事業の成長に伴い法人成りをする場合、個人事業主として所有していた資産の引き継ぎには注意が必要です。この記事では、個人事業主から会社へ資産を引き継ぐ方法や、引き継ぐべき資産の種類、そして注意点について分かりやすく解説します。スムーズな法人成りには、適切な資産の引き継ぎが必要です。ポイントを押さえて、安心して法人化を進めましょう。
目次
法人成り後も資産を使用するには「資産引継ぎ」が必要
個人事業主で所有していた資産を新しい会社でもそのまま使いたい場合は、「資産引継ぎ」が必要です。
個人事業主と法人は、法律上「別の人格」として扱われます。そのため、たとえ同じ事業を続ける場合でも、個人と法人は異なる存在として考えなければなりません。
例えば、個人事業主が所有していた車や機械、オフィスの備品などを新しい会社に引き継ぐ際には、個人から法人に資産を譲渡したり、貸し出す契約を結ぶ必要があるのです。これを怠ると、税務上「みなし譲渡」として扱われる可能性もあり、予期せぬ税金が発生することになりかねません。みなし譲渡とは、資産を実際に売却していないにもかかわらず、売却したものとみなされることです。
法人成りを検討する際には、資産引継ぎを正しく行うことが重要です。スムーズに事業を継続し、余計な税負担を避けるためにも、税理士などの専門家に相談することが有効でしょう。
参考:No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき|国税庁
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資産を引き継ぐ方法は4つ
個人事業主が所有する資産を新しく設立する法人に引き継ぐ方法について説明します。「売買契約」と「賃貸借契約」が一般的で、あまり推奨はされませんが「現物出資」や「贈与」という方法もあります。ここでは、それぞれの方法について詳しく見ていきましょう。
【売買契約】法人に資産を譲渡する
資産を法人に引き継ぐ最も一般的な方法は、売買契約を結ぶことです。手続きが比較的簡単で、売買契約書を交わすだけで済みます。売買価額は中古市場の時価を基準に設定します。
個人が資産を譲渡する際には譲渡所得が発生しますが、無償で譲渡すると贈与とみなされ、結果的に時価で譲渡したものとして課税されるため注意が必要です。また、新たに設立する会社で資産を買い取るための資金が必要であり、買い取った資産の金額に応じて消耗品費や減価償却費として経費に計上できます。
法人成り直後で資金不足の場合は、法人から個人への未払金として処理することも可能です。税務調査に備えて、売買契約書や時価のわかる見積書などの資料をきちんと残しておきましょう。
資産を譲渡する方法はシンプルですが、法人側に資金が必要である点や、税金が発生する可能性がある点に注意しましょう。
【賃貸借契約】法人に資産を貸し出す
賃貸借契約は、個人事業主が所有する資産を法人に貸し出す方法です。特に土地や建物のように売買が難しい資産に適しています。賃貸借契約書を交わし、法人から賃貸料を受け取る形で進めます。賃料は時価を基準に設定し、周辺の相場を参考に適正な金額を決めましょう。
賃貸借契約では、所有権は個人に残り、新たに設立する会社が毎月賃借料を個人に支払います。個人には不動産所得が発生し、確定申告が必要です。法人成り後も個人事業主としての申告が続く点に注意が必要です。
賃貸借契約は手続きがシンプルで、契約書を交わすだけで済みますが、資産の種類や状況に応じて検討することが大切です。法人に資産を貸し出すことで、柔軟に資産を活用できるメリットがあります。
【現物出資】法人設立時の資本金に充てる
現物出資は、個人が保有する資産を新会社設立時の資本金として充てる方法です。例えば、不動産や車両などを現金の代わりに出資できます。そのため、現金が不足している場合でも資本金を増やすことが可能です。
ただし、売買や賃貸に比べ、現物出資の手続きは複雑です。原則として、裁判所が選任した検査役の調査を受ける必要がありますが、資産の価額が500万円以下の場合や、弁護士や税理士の証明を受けた場合など、一定の条件を満たせば省略可能です。また、現物出資できる資産は不動産や有価証券などに限定されています。
現物出資を行う際には、定款に出資する資産や発起人の情報を記載し、必要な手続きを経る必要があります。手続きが煩雑で時間がかかるため、慎重に判断するべきです。現物出資は法人の資本金を増やす有効な方法ですが、手間や時間がかかる点に注意しましょう。
【贈与】法人に資産を贈与する
贈与は、個人が保有する資産を新しく設立する会社に無償で譲る方法です。例えば、個人事業主が使用していた自動車を新設の会社に無償で譲渡するケースが該当します。この方法では、法人側に購入資金が不要です。
ただし、贈与は無償で行われるため、資産を時価で譲渡したとみなされます。その結果、個人事業主には所得税が、新設の法人には受贈益が発生します。例えば、自動車の時価が150万円の場合、法人は150万円分の受贈益があったとみなされるのです。
