棚卸資産の評価方法の一つである低価法とは、取得原価と時価を比較して低い方を採用できる手法です。取得時よりも時価が下がった場合、差額を評価損として損金算入できるため節税効果があります。ただし低価法を適用するには、税務署への届出が必要です。また、仕訳や計算など税務も複雑です。この記事では、原価法との違いや、低価法の実務について解説します。
目次
低価法とは?原価法との違いを解説
低価法も原価法も「棚卸資産の評価方法」です。棚卸資産とは、事業者が販売目的で保有している在庫を指します。
低価法と原価法の主な違いは以下の通りです。
低価法 | 原価法 | |
評価基準 | 取得原価と時価のいずれか低い方 | 取得原価 |
評価損 | 発生する場合がある | 基本的に発生しない |
参考:所得税法施行令第九十九条 | e-Gov 法令検索
参考:法人税法施行令第二十八条 | e-Gov 法令検索
以下、詳しく解説します。
低価法:取得原価と時価を比べ低い方で評価する方法
低価法は、期末時に取得原価と時価を比べて低い方の金額を採用する方法です。低価法を選択すると、時価が取得原価を下回った場合、差額を評価損として損金算入できます。
例えば取得原価1,000円の在庫が市場価格の下落で時価800円になった場合、低価法での評価額は800円です。差額の200円は「評価損」として経費に計上されます。
評価減については税務調査で確認されるケースがあります。市場価格の下落を示す書類など、根拠となる資料が必要です。
なお、取得原価が時価より低い場合、評価益は計上されません。
原価法:取得原価のみで評価する方法
原価法は、在庫の評価時、取得原価(仕入原価や製造原価)で評価する方法です。原価法では、時価の変動は基本的に考慮しません。
例えば取得原価1,000円の在庫が市場価格の下落で800円になった場合でも、原価法での評価額は1,000円のままです。
原価法の評価方法は、個別法・先入先出法・総平均法・移動平均法・最終仕入原価法・売価還元法の6種類に分けられます。
棚卸資産の評価方法を変更する手続きをしていない場合、税務上は「最終仕入原価法」が自動適用されます(所得税法施行令第102条、法人税法施行令第31条より)。
なお、原価法でも、災害や陳腐化などで例外的に評価損が発生する場合があります。詳しくは下記国税庁のホームページをご参照ください。
参考:資産の評価損等|国税庁
参考:棚卸資産の評価損|国税庁
また、陳腐化による評価損については、下記の記事も併せてご確認ください。
低価法・原価法それぞれに適した業種
低価法は、価値が下落しやすい商品を取り扱う業種におすすめです。例えば以下のような商品を扱う業種です。
商品 | 理由 |
アパレル・電化製品 | 流行や季節によって需要の変動が大きく、売れ残った商品が値崩れしやすい |
食品 | 賞味期限切れで価値がゼロになる可能性がある |
鉄鋼・建設資材 | 原材料の市場価格の変動が大きい |
低価法は利益を圧縮できるため、所得税や法人税の軽減に繋がるのがメリットです。一方で、手続きや時価の計算など事務の手間が増える点はデメリットです。
一方、原価法は、長期にわたり一定の価値を保つ商品を取り扱う業種におすすめです。例えば以下のような業種です。
業種 | 理由 |
規格品や大量生産品を扱う工業・製造業 | 規格が統一されており、価格変動が小さい |
在庫が少ないor資産評価の重要度が低いサービス業 | 棚卸資産の評価方法が事業全体に与える影響が小さい |
原価法は低価法に比べて手続きが少なく計算がシンプルである点がメリットです。
どちらの評価方法を選択すべきか迷う場合は、税理士などの専門家に相談することも検討しましょう。棚卸資産の評価は事業の特性によって個別に異なるうえ、価格変動リスクや税務への影響など複数の要因を考慮する必要があります。
専門家の意見を参考にすることで、リスクを最小限に抑えられます。
低価法の税務・仕訳処理
ここでは、以下3つの観点から低価法の税務を解説します。
- 棚卸資産の評価方法で低価法を選択する方法
- 評価損の計算方法と低価法の仕訳方法
- 災害などで在庫が破損した場合は「特別損失」で処理可能
以下、1点ずつ見ていきましょう。
棚卸資産の評価方法で低価法を選択する方法
棚卸資産の評価方法で低価法を選択するには、税務署に届出を提出する必要があります。なお、選択後は原則3年間その評価方法から変更できないのでご注意ください。
個人事業主の場合、開業した年なら翌年の3月15日までに、すでに開業しているならその年の属する年分の確定申告期限までに届出を提出します。e-Taxでの提出も可能です。ただし、低価法は青色申告者でないと選択できません。
