事業や投資活動を行っていると、思わぬ損失が生じることもあります。そうした場合に活用できるのが損益通算と繰越控除の制度です。これらを活用することで、所得税の負担を抑えることが可能になります。この記事では、損益通算の基本的な仕組みから計算の流れ、繰越控除の適用順序までを整理し、確定申告で役立つ実践的な知識をわかりやすく解説します。
目次
所得税における損益通算の基本
損益通算とは、複数の所得がある場合に、所得税の計算において、一方の損失を他方の利益から差し引ける制度です。
個人事業主や副業を行っている方、複数の収入源を持つ会社員は、損益通算を活用することで納める税額を適正な金額に抑えられます。
ここでは、損益通算の基本的な仕組みと、対象となる所得・対象外となる所得について説明します。
損益通算とは
損益通算とは、同じ年に得た所得のうち、ある所得区分で損失が出た場合に、その損失を他の所得区分の利益から差し引くことができる制度です。
例えば、事業所得で赤字が出た場合に、給与所得などの黒字から赤字分を差し引くことで、課税対象となる課税所得を抑えることができます。
そのため、損益通算を活用することで、所得税および住民税の負担を軽減できる可能性があります。ただし、この制度はすべての所得に適用できるわけではなく、一定の要件を満たす必要がありますので注意しましょう。
損益通算できる所得の種類
損益通算が認められているのは、事業や投資に関係する所得に限られています。
対象となる主な所得は以下の通りです。
- 不動産所得:土地や建物の貸付による所得。ただし、生活に必要でない資産の貸付や、土地取得にかかる借入金の利子などは対象外。
- 事業所得:農業や製造業、サービス業など、個人で営む事業から得られる所得。
- 山林所得:山林の伐採や立木の譲渡によって得られる所得。
- 譲渡所得(総合課税分):土地や建物、株式などを譲渡したことによる所得のうち、総合課税の対象となるもの。
これらの所得区分で損失が生じた場合は、他の所得と相殺することが可能です。ただし、生活に必要ではない資産の譲渡損などは損益通算の対象外となります。
損益通算できない所得の種類
一方で、損益通算が認められていない所得もあります。以下のような所得では、原則として他の所得と相殺することができません。
- 利子所得:預金や公社債の利子収入など(源泉分離課税)。
- 退職所得:退職金などによる所得(退職所得控除が適用されるため損失が発生しません)。
- 配当所得:株式の配当金など。
- 給与所得:勤務先から支給される給与や賞与。
- 一時所得:懸賞金や保険の満期返戻金など、一時的に得た所得。
- 雑所得:副業収入や年金など、その他の所得に分類されるもの。
これらの所得で損失が発生しても、原則として損益通算の対象にはなりません。ただし、株式の譲渡所得と先物取引に係る雑所得など、特定の所得に限っては通算が可能なケースもありますので、詳細は個別に確認することをおすすめします。
関連記事:株の損失は確定申告でお得?節税のための損益通算・繰越控除について
損益通算の計算方法
損益通算を活用すれば、課税対象となる所得を減らし、所得税の負担を軽減できます。ただし、損失と利益を単純に差し引くのではなく、定められたルールと順序に従って計算しなければなりません。
ここでは、損益通算の具体的な計算のステップと、各所得での通算の優先順位について説明します。
損益通算の計算ステップ
損益通算の手続きは、以下の手順で進めていきます。
- 所得の分類と金額の計算
- 通算対象となる所得の確認
- 損益通算の実施
- 純損失の確認と繰越の検討
1年間に得たすべての所得を種類ごとに分類し、それぞれの所得金額(赤字も含む)を正確に算出しましょう。
損益通算が可能な所得(不動産所得、事業所得、山林所得、一定の譲渡所得)かどうかを判定します。
続いて、損失がある場合は、所得税法で定められた順序に従い、他の所得の黒字分から損失を、経常所得→譲渡・一時所得→山林・退職所得の順で差し引いていきます。
損益通算後も損失が残る場合は純損失となり、要件を満たしていれば翌年以降の所得から控除する繰越控除が可能です。
損益通算の順番
損益通算には決められた順番があり、それに沿って進めていきます。
通算の優先順位は以下の通りです。
- 第一次通算:経常所得グループ内での通算
- 第二次通算:譲渡所得・一時所得グループとの通算
- 第三次通算:山林所得・退職所得との通算
まずは、不動産所得・事業所得などで出た損失を、利子所得・配当所得・給与所得・雑所得といった経常的な所得グループの中で相殺します。
続いて、経常所得グループで相殺しきれなかった損失がある場合は、譲渡所得や一時所得といった臨時的な所得グループの黒字と通算します。
そして、さらに損失が残る場合は、山林所得や退職所得の黒字から差し引きましょう。また、譲渡所得には短期と長期がありますが、それぞれの区分内で損益を相殺してから、上記の通算ステップに進みます。
正しい順序で計算し、適正な納税と無理のない節税を心掛けていきましょう。
関連記事:青色申告者対象の繰越控除とは?確定申告の手続きをわかりやすく解説!
