個人事業主が経営者となる法人成りは一般的によく知られていますが、「個人成り」はあまり認知されていない傾向にあります。個人成りは、知名度は低いものの、事業の縮小や廃業にとって有効な手続きです。法人から個人成りする際にはどのような手続きを必要とするのか、そのタイミングやメリットについて詳しく解説します。
目次
個人成りとは法人成りと逆のパターン

個人成りとは、会社を清算(解散)もしくは休眠し、その事業内容を引き継いで法人から個人事業主になることです。
売上が伸びなかったり、赤字に転落したりと、会社経営が厳しい状況の中で個人に戻ることにより、事業を縮小できます。
社会保険や消費税や法人税などの税務に関しても、法人から個人事業主に戻ることで負担の軽減が可能です。
また、事業を廃業する際には、法人のままでいるより個人事業主として手続きしたほうがシンプルであることも、個人成りの特徴です。
法人から個人成りに戻るタイミング
法人から個人事業主に戻り、事業を引き継ぐことで会社の清算や休眠はしやすくなります。
実際には、法人から個人に戻るタイミングはいつが適しているのでしょう。その具体的な目安を紹介します。
所得税より法人税が高くなったとき
所得が下がり、法人税の税額が所得税よりも高くなった場合には、個人成りのタイミングと言えます。
法人税は、資本金1億円以下で所得800万円以下の部分に15%の税率が、資本金1億円以下で所得800万円超の部分に23.2%の税率がかかります。また、法人税はその23.2%を限度に上がりません。
一方の所得税は、累進課税制度が用いられていることから、所得が増加すればするほど上がる特徴を持っています。
ただし、所得が695万円から900万円未満であれば、税率は法人税よりも低く、23%です。
そのため、法人税が所得税よりも高くなった際には、個人成りしたほうが節税につながるでしょう。
社会保険料の負担が増加したとき
社会保険料の負担増加も個人成りするタイミングの1つです。すべての法人には、健康保険と厚生年金への加入義務があります。
一方、個人事業では、従業員が5人未満の場合、健康保険・厚生年金の加入は任意です。
個人事業で健康保険・厚生年金への加入が義務付けられているのは、サービス業の一部や農業・漁業などを除き、常時5人以上の従業員が働く事業所・工場・商店などとされています。
そのため、個人事業の雇用が5人未満の場合、従業員は自分で別の保険に加入しなくてはなりません。
また、従業員を1人でも雇用している場合は、法人・個人、いずれの場合も労災保険や雇用保険への加入が義務付けられています。
このようなことから、従業員が5人未満の場合、健康保険・厚生年金への加入義務がない個人事業のほうが社会保険の負担は少ないです。
会社に後継者がいないとき
会社に後継者がいないときは、個人成りしたほうが事業を整理しやすいです。
経営者が高齢であったり、健康上の理由で事業を続けることが難しくなったりした際は、後継者を探すか事業を解散するか選ばなくてはなりません。
その際、将来的に廃業を予定している場合は、法人を解散する前に個人成りをし、段階的に縮小していくことでスムーズに廃業手続きを進められます。
個人成りすることのメリットとは
法人から個人事業主に戻ることで、どのような点において具体的に有利となるのでしょうか。個人成りのメリットを紹介します。
法人よりも税務がシンプル
個人成りは法人に比べ、税務がシンプルなことが特徴でありメリットです。
法人の場合は、法人税・法人住民税・地方法人税・法人事業税、さらには源泉所得税など、個人事業よりも多くの税金が課せられます。
また、税務に欠かせない帳簿付けは、個人事業主の場合、白色申告か青色申告かに合わせ、単式簿記と複式簿記のいずれかを選択可能です。
単式簿記が比較的簡単な記入で済むのに対し、複式簿記は複雑で、簿記の知識がないと正確な帳簿付けは行えません。
法人の場合、帳簿付けはその複式簿記が義務付けられています。
法人よりも税務調査が入りにくい
個人事業主は法人よりも税務調査の入る割合が低い傾向にあります。
国税庁が公開している「令和5事務年度 法人税等の申告(課税)事績の概要」では、法人税の申告数は合計317万6,000件でした。
「令和5事務年度 法人税等の調査事績の概要」では、そのうち5万9,000件に実地調査が行われたことが明らかにされています。
計算すると、申告数全体に対する税務調査の割合は1.85%です。
一方、同じく国税庁による「令和5年分の所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について (報道発表資料)」では、個人事業主による消費税の申告数が197万2,000件あったと公表されています。
