減価償却には、個人事業主と法人で異なる制度があり、法人は「任意償却」という方法を利用することができます。任意償却とは、いつでも減価償却費を計上できるというもので、開業費など大きな費用の経費計上ができたり、経営状況に合わせた扱いができたりするメリットがあります。この記事では、任意償却と減価償却について、法人・個人事業主での違いやメリット・デメリットを詳しく解説します。固定資産の取り扱いに関する知識を深めて、事業の効率的な運営に役立てましょう。
目次
任意償却とは
事業を始めるときや運営するときに、固定資産の取り扱いについて悩むことはありませんか?固定資産とは、事業に長期間にわたって使用するために購入した資産のことで、建物や機械、ソフトウェアなどが該当します。
固定資産は、年月が経つことで価値が減っていくことが一般的です。その価値の減少を会計上に反映させる手続きのことを減価償却といいます。減価償却を行うことで、税金の負担を軽減したり、利益の平準化を図ったりすることができます。
減価償却には、個人事業主と法人で異なる制度があります。個人事業主は「強制償却」という制度に従わなければならないのですが、法人は「任意償却」という方法を利用することができます。
通常、固定資産は使用可能期間の全期間にわたり分割して必要経費としていくべきものです。しかし、任意償却では取得した年度に減価償却費として費用計上する必要はありません。いつでも好きなときに減価償却費として計上できます。
法人税法第三十一条では、減価償却資産について、以下のように規定されています。
(減価償却資産の償却費の計算及びその償却の方法)
第三十一条 内国法人の各事業年度終了の時において有する減価償却資産につきその償却費として第二十二条第三項(各事業年度の所得の金額の計算の通則)の規定により当該事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入する金額は、その内国法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額(以下この条において「損金経理額」という。)のうち、その取得をした日及びその種類の区分に応じ、償却費が毎年同一となる償却の方法、償却費が毎年一定の割合で逓減する償却の方法その他の政令で定める償却の方法の中からその内国法人が当該資産について選定した償却の方法(償却の方法を選定しなかつた場合には、償却の方法のうち政令で定める方法)に基づき政令で定めるところにより計算した金額(次項において「償却限度額」という。)に達するまでの金額とする。
上記で、「償却費として損金経理をした金額のうち」と限定されているところがポイントです。償却費は法人が上限を決めるものです。この範囲の中で、償却費とした分だけを経費として計上することが認められています。つまり、その償却費を損金として計上するかしないかの判断は企業に任せている、と捉えることができるでしょう。
たとえば償却限度額が20万円であれば「今期は5万円だけ償却して損金として計上する」ということが可能です。また、損金処理をせず、減価償却費を計上しなくても問題ありません。
任意償却を利用すると、法人は自由に減価償却費を計上でき、節税効果やキャッシュフローの改善などのメリットがあります。しかし、任意償却は個人事業主には認められておらず、個人事業主は「強制償却」となります。
個人と法人で減価償却が異なる理由
任意償却は、法人だけに認められている制度であり、個人事業主には認められていません。個人事業主は「強制償却」という制度に従わなければならないのです。
強制償却とは、所得税法に基づいて定められた償却費を毎年計上しなければならない制度です。個人事業主は、償却費を計上するかしないか、また計上する場合はいくら計上するかを自分で判断できません。
(減価償却資産の償却費の計算及びその償却の方法)
第四十九条 居住者のその年十二月三十一日において有する減価償却資産につきその償却費として第三十七条(必要経費)の規定によりその者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額は、その取得をした日及びその種類の区分に応じ、償却費が毎年同一となる償却の方法、償却費が毎年一定の割合で逓減する償却の方法その他の政令で定める償却の方法の中からその者が当該資産について選定した償却の方法(償却の方法を選定しなかつた場合には、償却の方法のうち政令で定める方法)に基づき政令で定めるところにより計算した金額とする。
法人税法と所得税法は、それぞれ異なる税制を採用しています。法人税法は、法人の利益に対して課税する法人税を規定しており、法人の利益はその年の収入から経費を差し引いたものと定義されています。所得税法は、個人の所得に対して課税する所得税を規定しており、個人の所得はその年の収入から必要経費を差し引いたものと定義されています。
このように、法人税法では経費という概念を用いており、法人が自由に経費を決めることを認めていますが、所得税法では必要経費という概念を用いており、個人が自由に経費を決めることを認めていません。
経費と必要経費の違いは、経費は事業に関係する支出であれば認められるのに対し、必要経費は事業に必要不可欠な支出でなければ認められないという点です。たとえば、法人は、事業に関係する接待費や交際費を経費として計上できますが、個人事業主は、事業に必要不可欠でない限り、接待費や交際費を必要経費として計上できません。
また、法人と個人は、経済的な影響においても異なります。法人は、経済活動の主体として、多くの雇用や投資を生み出すことができます。そのため、法人に対しては、減価償却の制度を柔軟に設定することで、経済の活性化や成長を促すことができます。
個人事業主は、法人に比べて、経済活動の規模や影響力が小さいと考えられます。そのため、個人事業主に対しては、減価償却の制度を厳格に設定することで、税収の確保や公平性の維持を図ることができます。
また、個人事業主は、法人と違って、自分の所得と事業の所得を区別することが難しい場合があります。そのため、個人事業主は、自分の生活費や私的な支出を経費として計上することを防ぐために、減価償却の制度を遵守する必要があります。
減価償却とは?
