法人は、原則として定款に書かれた「目的」の範囲内でしか事業ができません。よって、定款にない事業を始めるには、定款の変更と「目的変更登記」が必要です。定款変更は株主総会での特別決議で、登記は本店所在地を管轄する法務局で行います。ただし目的変更を進める前に、税務などに影響がないか確認しましょう。この記事では、目的変更登記の必要性や登記申請手続きの詳細、目的変更前に注意したい税務ポイントなどを解説します。
目次
定款の「目的」とは?目的変更登記の必要性
まずは、定款における「目的」の意味と、変更登記がなぜ必要になるのかを確認しましょう。定款とは、商号(会社名)や目的・所在地など、会社の基本事項が記された書類です。法人設立時には定款作成が必要であるため、すべての法人が定款を有しています。
「目的」は法人が行える事業内容のリスト
定款には、その会社がどのような事業を行えるのかを示す「目的」が必ず記載されます(会社法第27条)。原則として、法人は定款などで定められた「目的」の範囲内でしか事業ができないからです(民法第34条)。
例えば、定款の目的に「事務所・店舗の賃貸業」と書かれた法人があるとします。この法人が住宅の賃貸も始めたいと思っても、目的の中に「住宅の賃貸業」の文言がなければ、法律上その事業はできません。
参考:会社法 | e-Gov 法令検索
参考:民法 | e-Gov 法令検索
参考:定款等記載例(Examples of Articles of Incorporation etc) | 日本公証人連合会
定款の目的にない事業を始めるには定款変更と目的変更登記が必須
定款に記載されていない事業を始めるには、定款の変更と「目的変更登記」が必要です。定款の変更は株主総会での特別決議で、登記は本店所在地を管轄する法務局で行います。
会社の設立登記をする際、定款に基づいて商号や目的などの情報が登記簿に記載されます。そのため定款を変更した場合、登記されている事項であれば登記簿も更新する必要があるのです。
目的にない事業を行っても法的な罰則はありませんが、社会的な信用度が下がるおそれがあります。具体的には、登記簿を見て不審に思った取引先から取引を断られたり、銀行口座開設や融資申請ができなかったりします。
特に、許認可が必要な業種や補助金の申請などでは、登記簿にある「目的」と申請内容の一致が必要です。対象の事業が目的に記載されてなければ、申請が受理されないケースもあります。
目的変更登記の流れは定款変更→登記申請|必要書類も解説
ここでは、新たな事業を始める際に必要な「定款の目的変更」と「目的変更登記」について、流れや必要書類を解説します。なお、この記事では株式会社における手続きを前提にしています。
法人の目的変更登記の流れ
定款の目的を変更する際は、基本的に以下の手順を踏みます。
- 株主総会を開催し、定足数と賛成要件を満たす「特別決議」を行って定款の目的を変更する
- 株主総会議事録と変更登記申請書を作成する
- 登録免許税(1件30,000円)を納付する
- 定款の変更から2週間以内に、変更登記申請書と必要書類を法務局へ提出する
- 法務局が数日〜数週間審査し、登記が完了する
参考:登記の申請を御検討されている皆さまへ|法務局
参考:会社・法人の変更登記について
「特別決議」とは、議決に参加できる株主の議決権の過半数が出席し、その議決権のうち3分の2以上の賛成が必要とされる決議方式です。ただし、定款で特別決議の要件を独自に定めている場合を除きます。
定款変更には、原則として株主総会での特別決議が必要です(会社法第309条第2項11号、第466条)。
なお、持分会社(合同会社・合資会社・合名会社)には株主総会がないため、全社員の同意があれば定款変更できます(会社法第637条)。また、社会福祉法人や医療法人など特別な法人形態の場合、目的変更に所轄庁の認可も必要になるためご注意ください。
登記手続きの必要書類
定款変更が済んだら、法務局に提出する書類を準備しましょう。以下は株式会社が目的変更登記をする際に必要な書類です。
書類 | 備考 | |
○ | 株式会社変更登記申請書 | 法務局の指定の様式 |
○ | 株主総会議事録 | 特別決議の記載が必要 |
○ | 株主リスト | 株主の氏名(名称)・住所・議決権数などの証明書 |
△ | 委任状 | 司法書士などが代理で提出する場合のみ必要 |
△ | 30,000円分の収入印紙 (登録免許税) | 郵便局や法務局で収入印紙を買い、申請書の台紙に貼る ※金融機関での納付や電子納付をする場合は不要 |
○=必須の書類 △=場合によって必要になる書類
定款変更から2週間以内に、本店所在地を管轄する法務局へ必要書類を提出しましょう。法務局窓口への持参か、郵送による提出が一般的です。
目的変更以外の定款変更や、登記の詳細などは下記の記事をご確認ください。
関連記事:定款変更とは?必要なケースから登記申請の流れ・費用、注意点までを解説
関連記事:会社の変更登記は自分でできる?手続き方法や費用を解説
登録免許税など登記にかかる費用は経費計上が可能
登記にかかる費用は、法人の経費として計上できます。登記費用は法人が事業を行うために必要な支出だからです。
例えば、登録免許税は「租税公課」として経費計上できます。また、登記代行を依頼した司法書士への報酬は「支払手数料」「支払報酬料」などで処理します。司法書士報酬は登録免許税とは別に必要で、相場は30,000〜40,000円です。
