんが、事業を引き継ぐ責任やさまざまな税務、各種手続きから逃れられます。
会社を後継者に引き継ごうと考えている経営者は、事業承継税制の条件である「後継者は3年以上、役員であること」という条件から逆算した上で、少なくとも事業承継の3年以上前から次の後継者がどのように企業を引き継ぐのかを確認しておくことが、事業承継後の事業成功の鍵となります。
事業承継税制の活用は専門家の知識を取り入れて
事業承継税制は、後継者へのスムーズな事業引き継ぎを支援し、中小企業の成長と存続を助ける重要な制度です。しかし適用には複雑な手続きや条件が伴うため、十分な準備と計画が求められます。
後継者には事業承継税制に関する理解をしてもらい、お互い齟齬のない条件で引継ぎを行うことが大切です。猶予期間中も取り消しを受けないよう条件を満たす経営が求められます。また、納税の猶予があるからといって必ずしも免除をされるわけではありません。計画的な納税計画も立てなければなりません。
事業承継税制の適用や、適用後の滞りのない事業運営には専門知識が必要になります。そのためには、税務に関する専門家のアドバイスが不可欠です。贈与税や相続税による税金は大きいため、ぜひ税理士への相談をご検討ください。