企業が自社の株式を買い戻す自己株式の取得は、株価対策や買収防衛、事業承継などの戦略的目的に活用されます。一方で、会計・税務処理や法的規制には注意が必要で、誤解や誤処理も起こりがちな分野です。本記事では、自己株式の基本から、取得による財務指標への影響、会計・税務上の仕訳を解説します。
目次
自己株式とは何か
自己株式とは、自社が発行した株式を自ら買い取って保有している株式のことを指します。もともとは、株価操作やインサイダー取引といった不正のリスクから、自己株式の取得は法律で原則として禁止されていました。
しかし2001年の商法改正によりこの規制が大きく緩和され、企業は自己株式を目的に縛られずに取得・保有できるようになりました。ただし、こうした自己株取引には一定の制限が設けられ、不正な取引を防ぐ仕組みもあります。
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自己株式の取得によって株価が上がる理由
自己株式を取得すると1株当たり利益(EPS:Earnings Per Share)が増加し、株価が上昇する要因になります。自己株式は発行済株式数から除外されるため、利益の分母となる株式数が減り、相対的に1株あたりの利益が増えるためです。
EPSの上昇による株価上昇を例にしてみましょう。
A会社の当期純利益が100百万円、発行済株式数が1000千株 | EPS=100円(100百万円÷1000千株) |
自己株式を200千株を取得後 | EPS=125円(100百万円÷800千株) |
投資家は株価収益率(PER)=株価÷EPSという指標を参考に株価を評価します。PERが一定であれば、EPSが上がれば株価も自動的に上がる計算です。
例えばPER10倍と仮定すると、以下のように株価が上昇します。
- EPS100円 → 株価1,000円
- EPS125円 → 株価1,250円(25%上昇)
また自己株式の取得により自己資本が減少するため、ROE(当期純利益÷自己資本)が上昇する効果もあります。
ROEは企業の収益性を表す重要な指標です。ROEが高い企業は「効率的に利益を上げている」として、投資家から高く評価されやすく、株価上昇の材料となります。
関連記事:株価収益率(PER)とは?計算方法や目安をわかりやすく解説
各種財務諸表における自己株式の表示方法
以下に、自己株式の表示に関する各財務諸表(BS・PL・SS・CF)での扱いを表形式でまとめました。
財務諸表 | 自己株式の 表示内容 | 表示方法・取扱い | 備考 |
貸借対照表(BS) | 純資産の部での表示 | 株主資本の末尾に自己株式として一括控除する方式が会計基準により採用されている | 自己株式は消却・処分までの暫定的状態と捉えられているため、一括控除方式が適切とされる |
損益計算書(PL) | 原則として表示しない | 自己株式の取得・処分・消却は資本取引とされ、PL上には表示されない | ただし、取得や処分等に伴う付随費用は営業外費用としてPLに計上される(会計基準14) |
株主資本等変動計算書(SS) | 株主資本の変動として表示 | 取得・処分消却など、各変動事由ごとに区分表示する | 株主資本の期中の変動要因を明示することが目的 |
キャッシュ・フロー計算書(CF) | 財務活動によるキャッシュ・フローとして表示 | 自己株式の取得 → キャッシュ・アウトフロー自己株式の処分 → キャッシュ・インフロー | 「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」に基づく取扱い |
自己株式は各財務諸表で異なる視点から扱われています。そのため、企業の財務状況を正しく把握するためには、それぞれの表示方法を理解しておかなくてはいけません。
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自己株式を取得した場合の仕訳方法
実際の会計処理では「自己株式」勘定で取得原価を記帳し、貸借対照表上では株主資本から控除する形で表示します。この会計処理によって自己株式が資本の払い戻しに該当し、純資産の減少を示せます。
例えば現金で400万円分の自己株式を取得した場合の仕訳例は以下の通りです。
借方(勘定科目) | 金額 | 貸方(勘定科目) | 金額 |
自己株式 | 400万円 | 現金 | 400万円 |
会計上は取得時点で減資とは扱われないのに対し、税務上は取得と同時に減資扱いとなります。誤った会計処理を防ぐためにも、専門家への確認をおすすめします。
自己株式を取得してみなし配当が生じた場合の仕訳方法
自己株式の取得によって「みなし配当」が生じる場合には、会計処理と税務処理の違いに注意が必要です。この「みなし配当」とは、会社法上は配当とは扱われません。しかし、実質的に株主に利益を分配していると税法上で判断される行為を指します。
例えば自己株式を取得する際、株主が出資した額(資本金等の額)よりも高い価格で株式を買い取ったとします。この場合はその差額分は会社の利益からの払戻しと見なされて「みなし配当」として扱われます。
取得額は資本金等の額からの払戻しと、利益剰余金の減少からの払戻しに区分して計算しなくてはいけません。そして後者に該当する金額が、税務上の「みなし配当」となるのです。
取得原価が5,000万円で、資本金等の額の減少が2,800万円、利益剰余金の減少の減少が2,200万円である場合の税務上の仕訳例をご紹介します。
借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
資本金等 | 2,800万円 | 普通預金 | 5,000万円 |
利益剰余金の減少 | 2,200万 |
会計上では全額が「自己株式」扱いとなりますが、税務上では配当と見なされ課税対象になる部分が存在します。したがって、法人は申告調整を通じて、両者の処理の差異を正確に調整しなくてはいけません。
税務上の「みなし配当」判断や申告調整の実務は複雑なため、誤りを避けるためにも税理士への相談を強くおすすめします。
関連記事:自己株式の「みなし配当」とは?発生するケースや算出方法、注意点を解説!
