賃上げ促進税制とは、中小企業が従業員の給与を一定割合以上増額した場合、その増額分の一部を税金控除できる制度です。この制度を活用することによって、従業員満足度や競争力の向上にもつながります。本記事では旧制度の所得拡大促進税制との相違点や、賃上げ促進税制の適用要件について解説します。企業と従業員の双方にメリットのある制度のため、自社が適用対象かどうか確認してみてください。
目次
旧制度の「所得拡大促進税制」とは何か?
所得拡大促進とは、所得税や法人税から税額控除を受けられる制度です。前年度と比較して給与等の支給額が1.5%以上増額した中小企業は、その金額の一部を法人税または所得税から控除できます。
従業員全体の給与支給額がさらに増加すれば税額控除の割合も増えるため、給与増加による従業員のモチベーション向上にもつながります。また法人税の優遇措置というメリットもあるため、企業と従業員の双方に利益のある制度と言えるでしょう。
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賃上げ促進税制に改正された背景
直近の賃上げ率の上昇は一時的な物価高の影響を受けた賃上げであることが改正にいたった背景だと言われています。
もし今後物価上昇率が落ち着いたとしても、高い水準の賃上げが必要でしょう。継続的に高水準の給与を維持するために、今回所得拡大促進税制からの改正に至ったと考えられます。
また中小~中堅企業は大企業以上に従業員数が増加していることから、こうした企業の賃上げを後押しすることが重要になりました。物価高に負けない構造的・持続的な賃上げの動きをより多くの国民に広める動きが必要になったのです。
さらに子育てと仕事の両立支援や女性の働き方への取り組みに積極的な企業を後押しする要件も追加されました。このように改正されることで賃金だけでなく、働き方全般にプラスの効果を及ぼす税制措置として生まれ変わったと言えます。
賃上げに関する税制の適用実績
令和4年度における賃上げ促進税制の適⽤実績は、適⽤件数・適⽤額ともに前年度より⼤幅に増加しました。全体の適⽤件数と適⽤額は過去最⼤になる⾒込みです。
年度 | 適用区分 | 令和元年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 |
適用件数 | 中小企業 | 12万8,029件 | 98,241件 | 13万6,077件 | 21万1,034件 |
大企業 | 1,802件 | 1,114件 | 1,986件 | 4,070件 | |
全体 | 12万9,831件 | 99,355件 | 13万8,063件 | 21万5,104件 | |
適用金額 | 中小企業 | 1,366億円 | 1,031億円 | 1,719億円 | 2,650億円 |
大企業 | 923億円 | 620億円 | 711億円 | 2,484億円 | |
全体 | 2,289億円 | 1,650億円 | 2,430億円 | 5,134億円 |
所得拡大促進税制と賃上げ促進税制の2つの相違点
以下では、改正前後の制度の具体的な違いについて2つのポイントから解説します。
控除額の水準
両制度の違いのひとつとして控除額水準の違いがあります。賃上げ促進税制では大規模な企業の場合、従業員の給与増加分の最大35%が税額控除の対象となりました。
中小企業に対してはさらに手厚く最大45%の控除率が設けられ、改正前よりも高水準となっています。以前の所得拡大税制では、たとえ要件をクリアしていても税額控除率は15%が限度でした。
つまり賃上げ促進税制は所得拡大促進税制に比べて控除額が大幅に引き上げられていることが分かります。
控除要件が新たに追加
賃上げ促進税制では、2024年から控除を受けるための追加要件が設けられています。具体的には教育訓練費の支出が一定基準値を超えていること、くるみんやえるぼしなどの認定を受けていることなどが求められます。
くるみんやえるぼしとは、助成活躍推進企業や子育てサポート企業の認定であり、それぞれ下記の通りです。
- くるみん認定:子育てサポート企業
- えるぼし認定:女性活躍推進企業
これはつまり賃金引き上げに加えて、人材育成や次世代育成支援への取り組みも求められているのです。
【税理士監修】特別償却と税額控除とは?節税のポイントや中小企業向けの控除について解説
参考:「えるぼし」 ・ 「くるみん」 認定取得を目指しましょう|福岡労働局
【企業規模別】賃上げ促進税制の適用要件と上乗せ要件
続いて賃上げ促進税制の適用条件について、大企業・中堅企業・中小企業の3種類の規模別に解説します。
適用対象 | 賃上げ要件 | 上乗せ要件① | 上乗せ要件② | |
大企業 | 青色申告書を提出している企業および個人事業者 | 給与支給額の増加率に応じて税額控除率が変動 | 教育訓練費が前年度より10%以上増えた場合、税額控除率5%を上乗せ | 子育てとの両立・女性活躍支援(プラチナくるみん以上、またはプラチナえるぼし) |
中堅企業 | 青色申告書を提出している従業員数2,000人以下の企業ないしは個人事業主 | 給与支給額の増加率に応じて税額控除率が変動 | 教育訓練費が前年度より10%以上増えた場合、税額控除率5%を上乗せ | 子育てとの両立・女性活躍支援(プラチナくるみん以上、またはプラチナえるぼし) |
中小企業 | 青色申告書を提出している中小企業ないしは従業員数1,000人以下の個人事業主 | 給与支給額の増加率に応じて税額控除率が変動 | 教育訓練費が前年度より5%以上増加した場合、税額控除率10%を上乗せ | 子育てとの両立・女性活躍支援(プラチナくるみん以上、またはプラチナえるぼし) |
