2027年10月から社会保険の適用範囲がさらに拡大され、50人以下の企業のパートタイム従業員も加入義務が生じる可能性があります。短時間労働者の取り扱いが変わることで、企業には人件費の増加や事務負担の増大といった影響が生じます。しかしその一方で従業員の保障充実や人材確保につながるメリットもあります。本記事では、社会保険の改正内容から対象要件、企業が取るべき対応策をご紹介します。
目次
2024年10月からの社会保険における改正
2024年10月より、社会保険(厚生年金保険)の適用範囲が拡大されました。以下では改正内容と新たに対象となる短時間労働者の要件について説明します。
項目 | 補足・注意点 |
特定適用事業所の従業員数基準 | 改正後は51人以上に拡大 |
従業員数の数え方 | 厚生年金保険の適用対象者数(フルタイム+週労働時間がフルタイムの3/4以上の者)を合算 |
適用条件 | 常に従業員数が基準を上回る場合(12ヵ月中6ヵ月以上見込み)
|
従業員数基準が引き下げられたことで、中小規模の事業所でも短時間労働者の加入義務が発生する可能性が高まりました。こうした複雑な要件を確実にクリアするためにも、早めに税理士へ相談し、自社にとって最適な対応策を整えておくと安心です。
参考:社会保険適用拡大 対象となる事業所・従業員について|厚生労働省
関連記事:社会保険の加入条件は?2024年10月から拡大される範囲について解説
法改正の背景
日本では少子高齢化の進行により将来的に「社会保険料を負担する人の減少」と「給付を受ける人の増加」が見込まれています。社会保険制度を安定的に維持するためには、加入者を増やし、保険料収入を確保することが急務です。
この課題への対応として、短時間労働者を含む加入対象の範囲を拡大する法律改正が実施されました。
- 適用拡大の意義
- 被用者にふさわしい保障の提供
- 働き方に中立な制度設計
- 社会保障制度の機能強化
厚生年金保険や健康保険への加入により、従業員は報酬に応じた年金を将来受け取れ、病気や出産時の手当金も受給できます。この改正によって従業員の安心感が高まり、労働意欲や能力発揮の促進が期待されると言われています。企業にとっては人材確保や生産性向上にもつながるでしょう。
また加入者増加によって基礎年金の給付水準が向上し、所得再分配機能の強化も見込まれています。
従業員が50人以下の場合でも社会保険の加入条件対象に
2024年の社会保険制度改正により、短時間労働者への社会保険加入義務が段階的に全企業へ拡大される見通しです。また令和9年10月から、50人以下の企業でも企業単位でパート・アルバイトを社会保険に加入させる義務が生じる可能性があります。
JILPTの調査によると、厚生年金・健康保険に加入できる条件の求人について、労働者の45.7%が「魅力的」と感じていると回答しました。この調査結果から、厚生年金や健康保険への加入条件を魅力的と感じる労働者が多いことがわかります。今後、人材確保や定着率向上を狙い、短時間勤務者にも社会保険を適用する企業は増えていくと考えられます。
これまで対象外だった従業員50人以下の企業も、今後は制度対応と体制整備が必要なケースが増えるでしょう。
参考:社会保険適用拡大 対象となる事業所・従業員について|厚生労働省
参考:「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」(企業郵送調査) 及び「働き方に関するアンケート調査」(労働者Web調査)結果 |独立行政法人 労働政策研究・研修機構
社会保険の対象となる従業員の要件

従業員数「50人以下」の企業でも従業員と企業等が合意すれば、51人以上の企業等と同じ加入要件にできます。以下では、社会保険の対象となる従業員の要件についてまとめました。
加入条件 | ポイント | 注意点・例外 |
週の所定労働時間が20時間以上 | 雇用契約書や就業規則で定められた時間で判断(実績ではない) | 繁忙期等で一時的に20時間超でも対象外 |
月額賃金が8万8,000円以上 | 基本給・恒常的手当のみ含む(時給換算可) | 賞与・通勤手当・残業代・一時金は除外 |
雇用期間が2ヵ月超の見込み | 無期雇用や契約更新見込みありの場合も対象 | 「更新なし」と明示合意している場合は対象外 |
