中小企業の事業承継において、後継者が頭を悩ます問題といえば、株式の贈与税・相続税です。企業の株式を社長から後継者に移す場合税金がかかりますが、2018年の税制改正で、重い納税負担を大幅に軽減できる新しい制度が導入されました。今回は新事業承継税制の概要やメリット・デメリット、申請の流れなどについて詳しく解説します。
目次
事業承継税制とは?制度の概要
事業承継税制は2009年に創設された制度で、後継者が会社の非上場株式を生前贈与や相続で取得した場合、条件を満たすことで贈与税・相続税の納税に関して猶予または免除を受けられます。
重い税負担によって、引き継いだ経営の継続が難しくなるといった社会問題を解決する目的で創設された制度です。一定の手続きにより、半永久的に課税が猶予・または免除される仕組みになっています。
しかし、以前までは適用条件が厳しく利用の実績がほとんどなかったのが実情でした。そこで、より積極的に制度を活用してもらうため2018年に大幅な税制改正を行い、制約が大幅に緩和され期間限定の特例措置が設けられました。
この制度を受けるためには、制度の適用条件を満たしたうえで特例承継計画を作成し、2026年3月31日までに都道府県庁に提出して認定を受けなければなりません。
新事業承継税制で改正された内容
2018年に大幅に改正された事業承継税制ですが、どのように変わったのか、そのポイントについて解説します。
従来の事業承継税制(一般措置) | 新事業承継税制(特例措置) | |
納税猶予の対象株数 | 総株式数の最大3分の2まで | 全株式 |
納税猶予割合 | 贈与:100% 相続:80% | 贈与:100% 相続:100% |
後継者の条件 | 複数の株主から1人の後継者 | 複数の株主から最大3人の後継者 |
雇用確保条件 | 承継後5年間は、平均8割の雇用維持が必要 | 承継後5年間の雇用維持が8割以下でも猶予継続 |
譲渡・合併・解散時 納税猶予額の減免 | 猶予途中で減免されるのは、会社更生など倒産の場合のみ | その時の株の価値で再計算して差額を免除 |
税制改正によって、対象株式を総株式数の最大3分の2までとする上限の撤廃や、納税猶予割合を80%から100%へと引き上げるなどの見直しがされました。
最も厳格といわれ、制度利用のハードルが高いとされていた雇用確保条件も緩和されています。平均8割を下回っても業績悪化などの正当な理由があれば、納税猶予の継続が可能になりました。
猶予を継続するためには、理由を記載した書面を提出し、認定経営革新等支援機関から指導を受けましょう。
新事業承継税制の適用条件
新事業承継税制には、対象となる企業や経営者に様々な条件が定められています。それぞれ解説していきます。
先代経営者の条件
先代経営者に求められる条件は以下です。
- 過去に会社の代表権を保有していた
- 贈与・相続の直前に先代経営者と同族関係者で議決権の50%の株式を保有していた
- 贈与時において会社の代表を退任している
- 一定の株式以上を一括贈与する
事業継承の際、後継者の納税負担を減らす目的に創設された制度のため、過去に会社の代表権を保有していたことが贈与者の条件とされています。過去に代表者の時期があれば良いため、自社株式の贈与時に代表権がある必要はありません。
後継者の条件
後継者が満たすべき条件として、以下が挙げられます。
- 会社の代表権を有している
- 贈与時20歳以上で役員就任から引き続き3年以上経過している
- 後継者が1人の場合、後継者とその特別関係者が50%超の議決権を保有している
後継者は、取締役・会計参与・監査役などの役員に就任してから贈与時まで引き続き3年以上経過していなければなりません。引き続き3年以上とあるため、トータルで見ると3年以上であっても条件を満たさないためご注意ください。
贈与時に20歳以上が条件とありますが、2022年4月1日からの贈与に関しては18歳以上から適用となりました。
会社の条件
制度の対象となる会社は、非上場の中小企業であるなど、その他以下の条件が挙げられます。
- 中小企業者である
- 上場会社でない
- 資産管理会社でない
- 風俗営業会社でない
- 総収入金額がゼロを超えている
- 常時使用する従業員数が1名以上である
直近の事業年度の損益計算書の総収入金額がゼロを超える、つまり売上が1円でも計上されていれば対象です。事業を行う以上、売上が計上されている必要があります。
中小企業に該当するかどうかは中小企業基本法で定められているため、自社が該当しているか参考にしてください。なお、特例有限会社や持ち分会社は対象です。
資産管理会社は事業活動よりも資産から得られる収入を目的として運営されている会社です。不動産の家賃・株式の配当・預金利息などが収入元のため、事業実態がないとされる場合には支援の対象から除かれます。
参考:中小企業基本法
制度の適用開始後の条件
制度の条件をクリアし、認定を受けた後も以下の項目を満たさなければなりません。
適用開始から5年間の主な条件 |
|
適用開始から5年経過後の主な条件 |
|
後継者については、適用開始から5年間同じ人が代表を務める必要があります。また、受け継いだ自社株式はその間に売却・譲渡等をしてはならず、保有し続けなければなりません。
贈与や相続ではなく、M&Aなど株式を役員や第三者に売却するのであれば免除には該当せず納税が必要です。猶予期間中に1つでも制度の条件を満たさなくなった場合には、認定が取り消され、猶予されていた税額と利子税を一括で納付しなければなりません。
平均8割の雇用維持に関しては、特例措置を受けている場合認定の取消にはなりませんが、一定の報告義務や指導を受ける必要があります。
関連記事:【2024】事業承継引継ぎ補助金とは?条件や金額を徹底解説!
