従業員を雇用する企業にとって、労働保険料の申告と納付は毎年欠かせない業務です。多くの場合、ルーティンとして処理されがちですが、実はその取り扱いや時期の選び方によって、経費としての計上方法に違いが生じることがあります。本記事では、労働保険料に関する基礎知識から、経費計上の考え方、注意すべきポイントまでを詳しく解説します。
目次
労働保険料とは
労働保険料とは、労災保険料と雇用保険料を合わせた保険料の総称で、労働者を1人でも雇っていれば、事業主には加入義務があります。
労災保険は、業務中や通勤中のケガ・病気・障害などを補償する制度で、保険料は全額を会社が負担しなければなりません。一方、雇用保険は、失業時や育児休業などに対応する制度で、保険料は事業主と従業員がそれぞれ一部を負担します。
従業員を雇う際には、これらの保険加入が前提となることを理解しておきましょう。
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算出方法と納付時期
労働保険料は、毎年4月1日から翌年3月31日までの賃金総額をもとに算出され、保険料の申告・納付は「年度更新」として毎年6月1日から7月10日の期間に行います。
この際、前年度の確定保険料と、新年度の概算保険料の両方をまとめて申告しましょう。なお、概算保険料が40万円以上の場合には、納付を3回(7月・10月・翌年1月)に分けられます。スムーズな対応ができるよう、制度を正しく理解しておきましょう。
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労働保険料で節税できる?
労働保険料は、一定の条件を満たせば、経費計上のタイミングを調整することで節税に繋がる可能性があるでしょう。
具体的には、まだ実際に支払っていない労働保険料であっても、申告した時点で「未払金」として経費にできることが、節税に繋がるポイントです。
例えば、概算保険料が40万円以上の場合には、7月・10月・翌年1月の3回に分けて納付することができます。
このような分割納付を選んだ場合でも、決算月が第2期や第3期の納付前であれば、未払いの保険料を申告時点で「未払金」としてまとめて経費計上可能です。その結果、決算期の利益を圧縮でき、節税に繋がるでしょう。
ただし、経費にできるのは会社が負担する分のみであり、雇用保険の従業員負担分などは対象外です。適切な処理とタイミングの選定により、税務上のリスクを避けながら効果的に経費計上を行いましょう。
労働保険料の計上例
労働保険料を経費に計上する際は、「実際に支払ったタイミング」で処理する方法と、「まだ支払っていなくても申告時点で計上する方法(未払金処理)」の2つがあります。
状況によって使い分けることで、節税に繋がる場合があります。以下で、代表的な処理パターンを紹介します。
概算保険料を一括納付した場合
申告と同時に全額を納付した場合、その納付日を基準に経費処理を行います。
例)申告と同時に概算保険料40万円を一括で納付し、個人負担分が10万円の場合
借方 | 貸方 | ||
法定福利費 | 30万円 | 現金 | 40万円 |
立替金 | 10万円 |
概算保険料を分割納付した場合
未払いであっても、申告日を基準に未払金として全額を計上可能です。概算保険料が40万円以上の場合、7月・10月・1月の3回に分けて納付することができます。
例)概算保険料が40万円(内個人負担分10万円)で、7月・10月・1月の3回に分けて納付する場合
【申告日での仕訳】
借方 | 貸方 | ||
法定福利費 | 30万円 | 未払金 | 40万円 |
立替金 | 10万円 |
その後、各納付時期に応じて未払金を3回に分けて支払処理していきます。(40万円 ÷ 3 ≒ 13万3,333円)。
【第1期(7月納付時)の仕訳】
借方 | 貸方 | ||
未払金 | 13万3,334円 | 現金 | 13万3,334円 |
同様に、第2期・第3期はそれぞれ13万3,333円を処理します。
確定保険料の処理
確定保険料は、前年度実績に基づく保険料の差額で、基本的には当期の経費として処理します。
例)前年度の精算として確定保険料50,000円を納付した場合
借方 | 貸方 | ||
法定福利費 | 50,000円 | 現金 | 50,000円 |
従業員負担分の処理
従業員が負担する雇用保険料は「預り金」として処理し、経費には含めません。
例)給与30万円のうち、雇用保険料3,000円を従業員負担とした場合
【給与計上時】
借方 | 貸方 | ||
給与手当 | 30万円 | 預り金 | 3,000円 |
普通預金 | 29万7,000円 |
従業員から預かった雇用保険料は、確定時に立替金と精算しましょう。
労働保険料に関する節税で注意すべき5つのポイント
労働保険料を経費計上することで節税が可能になるケースもありますが、処理方法を誤ると逆に税務リスクを生む恐れがあります。特に注意すべき以下5つのポイントを解説します。
- 対象となるのは会社負担分のみ
- 未払金処理は適切な証拠書類が必要
- 決算月によって節税効果が異なる
- 実際の納付日と会計処理日がズレないように注意
- 社会保険料と混同しないこと
対象となるのは会社負担分のみ
労働保険料のうち経費として計上できるのは、会社が負担する部分のみである点に注意しましょう。雇用保険の従業員負担分などは「預り金」として処理されるため、経費には含めることができません。
従業員負担分を誤って経費に計上してしまうと、税務上の誤りとして指摘される可能性がありますので、仕訳の際には、会社負担分と従業員負担分をきちんと区分し、適正な処理を心がけることが重要です。
未払金処理は適切な証拠書類が必要
未払金として労働保険料を計上する場合には、証拠となる書類の保存が重要です。具体的には、労働保険料の申告書、納付通知書、分割納付計画などが該当します。
これらの書類が整っていないと、税務調査で未払金の正当性が認められず、経費計上を否認される恐れがあるでしょう。申告日ベースでの計上を行う際には、必ず書類を整え、処理の根拠を明確に残しておくことが求められます。
決算月によって節税効果が異なる
節税効果を得られるかどうかは、会社の決算月によって異なるため、決算タイミングを意識して未払金として計上できるかどうかを判断しましょう。
例えば、決算月が7月の企業であれば、7月10日の申告後、第2期(10月)および第3期(1月)の納付分が未払いの状態となります。
この場合、それら未納分を申告時点で未払金として当期の経費に計上できるため、節税効果が生まれます。一方で、決算月が6月で期末までに申告をしていない場合は、未払金処理はできません。
実際の納付日と会計処理日がズレないように注意
労働保険料を会計処理する際には、実際の納付日と処理日が一致しているかを確認しましょう。未払金処理を行ったにもかかわらず、納付したタイミングで再度経費に計上してしまうなど、処理が重複すると税務上の問題となる可能性があります。
また、本来は未払金で処理すべきケースを、うっかり納付日ベースで経費にしてしまうと、節税効果が得られないことがあるでしょう。帳簿処理と納付のタイミングを常に照合することが必要です。
社会保険料と混同しないこと
労働保険料と社会保険料は、名称は似ていますが内容や支払い方法、経費処理のルールが異なります。
労働保険料は年1回の申告(年度更新)に基づく概算・確定精算方式ですが、社会保険料(健康保険・厚生年金など)は毎月の給与支給に連動して発生し、月ごとに支払います。
処理を誤って混同してしまうと、経理ミスや税務リスクに繋がる可能性があるため、両者を明確に区別して経理処理を行いましょう。
労働保険料の節税でお悩みの方は専門家に相談
労働保険料の経費処理は、決算月や納付方法によって大きく変わるため、専門家によるアドバイスが有効でしょう。特に、未払金処理による節税を検討している企業は、会計・税務の知識が求められます。
小谷野税理士法人では、労働保険料に関する会計処理や節税アドバイスを行っております。