企業の「上場廃止」というニュースには、倒産や業績不振といったネガティブなイメージを持つ方のほうが多いのではないでしょうか。しかし、近年は経営戦略の一つとして上場廃止を選ぶ企業が増えつつあります。本記事では上場廃止となる要件やメリット・デメリットなどについて解説します。
目次
上場廃止とは
上場廃止とは、上場企業が金融証券取引所における売買の対象から自社の株式を外すことです。
上場廃止には取引所による強制的な退場と、企業の自主的な申請による2つのパターンがあります。
ここではそれぞれの場合と上場廃止までの流れについて解説します。
上場廃止の要件に抵触した
上場廃止となる1つ目のパターンは、上場企業が上場廃止の要件に抵触した場合です。この場合は取引所による強制的な退場が行われます。
上場廃止の要件は主に5つあります。詳しくは本記事の「上場廃止の要件とは?」で解説します。
経営戦略として自ら選んだ
上場廃止となる2つ目のパターンは、企業が経営戦略の一環として自主的に選択する場合です。その場合は企業の申請によって証券取引所の審査が行われ、1ヵ月後に上場廃止となります。
上場廃止の要件とは?
取引所は上場企業に対して一定の基準を設けています。企業が上場を維持するためには、常にその基準を満たしている必要があります。
下記5つは上場廃止の要件です。いずれかに抵触すると、企業は上場廃止を余儀なくされます。
上場維持基準を満たしていない
企業が上場し続けるためには、一定の基準を満たしている必要があります。その基準を上場維持基準と言い、有価証券上場規程第501条で定められています。
上場維持基準を満たしていない期間が1年以上続くと上場廃止となります。なお、上場維持基準が売買高の場合の期間は6ヶ月です。
上場維持基準は市場によって異なります。
【プライム市場】
株主数:800 人以上
流通株式:
- 流通株式数 2万単位以上
- 流通株式時価総額 100億円以上
- 流通株式比率 35%以上
売買代金:1日平均売買代金が0.2億円以上
純資産の額:純資産の額が正であること
【スタンダード市場】
株主数:400 人以上
流通株式:
- 流通株式数 2,000単位以上
- 流通株式時価総額 10億円以上
- 流通株式比率 25%以上
売買高:月平均売買高が10単位以上
純資産の額:純資産の額が正であること
【グロース市場】
株主数:150 人以上
流通株式:
- 流通株式数 1,000単位以上
- 流通株式時価総額 5億円以上
- 流通株式比率 25%以上
売買高:月平均売買高が10単位以上
時価総額:40億円以上(上場10年経過後から適用)
純資産の額:純資産の額が正であること
有価証券報告書等の提出遅延
上場企業は、監査報告書や有価証券報告書といった書類を法定提出期限の1ヵ月後までに提出する必要があります。
期限に間に合わない場合は、有価証券報告書等の提出期限の延長を申し出ることも可能です。
しかし延長の承認後、休業日を除いた延長期間の8日目までに提出しない場合は上場廃止となります。
虚偽記載や不適正意見等
提出書類に虚偽記載や不適正意見などがある場合も上場廃止となります。企業の上場が市場全体の秩序に関わると見なされるためです。
主な例として、有価証券報告書などに虚偽記載があった場合や、監査報告書または四半期レビュー報告書に不適正意見などが記載された場合などが該当します。
特設注意市場銘柄に該当
特別注意銘柄とは、上場廃止基準に抵触するおそれがあったものの、その後も取引が続けられる銘柄のことです。
ただし、特別注意銘柄は経過観察の対象として、内部管理体制などを改善する必要があると見なされます。
継続的に投資家への注意喚起がなされ、取引も通常の取引銘柄とは区別されます。
特別注意銘柄へ指定されてから1年経過後に審査が行われます。
その際に内部管理体制が改善されていなかったり、改善の見込みがないと見なされた場合などに上場廃止となります。
上場契約違反等
上場企業は上場の際に各取引所に上場契約書を提出する必要があります。この契約書について重大な違反を行った場合は上場廃止となります。
また、新規上場の申請に係る宣誓書に違反し、新規上場に係る基準に適合していなかったと取引所が認めた場合も同様です。
ただし、その場合は1年の猶予があります。1年以内に新規上場審査に準じた上場適格性の審査に適合しなかった場合は上場廃止となります。
上場廃止のデメリット
上場廃止に対して、一般的にはネガティブなイメージを持つ方が多い傾向があります。しかし、上場廃止にはデメリット・メリットどちらもあります。
経営戦略に活かすためにも、正確に押さえておきましょう。
資金調達の手段が制限される
上場企業は株式の売買によって多額の資金を短期間に調達できます。上場廃止の最大のデメリットはその手段がなくなることです。
そのため金融機関からの融資を中心に、あらかじめ上場廃止後の資金調達の手段を確保しておく必要があるでしょう。
ブランドイメージと信用度が下がる
「上場企業」に対して、ブランドイメージを持つ既存株主や顧客がいます。上場廃止になるとそのブランドイメージが失われ、信用度も下がるリスクがあります。