新事業承継税制のメリット
新事業承継税制のメリットについて解説します。
高額な相続税や贈与税が猶予・免除される
相続税や贈与税の負担を軽減できることです。事業承継は通常、自社の株価に応じて算出された税金の納付義務が生じます。しかし制度を利用すれば、納付義務が免除または猶予されるため、後継者は納税資金を用意する必要がなく、スムーズに事業を引き継げます。
税負担を軽減しつつ長期的な視点で事業を継続でき、納税猶予による資金的余裕は事業の成長投資にも繋がります。
後継者候補同士の争いを回避できる
特例措置によって後継者を1人に絞り込む必要がなくなり、争いを回避できる利点があります。これまでよりも柔軟な承継が行えるようになり、共同経営を積極的に選択できるようになっています。
もし承継後に共同経営者間の不仲が生じても、それぞれ別会社の設立が可能です。先々に起こり得るトラブルを防ぎ、結果として事業承継のプロセスを迅速化できる点もメリットでしょう。
新事業承継税制のデメリット
新事業承継税制のデメリットについて解説します。
適用期限がある
特例措置を受けるためには、2026年3月31日までに、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成した特例承継計画を作成して都道府県庁に提出し、確認書の交付を受けなければなりません。
申請を検討している方は期限にご注意ください。期限を過ぎてしまうと、一般措置の適用となります。
長期にわたり複雑な条件の順守と報告義務がある
制度の条件を満たし続けるためには、最初の5年間は毎年管轄の税務署に継続届出書を、都道府県知事には年次報告書を提出しなければなりません。また、適用から5年が経過した後も、3年に1度は継続届出書を税務署に提出する義務が生じます。
経験のある税理士が少ない
制度自体も非常に難解で手続きも複雑なため、税理士でも全て把握している人は多くありません。制度を活用するためには、制度に精通した専門家の長期的なサポートを受けることが重要です。
関連記事:事業継承と事業譲渡の違いとは?それぞれのメリットや注意点も解説
新事業承継税制の申請の流れ
新事業承継税制の申請を行う場合、基本的な手続きは以下のとおりです。制度の適用は2018年1月1日〜2027年12月31日までの贈与・相続が対象のため、制度の利用を検討されている方は、計画的なスケジュールを組んでおきましょう。
①:特例承認計画の作成・提出
まず2026年3月31日までに、会社が認定経営革新等支援機関(税理士・商工会・商工会議所など)の指導・助言を受けて特例承継計画を作成し、都道府県庁に提出して確認書の交付を受けます。一般措置の場合は承継計画の提出は不要ですが、特例措置の場合は必須です。
②:経営者の退任・交代
計画が認定された後、現経営者は正式に退任し、後継者による新しい経営体制へ移行します。後継者は、贈与時に代表者であることが納税猶予の適用条件です。代表権を有しない後継者は贈与のときまでに代表者に就任しておく必要があります。
③:株式を後継者に贈与
株式の贈与や相続により、後継者に経営権を移行させます。このとき一括で先代の経営者が保有する株式を100%贈与すれば、全株式に対して納税猶予や将来的な免除が可能です。贈与契約書などの書類も整えておきましょう。
④:新事業承継税制の認定申請を行う
特例承継計画に基づいて行った株式の贈与が、会社の条件・後継者の条件・先代経営者等の条件を満たしていることについて認定の申請を行います。贈与した年の翌年1月15日までに都道府県等に対して申請し、認定書の交付を受けます。
⑤:税務署に相続税・贈与税の申告を行う
認定書の写しなどを添えて、期限までに税務署に相続税・贈与税の申告を行います。贈与税の申告期限は贈与が行われた年の翌年2月1日から3月15日まで、相続税の申告期限は相続開始から10ヶ月以内です。
それに加えて、納税が猶予される相続税・利子税分の額に見合う担保を提供する必要もあります。
⑥:継続して報告を行う
上記の手続きを行うと、納税猶予期間が開始されます。制度を継続して利用するためには、年に1度都道府県庁に対して年次報告、税務署に対して継続届出書を提出します。
また、認定取消や納税免除の条件に関わる問題が発生した場合には、その都度報告書の提出が求められます。5年経過後は、3年に1回継続届出書の提出を行いましょう。
⑦:先代経営者の死亡で贈与税が免除
適用期間中に先代経営者が亡くなった場合、免除届出書・免除申請書を提出することで贈与税は免除となり、代わりに相続税が課税されます。
ただし、条件を満たし相続税への納税猶予切り替えの手続きを行えば、引き続き相続税の納税猶予を受けられるためご安心ください。
事業承継税制を利用するなら専門家に相談がおすすめ
改正された新しい事業承継税制は、莫大な贈与税と相続税が免除されるという画期的な制度です。その反面、その免除を受けるためには非常に複雑な条件と手続きが必要になります。
新事業承継税制の活用を検討することで、後継者の資力不足に対する不安を解消できますが、適用を受けるためには事前に入念な準備が必要です。そのため、税務署や税理士との連携が必須になるでしょう。
ただし期間限定の制度のため、適用を受けるためには2026年3月31日までに特例継承計画を提出する必要があります。できるだけ早く計画に着手するのがおすすめです。
適用を受けるための条件の精査や事務手続きが非常に複雑なため、申請を検討している場合は、制度に強い税理士などの専門家のサポートを活用しましょう。ぜひ一度「小谷野税理士法人」までお気軽にご相談ください。