「令和5事務年度における所得税及び消費税調査等の状況」では、消費税の申告に対し、2万6,576件の実地調査が行われていることが明らかであるため、税務調査の割合は1.35%です。
このようなことから、個人成りしたほうが税務調査の入る割合は低いと言えます。
ただし、令和5年度については、インボイス制度開始の影響もあり、個人事業主の消費税の申告が前年度の2倍近くに増加したことも特筆しなくてはなりません。
申告の増加に伴い、個人事業主の税務調査の割合については今後変動する可能性があるため、いつ税務調査が入っても対応できるように正しい帳簿付けを行うことが大切です。
税務調査に不安を感じるようであれば、税理士に帳簿付けや立ち会いを依頼することをおすすめします。
参考:令和5事務年度 法人税等の申告(課税)事績の概要|国税庁
参考:令和5年分の所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について (報道発表資料)|国税局
参考:令和5事務年度における所得税及び消費税調査等の状況|国税庁
法人よりも簡単に廃業できる
個人事業主は廃業手続きが簡単であることも個人成りのメリットです。廃業届を税務署に提出するだけで手続きは完了します。
その際に用いる廃業届は、個人事業主が起業する際に税務署に提出した開業届と同じ、個人事業の開業・廃業等届出書です。
廃業届の提出には、特に手数料も発生しません。
一方、法人を廃業する場合には、会社の清算手続きに時間と費用が必要です。
法人から個人成りを経たほうが、費用をかけることなく、シンプルな手続きで事業を畳めます。
社会保険の負担がない
法人の場合は、経営者1人で会社を立ち上げた場合でも、社会保険への加入義務が発生します。
一方の個人事業では、従業員を雇わない限り、社会保険に加入する義務はありません。
また、従業員が5名未満であれば、健康保険や厚生年金への加入も個人事業では不要です。
ただし、個人成り法人成りを問わず、従業員を1名でも雇えば労災保険や雇用保険への加入義務が生じます。
消費税の免税を利用できる場合がある
法人から個人成りすることで、最大2年間にわたり消費税の免税を活用できる可能性があります。
消費税は、2年前の事業において、課税売上が1,000万円を超えた際に納税義務が発生します。個人事業主から法人成りした場合には、その2年前の法人の課税売上が存在しません。
同様に、法人から個人成りした場合も、個人事業主としての2年前の課税売上はないため、一般的には消費税は免除されます。
ただし、この消費税の免税だけを目的とし、何度も個人成りと法人成りを交互に行うと、脱税の疑いをかけられるため注意が必要です。
また、消費税の免税には、インボイス制度の影響も考慮しなくてはなりません。インボイス制度では、課税事業者に支払った消費税にしか控除が適用されないためです。
課税売上が1,000万円を超えなければ、免税事業者のままでいることも可能ですが、取引上で不利になる可能性があります。
免税事業者よりも、控除の適用される課税事業者との取引のほうが納税額が低くなり、取引先にとっては有利なためです。
赤字の際に税金を納めなくても良い
個人事業主に本業以外の所得がないのであれば、決算で赤字が出た際に税金を納める必要はありません。
片や、法人の場合は、赤字であっても法人住民税の納付が必要です。そもそも法人住民税とは、法人税割と均等割の2つから合計が算出されています。
法人住民税のうち、法人税割は赤字の場合には課せられません。法人税割は法人税をもとに税額を算出されており、赤字の際、その法人税そのものが発生しないためです。
一方、法人住民税の均等割は、法人の資本金や従業員の人数などに応じて計算されています。
資本金や従業員の人数は売上や収益とは無関係であることから、法人の場合は決算が赤字であっても最低7万円の納税が必要です。
個人成りすれば、このような法人住民税を課せられることはありません。
個人成りすることのデメリットとは

個人成りにはメリットと共にデメリットも存在します。個人成りを考えている場合は、メリットを把握するだけでなく、必ずデメリットの確認が必要です。
役員報酬による節税を行えない
個人成りすると、役員報酬の経費計上による節税方法は使えません。
法人の場合、役員に支払う報酬を会社の経費として計上することで、課税所得を抑えられます。
対して、個人事業にはそもそも役員という概念がなく、役員報酬も発生しません。
そのため、法人で経費として扱っていた役員報酬が、個人成り後には事業所得とし全額を課税対象とされます。
経費計上の範囲が狭まる
個人成り後は、役員報酬だけでなく、ほかの経費に関しても計上できる範囲が狭められます。
法人の場合は、経営者本人の報酬や退職金、福利厚生費や社会保険料、社宅として家賃を経費として計上可能です。