固定資産とは、事業に長期間にわたって使用するために購入した資産のことです。たとえば、建物や機械、ソフトウェア、車両、備品などの資産のことで、一定の耐用年数があるものを指します。
固定資産は、年月が経つことで価値が減っていくことが一般的です。固定資産の価値が経時的に減少することを会計上に反映させる手続きのことを減価償却といいます。減価償却を行うことで、固定資産の本来の価値と現在の価値の差を表せるのです。
減価償却は、固定資産の取得費用を一括して経費として計上するのではなく、その耐用年数に応じて分割して計上することで、毎年の利益を正確に把握することを目的としています。これにより、税金の負担を軽減することや、利益の平準化を図ることが可能です。
減価償却は、個人事業主と法人の両方に適用されますが、計算方法や選択肢には違いがあります。
減価償却の対象とは?
減価償却の対象となる固定資産は、以下の条件を満たすものです。
- 事業に使用されること
- 一定の金額以上であること
「事業に使用される」とは、固定資産が事業の収益を生み出すために必要なものであることを意味します。たとえば、自宅の一部を事務所として使用する場合、その部分の建物は事業に使用される固定資産として減価償却の対象となります。一方で、自宅の全体や趣味のために購入したものは、事業に使用されない固定資産として減価償却の対象となりません。
「一定の耐用年数」とは、固定資産が使用できる期間のことです。耐用年数は、固定資産の種類や品質によって異なりますが、一般的には3年以上とされています。たとえば、パソコンは5年、デスクは10年、建物は20年などと耐用年数が定められています。耐用年数が短いものは、減価償却の対象となりにくいです。
減価償却の計算方法
減価償却を行う際には、減価償却費という費用を計算します。減価償却の計算は、減価償却資産の種類ごとに定額法または定率法のどちらを選んで行います。なお、同じ種類の減価償却費を異なる方法で計算することはできません。
減価償却の計算上必要となる耐用年数は、建物の構造や設備の種類、用途など、項目ごとに細かく定められています。減価償却の対象となる主な資産の耐用年数は、以下の通りです。
構造・用途・設備の種類 | 耐用年数 |
鉄筋コンクリート造(事務所用のもの) | 50年 |
食料品製造業用設備 | 10年 |
普通自動車 | 6年 |
事務机、事務いす、キャビネット(主として金属製のもの以外) | 8年 |
応接セット(接客業用のもの) | 5年 |
パソコン(サーバー用のものを除く) | 4年 |
プリンター・コピー機 | 5年 |
時計 | 10年 |
減価償却費の計算方法には、定額法と定率法の2種類が主に用いられます。
「定額法」とは、毎年同じ額の減価償却費を計上する方法です。個人事業主は基本的に定額法で計算しますが、法人も建物やソフトウェアなどの一部の資産については定額法で計算することが義務付けられています。
定額法では、取得価額に定額法の償却率をかけるだけで減価償却費を求めることができます。定額法の償却率は、国税庁のホームページで調べることができます。
たとえば、接客用のソファーを新品で30万円で購入したとします。このソファーの耐用年数は5年とされています。この場合、定額法での減価償却費は以下のように計算できます。
取得価額×定額法の償却率=30万円×0.20=6万円
このように、毎年6万円ずつ減価償却費を計上することで、5年間で30万円の取得価額を償却できます。定額法のメリットは、毎年一定の償却額となるため、予算管理がしやすいことです。デメリットは、初期の償却額が少ないため、黒字を減らす効果が低いことです。
また「定率法」とは、減価償却費が毎年減っていく方法です。法人は基本的に定率法で計算しますが、個人事業主も届出をすれば定率法で計算できます。
定率法では、未償却残高に定率法の償却率をかけて減価償却費を求めますが、償却保証額を下回る場合は計算方法が変わります。
定額法と同じ例で見てみましょう。接客用のソファーを新品で30万円で購入し、耐用年数は5年とします。この場合、定率法での減価償却費は以下のように計算できます。
