インボイス制度において「適格返還請求書(返還インボイス)」は、値引きや返品時に課税事業者が交付すべき重要な書類です。なかでも相殺処理を行う場合には、返還金額と請求金額を1枚の書類で処理できる実務上の利点があります。しかしその一方で、記載事項や取引先との合意、帳簿処理の正確性に注意が必要です。そこで本記事では、返還インボイスの基本から相殺処理の実務対応まで、わかりやすく解説します。
目次
適格返還請求書(返還インボイス)についておさらい
適格返還請求書(返還インボイス)とは課税事業者が値引きや返品の際に発行する書類で、インボイス制度の義務の1つです。
返金は通常、買い手への支払いと同時に行われるため、返還インボイスは、速やかに交付する必要があります。
ただし、相手が免税事業者や一般の消費者の場合は、インボイス制度の対象外となるため、返還インボイスの発行義務もありません。なお適格返還請求書は発行しないと罰則の可能性があるため、注意が必要です。
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「相殺処理」とは何か?仕組みや仕訳方法を解説
会計実務において「相殺」とは、企業と取引先の間で発生している債権と債務を、同額の範囲内で相互に消し合う処理を指します。
例えば取引先に対する売掛金と、同じ取引先からの買掛金がある場合、相殺によって差額のみを決済することが可能です。この処理によって双方の入出金手続きが簡素化され、事務負担を軽減できます。
仕組み
相殺では、取引先に対して発生した売掛金と、その取引先から請求された買掛金を相互に差し引き、残額のみを実際に決済します。この方法により、双方の資金移動が不要になるケースも多く、経理処理の手間を減らす効果があります。
仕訳
相殺を仕訳で処理する場合は、債権と債務の金額をそれぞれ減少させる仕訳を行います。この手続きにより、実際の入金や支払いのやり取りを省けるようになります。
ただし売上や仕入の金額は、相殺後の差額ではなく、相殺前の元の金額で帳簿に記録する必要がある点には注意が必要です。
関連記事:インボイスの相殺処理を徹底解説!相殺の仕訳方法から書き方まで
適格返還請求書は相殺処理が可能
返還インボイスに記載された金額は、インボイスの請求金額と相殺処理を行うことが可能です。例えば、前月分の売上に対する返品や値引きがある場合、その差額を相殺して処理ができます。
インボイスと返還インボイスは、それぞれ別々に発行することも可能ですが、1枚の書類にまとめて作成もできます。ただし、1枚に統合する際には、インボイスと返還インボイスの双方の記載事項をすべて盛り込む必要があります。
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適格返還請求書の相殺処理方法
返還インボイスを作成する際は、必要な記載事項をすべて盛り込む必要があります。なかでも、返還に関する情報の記載には特に注意が求められます。具体的には、品目ごとの明細や適用税率について、次のような形式で記載します。
取引日 | 品目 | 返品額 |
11月2日 | C商品 | 16,500円 |
11月15日 | D商品 | 8,800円 |
合計 | 25,300円(うち消費税2,300円) | |
消費税8%対象 | 0円 | |
消費税10%対象 | 25,300円(うち消費税2,300円) |
返還インボイスには、値引きや返品が発生した品目名や金額を明細として記載します。なお、取引日として記載するのは返品日ではなく、元々その商品が取引された日付です。このほか、発行日、適格請求書発行事業者の名称および登録番号の記載も必要です。
適格返還請求書の交付が免除されるケース
2023年10月以降は、返品や値引きによる売上返還の際、税込価額が10,000円未満であれば、適格返還請求書の交付義務を免除するよう決められました。
要件を満たす場合には、返品や値引き時に適格返還請求書を交付しなくても良くなります。
適格返還請求書を相殺する際の注意点
最後に適格返還請求書を相殺する際の注意点を解説します。
取引先の合意を取らなくてはいけない
相殺処理を行うには、必ず取引先の同意を得る必要があります。なぜなら、相殺は双方の債権・債務を帳消しにする処理であり、一方的に行うことはできないためです。相手方の状況や社内ルールによっては、相殺に応じられないケースも考えられます。
例えば自社がB社から仕入れを行い支払い義務がある一方で、B社も自社から商品を購入しているとします。このような場合、それぞれの支払金額を相殺し、差額のみを実際に決済することが可能です。ただし、この処理を実行するには、B社の了承を事前に得ておかなければなりません。
インボイス制度のもとでも、相殺処理は可能ですが、トラブル防止のために必ず取引先と合意を取り交わしてから実施しましょう。
領収書の発行が必要なケースがある
相殺処理を行った際、取引先から相殺領収書の提出を求められることがあるため、発行できるよう準備しておきましょう。相殺領収書には発行義務はありませんが、相殺が適切に行われたことを証明する書類として取引の透明性を確保する役割を果たします。
例えば請求書を発行せずに相殺領収書のみで取引を完結する場合、この領収書はインボイスの要件を満たす必要があります。具体的には、取引日、内容、金額、消費税額、登録番号などを記載し、適格請求書としての形式で作成しなくてはいけません。
なお、金銭の授受を伴わないため、相殺領収書には印紙税はかかりません。ただし、相殺後に差額が生じ、その分を現金などで受け取る場合には注意が必要です。受領額が印紙税の課税対象となるため、印紙の貼付漏れがないよう確認しましょう。
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インボイス制度に正しく対応するための方法
インボイス制度に対応するには、制度の仕組みや各種特例、記載要件などを正確に理解することが重要です。加えて、それらを実務に適切に反映させることも欠かせません。特に、仕入税額控除の可否や帳簿・書類の保存要件などは細かく定められています。
誤った運用は税務調査での指摘や控除漏れの原因にもなり得ます。こうしたリスクを避けるためにも、専門知識を持つ税理士に相談することが最も確実な方法です。事業内容に即した実務対応や最新の制度改正にも柔軟に対応できるため、安心して業務に集中できます。
確実にインボイス制度に対応したい方は、信頼できる税理士と連携して業務を進めていきましょう。
まとめ
インボイス制度における適格返還請求書(返還インボイス)は、課税事業者が値引きや返品を行う際に発行する重要な書類です。発行を怠ると罰則の対象となるほか、仕入税額控除が認められなくなるリスクもあります。
また、売掛金と買掛金を相殺する「相殺処理」は、経理業務を効率化できる便利な方法ですが、取引先との事前の合意が必要です。
返還インボイスの金額と請求金額は相殺できますが、書類に必要な情報を正確に記載する必要があります。
それだけでなく、場合によっては相殺領収書の発行も求められます。なお、相殺領収書は原則として印紙税の対象外ですが、金銭の受け取りがある場合は課税対象となるため注意が必要です。
インボイス制度は要件や例外が多く、誤解や運用ミスによるトラブルが起こりがちです。不要なトラブルを避けるためにも、税理士などの専門家に相談しながら対応を進めることをおすすめします。