要件をしっかりと理解して活用することで、従業員のモチベーションアップや企業の成長につながります。最新情報は、国税庁や中小企業庁のウェブサイトで確認しましょう。
賃上げ促進税制を導入するメリット・デメリット
以下では賃上げ促進税制のメリットとデメリットをそれぞれ分かりやすく表にしてまとめました。
メリット | デメリット |
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注意すべきデメリットもありますが、給与増加による従業員のモチベーション向上にもつながるといった大きなメリットがあります。また企業側としては法人税の優遇措置が受けられるため、企業と従業員の双方に利益のある制度と言えるでしょう。
賃上げ促進税制における法人税控除の申告手続き
賃上げ促進税制を導入する場合、事前の認定や申請手続きは不要です。法人税額から控除を受けるためには、法人税の確定申告を行う際に下記の書類を添付する必要があります。
- 別表(法人税申告書)
- 適用額明細書
- 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書(教育訓練費の加算控除を申告する際には、実施時期、受講者、支払いを証明する書類などを記載した書類)
上記必要書類を添付した上で確定申告書に法人税の税額控除額を反映させ、所轄の税務署に提出すれば申告完了です。ただしこの制度は前事業年度と比較した給与の支給額の増加を要件としているため、前事業年度が存在しない新設法人は適用を受けられません。
賃上げ促進税制を導入する際の注意点
賃上げ促進税制を導入する場合は、いくつか事前に確認しておくべき注意点があります。ここからは賃上げ促進税制の導入に際して気をつけるべき注意点を3つ紹介するので、必ずチェックしておきましょう。
海外勤務経験があっても国内雇用者として扱われる
賃上げ促進税制の適用条件のひとつは、国内で雇用されている従業員への給与や教育訓練費が増額されていることです。ここでの「国内雇用者」とは、国内の事業拠点で作成された賃金台帳に氏名が記載されている人物を意味します。
つまり国内事業所の賃金台帳に名前が記載されて給与が支払われていれば、海外勤務経験があった従業員も対象に含まれます。
教育訓練費の増額には対象者と範囲が定められている
教育訓練費の増額で適用される優遇措置には、教育訓練の対象となる人物と費用の範囲が明確に規定されています。教育訓練を目的とした支出であっても、対象外の費用は教育訓練費に入りません。
また教育訓練の対象となるのは法人、ないしは個人事業主によって国内で雇用されている従業員です。下記に該当する人物は、教育訓練の対象から除外されます。
- 当該法人の役員、または個人事業主本人
- 役員を兼務している従業員
- 該当する法人の役員や個人事業主の特殊関係者
- 入社を予定している者
前事業年度と適用年度で月数が違うと調整が必要
賃上げ促進税制は、適用されるためには従業員の給料やボーナスの増額が欠かせません。しかし経営状況によっては、要件を満たすために給料を上げると資金繰りが困難になる可能性もあります。
そのため税額控除率だけではなく、給料やボーナスを上げても問題ないくらいの資金繰りかを考慮しましょう。また設備投資との兼ね合いでかえって労働生産性を低下させてしまわないか、など中長期的な目線で検討してください。
青色申告の控除額の違いとは?どの控除額を選ぶべきかポイントも解説
よくある質問
最後に、所得拡大促進税制について寄せられたよくある質問を回答と共に紹介します。
賃上げ促進税制の具体例にはどんなものがありますか?
賃上げ促進税制の対象となる教育訓練費の具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 法人が教育訓練を行う場合の費用(外部講師謝金・外部施設使用料など)
- 外部委託して教育訓練を行わせる場合の費用(研修委託費)
- 外部が実施する教育訓練に参加させる場合の費用(外部研修参加費等)
所得拡大促進税制はいつまで適用できますか?
所得拡大促進税制は既に終了していますが、賃上げ促進税制は2024年度(令和6年度)の税制改正でさらに拡充されました。法人は令和6年4月1日から令和9年3月31日までの事業年度、個人事業主は令和7年から令和9年までの各年が対象となります。
参考:全企業向け・中堅企業向け賃上げ促進税制(法人:令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始される各事業年度が対象、個人事業主:令和7年から令和9年までの各年が対象)|経済産業省
所得拡大促進税制は役員報酬も対象となりますか?
残念ながら、所得拡大促進税制は国内での雇用者が対象のため役員報酬は対象にはなりません。
先述で、国内雇用者とは国内の事業拠点で作成された賃金台帳に氏名が記載されている人物であると説明しました。これには正社員はもちろんパートやアルバイト、日雇いなども含まれます。しかし、役員や役員・個人事業主の特殊関係者は対象となりません。
特殊関係者とは役員ないしは個人事業主の親族を意味します。そのため、役員報酬を増やしても所得拡大促進税制は対象とならないので注意してください。
まとめ
所得拡大促進税制は賃上げ促進税制として新たに生まれ変わり、中小企業や個人事業主にとってメリットの多い制度となりました。従業員への給与増を通じて法人税・所得税の負担軽減につながる選択肢のひとつとして、導入を検討してみるのもおすすめです。ただし賃上げ促進税制は申請の手続きが煩雑なことが多いため、早めに準備しておくのがおすすめです。
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