独立して診療所やクリニックなどを開業した医師は、毎年自分で確定申告する必要があります。そこで、本記事では開業医の確定申告について詳しく解説します。記載内容や注意点などを把握することは、安全な経営だけではなく節税対策にもつながります。また、既に開業している方も、ぜひ特例措置や所得控除の再確認に活用してください。
目次
確定申告は開業医と勤務医で変わる?
医師が独立して自身の診療所やクリニックを持つ場合、業態は個人事業主になります。それに伴い、確定申告の区分も変わります。
勤務医と開業医の違いは下記の通りです。
形態 | 勤務医 | 開業医 |
確定申告の区分 | 給与所得 | 事業所得 |
確定申告を行う者 | 本人 (勤務先の医療機関は年末調整) | 本人 |
勤務医の場合、年末調整を含めて所得税の計算は勤務している医療機関が行います。そのため、一部の例外を除き勤務医本人が行うことはありません。この際の確定申告の区分は「給与所得」に分類されます。
一方、開業医の場合は、自分自身で確定申告を行う必要があります。確定申告の区分は「事業所得」です。さらに、開業後はこの確定申告業務を自分で行わなければならないという点が大きく異なります。
そのため、開業医は税理士に依頼するケースが多数です。開業直後は特に多忙なため、検討してはいかがでしょうか。
参考:No.1900 給与所得者で確定申告が必要な人|国税庁
参考:No.1350 事業所得の課税のしくみ(事業所得) |国税庁
勤務医でも確定申告が必要な場合とは
勤務医にも確定申告が必要なケースがあります。下記のいずれかに当てはまる場合は、忘れずに確定申告を行いましょう。
- 給与所得が2,000万円以上である
- 外来や手術など、複数の医療機関に勤務している
- 副業による所得が年間20万円超ある
- 不動産所得など、給与所得以外にも年間20万円超の所得がある
- 不動産所得などの赤字を差し引いて所得税を抑えたい
その際には、事業所得もしくは雑所得として申告を行います。どこに区分するのか分からない方や、そもそも自身の収入に確定申告が必要か分からないという場合は、一度税理士に相談してみましょう。
参考:No.1900 給与所得者で確定申告が必要な人|国税庁
開業医の収入3つとは
診療場やクリニックなどを経営する開業医の収入としては主に3種類あります。
ここでは、その「保険診療収入」「自由診療収入」「雑収入」について解説します。各収入の概要についてまずは押さえましょう。
保険診療収入
保険診療収入とは、主に社会保険診療報酬と国民健康保険診療報酬による収入のことです。保険診療によって得られる収入の消費税は非課税となっています。
参考:社会保険診療報酬|国税庁
自由診療収入
自由診療収入とは、保険適用外の診療収入のことです。自由診療は全額患者負担になり、またその収入は全額課税対象になります。
自由診療の一例としては以下が該当します。
- 自費診療
- 人間ドック、予防接種、医療相談料
- 先進医療、抗がん剤治療(一部を除く)、国内
- 労災、交通事故、公害医療
- 地方自治体から支給される報酬
- 老人保険証に定める医療以外の保健事業
- 正常分娩による出産
- 美容整形、歯列矯正 など
一般的に、歯科や美容クリニック、産科等は自由診療の割合が多くなります。
雑収入
雑収入とは、医療行為に付随して得た収入のことです。保険診療収入と自由診療収入以外の収入がこの雑収入に分類されます。
雑収入の主な内容は、下記の通りです。
- 診断書の作成手数料
- 歯ブラシなどの治療器具といった、医療関連商品の販売
- 患者紹介料
- 介護保険法に基づく認定調査料
- 電話や自動販売機などの設置手数料
- 原稿料や講演料 など
雑収入も、診療科の治療内容によって差があります。また、計上漏れが発生しやすい項目でもあるため注意しましょう。
社会保険診療報酬に係る特例措置
収入が一定以下の開業医には、租税特別措置法によって特例措置が設けられています。これを「社会保険診療報酬に係る特例措置」と言います。
特例措置の対象となる診療所や病院は、「概算経費」と実際に支出した「実額経費」を比較し、多いほうの金額を経費にできます。概算経費によって小規模な診療所の事務処理の負担を軽減し、社会に必須である医療サービスを安定的に経営するために設けられました。
確定申告の際の節税対策にもなるため、計算式や注意点などについてぜひ知っておきましょう。
概算経費の適用対象者は?