純損失の繰越控除
純損失の繰越控除とは、損益通算を行っても控除しきれない損失がある場合、その損失を翌年以降の所得から差し引ける制度です。所得の変動がある場合でも、複数年にわたって税負担をならすことができる仕組みと言えます。
ここでは、繰越控除の概要や適用できる期間、控除を行う際の順序について説明します。
繰越控除とは
繰越控除とは、損益通算をしても残った純損失を、翌年以降に発生する所得から差し引くことができる制度です。
例えば、事業所得や不動産所得などで初期費用がかさみ、赤字が出た年にこの制度を活用することで、将来利益が出た年の課税所得を減らし、所得税の負担を軽減できます。
繰越控除の適用期間
純損失の繰越控除が適用できる期間は、原則として損失が発生した年の翌年から3年間です。なお、災害などの特例に該当する場合は、繰越期間が5年間に延長されるケースもあります。
繰越控除を受けるためには、損失が発生した年に確定申告を行い、翌年以降も確定申告をする必要があります。1年でも申告を怠ると、繰越控除の権利を失う可能性があるため注意しましょう。
繰越控除を適用する順番
複数年にわたって損失が発生している場合、どの年の損失から先に控除するかについては、税法上のルールに従って進めていく必要があります。
適用順序は以下の通りです。
1.最も古い年の損失から順に控除する
2.純損失と雑損失が同時にある場合
3.所得の種類に応じた控除の順序
損失が複数年にわたって発生している場合は、古い年分から順に適用していきます。同じ年に純損失と雑損失の両方がある場合は、まず純損失から控除しましょう。そして、総所得→山林所得→退職所得の順で繰越控除を行います。
特に複数年にわたる損失や、異なる種類の所得がある場合は、計算ミスを避けるためにも順序を理解しておきましょう。
関連記事:上場株式の譲渡損失を3年間繰越控除するにはどうすればいい?
確定申告と損益通算・繰越控除
損益通算や繰越控除の制度を利用するためには、原則として確定申告が必要です。ここでは、損益通算・繰越控除と確定申告の関係や、制度を適用するメリット、申告時の注意点について説明します。
確定申告の必要性
所得税法では、一定以上の所得がある場合や特定の控除を受ける場合は、納税者が1年間の所得を計算し税務署に申告・納付するため、確定申告を行う義務があります。
なお、損益通算や純損失の繰越控除も確定申告が必要です。たとえ損失が出て所得税が発生しない年でも将来的に控除制度を活用するためには、その年に確定申告を行い、損失が生じたことを申告しなければなりません。
特に繰越控除を継続して適用するには、損失が発生した年を含め、毎年確定申告を続けて行うことが条件となります。
参考:所得税法|国税庁
損益通算・繰越控除を適用するメリット
損益通算と繰越控除は所得税の計算において税負担を軽減できる制度で、主なメリットは以下の通りです。
- 税負担の軽減
- 資金繰りの改善
- 税負担の平準化
これらのメリットを得るために、損益通算や繰越控除が適用される所得の種類や確定申告のルールを理解し、期限には余裕を持って手続きを行いましょう。
損益通算・繰越控除を適用する際の注意点
損益通算や繰越控除は、正しく活用することで所得税の負担を軽減できる便利な制度です。しかし、適用にはいくつか注意点があります。
損益通算・繰越控除を利用する際の主な注意点は以下の通りです。
- 損益通算が可能な所得には限りがある
- 繰越控除を受けるには継続的に確定申告が必要
- 他の控除や保険料への影響に注意する
関連記事:還付申告のやり方は?書類や期間・対象者・確定申告との違いを解説!
損益通算と繰越控除についてよくある質問
最後に損益通算と繰越控除についてよくある疑問について、それぞれわかりやすく回答していきます。
損益通算はどのくらい節税になる?
損益通算は赤字となった所得を他の黒字所得と相殺できるため、所得税や住民税を軽減できます。
例として、事業所得で100万円の赤字が出て、給与所得が500万円ある場合、課税対象は500万円ではなく400万円です。実際の節税額は他の控除や税率によって異なりますが、数万円〜数十万円の差が出るケースもあります。
確定申告を忘れた年があると繰越控除は使えなくなる?
はい。繰越控除は損失が出た年から連続して確定申告していることが条件で、1年でも申告が抜けてしまうと、以後の繰越が無効になってしまいます。たとえその年に税金が発生しなくても、将来繰越控除を検討している場合は必ず申告しましょう。
損益通算と譲渡損失の繰越控除の順番は?
損益通算と譲渡損失の繰越控除は、まず当年中に損益通算できる範囲で損失を他の所得と相殺し、それでも控除しきれない譲渡損失が残った場合に、翌年以降へ繰り越して控除します。
順序としては「損益通算 → 繰越控除」の順で適用され、譲渡損失の繰越控除を行うには、毎年確定申告が必要です。
まとめ
損益通算とは、不動産所得、事業所得、山林所得、総合課税の譲渡所得などで生じた損失を、他の所得の利益と相殺できる制度です。
また、損益通算を行っても控除しきれなかった損失は純損失として、翌年以降最大3年間にわたり将来の所得から差し引ける繰越控除の対象となります。
これらの制度をうまく活用することで、税負担を効率的に軽減することが可能です。
適用には原則として確定申告が必要であり、損失が出た年にはたとえ税額がゼロであっても申告が必要ですので注意しましょう。
損益通算や繰越控除は他の税金や社会保険料にも影響を及ぼす可能性があります。
複雑な所得構成や複数年にわたる損失がある場合など、制度の適用に不安がある場合は税理士などの専門家に相談することをおすすめします。