開業医としてクリニックを立ち上げた際、勤務医時代とは異なる税制度に直面し、多くの医師の方が税務の煩雑さに戸惑いを感じることでしょう。収入が増加するとともに税負担も重くなり、節税対策は開業初期から重要な課題となります。そこで、この記事では開業医に役立つ9つの節税対策をご紹介します。経費として認められる項目や、税務調査を受けやすいポイントも併せて解説するので、ぜひ参考にしてください。
目次
開業医なら取り入れたい節税対策8つ
開業したての医院は経営や節税に不慣れなことも多く、予想外の高額税金に直面することがあるかもしれません。また、開業後数年で減価償却が減り、税負担が増える可能性もあります。そのため、早期から正しい節税知識を学び、対策を講じることが重要です。
ここでは、開業医が取り入れたい9つの節税対策について、詳しく解説します。
①経費を正確に計上する
開業医が行うべき節税対策のうち、最も身近で、かつ最も重要なのが「経費を正確に計上すること」です。
所得税は年間の総収入から必要経費などを差し引いた「課税所得」に対して課税されます。そのため、経費を漏らさず計上することで課税所得を減らし、節税につながります。ただし、経費計上の見直しは定期的に行い、節税目的で不要な支出を増やすことは避けるべきです。
経費にはスタッフの給与やクリニックの家賃、設備維持費などが含まれますが、交際費や福利厚生費など、一定の条件を満たす場合に経費として認められる項目もあります。例えば、仕事上の食事会は経費として認められることが多いですし、経営相談や情報交換を目的とした飲み会も経費になり得ます。
重要なのは、クリニックの業務に関連があり、金額が妥当であることを証明できるかどうかです。開業医が経費計上できる費用について、詳しくは後述します。
②共済制度や年金制度を利用する
個人が加入できる共済制度や年金制度を利用すれば、掛金を経費として計上可能です。代表的な制度には、以下の3つがあります。
- iDeCo(個人型確定拠出年金)
- 小規模企業共済
- 経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)
まず、iDeCo(個人型確定拠出年金)は、自らの掛金を運用し、将来の資産形成を目指す制度です。掛金は全額所得控除の対象で、運用益は非課税で再投資されます。個人開業医であれば、月額最大68,000円を掛けられ、年間で816,000円の所得控除を受けることが可能です。ただし、投資には元本割れのリスクもあるため、注意が必要です。
次に、小規模企業共済は、廃業や退職に備えた退職金制度として利用できます。掛金は所得控除の対象となり、1,000〜70,000円まで500円単位で設定可能です。退職金がない個人開業医にとって、節税だけでなく退職金の準備としても有効です。
また、経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)は、取引先の倒産時に無担保・無保証人で掛金の10倍までの借入が可能な制度です。掛金は経費に計上でき、税制優遇も受けられます。掛金は5,000〜20万円まで自由に設定でき、12ヶ月以上の加入で8割以上の解約金を受け取れます。
これらの公的制度を活用することで、節税効果はもちろん、万一のリスクに備えることにもつながります。
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③従業員を対象とした生命保険への加入
従業員を対象とした生命保険に加入することで、スタッフのケガや病気、さらには不慮の死亡時の備えとしてだけでなく、退職金の原資としても利用可能です。
養老保険などの積立式生命保険に加入し、受取人を従業員の家族に指定することで、保険料の半分を経費として計上できます。
また、院長自身が加入する保険についても、一般医療・介護医療・個人年金保険を合わせて年間12万円まで所得控除を受けられます。
④所得を家族に分散する
節税対策として、所得を家族に分散させる方法も有効です。
所得税は、累進課税制度により所得が高くなるほど税率が上がります。例えば、1人で1,000万円の所得を得るよりも、家族2人でそれぞれ500万円ずつ得ることで、所得税の総額を減らせます。
しかし、家族に支払う給与は、その業務に見合った適正な金額でなければならず、実際に業務を行っていることが前提です。また、家族を正式な従業員として雇用する場合は、「青色事業専従者給与の届出」が必要となりますし、社会保険の適用対象となる可能性あることも考慮する必要があります。
