自分で事業を展開している方や、企業の担当者のなかには、人件費を抑えたい、どこまで人件費にできるのかわからない、という方も多いのではないでしょうか?人件費を抑える方法として業務の外注もよいとされていますが、トラブルになることもあるため慎重に行わなければなりません。経費に計上できる人件費と計上できない人件費の違い、節税方法、人件費を削減する方法など、具体的に解説します。
目次
そもそも人件費は経費として計上できるのか
人件費とは、企業が事業を営む上で必要な経費のうち、「人」に係る費用の総称です。代表的なものには給与や賞与がありますが、福利厚生の費用、退職金だけでなく交通費や教育費なども人件費に該当します。
人件費は、企業の運営に必要な費用であることから経費に計上できます。人件費を経費に計上することで、課税所得を減らし節税効果が得られることがメリットです。
経費のなかでも割合が大きいため、適切な対策で大きな節税効果を期待できます。しかし、支出とのバランスや生産性・売上などに直結する従業員のモチベーション等も考慮して行う必要があります。次の項からは、人件費に該当する勘定科目や、具体的な人件費削減方法、注意点なども紹介しますので参考にしてください。
人件費における勘定科目
勘定科目とは、何にお金を使ったのかを「帳簿に記入する際に使用するラベル」のようなものです。人件費の対象は幅広く人に関する費用のほとんどが含まれますが、具体的にどのようなことに使用したのか、内訳を示すものが「勘定科目」です。
人件費にあたる勘定科目は大きく分けて「給与手当」「役員報酬」「退職金」「福利厚生費」「法定福利費」の5つです。それぞれどのような費用が該当するのか確認しましょう。
※法人税を算出する際、「役員報酬」は「損金」に当たり厳密には経費ではありません。しかし、法人税法上の損金と会計上の経費は性質が似ていることから、本記事ではわかりやすさのために「経費」と記載しています。
給与手当
人件費の代表的なものとしてイメージするものが、給与でしょう。従業員の労働に対し支払われる金銭は、毎月の給料だけでなく定期券など金銭以外で支給されたものも、人件費として経費に計上できます。具体的には下記のものが該当し、勘定科目は一般的に「給与手当」を使用します。
- 基本給
- 賞与
- 時間外労働手当(残業手当)
- 通勤手当
- 家賃手当
- 家族手当
- 技術手当
- 特別勤務手当
企業によっては、上記の他にも手当が設けられていることがあります。従業員のための費用であれば、特別な手当であっても、基本的には「人件費」です。
役員報酬
企業の役員に支払われる報酬は、基本的に「役員報酬」として経費に計上できます。報酬を支払うという面では従業員への給与と同じですが、役員報酬は従業員への給与とは分けて処理しなければなりません。役員報酬は、報酬額が明らかに高すぎると経費計上が認められないことがあるので注意しましょう。
また、役員報酬を全額経費にするためには事前に「定款での制定」や「株主総会での承認」を得たうえで、以下3つのうちいずれかの支給方法でなければなりません。
- 「定期同額給与」
1ヵ月以下の一定期間ごとの給与 - 「事前確定届出給与」
定期同額給与・業績連動給与に該当しない、指定日に一括で支給する
所定の届出書を事前に提出必要。提出期間は、株主総会等の決議をした日から1か月または職務開始の日から1か月を経過する日、会計期間開始の日から4か月を経過する日のいずれか早い日までです。
- 「一定の業績連動給与」
業績と役員報酬を連動させ決まった額を支給する
役員賞与については「役員賞与」という勘定科目を使用しますが、役員報酬とは異なり「事前確定届出給与」「一定の業績連動給与」の場合に経費に計上できるので注意が必要です。
参考:「役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)」国税庁
退職金
退職金とは、一定の年数以上働いた場合、従業員が退職する際に企業から支払われる賃金のことです。退職時に一括で支払う「退職一時金」と、分割して定期的に支払われる「退職年金」、両方を併用した「退職一時金と退職年金の併用」の3つに分けられます。
退職年金の積み立てのために支出した掛金も一括で支払った場合でも、勘定科目「退職金」として経費に計上できます。役員が退職した場合には「役員退職金」として計上できますが、役員退職金を支給するには株主総会の決議を行うか、事前に定款に定めがある場合に限ります。
なお、将来支払うと予想される退職金を事前に見積もり備えるための資金は、勘定科目「退職給付引当金」として計上します。
福利厚生費
従業員のモチベーションを上げるためにも、福利厚生に資金を投じることも必要でしょう。福利厚生に係る費用も、人件費に含まれます。しかし、使途に具体的な定めもなく、慰安旅行や演芸会費など、経費として計上してよいのか迷うこともあるでしょう。
勘定科目「福利厚生費」として計上するには、下記の条件を満たしている場合に可能です。
- 賃金ではないこと
- 対象が全従業員であること
- 社会通念上、妥当な金額であること
個人事業主の場合は、家族以外の従業員がいれば、福利厚生費として計上できます。
法定福利費