1年目の償却額:未償却残高×定率法の償却率=30万円×0.40=12万円
2年目の償却額:(30万円-12万円)×0.40=72,000円
3年目の償却額:(30万円-12万円-7.2万円)×0.4=43,200円
このように、毎年未償却残高に償却率をかけることで、減価償却費が逓減していきます。しかし、定率法では、償却保証額という最低限の償却額が設定されています。償却保証額は、取得価額に償却保証率をかけた額で、この場合であれば30万円×0.108=32,400円となります。
償却保証額を下回る場合は、改定取得価額と改定償却率を使って減価償却費を求めます。改定取得価額は、償却保証額に1円を足した額で、改定償却率は、償却保証額を改定取得価額で割った額です。
4年目の償却額:(30万円-12万円-7.2万円-4.32万円)×0.5=32,400円
5年目の償却額:32,400円-1円=32,399円
※参考:5年のときの償却率:0.40、改定償却率:0.50、保証率:0.108
このように、償却保証額を下回る場合は、償却額が一定になります。
定率法のメリットは、初期の償却額が多くなるため、黒字を減らす効果が高いことです。デメリットは、毎年償却額が変わるため、予算管理がしにくいことです。
定額法と定率法のどちらを選ぶかは、事業の状況や目的によって異なります。定率法は開業したばかりのタイミングでは赤字が増えすぎてしまうかもしれません。定額法は毎年コンスタントに減価償却するので、安定した経営が期待できます。減価償却費の計算には、細かなルールがありますので、注意してください。
任意償却のメリット
任意償却の大きなメリットは、減価償却費の計上時期を自分で決められることです。償却期間内(耐用年数期間内)なら、減価償却するタイミングは自由に選べます。黒字の年に経費として計上するのも、赤字の年に計上しないのも、法人ごとの判断に委ねられます。減価償却費の調整ができるということは、会社の業績の見え方を調整できるということでもあります。
開業費など大きな費用の経費計上ができる
任意償却を利用することで、開業費などの大きな費用を一括で経費計上できます。これは、事業を始めたばかりの法人にとっては、大きな節税効果があります。
たとえば、事業を始めるために1000万円の開業費をかけたとします。この開業費の償却期間は5年とされています。この場合、定額法で減価償却すると、毎年200万円の減価償却費を計上することになります。
しかし、任意償却を利用すると、取得した年度に1000万円の減価償却費を計上できます。これにより、その年度の利益を大幅に減らすことができ、法人税の負担を軽減することが可能です。
また、開業費は、事業を始める際にかかる初期費用であり、その後の収益に直接関係しないものです。そのため、一括で経費計上することで、事業の収益性を正しく反映させることができます。
経営状況に合わせた扱いができる
任意償却を利用することで、減価償却費の計上時期を経営状況に合わせて変更することが可能です。
たとえば、ある年度に大きな利益を上げたとします。この場合、任意償却を利用して、その年度に多くの減価償却費を計上することで、利益分を減らすことができます。
逆に、ある年度に赤字になったとします。この場合、任意償却を利用して、その年度に少ない減価償却費を計上することで、赤字を減らせます。
また、その分の減価償却費を将来の年度に持ち越すこともできるため、将来の年度の利益を増やすような調整をすることもや、将来の年度のキャッシュフローを改善することも可能です。
任意償却の利用により、経営状況に応じて減価償却費の計上時期を調整することは、事業の実態に基づいて合理的に行う必要があります。
減価償却費の計上時期の変更が事業の実態と乖離していると、税務署や株主などの第三者から疑問を持たれる可能性があります。減価償却費の計上時期の変更は、利益を操作するための手段ではなく、事業の収益やキャッシュフローに合わせた手段であるということを忘れないでください。
任意償却のデメリット
メリットしかないように思える任意償却ですが、デメリットもあります。以下のデメリットを知らないまま任意償却を行うと、不利益を被る可能性もあるため、注意が必要です。
