日本には消費税の納付額を計算する方法として「簡易課税制度」と「原則課税制度」の2種類が存在します。基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者は簡易課税と原則課税の好きな方を選択できます。それぞれ計算方法や必要な手続き、さらには税額まで変わるため、自社に適した方法の選択が大切です。本記事では簡易課税と原則課税の違いや、簡易課税がお得になるケースの例・原則課税がお得になるケースの例などを解説します。
目次
簡易課税と原則課税の基本
はじめに、簡易課税制度と原則課税制度それぞれの基本事項から解説します。
簡易課税制度とは
簡易課税制度とは売上げに係る消費税額にみなし仕入率を乗じた額を仕入れに係る消費税額とみなして、消費税の納付額を計算する方法です。
簡易課税制度を選択できるのは、以下の2つの要件を満たす事業者です。
- 基準期間の課税売上高が5,000万円以下
- 「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出している
みなし仕入率は事業の種類の区分に応じて、以下のように定められています。
事業区分
みなし仕入率
第1種事業(卸売業)
90%
第2種事業(小売業、農業・林業・漁業※飲食料品の譲渡に係る事業に限る)
80%
第3種事業(農業・林業・漁業※飲食料品の譲渡に係る事業を除く、鉱業、建設業、製造業、電気業、ガス業、熱供給業および水道業)
70%
第4種事業(第1、2、3、5、6種事業以外)
60%
第5種事業(運輸通信業、金融業および保険業、サービス業※飲食店業を除く)
50%
第6種事業
40%
出典:国税庁「No.6505 簡易課税制度」
簡易課税の特徴は、その事業年度において実際に発生した課税仕入れ等に係る消費税額を使用しない点です。売上げに係る消費税額とみなし仕入率だけを用いて納付税額を計算します。
簡易課税による納付は、仕入額や経費などにかかった消費税額を集計する必要がなく簡便な計算で済むため、原則課税よりも納税事務負担を抑えられます。
原則課税制度とは
原則課税制度は、課税売上に係る消費税額から課税仕入等に係る消費税額を差し引いた額を消費税の納付額とする方法です。簡易課税の要件を満たさない事業者は自動的に原則課税制度が適用されます。
なお、売上税額から仕入税額を差し引いて納税額を計算する方法を仕入税額控除、売上税額から差し引く金額のことを仕入控除税額といいます。
なお、インボイス制度開始に伴い、原則課税制度で仕入税額控除の計算に含められるのはインボイスを保管している取引のみとなりました。
インボイス制度については以下の記事で詳しく解説しています。
関連記事:【税理士監修】インボイス制度を簡単に解説!基礎知識・ポイントをゼロから学ぼう
簡易課税と原則課税の違い
簡易課税と原則課税の違いは計算方法、手続き方法、メリット、デメリットの4つのポイントにあります。それぞれ詳しく解説します。
計算方法の違い
簡易課税と原則課税それぞれの消費税の計算方法は以下の通りです。
【簡易課税】
課税売上げに係る消費税額(売上税額)-{課税売上げに係る消費税額(仕入税額) × みなし仕入率}=消費税額 |
簡易課税の場合、消費税の計算に際して実際の仕入税額は使いません。課税売上げに係る消費税額にみなし仕入率を乗じた金額を仕入控除税額として扱います。
【原則課税】
課税売上げに係る消費税額-課税仕入れ等に係る消費税額=消費税額 |
原則課税は売上税額・仕入税額ともに実際にかかった税額を用います。ただし仕入税額控除の計算に含めることができるのは原則としてインボイスを保管している取引のみです。
手続き方法の違い
簡易課税と原則課税には手続き方法として以下のような違いがあります。
簡易課税 | 原則課税 | |
事前の手続き | 必要 簡易課税の適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」の提出が必要 | 不要 簡易課税の要件を満たさない事業者、および簡易課税制度選択届出書を提出していない事業者は自動的に原則課税となる |
仕入税額控除の計算に関するルール | 特になし 実際に発生した税額に関係なく、売上税額にみなし仕入率を乗じた額を仕入税額とする 仕入や経費にかかる税額について詳細な記録は不要 | インボイスを保管している取引のみ 一定の要件を満たす帳簿を7年間保存する必要がある(※) 売上税額・仕入税額それぞれ正確な金額の計算が必要 |
※帳簿保存の詳細については国税庁公式サイトをご確認ください。
参考:国税庁「No.6621 帳簿の記載事項と保存」
簡易課税は事前に手続きが必要ですが、制度適用後の作業は簡易的なもので済みます。仕入税額について詳細な記録は不要、税額の計算方法も簡便な方法となります。
一方で原則課税は事前の手続きは不要です。ただし仕入税額控除に関するルールが厳格に定められています。
まとめると、事前の手続きという面に限れば簡易課税が、それ以外の面では原則課税の方が手続きが複雑といえるでしょう。
メリットの違い
簡易課税・原則課税それぞれのメリットを紹介します。
簡易課税のメリット
簡易課税の主なメリットは以下の3つです。
- 仕入税額の細かな管理や計算が不要なため事務負担を抑えられる
- 売上税額とみなし仕入率さえわかれば消費税額を計算できるため、消費税の納付額を予測しやすい
- インボイス制度による影響を受けにくい
1と2のメリットについてはすでに解説をしましたが、これより3つ目の「インボイス制度による影響を受けにくい」について詳しく解説します。
