役員退職金(役員退職慰労金)は、損金算入のための要件や損金算入の時期が定められています。適切な会計処理をしなければ、役員退職金の損金算入が認められない恐れがあるため注意が必要です。今回は、役員退職金を損金算入する上で押さえておくべき事項について詳しく解説します。
目次
役員退職金とは
役員退職金とは法人の役員が退任する際に支給する退職金です。従業員に対する一般的な退職金と区別して、退職慰労金や役員退職慰労金と呼ぶこともあります。
一般的な退職金との主な違いとして、退職金規程に従って支給されるか否かが挙げられます。
一般的な退職金は社内で作成した退職金規程に従って支給します。退職金規程の作成は必須ではありませんが、トラブル防止のために作成、規定の通りに退職金を指定するのが一般的です。
一方で役員退職金には退職金規程が必要ありません。退職金規程の定めがなくても支給可能です。ただし一般的な退職金と違い、株主総会での決議か定款への定めが必要です。
役員退職金の支給に法的な義務はなく、上限額の明確な定めもありません。そのため役員退職金の支給の有無、および金額は法人が自由に決められます。
ただし、役員退職金を損金算入するためには一定の要件を満たす必要があります。また、金額を自由に決められるとはいえ、不当に高すぎる部分は損金算入が認められません。役員退職金を損金算入するためには、損金算入の要件を満たすこと・適正額を支給することが大切です。
なお、個人事業主の退職金は一般的な退職金および役員退職金どちらとも異なる性質を持ちます。個人事業主の退職金については以下の記事をご覧ください。
関連記事:個人事業主でも退職金を受け取れる?3つの方法と退職金を受け取る注意点を解説!
役員退職金のメリットとデメリット
役員退職金を支給するか否かは法人が自由に決められます。以下では役員退職金を支給するかの判断基準として、役員退職金のメリットとデメリットをそれぞれ紹介します。
役員退職金のメリット
役員退職金には法人側・役員側それぞれにメリットがあります。
法人側のメリットは、法人税の節税効果がある点です。一定の要件を満たす役員退職金は損金算入が認められています。損金算入できる額が増えて所得を減らせるため、法人税の節税につながります。
役員側のメリットは所得税の額を抑えられる点です。退職金は通常の給与や報酬と違い、給与所得ではなく退職所得に該当します。退職所得の計算方法は以下の通りです。
退職所得=(退職金-退職所得控除)× 2分の1
退職所得控除の計算方法は、勤続年数によって以下のように異なります。
- 勤続年数20年以下の場合:40万円 × 勤続年数
(80万円に満たない場合は80万円) - 勤続年数20年超の場合:800万円+70万円 × (勤続年数 - 20年)
※1年未満の期間は1年に切り上げ
このように退職所得は給与所得の計算方法に比べて、課税対象となる所得額が少なくなる仕組みです。仮に支給総額が同じでも、全額を役員報酬として支払うよりも、役員退職金として支給した方がトータルでの税額を抑えられます。
参考:国税庁公式サイト「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
役員退職金のデメリット
役員退職金のデメリットを2つ紹介します。
1つ目のデメリットは資金繰りに影響を及ぼす恐れが大きい点です。役員退職金は高額になりやすいため、役員退職金を支給するタイミングでまとまった支出が発生することになります。計画的な資金繰りや資金の確保をしなければ、役員退職金の支給が原因で財務状態が悪化する可能性があります。
2つ目のデメリットは支給するために株主総会の決議または定款への定めが必要な点です。役員退職金について定款に定めるケースは少なく、株主総会で決めるケースが多くみられます。株主総会の準備という手間がかかるだけでなく、株主からの反対が起こりスムーズな決議ができない可能性もあります。
役員退職金の計算方法
役員退職金の計算方法として最も一般的なのが功績倍率法です。功績倍率法では以下の式を用いて退職金の額を計算します。
役員退職金=最終月額報酬(退職時の月額報酬)× 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率は退職する役員の貢献度を考慮して決めるものです。全国商工会連合会が発行した資料では、役位ごとの功績倍率の例として、以下の数値が紹介されています。
役位 | 功績倍率 |
会長 | 2.0~2.5 |
代表取締役社長 | 2.5~3.0 |
専務取締役 | 2.0~2.5 |
常務取締役 | 1.5~2.0 |
取締役 | 1.0~1.5 |