社会保険料の支払いが新たに発生する場合、節税効果との兼ね合いを見極めることが大切です。家族経営のクリニックでは、この所得分散を適切に行うことで、税負担の軽減につながるでしょう。
⑤償却資産を購入する
償却資産とは、土地や家屋を除く事業用の固定資産で、医療設備やパソコン、空調設備などが該当します。これらを購入する際、取得費用を耐用年数に応じて分割し、毎年の経費として計上可能です。
特に利益が出ている年に購入することで、その年の税負担を軽減できます。ただし、節税のためだけに不必要な購入をするのは避け、事業の発展につながる資産を選択すべきです。
また、青色申告を行っている場合、取得費が30万円未満の償却資産は「少額減価償却資産」として一括で経費に計上でき、20万円未満であれば「一括償却資産」として3年間で均等に償却できます。どちらの方法が適しているかは、現在の経営状況を踏まえ、税理士に相談することが望ましいでしょう。
関連記事:失敗しない医師の開業をするために知っておきたいこととは?年齢の適齢期や必要資金などを解説
⑥不要な資産を処分する
クリニック内で活用されていない医療設備や、オフィス機器などの償却資産を処分することで、除却損や売却損として経費に計上することが可能です。1月1日時点で所有している償却資産には税が課されるため、年末までに不要な資産を処分することで、翌年の税負担を減らせます。
処分した際には、廃棄した証拠となる書類や写真を保管しておくことが重要です。さらに、固定資産台帳からも資産を消去することを忘れずに行いましょう。定期的な資産の見直しは、開業医の経営においても有効な節税手段と言えるでしょう。
⑦「社会保険診療報酬の所得計算の特例」を利用する
租税特別措置法26条で定められている「社会保険診療報酬の所得計算の特例」は、医業や歯科医業を営む方が、社会保険診療報酬が年5,000万円以下、かつ自由診療を含めた総収入金額が7,000万円以下である場合に利用可能です。
実際の経費よりも概算で計算した経費の方が多い場合、その金額を経費に計上できるため、税負担を軽減できる可能性があります。
参考:e-Gov法令検索|租税特別措置法 第二十六条 社会保険診療報酬の所得計算の特例
⑧医療法人化を検討する
個人開業医の場合、所得が高くなると最大45%の税率が適用されます。しかし、医療法人化することで法人税率は15〜23.3%となり、所得が高いほど節税効果が期待できます。
また、医療法人から給与を受け取るため、給与所得控除の適用を受けられる点もメリットです。さらに、個人開業では受け取れない退職金が、法人化によって可能になることも大きな利点と言えるでしょう。
しかし、法人化には会計や事務処理の負担が増えるデメリットも存在します。また、倒産防止共済への加入ができなくなる点も注意が必要です。
もちろん、節税だけを目的とした医療法人化は避けるべきです。メリットとデメリットを総合的に検討し、自身のクリニックにとって最適な選択かどうかを慎重に判断しましょう。
関連記事:医療法人化とは?クリニックが法人化するメリット・デメリットや定義について解説
開業医の経費として認められる費用
開業医の経費として認められる費用には、主に以下の項目が挙げられます。
- 人件費:給与や社会保険料を含むスタッフ関連費であり、上限はない
- 設備費:土地や建物、車両、水道光熱費、医療機器のリース料などが含まれ、上限はない
- 交際費:接待や情報交換のための経費で、個人事業主であれば上限はない
- 会議費:貸し会議室の使用料や飲食代などを含むミーティング関連費で、上限はない
- 出張費:学会参加などのために発生した交通費や宿泊費で、家族同伴分やプライベートな支出は除外される
- 福利厚生費:スタッフの福利に関わる費用で、社会通念上妥当な範囲であれば上限はない
個人事業主の場合、税務署は支出に対して、事業収入を得るための支出かどうかを厳しく判断します。しかし、医療法人であれば支出は原則的に経費となり、私的な支出を除く考え方が一般的です。
また、自宅兼クリニックの場合、クリニック部分に関する経費は事業の必要経費として計上できます。延床面積に占めるクリニックの床面積の割合に応じて経費を按分し、光熱費なども事業割合に応じて計上します。ただし、住宅ローン控除の適用要件には注意が必要です。
「開業医の経費は7割認められる」って本当?