そのため上場廃止の際には、金融機関や取引先といったステークホルダーに十分な説明をする必要があります。上場廃止となった理由とその背景、今後の自社の取り組みといった詳細を説明することで理解を得られるでしょう。
既存株主と利益が対立する場合がある
既存株主が上場廃止をデメリットと捉えやすいのは、不利益を被るケースがあるためです。特にそれが起こりやすいのは、自社の経営陣が株式を取得するMBOの場合です。
買い取り側である経営陣は、株式をできるだけ安く買い取りたいと考えます。それに対して、既存株主はできるだけ高く売却したいと考えます。
つまり、MBOの場合は経営陣と既存株主の利益がお互いに対立しているのです。
既存株主から「不当に安く買い取ったのではないか」と疑われないよう、MBOを実施する場合は公平な手続きに則って行う必要があります。
上場廃止のメリット
デメリットの多い上場廃止ですが、2点ほどメリットもあります。
経営の自由度が高くなる
上場廃止の最大のメリットは、外部から干渉されずに経営できるようになることです。経営戦略として上場廃止を選ぶ企業は、この経営権の取得を目的としていることが一般的です。
上場企業は経営再建や立て直しなどを行う際に、常に株主の意見を聞く必要があります。それによってタイムロスが起こるだけではなく、事業計画を阻止されるケースもあります。
しかし、上場廃止すればそういった制約がなくなるため、迅速な意思決定を実現できます。特に長期的スパンでの企業の成長を計画している場合は、上場廃止がメリットとなることもあります。
上場維持の費用削減
上場維持のためには多額の費用がかかります。上場廃止すれば一切必要なくなります。
上場維持にかかる主な費用6つは下記の通りです。
- 年間上場料
- 法定開示書類・適時開示書類の作成費用
- 株式事務代行機関への委託費用
- 監査費用(金商法監査等)
- 弁護士の顧問料
ここでは、各費用の内容や相場などについて解説します。
【年間上場料】
上場会社は年間上場料を取引所に支払う必要があります。上場料は各取引所によって異なります。
ここでは東京証券取引所の例を紹介します。
上場時価総額 | プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 |
50億円以下 | 96万円 | 72万円 | 48万円 |
50億円を超え250億円以下 | 168万円 | 144万円 | 120万 |
250億円を超え500億円以下 | 240万円 | 216万円 | 192万円 |
500億円を超え2,500億円以下 | 312万円 | 288万円 | 264万円 |
2,500億円を超え5,000億円以下 | 384万円 | 360万円 | 336万円 |
5,000億円を超えるもの | 456万円 | 432万円 | 408万円 |
支払期日は、3月末日及び9月末日まで(上記金額にTDnet利用料を加算した金額の半額ずつ)となっています。
【法定開示書類・適時開示書類の作成費用】
上場企業には毎年有価証券報告書や内部統制報告書といった、法定開示書類を金融庁に提出する義務があります。
書類作成の費用相場は、数百万単位から数千万円まで幅広いため一概には言えません。
有価証券報告書には法令で定められた様式があります。外部の印刷会社を利用する際は、上場の専門知識に精通した企業へ依頼することをおすすめします。
参考:企業内容等の開示に関する留意事項について (企業内容等開示ガイドライン)|金融庁
【株式事務代行機関への委託費用】
上場する場合、証券取引所が承認する代行機関に株式事務を委託する必要があります。そのための費用も発生します。
株式事務とは、株主名義の作成や管理、株主総会招集通知の発送といった株式に関する事務全般のことです。
専門知識が必要となることもあり、株式事務は代行機関への委託が義務付けられています。
【監査費用(金商法監査等)】
上場企業は金融商品取引法第193条の2第1項の規定によって、毎年監査法人による監査を受けることが義務付けられています。
年間監査費用は企業の規模や形態などによって、数百万円~数千万円程度まで差があります。
【弁護士の顧問料】
上場の際には、各開示書類について法的な観点から確認するリーガルチェックが必須です。その確認作業を依頼する弁護士の顧問料も必要です。
また、企業が上場するとクレーム件数が増えることが一般的です。そのため上場準備の段階から、同じ弁護士に継続して相談できる体制を作っておくことをおすすめします。
弁護士の顧問料の費用は年間数十万円から約500万円と幅があります。弁護士にどの程度の業務を、どのような頻度で依頼するのかによって異なります。
上場廃止から再上場できる?
上場廃止した後、再上場することは可能です。しかし、新規上場の時よりも審査基準が厳しくなることに留意しておきましょう。
税理士への相談もぜひ検討を
上場廃止は上場企業にとってデメリットにもメリットにもなり得ます。本記事で解説したように、近年の上場廃止は企業の経営戦略として選ばれることもあります。
ですが、自社にとって上場廃止と上場維持のどちらが最善か見極めることは難しいものです。判断に迷ったら、ぜひ一度小谷野税理士法人へ相談してみてはいかがでしょうか。