一方、個人事業主の場合は、上記のいずれについても経費計上はできません。
このようなことから、個人事業主より法人のほうが収入から差し引ける経費の範囲が広く、高い節税効果を期待できます。
赤字繰り越しが10年から3年に縮む
法人の場合は赤字繰り越しが10年間ですが、個人成りすると3年に縮みます。
繰越控除制度は、青色申告した事業の決算が赤字だった場合、その欠損金を翌年度以降に繰り越しできる制度です。
繰り越した欠損金は、翌年度以降の黒字と相殺することで所得を抑え、節税に役立てられます。
この欠損金の繰越控除制度は、法人の場合は最長10年間、2018年4月1日以前に開始した事業年度の赤字については9年間の繰り越しが可能です。
一方、個人事業でこの制度が適用されるのは、過去3年分までの欠損金に限られています。
そのため、特に欠損金が高額な場合は、長期間にわたり黒字と相殺できる法人のほうが、個人成りより有利です。
許認可を改めて取得できるとは限らない
業種によっては、個人成りをする際に改めて許認可を取得し直さなければなりません。
ただし、法人から個人事業主に変わったことで要件に該当しなくなり、許認可が下りない可能性もあります。
個人成りする前に、個人事業主になっても許認可を取得できるかどうかを必ず確認しましょう。
許認可が必要な業種としては、美容業・旅行業・飲食業・建設業・運送業・人材派遣業・クリーニング業・酒類販売業、薬局や保育園などが挙げられます。
有限責任から無限責任になる
事業は、責任の範囲により有限責任と無限責任に分かれています。株式会社や合同会社は有限責任、個人事業主は無限責任です。
そもそも、有限責任の制度は、会社が負債を抱えた際、出資者がそのリスクを背負わずに済むように設置されたものです。
そのため、会社が倒産した際も、有限責任であれば債権者への責任の範囲は経営者の出資額までが限度とされます。
出資分は手元に戻って来ませんが、経営者個人の財産までは責任が及びません。対して、個人事業主が該当する無限責任では、事業が失敗して負債を抱えた際、その全額の支払い責任は経営者にあります。
事業資金で債権を支払いきれないときは、無限責任を負う個人事業主が自分の財産から弁済しなければなりません。
社会的な信用度が低下する
個人事業主は法人より社会的な信用度が低いです。
そのため、個人成りすることで、法人よりも金融機関の融資を受けづらくなったり、ローンを組みづらくなったりする場合があります。
法人は、法務局の登記が必要で、他者が容易にその会社の商号・所在地・事業目的・資本金・取締役の氏名などを確認可能です。
一方、個人事業主の場合、法人の登記のような証明書となるものがありません。また、法人には法律により法人格があるのも、信頼の高い理由の1つです。
法人格は、権利や義務を持つ法律上の人格を指し、事業の資金と経営者の財産を明確に区別することで、トラブルから会社を守ります。
個人成りに必要な手続きの手順

法人から個人事業主に戻る際は、選択によって手順の異なる点に注意が必要です。個人成りする際の手順をパターンごとに紹介します。
まず清算(解散)か休眠かを決定する
個人成りをする前に、まずは会社を清算(解散)もしくは休眠させる必要があります。清算とは、会社を法的に消滅させることです。
法務局で解散登記すると、清算事務以外の事業は行えません。その清算結了をもって、会社の法人格は消滅します。
一方、法人の休眠は、登記上の事業活動がない状態ではありますが、会社自体は消滅することなく存続するのが特徴です。
会社が休眠したまま12年経つと、法務局がみなし解散登記をします。会社の休眠は、債務超過で清算結了できない場合や、清算とその事務手続きが複雑なため回避したい場合に選ばれる措置です。
個人成りをする際には、会社を清算させるか休眠させるか、状況に応じて慎重に選択する必要があります。
会社を清算(解散)する場合の手順
会社を清算(解散)する際の手順は、会社の状況に応じ、通常清算・特別清算・破産の3通りに分かれています。
その清算の際、債務超過により支払い不能な状態で行われるのが、裁判所が介入した倒産手続きです。
それぞれの清算手続きについて詳しく説明します。
通常清算
通常清算は、会社の解散時、背負っている債務をすべて支払える場合の清算方法です。
預貯金や不動産などの資産が不足していても、債権回収や財産売却などで補い負債を完済できるのであれば、通常清算が選択されます。
また、通常清算は債務を完済できることから、倒産手続きには該当せず、裁判所による監督や介入もありません。
特別清算
特別清算は、解散した会社に債務超過の疑いが持たれる場合に選択される清算方法で、倒産手続きに該当します。