インボイス制度の導入により、仕入税額控除の計算に含めることができるのはインボイスを保管している取引のみと解説しました。そのため原則課税を適用している事業者にとって、インボイスを発行できない免税事業者との取引は負担になる恐れがあります。
しかし前述のように、簡易課税による消費税額の計算では実際の仕入等の取引を全く考慮しません。売り手側が免税事業者でインボイスを発行できない場合でも、それが原因で仕入控除税額が変わることはないのです。
簡易課税であれば売り手である取引先がインボイスを発行できるか否かを気にせず取引ができます。
原則課税のメリット
原則課税のメリットとして以下の3つが挙げられます。
- 事前の届出が不要
- 実際の取引に基づいて計算するため正確な税額を把握できる
- 売上税額よりも仕入税額の方が大きい場合は消費税の還付を受けられる
特に大きなメリットは3つ目の消費税の還付に関するものです。
簡易課税の場合はみなし仕入率を用いるため、仕入控除税額が売上税額を上回ることはありません。そのため、必ず消費税の納付額が発生します。消費税の還付が起こり得るのは原則課税ならではのメリットです。
デメリットの違い
続いて、簡易課税・原則課税それぞれのデメリットを紹介します。
簡易課税のデメリット
簡易課税のデメリットは以下の3つです。
- 適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに提出しなければ選択できない
- 簡易課税を選択してから2年間は原則課税への切り替えができない
- 複数事業を営んでいる場合はかえって事務負担が増える恐れがある
簡易課税から原則課税へ切り替えをするには、「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」の提出が必要です。しかし、簡易課税を選択してから2年間は、消費税簡易課税制度選択不適用届出書の提出ができません。2年間のうちに簡易課税よりも原則課税の方が税額を抑えられるタイミングがきても切り替えができないため、簡易課税の選択が結果的に損となってしまう恐れがあります。
また、「複数事業を営んでいる場合はかえって事務負担が増える恐れがある」にも注意が必要です。2種類以上の事業を営んでいる場合は、課税売上高を事業の種類ごとに区分し、事業区分ごとのみなし仕入率を乗じる必要があります。
参考:国税庁「No.6505 簡易課税制度」
原則課税のデメリット
原則課税のデメリットとして以下の3つが挙げられます。
- 仕入等取引について、帳簿に取引先の名称・取引年月日・取引内容・適用税率・税額等の細かな記載が必要
- 消費税の計算や消費税申告書の作成方法が複雑なため、納税事務の負担が大きい
- 納付税額の計算に売上税額と仕入税額の両方を用いるため納税額の予測がしにくい
原則課税のデメリットを一言でまとめると「手続きが複雑かつ作業量が多い」です。納税事務に時間とコストがかかるため、特に小規模事業者にとっては負担が大きいでしょう。
簡易課税と原則課税のどちらがお得?
簡易課税と原則課税は計算方法が異なるため、どちらを選ぶかによって納付税額も変わります。
実際の仕入税額よりもみなし仕入率を用いて計算する税額の方が小さい場合、簡易課税の方がお得です。しかし、すべてのケースで簡易課税の方が税額を抑えられるとは限りません。仕入れコストが高い事業や高額の支出が発生するタイミングでは、原則課税の方が税額を抑えられるケースもあります。
以下では、簡易課税と原則課税それぞれがお得になるケースの具体例を紹介します。
簡易課税がお得になるケース
簡易課税がお得になるケースとしては以下の例が挙げられます。
- 仕入率が低い
- 当面の間、設備投資など高額の支出が発生する見込みがない
実際の仕入税額よりもみなし仕入率を使って計算した仕入控除税額の方が小さい場合は、簡易課税の方がお得です。
なお、納税事務負担を抑えることを最優先とする場合は、上記に当てはまらなくても簡易課税の方が適しています。
原則課税がお得なケース
原則課税の方がお得になる可能性が高いケースとして以下の2つが挙げられます。
- みなし仕入率よりも実際の仕入率の方が高い
- 大規模な設備投資や高額の仕入れなどにより売上税額より仕入税額の方が大きくなる可能性がある
「簡易課税のデメリット」で紹介したように、簡易課税を選択してから2年間は原則課税への切り替えができません。そのため、近いうちに高額の支出が発生する可能性がある場合は、簡易課税を選択せず原則課税でいる方がお得な可能性が高いです。
原則課税と簡易課税のまとめ
簡易課税は税額の計算方法や手続きが簡便なため、納税事務負担を抑えられます。また、実際の仕入率よりみなし仕入率の方が高い場合は、簡易課税を選択することで節税になる可能性が高いです。ただし、2年間は原則課税への切り替えができない点や、複数事業を営む場合はかえって事務負担が重くなる恐れがある点に注意する必要があります。
原則課税の大きなメリットとして、正確な税額を把握できる点が挙げられます。また、消費税の還付を受けられるケースがあるのも原則課税ならではのメリットです。みなし仕入率よりも実際の仕入率の方が高い場合や、近いうちに高額の支出が発生する可能性がある場合は、原則課税が適しているでしょう。ただし、手続きが複雑かつ作業量が多いというデメリットに注意する必要があります。
簡易課税と原則課税は異なる性質をもつため、どちらが良いか一概にはいえません。それぞれの特徴やメリット・デメリットを比較し、自社に合う方法を選ぶことが大切です。
簡易課税と原則課税のどちらを選ぶか悩んでいる方や、消費税について疑問・不安がある方は、ぜひ小谷野税理士法人へご相談ください。