学生でないこと | 在学中の学生は原則対象外 | 卒業予定者、夜間部生、休学中は加入対象になる場合あり |
従業員数50人以下の企業でも、合意すれば大企業と同じ基準で加入可能です。ただし学生や短期契約など例外も多く、契約内容や雇用実態によって判断が分かれるため、適用可否は事前確認が重要です。
参考:社会保険適用拡大 対象となる事業所・従業員について|厚生労働省
将来的に従業員50人以下の企業が社会保険の加入対象となる場合もある
2024年10月に社会保険の対象が拡大し、現時点で50人以下の企業でも加入できるようになりました。また、将来的に従業員50人以下の企業が社会保険の加入対象となり体制整備が必要となるケースも考えられます。
従業員が50人以下の場合でも社会保険の加入条件対象に
2024年の社会保険制度改正により、短時間労働者への社会保険加入義務が段階的に全企業へ拡大される見通しです。また労使が合意すれば、50人以下の企業でも企業単位でパート・アルバイトを社会保険に加入させることが可能となりました。
JILPTの調査によると、厚生年金・健康保険に加入できる条件の求人について、労働者の45.7%が「魅力的」と感じていると回答しました。この調査結果から、厚生年金や健康保険への加入条件を魅力的と感じる労働者が多いことがわかります。今後、人材確保や定着率向上を狙い、短時間勤務者にも社会保険を適用する企業は増えていくと考えられます。
このように今回の法改正や対象者の計算方法の変更によって50人以下の場合でも対象となる可能性もあります。そのため今後は制度対応と体制整備が必要なケースが増えるでしょう。
参考:社会保険適用拡大 対象となる事業所・従業員について|厚生労働省
参考:「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」(企業郵送調査) 及び「働き方に関するアンケート調査」(労働者Web調査)結果 |独立行政法人 労働政策研究・研修機構
従業員50人以下の場合の企業が法改正によって受ける影響
以下では、法改正によって50人以下の場合の企業が受ける影響について解説します。
社会保険料の負担が増える可能性
パート・アルバイトを含む新たな対象者の加入で、企業側の社会保険料負担が増加します。社会保険料は企業と従業員が折半で支払うため、加入者が増えるほどコストがかかることになるのです。
これまで対象外だった週20時間以上勤務の短時間労働者も加入対象となり、利益率の低い企業ほど経営圧迫リスクが高まるでしょう。制度開始前に人件費予測を立て、必要に応じて給与・シフトの設計を見直すことが大切です。
社会保険関連の事務手続きが複雑化
専任担当がいない企業ほど、事務手続きの負担が増えていく可能性もあります。加入・脱退・月額変更などの処理が年中発生し、正確性とスピードが求められるためです。また入力ミスや届出遅延はペナルティや行政指導が入る恐れもあります。
このようなリスクを防ぐためにも早期に勤怠・給与システムの導入や、社会保険手続きの外部委託を検討するのも1つの手段です。
契約形態の見直しが必要
雇用契約内容がそのまま加入判定の基準となるため、現行契約の見直しが必須となります。これは勤務時間や賃金額の条件変更で、社会保険加入義務が発生する場合があるためです。
週20時間未満契約だった従業員が、契約更新や実働増加で加入対象になるケースもあります。契約更新時やシフト変更時に、加入要件該当の有無を必ずチェックしましょう。
就業規則・雇用契約の整備
適用拡大に伴い、社内ルールの明文化も必要な対応となるでしょう。制度に沿った取扱いを就業規則や契約書に明記しなければ、トラブルの火種となります。
短時間労働者の社会保険適用や契約更新基準があいまいだと、従業員との認識齟齬が発生します。制度改正に合わせ、社内規程と雇用契約書をセットで見直しましょう。
関連記事:社会保険料の法人負担割合を基礎から計算方法まで丁寧に解説
法改正後の社会保険適用のために企業がやるべき4つのこと
以下では、社会保険における社内準備について解説します。
ステップ①加入対象者の確認
新たな加入対象者はパート・アルバイトのうち以下のすべてにチェックが入った方となります。