そのため、特別清算を行う場合には裁判所への申し立てをしなくてはなりません。
また、特別清算は会社法に基づき実施される手続きであり、裁判所への申し立てをする前に株主総会で会社解散のための特別決議が必要です。
特別決議とは、議決権を行使できる株主から、その議決権の過半数を持つ株主が出席することと、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成で成り立つ決議を指します。
なお、その特別清算に必要な清算人は、普通決議で選任可能です。普通決議は、株主の持つ議決権の過半数が賛成することで成り立ちます。
株主総会を経て、申し立てを行った後は、裁判所の監督のもとで清算手続きが進められますが、結了までは短くて2ヵ月半、長くて2年から3年の期間が必要です。
破産
破産は、債務超過や支払い不能など、債務の返済が不可能な会社を清算する際に用いられる手続きを指します。
破産手続きにより、会社が消滅すると同時に負債はなくなり、滞納していた税金も一般的には破産では支払い不要です。
特別清算と破産の違いは、清算を行う人物にあります。
特別清算で清算手続きを行うのは、株主総会で選任された清算人です。
清算人は裁判所の監督のもと、すべての債務を支払い終えた後の残余財産を株主へと配当します。
一方、破産手続きの場合は、清算を行うのは清算人ではなく破産管財人です。
破産管財人は裁判所から選ばれた弁護士が務め、財産の管理と処分、株主への配当を行います。
会社を休眠する場合の手順
会社を休眠したい場合には、具体的にどのような手順で進めていけば良いのでしょうか。ここからは、具体的な手順について解説します。
異動届出書を提出する
会社を休眠する場合は、休業を記載した異動届出書を提出するだけで済むため、清算よりも簡単に手続きを終えられます。
異動届出書の提出先は、税務署・都道府県税事務書・市町村役場の3ヵ所です。異動届出書の異動事項等の欄に休業と記載し、異動年月日の欄には休業日を記入します。
税務署には、異動届出書と同時に給与支払事務所の開設・移転・廃止届出書を提出すると、訪問の手間が省けます。届出の際には、廃止と書かれた欄の休業の箇所にチェックを入れましょう。
休眠の場合、手続き後も税務申告書が必要なため忘れないようにしましょう。
均等割の免除について相談する
休眠の間は所得が発生しないことから法人税は課せられませんが、法人住民税の均等割が発生するため注意が必要です。均等割については、市町村役場に休業を届け出れば免除される場合もあります。
ただし、休業中の均等割の扱いは自治体ごとに異なるため、各市町村役場にまずは相談や確認をしましょう。
みなし解散に関する通知書を確認する
会社が休眠している12年の間に登記変更を行わなければ、みなし解散と判断されます。
みなし解散は、会社は清算手続きをしていないものの、実際には解散しているとみなされることです。法務局からみなし解散と判断された会社には通知書が送付されます。
その際、まだ会社を事業を廃止しない意思があれば、2ヵ月以内に法務局への届け出るか、登記の変更が必要です。
届け出や登記を行わなければ、法務局により2ヵ月後に解散登記が行われます。
なお、みなし解散が行われてから3年以内であれば、株主総会の特別決議により、事業活動の再開も可能です。
個人事業主になるため開業届を提出する
会社の清算や休眠の手続きを終えたら、次に個人事業主になるための開業届を税務署に提出しましょう。
開業届の正式名称は個人事業の開業・廃業等届出書であり、個人事業主を廃業する際に使われるのと同じ用紙です。
開業の際には、届出の区分の開業にチェックを入れ、必要事項を記入します。
開業届を税務署に提出する際、青色申告承認申請書を同時に届け出ることで、訪問の手間が省けます。
青色申告承認申請書は、白色申告よりも税制的に有利な青色申告をし、青色申告特別控除を受けるために必要な書類です。
また、従業員を雇用する場合は給与支払い事務所等の開設届出書が、配偶者や子どもに給与を支給する場合には青色事業専従者給与に関する届出書が、同じく必要とされます。
法人から個人成りを検討するなら税理士へ相談を!
個人成りをするために必要な会社の畳み方には、複数の選択肢が存在します。
法人から個人成りを考えているのであれば、各会社の状況に応じた手続きを選ばなくてはなりません。
また、状況によっては、その手続き方法が複雑なこともあります。
会社の清算か休眠か選択に迷った際や、手続きが複雑で判断に悩んだ際には、税理士に相談してみてはいかがでしょうか。
私たち小谷野税理士法人では、法人・個人を問わず、会計や税務についての幅広いご相談に対応しています。
個人成りに関してももちろんサポートしておりますので、まずはお気軽にお問い合わせください。