贈与は手続きが比較的簡単ですが、税金が発生する点に注意が必要です。一般的にはあまり使用されない方法ですが、特定の状況では有効な選択肢となることもあります。
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引き継ぐ資産の種類とポイント
個人から会社に引き継ぐことが多い資産には、以下の4種類が挙げられます。ここでは、それぞれの資産を引き継ぐポイントについて解説します。
棚卸資産
棚卸資産とは、販売予定の商品や製造に必要な原材料など、営業や販売を目的として保管している資産のことです。棚卸資産は、通常の取引価格で法人に引き継ぎます。例えば、1,000円で販売予定の商品は、1,000円で譲渡しなければなりません。
ただし、季節外れの商品や型落ち商品、破損した商品など、価値が低下しているものは処分可能な時価で譲渡できます。この場合、通常の販売価格の70%以上とすることが一般的です。
個人事業主側は、譲渡した棚卸資産を「売上(事業所得)」として計上し、法人側は「仕入れ」として計上します。法人成り直後で資金が不足している場合は、仕入れ分を未払金として処理することも可能です。
棚卸資産の引き継ぎは、個人事業主の事業所得にも影響を与えるため、バランスを見ながら慎重に行うことが大切です。
減価償却資産
減価償却資産とは、ソフトウェアや自動車、業務機器、パソコンなどの1台当たり10万円以上の高額な事務用品などを指します。減価償却資産は、法人成りの際に時価で法人に譲渡されます。時価が不明な場合は、簿価(会計帳簿に記入された資産や負債の評価額)での処理も可能です。
譲渡された減価償却資産は、個人事業主側では「譲渡所得」として計上され、法人側では「固定資産」として計上されます。例えば、50万円の設備機器を譲渡する場合、個人事業主は50万円の譲渡所得を計上し、法人は同額を固定資産として計上します。
減価償却資産の時価は、固定資産税評価額や販売業者の見積金額、市場流通価額などを参考に決定するのが一般的です。法人側では、中古資産としての耐用年数で償却するため、早期に費用化できるメリットがあります。
なお、個人事業主として使用していた固定資産の未償却年数(まだ減価償却されていない年数)は、法人に引き継がれません。つまり、法人としてその固定資産を計上する際には、新たに耐用年数を設定し直し、その年数に基づいて減価償却を行う必要があります。
このため、個人事業主時代の減価償却の進捗状況をそのまま引き継ぐことはできず、新たな計算が必要となるため、注意が必要です。また、特殊な機械など、算定が難しい場合は税理士に相談してみましょう。
不動産
不動産を引き継ぐ方法としては、「譲渡」と「賃貸」の2つが一般的です。譲渡の場合、土地や建物の所有権が新しく設立する法人に移り、法人が不動産を所有することになります。一方、賃貸の場合は、個人が法人に不動産を貸し出す形となり、所有権は個人です。
譲渡を選択すると、個人事業主側は譲渡所得として計上し、法人側は固定資産として計上します。例えば、評価額2,000万円の土地を譲渡する場合、個人事業主は2,000万円の譲渡所得を計上し、法人は同額を固定資産として計上します。この時、不動産の耐用年数を再設定し、減価償却を行う点に注意しましょう。
賃貸を選択する場合は、賃料や契約期間などを明確にして賃貸借契約を締結します。法人は個人に賃料を支払い、個人は不動産所得として確定申告を行います。賃貸は、不動産取得税や登記費用などのコストを抑えたい場合に有効です。
どちらの方法を選ぶかは、費用や手間、将来的な計画に応じて検討すると良いでしょう。
負債
売掛金や買掛金、未払金などの債権も引き継ぐことが可能です。ただし、これらの債権を引き継ぐには、債権者の同意や取引先への名義変更通知など、手続きが煩雑になることが多く、実務上は引き継がないことが一般的です。
債権を引き継ぐ場合は、通常「簿価=時価」として処理されるため、譲渡損益は発生しません。ただし、不良債権の引き継ぎはできません。貸し倒れのリスクがある債権を引き継ぐと、法人から「利益」を受けたと見なされて課税される恐れがあります。
債権の引き継ぎは、確実に回収できる金額に限定することが重要です。手続きが煩雑な場合は、個人事業主のまま債権を持ち続ける選択肢もあります。状況に合わせて、最適な方法を選びましょう。
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法人成りで資産を引き継ぐ際の注意点
ここからは、個人事業主から法人へ資産を引き継ぐ前に、知っておきたい注意点を解説します。法人成りを進める際、資産の引き継ぎ以外にも煩雑な手続きが多く、混乱することもあるかもしれません。以下に挙げる注意点をあらかじめ理解し、スムーズに手続きできるように備えましょう。
引き継ぎできない資産もある
法人成りの際には、そのまま引き継げない資産も存在します。代表的なものとして、賃貸借契約している物件やリース機器、そして個人事業主として取得した営業許可などの手続き書類などが挙げられます。