不動産の減価償却では土地は対象外
不動産の減価償却とは、不動産を購入した際に発生する経費を、一定期間に分割して計上することです。建物は耐用年数があり、経年劣化によって価値が下がるため、減価償却の対象となります。しかし、土地は耐用年数がなく、経年劣化によって価値が下がらないため、減価償却の対象外となります。
つまり、不動産の減価償却では、建物の価格のみが計算の対象となり、土地の価格は無視されます。このように、不動産の減価償却では土地は対象外となるのです。そのため、不動産を購入する際には、建物と土地の価格を分けて把握する必要があります。
建物の価格だけであれば、減価償却費として計上できます。たとえば、事業用の不動産を2000万円で購入したとします。この不動産の内訳は、建物が1500万円、土地が500万円とした場合、任意償却を利用すると、取得した年度に1500万円の減価償却費を計上できます。しかし、土地の500万円は減価償却費として計上できません。土地は資産として残り続けます。
減価償却のやりすぎに注意!
任意償却の最大のデメリットといえる点は、会計上や税務上の問題が生じることがあることです。任意償却は、各事業年度に減価償却費を適正に配分する方法ではなく、自由に調整できる方法です。そのため、「企業会計原則に反している」という批判があります。
企業会計原則とは、会計情報を作成する際に守るべき基本的なルールや考え方のことで、会計情報の信頼性や比較性を高めることを目的としています。任意償却は、会計上では認められていないため、会計情報の信頼性や比較性が低下する可能性があります。
たとえば、銀行などの金融機関は、法人の財務状況を判断する際に、会計情報を重視します。しかし、任意償却を利用している法人は、会計情報が実際の経営状況と乖離していると判断される場合があり、銀行などの金融機関からの評価が低くなる可能性があります。
また、任意償却を利用して、利益を不正に操作することは、粉飾決算とみなされることがあります。粉飾決算とは、実際の経営状況とは異なる決算を作成することで、利益や資産を水増ししたり、損失や負債を隠したりすることです。粉飾決算は、法律に違反するだけでなく、信用や評判を失うことにもなります。
任意償却を利用する際には、以下の4つの点に注意する必要があります。
- 無理やり利益を操作することはできない
- 減価償却費の計上時期を変更する理由や効果を明確に
- 減価償却費の計上時期を選ぶ自由度には限界がある
また、減価償却費の計上時期は、事業の収益やキャッシュフローに合わせて変更できますが、無理やり利益を操作することはできません。減価償却費の計上時期の変更は、事業の実態に基づいて合理的に行う必要があります。
減価償却費の計上時期を変更する場合は、その理由や効果を明確に記録しておく必要があります。税務署や株主などの第三者に対して、減価償却費の計上時期の変更が事業の実態に基づいて行われたことを説明できるようにする必要があります。
任意償却を利用することで、減価償却費の計上時期を自由に選ぶことができますが、その自由度には限界があります。減価償却のやりすぎは、税務署や株主などの第三者から、粉飾決算と捉えられる可能性があります。減価償却を利用する際には、事業の実態に合わせて合理的に行うことが重要です。
任意償却は、注意深く判断してから行おう
この記事では、任意償却の概要やメリット・デメリットについてご紹介しました。任意償却をすると決算書で利益を調整できますが、銀行との関係には慎重になる必要があります。減価償却費は本来、期ごとに一定の償却費を計上していくものなので、任意で償却していくとその期の正しい決算状況が分かりにくくなる可能性があります。
また、任意償却の使い方によっては、銀行から信用を失うケースもある点には気をつけなければなりません。減価償却費を任意償却するときは、粉飾決算にならないよう十分に検討してから行いましょう。
自社の減価償却について、任意償却を取り入れた方がいいか迷っている方は、税理士に相談することも有効です。任意償却の利用を検討している方は、ぜひ、わたしたち「小谷野税理士法人」にお気軽にお問い合わせください。