特例措置による概算経費の適用対象者は、医業または歯科医業を営む個人事業主や医療法人で、事業年度の収入が一定金額以下の方です。なお、柔道整復師、あんま、はり業、助産師、介護福祉士などは対象になりません。
適用対象者がこの特例の適用を受けられるのは、以下の2つの条件に当てはまる場合に限られます。
- その事業年度の社会保険診療報酬が5,000万円以下
- 総収入金額の合計額が7,000万円以下
ほかにはマスクや歯ブラシの物品販売収入など、総収入に含まれない金額が数多くあります。それらを除外して計算することで、概算経費が適用されるケースもあります。
概算経費と実費経費どちらを選ぶかによって課税額が大きく異なるため、一度税理士に確認してみることをおすすめします。
参考:記載要領 所得税青色申告決算書(一般用)付表《医師及び歯科医師用》 |国税庁
概算経費の計算式
概算経費の適用対象者は、概算経費と実額経費を比較したうえで多い金額をその事業年度の経費として計上できます。
概算経費の計算式は下記の通りです。
【概算経費】
社会保険診療報酬×概算経費率+加算額
概算経費の速算表
社会保険診療報酬 | 概査経費率 | 加算額 |
2,500万円以下の部分 | × 72% | |
2,500万円超3,000万円以下 | × 70% | + 50万円 |
3,000万円超4,000万円以下 | × 62% | + 290万円 |
4,000万円超5,000万円以下 | × 57% | + 490万円 |
上記の計算式を使って、実際にどの程度経費が異なるのか計算してみましょう。
例)年間の社会保険診療報酬が4,000万円で、実額経費が2,000万円の場合 |
【実額経費】
2,000万円
【概算経費】
2,770万円(4,000万円×62%+290万円)
この場合は、概算経費のほうが合計770万円多く経費にできることになります。そのため、断然概算経費が節税対策になります。
実額経費と概算経費は、毎年確定申告の際に選べます。計算が煩雑なため税理士に依頼するのも一案です。
概算経費の注意点
メリットの多い概算経費ですが、適用する際には注意点やデメリットなどもあります。必ず併せて確認しておきましょう。
実費経費のほうが節税できるケースも
概算経費よりも実費経費のほうが経費が多く、節税になるケースももちろんあります。
例えば、人件費や賃料、医療機器のリース料などが高額な場合は、実費経費のほうが節税しやすい傾向があります。
「概算経費=節税対策」と思い込むのではなく、ぜひ比較してみることをおすすめします。
概算経費は保険医療分のみ
概算経費が適用されるのは、保険診療にかかった経費のみです。そのため、自由診療にかかった経費は実額経費として計算する必要があります。自由診療にかかった経費に漏れがあると経費の金額が少なくなり、税額が増える場合があります。
一方、保険医療にかかった経費を自由診療に入れてしまうと、税務調査によって追徴課税の恐れがあります。
更正の請求が認められない
概算経費は更正の請求が認められていません。そのため、概算経費を用いて確定申告を行い、期日後に実額経費に変更し直すことができないのです。
確定申告の際には、概算経費と実額経費を正確に算出したうえで比較する必要があるでしょう。
利用できる所得控除は?
それ以外にも、確定申告の際には利用できる所得控除をすべて使って節税しましょう。
主な所得控除は下記の通りです。
- 医療費控除
- 社会保険料控除
- 生命保険料控除
- 寄附金控除
- 扶養控除
- 基礎控除 など
各控除の概要や手続きなどについては、国税庁のホームページ「所得控除のあらまし」にリンクが掲載されています。ぜひ確認してみてください。
税理士への依頼がおすすめ
開業して自分の診療所やクリニックなどを持った医師は、個人事業主に分類されます。そのため、毎年自分自身で確定申告を行うことが義務付けられています。
ですが、開業後の医師はやるべき業務が非常に多いものです。そこへさらに慣れない税務が加わることに対して負担を感じる方も大勢います。そのため、開業医の多くは税理士に確定申告を依頼することが一般的です。
また、税理士には、その後の事業拡大や承継・相続なども継続して相談できます。医師としてのライフステージが変わっても引き続き依頼できれば、その分タイムロスを抑えられるでしょう。