監査役 | 1.0~1.5 |
上記倍率の範囲内であれば、必ず損金算入できるわけではないため注意しましょう。
役員退職金の損金算入時期
役員退職金の損金算入時期は、原則として株主総会の決議等で退職金の額が確定した日の属する事業年度です。例えば4月から翌年3月が会計期間の会社で、令和3年5月の株主総会の決議等で金額が確定した場合、令和4年3月期に損金算入をします。
例外として、退職金を実際に支払った事業年度に損金処理をした場合は、当該年度の損金算入が認められます。
役員退職金が損金にならないケース
役員退職金の損金算入が認められないケースを2つ紹介します。
1つ目は役員退職金の額が不当に高額である場合です。役員退職金の上限に定めはないものの、一般的に適正と認められる範囲を超える金額は損金算入の対象外になる恐れがあります。前述の「役員退職金の計算方法」で算出した金額を超える退職金にするのは避けるのが良いでしょう。
2つ目は退職の事実がないとみなされた場合です。役員退職金は退職する役員に対して支給するものであるため、退職の事実がないのに支給している場合は役員退職金として認められません。
退職の事実があると認められるケースとしては、以下の例が挙げられます。
- 任期の満了により役員を退任した
- 辞任や死亡等の事実により役員ではなくなった
- 地位や職務内容の大きな変更等、実質的には退職と同様の性質を持つ事実が発生した
[具体例]「常勤役員が非常勤役員になる」「取締役が監査役になる」「分掌変更等の後に役員報酬が概ね50%以上減少した」
参考:納税協会ニュース「法人税の損金算入・不算入 第3回 代表者を退くと役員退職金がもらえる?」
上記のケースに該当しない状態で支給した役員退職金は、損金算入が認められない危険性があります。
役員退職金の損金算入における注意点
役員退職金は金額が高額になりやすいため、損金算入を確実にできるよう適切な対処が必要です。以下で役員退職金の損金算入における注意点を3つ紹介します。
役員退職金の適正額の設定する
役員退職金を確実に損金算入するためには、役員退職金を適正額に設定することが大切です。
役員退職金の損金算入が否認される原因として、役員退職金が極端に高額なケースが挙げられます。反対に、役員退職金が適正額であればほぼ問題なく損金算入が認められると考えられます。
役員退職金の計算方法としては、最も一般的な功績倍率法で金額を計算するのが安心でしょう。
損金算入の対象期間を把握する
役員退職金を損金算入するためには、損金算入の対象期間を把握する必要もあります。役員退職金の損金算入時期として認められるのは以下のいずれかです。
- 原則:株主総会の決議等で退職金の額が確定した日の属する事業年度
- 例外:退職金を実際に支払った事業年度
それ以外の事業年度に損金処理をしても、対象の役員退職金の損金参入は認められません。
トータルコストと税務リスクを考える
役員退職金の適切な処理をするためには、役員退職金のトータルコストと税務リスクについて考えることも大切です。
役員退職金のトータルコストを考える上で、考慮するべき要素として以下の例が挙げられます。
退職金の額そのもの 金額が高いほど支出額が増え、資金繰りに影響を及ぼす恐れが大きいです。
株主総会でのトラブル 退職金が高額であれば利益が減る、すなわち株主に還元される部分が少なくなります。そのため役員退職金が高額な場合、株主総会で反対を受ける等のトラブルが起こりやすいです。 |
単純な金額面だけでなく、手間や時間という意味でのコストにも注意する必要があります。
税務リスクは損金算入が認められないリスクです。役員退職金の金額が高いほど損金算入が認められないリスクも高くなります。退職金の額を増やす場合、税務リスクが高くならないか検討が必要です。
役員退職金の損金算入は慎重に
役員退職金を損金算入するための要件は、従業員に対する退職金のルールとは異なります。損金算入をするには、株主総会での決議か定款での定めを設けた上で、損金算入時期に処理を行う必要があります。
また、損金算入の要件を満たしていても、不当に高額とみなされた場合は対象の役員退職金の損金算入が認められません。
役員退職金の損金算入を確実に行うには、適正額の計算をした上で、損金算入の要件を満たす必要があります。
役員退職金の損金算入について考える際は、トータルコストと税務リスクについて考えることも大切です。しかし、税務の専門知識のない人が税務リスクについて正しい判断をするのは容易ではありません。
役員退職金の税務リスクをはじめ、役員退職金について疑問や不安があれば、専門家や税理士に相談するのが安心です。