例えば、個人事業主として使用していたリース機器や自動車、賃貸物件などは、法人として再契約が必要です。特に物件の場合、法人利用により条件や賃料が変わることがあるため、注意しましょう。また、個人事業主として取得した営業許可なども、法人として新たに取得する必要があります。
これらの資産は、法人成りの際に見落としがちですが、スムーズな移行のためには事前に確認し、必要な手続きを行うことが重要です。
引き継いだ資産には消費税がかかる
資産を引き継ぐ場合、対価が伴う取引には消費税がかかります。例えば、売買による譲渡や現物出資、贈与などです。賃貸の場合も同様で、個人が資産を貸し出して得られる賃貸料には消費税がかかります。
ただし、すべての取引に消費税がかかるわけではなく、以下の取引は非課税です。
- 土地および土地の上に存する権利(建物部分は課税対象)
- 有価証券(預金・貸付金・売掛金など)
- 支払手段(現金・小切手・約束手形など)
- 物品切手(商品券・図書券・プリペイドカードなど)
- 社会福祉事業や更生保護事業等の資産、身体障害者物品
- 土地の貸付
- 住宅の貸付(社宅等居住用建物の貸付は非課税、事業用建物の貸付は課税対象)
個人事業主が課税事業者である場合、資産の譲渡には消費税がかかります。課税事業者になる条件としては、インボイス登録をしていることや、前々年の課税売上高が1,000万円を超えていることなどがあります。
資産の譲渡額が大きくなると支払う消費税額も増えるため、事前にしっかりと確認しておくことが重要です。
時価と異なる金額で引き継ぐと課税対象となる場合がある
時価と異なる金額で取引すると、課税対象となることがあります。例えば、通常の販売価格の70%未満で資産を譲渡すると、低額譲渡とみなされ、差額は贈与として追加計上されます。個人事業主の税負担が増える可能性があるため、取引価格には注意が必要です。
具体例として、通常の販売価格が1,000円の資産を600円で譲渡したケースを考えてみましょう。この時、販売価格の70%である700円との差額(100円)が実質的に贈与されたとして、売上に追加計上しなければなりません。個人事業主は600円しか受け取っていないため、税負担だけが増えることになるのです。
逆に、時価より高い金額で譲渡した場合、法人側ではその差額が寄付金として扱われることがあり、法人税が課税されます。例えば、時価1,000円の資産を1,200円で譲渡した場合、200円が寄付金として計上され、ほとんど経費として認められないでしょう。
このように、引き継ぐ際の価額は適正な範囲で設定することが重要です。低すぎる金額や高すぎる金額での取引は避け、適正な時価での引き継ぎを心がけましょう。
参考:法第39条《たな卸資産等の自家消費の場合の総収入金額算入》関係|国税庁
参考:No.5281 寄附金の範囲と損金不算入額の計算|国税庁
償却資産は取得価額に応じて償却する
引き継いだ償却資産は、取得価額に応じて賢く償却することが重要です。以下の3つの方法を活用することで、法人は引き継いだ資産を効率的に償却できます。
- 少額減価償却資産
取得価額が10万円未満の資産や、使用可能期間が1年未満の資産が対象です。これらの資産は一括して償却費を計上できます。すぐに全額を経費として計上できるため、資金繰りが楽になる点がメリットです。
- 一括償却資産
取得価額が10万円以上20万円以下の資産が対象で、法定耐用年数に関係なく、取得価額の3分の1を3年間にわたって費用計上できます。毎年一定額を経費として計上できるため、安定した費用管理が可能です。
- 少額減価償却資産の特例
中小企業が対象で、取得価額が10万円以上30万円未満の資産が対象です。年間300万円まで一括して償却費を計上でき、事業年度に応じて上限が決まります。例えば、事業年度が6ヵ月の場合、上限は150万円です。短期間で多くの資産を償却できるため、節税効果が高まります。
上記の方法を活用することで、通常の減価償却よりも早い段階で費用計上が可能となり、法人成り後の経費処理が効率化されます。引き継いだ資産を賢く償却し、法人の財務管理をスムーズに進めましょう。
関連記事:少額減価償却資産とは?一括償却資産との違いやメリット、注意点も解説
資産の引き継ぎを伴う法人成りには税理士のサポートが有効
法人を設立する際は、資産の引き継ぎ以外にもさまざまな手続きが必要ですが、すべてを一人で行うのは大変です。例えば、資産の評価や引継ぎ方法の選択、契約の変更、税務申告など、多岐にわたる作業が発生します。これらを正確に行わないと、後々のトラブルや税務上の問題が生じる可能性があります。
そこで、資産の引き継ぎを伴う法人成りには、税理士のサポートが有効です。資産の評価や譲渡に関する手続き、税務申告のサポートなど、税理士のサポートを受けることで、スムーズに法人成りを進められます。
手続きの負担を軽減し、安心して法人成りを実現したい方は、私たち「小谷野税理士法人」が全力でサポートしますので、ぜひお気軽にご相談ください。