自己株式を取得するメリット・デメリット
自己株式を取得するメリット・デメリットを以下にまとめました。
区分 | 内容 | 詳細 |
メリット | 買収防衛 | 敵対的買収への対抗手段として活用可能 経営権の安定に貢献 |
株価対策 | 株式の需給バランスを調整し、株価の上昇が期待できる。 | |
事業承継対策 | 後継者に現金を残しやすく、スムーズな承継を実現 | |
デメリット | 資金繰りの悪化 | 株式取得には現金支出が伴い、資金繰りが厳しくなる可能性あり |
処分の手間 | 処分時には取締役会の決議など、煩雑な手続きが必要 | |
税負担の増加 | 取得原価によってみなし配当が発生し、税率上昇により課税負担が重くなる恐れがある |
自己株式の取得には、買収防衛や株価対策、事業承継など企業にとって有効な戦略手段となるメリットがあります。一方で、多額の資金を要することで資金繰りに悪影響を及ぼすリスクや、処分時の手続きの煩雑さといったデメリットも存在します。
自己株式の取得を行う際には、これらの利点とリスクを比較検討し、企業の財務状況や経営目的に即した判断を行うことが重要です。
自己株式取得に関する注意点
自己株式の取得に際しては、会社法上の「財源規制」に十分注意が必要です。財源規制は企業が自己株式を取得できる金額を、原則として分配可能額の範囲内に制限する制度です。
もしこの規制がなければ、経営難の会社が自己株式を無制限に取得し、資産が流出して債権者に損害を与える恐れがあります。結果として、資本維持の原則に反する事態を招きかねません。
ただし単元未満株式の買取請求への対応や無償取得、他社事業の譲受、合併・分割による承継などのケースでは財源規制の適用外です。自己株式を取得する際は、こうしたルールと例外を理解し、適正な手続きを踏みましょう。
自己株式取得におけるよくある質問
最後に自己株式の取得や仕訳方法に関するよくある質問をまとめたので、こちらも合わせて参考にしてください。
自己株式を無償取得した場合の仕訳は?
自己株式を無償で取得した場合、仕訳の入力は不要です。ただし、自己株式数の増加として処理し、内容に応じて書類や決算書に残す必要があります。
自己株式を売却処分した場合の仕訳は?
自己株式を売却処分した場合、帳簿価額と売却価格との差額を自己株式処分差益または自己株式処分差損として会計処理します。「自己株式処分差益」は「その他資本剰余金」に計上し、「自己株式処分差損」は「その他資本剰余金」から減額します。
自己株式取得時に発生する手数料はどうすればいい?
自己株式取得時に発生する手数料は原則「支払手数料」などの勘定科目で処理し、損益計算書では営業外費用として計上します。これは、自己株式の取得が資産の取得ではなく、株主資本の減少とみなされるためです。
まとめ
自己株式の取得は、株主還元や経営戦略の一環として有効に活用できる一方で、法的・会計的なルールや税務上の扱いに注意が必要です。
特に「みなし配当」の判定や仕訳処理には専門的な判断が求められ、誤った対応は企業の財務に大きな影響を及ぼす可能性もあります。
自己株式に関する実務では本記事で紹介した基礎知識や注意点を参考にしつつ、専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。自己株式の仕訳に関する扱いに関してお悩みがあれば、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。