法定福利費とは、法的に加入を義務付けられた福利厚生の費用のことを指します。具体的には、下記のとおりです。
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
- 雇用保険料
- 介護保険料
- 労災保険料
- 子ども・子育て拠出金
健康保険法をはじめ、労働基準法、厚生年金保険法など、さまざまな法律や法令によって事業者の負担が義務づけられている法律です。
健康保険料や厚生年金保険料、介護保険、雇用保険などについては従業員と事業者双方が負担しますが、労災保険、子ども・子育て拠出金については事業主が全額負担しなければなりません。これらの費用も「法定福利費」として計上し、収益から差し引くことができます。
人件費を経費に計上することで得られる節税効果
法人税の課税所得額を算出する計算式は「収入-損金(本記事では経費と記載)」です。人件費は事業経営のなかで大きな割合を占める支出であることが多いため、人件費を経費に計上できれば比較的大きな節税効果が期待できます。
しかし、対象が幅広く、はっきりと基準が定められていないことから、見落としがちな項目でもあります。食事会の費用や健康診断の費用など計上できていないことがありますので、改めて確認してみましょう。
また、比較的金額の大きい役員報酬も事前に定款などに定め、経費に計上できるようにしておくとよいでしょう。
しかし、節税効果のために必要以上に経費を増やすことは、多大な支出を招き、経営を圧迫する恐れがあります。そもそも健全な企業経営のためには、大きな負担である経費そのものを抑えることが重要です。経費を削減することで、営業利益が高くなるだけでなく、金融機関や投資家からの評価が良くなり、融資を受けやすくなったり株価上昇に繋がる可能性もあるのです。
次の項では、人件費を削減するための具体的な方法をご紹介します。
人件費の削減するための方法
人件費を削減したいが、どのように対応したらよいのかわからないという方も多いでしょう。一般的な「給与を見直す」方法以外にも、さまざまな方法で人件費は削減することができます。制度やテクニックをしっかり理解して、上手に人件費を削減しましょう。
外注を活用する
外注できる業務であれば、業務委託契約や請負契約を結んで外注することもテクニックのひとつです。外注した費用は、勘定科目「外注費」「外注工賃」として経費計上が可能です。社会保険の加入義務不要で業務の増減に合わせることもできるため、コスト削減や業務効率の向上などのメリットがあります。
一方で、自社にノウハウが蓄積されず、外注業者との連携が困難な場合は負担になるなどの側面もあります。
外注における税制上のメリットは、外注費には消費税を支払う必要があることです。雇用関係にある従業員に給与や賞与を支払う際には、消費税がかかりません。一見、消費税を払うことがデメリットに感じられるかもしれませんが、消費税の節税ができます。
預かった消費税(売上)-支払った消費税(仕入)=消費税納税額
消費税の納税額は上記の計算式で算出されます。支払った消費税が多ければ(今回の場合外注費の消費税が該当する)、納める消費税額を少なくできるという仕組みです。
まとめると、雇用関係にある従業員と業務委託契約で外注した従業員とでは、下記のような違いがあります。
- 「給与」は経費に計上、社会保険料の支払い必要、控除できる消費税なし。
- 「外注の報酬」は消費税抜きで経費に計上、社会保険料支払い不要、報酬に係る消費税を納付する消費税から差し引くことが可能。
上記のように、事業者の立場としては、給与とするよりも外注費の方が有利な取扱いができるのです。
しかし、外注費と給与においては、明確に線引きされておらず、しばしば税務調査で問題になります。マッサージ師や電気工事、施工業など、過去に外注扱いを否認されたケースが多くあり、外注費と認めてもらうためには条件を満たす必要があります。消費税法基本通達によると、以下の点を総合的に勘案して判定するとしています。
- その契約に係る役務の提供の内容が他人の代替を容れるかどうか。
- 役務の提供にあたり事業者の指揮監督を受けるかどうか。
- まだ引き渡しを了しない完成品が不可抗力のため滅失した場合等においても、当該個人が権利として既に提供した役務に係る報酬の請求をなすことができるかどうか。
- 役務の提供に係る材料又は用具等を供与されているかどうか。
外注費として計上していたものが税務調査で「給与」と判断されてしまうと、源泉所得税と消費税の納付が発生してしまいます。さらに、期限までに納付できないと不納付加算税や延滞税が加算されますので注意が必要です。
外注費であることを明確にするためにも、業務委託契約書等を結び、外注先から請求書の送付を徹底してもらうなど、雇用者との区別をしっかりしておきましょう。
外注費と給与のメリットやデメリットをよく理解して、うまく使い分けるとよいでしょう。
参考:「第一節 個人事業者の納税義務(個人事業者と給与所得者の区分)」国税庁
制度を活用する
税制上の制度を活用することもひとつの方法です。「賃上げ促進税制」は、従業員の賃上げや人材教育への投資に積極的な企業が、所定の税額控除を受けられる制度です。