「開業医の経費は7割認められる」という噂を、聞いたことがある方も多いかもしれません。これは、社会保険診療報酬が年間5,000万円以下の場合、実際の経費ではなく概算で経費計算ができるためでしょう。しかし、事業に関連するもののみが経費として計上できるため、拡大解釈には注意が必要です。
例えば、経費として判断が難しいものには、学会参加のためのスーツ代や車・ガソリン代、旅行代、学会参加費などがあります。これらは、事業に関連すると判断されれば経費として認められますが、プライベートな支出と事業に関する支出を明確に分け、適切に記録を残しておくことが大切です。
開業医として経費を正しく理解し、計上することは、経営の安定化につながります。プライベートな支出を経費として計上しないように注意し、適正な経費管理を心掛けましょう。
関連記事:医療法人化のメリット・デメリットと、適したタイミングを解説
税務調査の対象となる開業医の特徴とは?
税務調査の対象となる医院やクリニックには、いくつかの特徴が見受けられます。ここでは、税務調査の対象となりやすいクリニックの特徴をお伝えします。
開業から3年以上経過している
税務調査は、脱税や申告漏れの有無に関わらず、一定の周期で行われることがあります。特に、開業してから一定期間が経過したクリニックは、税務調査の対象になりやすいとされています。
開業から3年程度が経過すると、事業が順調であれば利益が出始め、経理処理においても油断が生じる可能性があります。また、特定の年や地域で大きな脱税が発覚した場合など、その影響で税務調査が行われることもあります。
これらのケースでは、クリニックが個別に疑われているわけではなく、機械的に選ばれることが多いと言えます。
確定申告の内容に問題がある
収益に対する費用の割合や内容が、同様の診療科目を持つ他のクリニックと大きく異なる場合、税務調査の対象になる可能性があります。また、数年にわたって事業所得を赤字で申告している場合、実態がないにもかかわらず経費として計上されている疑いがあるため、税務調査が行われることがあります。
消費税の課税対象となる売上が1,000万円ギリギリである場合も、意図的に所得を隠していないか疑われるため、税務調査の対象となり得るでしょう。
これらの特徴を踏まえ、医院やクリニックの経営者は、正確な申告を心がけるとともに、経理処理においても細心の注意を払う必要があります。税務調査は誰にでも起こり得るものですが、適切な対策と準備をしておくことで、経営への影響を最小限に抑えることにつながります。
関連記事:医療法人の社団と財団とは?選び方や組織の違いなどについて解説
開業医の節税対策なら顧問税理士を雇うのが効率的
節税対策を行うには、正しい知識と、それ相応の時間が必要です。しかし、煩わしい税務に時間を取られ、肝心な医療業務が疎かになってしまっては本末転倒でしょう。
効果的な節税対策を行いたい開業医の方には、顧問税理士に依頼することをおすすめします。
税理士は税金の適正な申告はもちろん、節税につながるさまざまなサポートやアドバイスを提供します。例えば、医療機器の購入に関する税制優遇措置の活用や、医療法人化による節税など、開業医特有の税務課題に対応するための戦略を練ることが可能です。
「日々の経理業務を効率化し、本来の医療業務に集中したい」「節税はもちろん、経営全般にわたる安定したサポートを受けたい」という開業医の方は、私たち「小谷野税理士法人」が全力でサポートしますので、ぜひお気軽にご相談ください。