- 週の所定労働時間が20時間以上30時間未満
- 所定内賃金が月額8万8,000円以上
- 2ヵ月を超える雇用見込みあり
- 学生ではない
企業は早めに該当となる従業員を把握し、社内ルールや契約内容を整備しましょう。
ステップ②社内通知
新たに加入対象となるパート・アルバイトには、法改正の内容を確実に伝えることが大切です。社内イントラやメールなどを活用し、全員に行き渡るよう周知を徹底しましょう。
ステップ③従業員とのコミュニケーション
必要に応じて説明会や個人面談を実施しましょう。個人面談の際には次のポイントを伝えてください。
- 社会保険の新たな加入対象者であることを伝える
- 社会保険の加入メリットを伝える
- 今後の労働時間などについて話し合う
説明会や面談を通じて制度の変更点や加入のメリットを明確に伝え、今後の働き方についても納得感を持ってもらいましょう。
ステップ④書類の作成・届け出
対象企業は、2024年10月7日までに厚生年金保険の「被保険者資格取得届」を提出する必要があります。申請はオンラインでも可能です。期限までに必要書類を正しく作成して提出するために、余裕を持って手続きを進めましょう。
関連記事:会社設立時にする社会保険の加入手続き|費用は?いつから支払う?
社会保険に加入するメリット

社会保険に加入するメリットについて、従業者側と企業側に分けて解説します。
区分 | メリット | 内容 |
従業員側 | 保険料負担が半分 | 社会保険料は労使折半で、自己負担は半額に抑えられる |
年金額の増加 | 厚生年金加入で将来の年金受給額が増え、終身で受け取れる安心感が得られる | |
健康保険の保障拡大 | 傷病手当金や出産手当金(賃金の2/3相当)などが受給でき、生活を支える | |
キャリアアップの可能性 | 年収の壁を気にせず勤務時間を増やせ、フルタイム化や正社員登用の道が開ける | |
企業側 | 労働生産性の向上 | 就業調整をしていた短時間労働者が長時間勤務可能になり、経験者の労働力確保が容易に |
離職防止 | 社会保険加入とキャリア制度整備で職場定着を促進 | |
求人力向上 | 「社保完備」の求人で求職者への魅力が増し、優秀人材を引き付けやすい | |
労働時間延長による人材確保 | 扶養制限を気にしない従業員が労働時間を延長し、教育コスト不要で労働力確保が可能 | |
補助金優遇 | 適切な社会保険加入で国の補助金(ものづくり補助金等)審査で優遇されやすくなる |
社会保険への加入は、従業員にとっては経済的負担の軽減や将来の保障拡大、キャリア形成の機会があります。一方で事業所にとっては生産性向上や人材確保、求人力強化、さらには補助金優遇といった多くのメリットがあります。
社会保険の適用拡大における注意点

社会保険の適用拡大後は「二以上勤務者」や適用事業所の判定を正確に把握し、漏れなく手続きを行いましょう。複数事業所で働く従業員は本人が制度を理解していないケースが多く、届出や保険料計算の手間・精算リスクが高まります。
まずは人事労務担当者は、短時間勤務者に制度を説明して該当・非該当を確認します。その上で「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を正確に提出しなくてはいけません。
また保険料は合算で通知されるため、給与ソフトに按分入力し、該当や解除が月途中に発生した場合は精算対応も求められます。自社が適用対象か微妙な場合は、過去1年間で従業員50人超の月が6ヵ月以上あるかを月末までに必ず確認しましょう。
まとめ
2024年10月から社会保険の適用範囲がさらに拡大され、従業員数50人以下の企業でも合意すれば大企業と同じ基準で加入可能となりました。
加入義務の有無や対象者の判定は、雇用契約や労働時間、賃金設定によって変わるため、事前確認と制度対応をしなくてはいけません。特に、契約形態やシフトの見直し、就業規則の改訂、社内周知体制の構築は早めの準備が求められます。
適用範囲や要件の判断に迷う場合は、無理に自己判断せず、税理士や社会保険労務士などの専門家へ相談しましょう。改正後の社会保険についてお悩みがある場合は「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。