大企業向け・中堅企業向け・中小企業向けに分かれており、前年度比1.5%(中堅・大企業の場合3%)以上の賃上げで、賃上げ率に応じた税額控除が可能なほか、教育や子育て支援・女性活躍支援の認定を取得すると控除率の上乗せもされます。
令和6年度(2024年)からは、中小企業に対して繰越控除制度が創設され、5年間にわたって繰り越すことができるようになりました。これにより、賃上げした結果赤字経営となってしまっても翌年以降に税額控除ができるため、これまで賃上げに踏み切れなかった中小企業を後押しする仕組みです。
また、改正によって要件を満たせば中小企業の場合、最大45%の税額控除が受けられ、賃上げを行いながらも人件費の負担を抑えられるため、自社にどれほどのメリットがあるか一度計算してみるとよいでしょう。
参考:「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)」国税庁
給与や報酬を見直す
現状の給与体系や各種手当などは適切であるかを見直してみましょう。時間外労働が常態化していないか、削減できる手当はないか、など、見直すべき部分は意外にも多いです。給与や報酬の見直しは、下記のようなメリットが期待できます。
- 生産性が向上し利益拡大が狙える
- マーケティングや販売活動への投資が可能となる
- よりよい製品やサービスの提供、顧客満足度のアップにつながる
一方で、戦略無く闇雲に給与削減をしても上記のようなメリットは得られません。給与や報酬の見直しが不十分であると、従業員のモチベーション低下を招き、生産性やパフォーマンスの影響が懸念されます。
結果的に、売上に悪影響を与える可能性もあります。給与や報酬の見直しをする場合には、従業員と密にコミュニケーションをとり、ニーズに応えられるように給与や報酬を見直す必要があることを覚えておきましょう。
家族へ役員報酬・給料を払う
青色申告の個人事業主の場合、要件を満たせば青色事業専従者給与として、事業に従事する家族への給与を経費にできる制度があります(白色申告の場合は事業専従者控除)。しかしこの場合、事業に従事する家族は「生計を一にし、専業で従事していること」が原則です。他の会社に勤めていたり、そもそも仕事を手伝っていない場合も、給与支払いは認められません。
しかし、法人化すれば、同一生計外の親族に支払った給与も経費化でき、雇用形態も専業に限らずアルバイトでも構いません。さらに、家族を役員にすれば「役員報酬」として人件費に計上できます。
法人化すると、設立や閉鎖に費用がかかったり社会保険への加入が必要などのデメリットがあります。しかし、一方で節税対策の幅は広がり社会的な信用が上がるなどのメリットもあります。法人化を検討する際には、メリットやデメリットを十分に考慮して判断しましょう。
人件費を削減するうえでの注意点
人件費を削減するテクニックをお話ししましたが、注意点もあります。正しく処理をしていないと、脱税や法律違反となり事業に影響を与えるリスクが生じます。特に注意しなければならないポイントを紹介しますので、必ず確認しておきましょう。
架空の人件費を計上することは脱税
存在しない従業員を捏造して、実際に自社で働いているかのように見せかけて人件費を計上することは、「架空人件費の計上」にあたり、脱税です。脱税の手口としてよく知られる方法で、帳簿の不一致や源泉徴収簿などから発覚します。税務署員はプロですので、必ず見つかるため絶対にやめましょう。
架空人件費を計上し脱税と判断されれば、意図的な不正として懲役や高額の罰金、告発され有罪となれば前科がついてしまい、社会的にも大きなダメージとなります。
不正を行っていないことを証明できるように、各種台帳のほか、タイムカードや営業日報、組織図などを完備し、保存しておくとよいでしょう。
名義貸しも禁止されている
「名義貸し」とは、自分の名前を他人に貸すことです。架空人件費について言えば、勤務実態が無いにもかかわらず、実在する人物の名前を借りてあたかも従業員がいるかのように費用計上するものです。
基本的に名義を他人に貸すことは、あらゆる法律で禁止されています。あらゆる契約や資格などは、その責任を名義人に求めます。たとえ実態を伴っていなくても、名義上契約していれば、名義を貸した人が責任を負わなければならず、場合によっては懲役や罰金刑に処されることもあります。
「役員」に関しては実質的な名義貸しが認められていますが(名目的取締役など)、損害賠償などの責任が発生した場合、名前を貸しただけのつもりでも、言い逃れはできませんので注意しましょう。
基本的には名義を借りることも、名義を貸すこともしないようにしましょう。
人件費で迷ったときには税理士への相談がベスト
人件費は、従業員の労働の対価だけでなく、教育や各種手当など「人」に関する費用を指し、基本的に費用に計上できるので、漏れのないように確認しましょう。
人件費を削減する場合、安易な給与削減は従業員のモチベーションを下げる可能性があります。結果的に、貴重な人材の流出や売上の低下などにつながるかもしれません。
外注費や人件費における節税を視野に入れて対策を行いたいときには、業務を外注するテクニックや減税制度を利用し、従業員とコミュニケーションを取りながら上手に削減しましょう。