法人の場合、設立年度なら設立第1期の確定申告書の提出期限までに手続きします。すでに設立済みなら、評価方法を変更したい事業年度開始日の前日までに手続きしましょう。
参考:所得税の棚卸資産の評価方法の届出手続|国税庁
参考:所得税の棚卸資産の評価方法の変更承認申請手続|国税庁
参考:法人の棚卸資産の評価方法の届出|国税庁
参考:法人の棚卸資産の評価方法の変更の承認の申請|国税庁
評価損の計算方法と低価法の仕訳方法
低価法では基本的に、期末時点に棚卸資産の取得原価と時価を比較します。時価が取得原価より下落した場合、その差額を評価損として計上しましょう。
その後、翌期に再び取得原価に戻す処理をします。在庫評価は、期ごとに独立して行う必要があるためです。前期の評価損の影響を翌期に持ち越さず、期首で原価に戻したうえで、それでも売れ残ったら改めて期末時点での時価と比較して評価損を計上します。
このプロセスにより翌期に評価損が残らないため、各期の損益が独立して管理できます。
仕訳の流れは以下のようなイメージです。
- 1期目期末で評価損を計上
- 2期目期首で取得原価に戻す
- 2期目期末で再評価する
具体的な例を見てみましょう。
1期目に取得原価100万円の商品Aの在庫の時価が80万円に下落した場合、20万円の評価損を計上します。評価損の計算方法は以下の通りです。
- 評価損 = 取得原価 – 時価
- 評価損 = 100万円 – 80万円 = 20万円
この場合、1期目決算時の仕訳は以下の通りです。
借方 | 貸方 | ||
商品評価損 | 20万円 | 棚卸資産(商品) | 20万円 |
これにより、評価損20万円が費用として計上されます。
2期目の期首には、再び取得原価に戻す処理をしましょう。1期目の期末に計上した評価損の金額をプラス(戻入れ)して、取得原価に戻す仕訳を行います。
借方 | 貸方 | ||
棚卸資産(商品) | 20万円 | 棚卸資産評価損戻入益 | 20万円 |
これにより、棚卸資産の帳簿価格が再び取得原価の100万円に戻ります。前期末の評価損益がリセットされました。
2期目の期末に商品A(取得原価100万円)の在庫の時価が90万円だった場合、10万円の評価損を計上します。
借方 | 貸方 | ||
商品評価損 | 10万円 | 棚卸資産(商品) | 10万円 |
これにより、期ごとに時価と取得原価が比較できます。
災害などで在庫が破損した場合は「特別損失」で処理可能
市場価格の下落など経済的な要因での損失は「評価損」で処理しますが、突発的事象による損失は「特別損失」として処理できます。突発的事象とは予期できない天災や疫病などです。
特別損失は、通常の低価法で計上される評価損とは別に扱い、損益計算書の「特別損失」に記載します。この損失は「非経常的な損失」として処理されるため、翌期に資産価値を戻す調整(戻入れ)は行いません。
ただし、災害証明書など「特別損失であることを証明する資料」が必要です。
特別損失については、下記の記事も併せてご確認ください。
評価損を計上し税務申告する際の注意点2つ
ここでは、評価損を計上し税務申告する際の注意点を2つ解説します。
時価を証明する資料が必要
評価損の計上には、棚卸資産の時価が取得原価より低いことを証明できる資料が必要です。なぜなら、評価損を計上した理由や計算方法について、税務署から問い合わせを受ける場合があるためです。
評価損を証明できる資料として、以下のような書類が挙げられます。
- 市場価格の下落を示す資料(取引価格の証明書、価格表、見積書など)
- 商品の陳腐化や破損を示す写真・報告書
過剰な評価損の計上は、税務署から否認される可能性があります。
評価損の算入ミスが判明したら修正申告などが必要
後日、「評価損の金額が大きすぎた」と判明した場合は、修正申告を行う必要があります。修正しないと、税務署から過少申告加算税や延滞税などのペナルティを科される可能性があるためです。
一方、評価損を計上し忘れた場合や少なすぎた場合、「更正の請求」を行うと税金の還付を受けられる可能性があります。ただし5年以内に請求する必要があるのでご注意ください。
修正申告や更正の請求について、詳しい方法は下記の記事をご確認ください。
【税理士監修】確定申告が間違っていたときの修正申告のやり方・流れ
低価法や評価損の不明点は抱え込まずに税理士に相談を
この記事では、低価法と原価法の違いや、低価法の実務についてお伝えしました。
低価法を採用する場合は、事業の特性や在庫状況、収益変動の可能性などをよく分析する必要があります。また、評価損の計上は時価の評価が難しいうえ、金額計算も煩雑です。
疑問を抱えたまま放置すると、後に修正申告や税務調査の対応が必要になるケースもあります。不安な方は、早めに税理士にご相談ください。税理士は、低価法や評価損についてアドバイスができます。