目的変更登記の手続き自体は司法書士に依頼する分野です。しかし、そもそも目的変更するべきか否かや、目的変更によって生じる税務処理などは、税理士による事前確認をおすすめします。
目的変更を進める前に注意したい税務ポイント3つ
いきなり目的を変更するのではなく、事前に適切な目的の書き方や税務の変更点を確認しましょう。確認せずに目的変更すると、想定外の税負担や経費の否認などが発生するおそれがあります。
目的変更によって消費税の処理方法が変わる可能性に注意
事業の内容が変わると、消費税の課税・非課税の区分や、申告方法に影響する可能性があります。消費税は、事業の種類や取引内容によって申告方法や計算方法が異なるためです。
具体的には以下のようなケースにご注意ください。特に不動産業・医療業・教育サービスなどは、課税・非課税の判定が複雑です。
ケース | 消費税の注意点 |
課税取引しかしていなかった法人が、非課税取引を始める | 仕入税額控除が使えない取引が発生する可能性がある (非課税仕入は仕入税額控除の対象外) |
非課税取引しかしていなかった法人が、課税取引を始める |
|
簡易課税を使っていて、新事業が異なる区分に該当する | 申告時に事業区分ごとの計算が必要 |
例えば既存の目的が「事務所・店舗の賃貸業」の法人が「住宅の賃貸業」を加えた場合、今までと異なる税務処理が必要です。なぜなら、事務所・店舗の家賃収入には消費税がかかるのに対し、通常は住宅の家賃収入は消費税がかからないからです。
また、簡易課税制度を利用している法人では、事業の種類によって消費税額の計算方法が異なります。よって、複数の事業を行う場合、事業ごとに区分して計算しなければならないため、手間が増えます。
なお、すでに簡易課税制度を適用中であれば、新たな事業を始めても届出書の再提出は不要です。
参考:簡易課税制度|国税庁
消費税の非課税取引について詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:消費税の非課税取引とは|免税取引との違いや不課税、対象について
簡易課税について詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:【税理士監修】簡易課税とは?メリット・注意点や計算方法を解説
こうした税務処理の違いは複雑なため、目的変更を決める前に税理士へ相談するのをおすすめします。
補助金や融資審査に悪影響が出ないよう目的の書き方に注意
実際の事業内容が「目的」とずれている場合、資金調達に悪影響が出る可能性があります。いきなり目的を変更するのではなく、事前に適切な目的の書き方を確認しましょう。
補助金の申請や融資の審査では、定款や登記簿の提出を求められるケースが多くあります。事業内容と登記上の「目的」が一致しているかを確認するためです。目的と実態がずれていると、事業実態に疑問を持たれ、審査の通過率が下がる恐れがあります。
補助金や融資を見据えて目的を変更する際は、定款変更を行う前に、事業に合った目的の書き方をチェックしましょう。例えば補助金の交付機関や融資の担当者に対し、目的の文言や書き方に決まりがないかを確認するなどです。
主な補助金や運転資金の調達方法について、詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:中小企業が活用できる補助金・助成金、人材確保におすすめの助成金について
関連記事:運転資金融資のすべて!成功のカギを握る資金調達方法を徹底解説
目的と実態がずれていると税務調査の対象になりうるので注意
目的と事業実態が異なると、経費が否認されたり、税務調査の対象となったりする可能性があります。税務調査とは、税の申告内容が正確かどうかを税務署などが調べるものです。
税務署は不審な点が見つかった際、登記簿の目的と実際の取引内容が一致しているかをチェックするかもしれません。
例えば、目的に書かれていない事業に関する経費は「私的な支出では?」と疑われる可能性があるでしょう。その結果、税務調査が行われたり、経費として否認されたりするリスクがあります。
定款の目的を変更する前に、文言が事業の実態に合っているかを見直しましょう。不安がある場合は、税務に詳しい税理士に相談するのがおすすめです。税理士なら、税務署に誤解されにくい文言になっているかチェックできます。
税務調査について詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:税務調査は何種類ある?それぞれの特徴や税務調査の流れについて解説
目的変更登記を進める前に税理士にご相談ください
この記事では、目的変更登記の必要性や手続きの詳細、目的変更前に注意したいポイントを解説しました。
法人は、原則として定款で定められた「目的」の範囲内でしか事業ができません。よって、定款に記載されていない事業を始めるには、定款の変更と「目的変更登記」が必要です。定款変更は株主総会での特別決議で、登記は本店所在地を管轄する法務局で行いましょう。
目的変更登記を進める前には、事業内容に即した目的の書き方になっているか、税務処理に影響がないかを確認しましょう。例えば消費税の計算方法や経費処理、補助金・融資への影響などです。確認せずに目的変更すると、想定外の出費などが発生するおそれがあります。
こうした判断に不安がある場合は、ぜひ税理士にご相談ください。登記前に税務面のリスクを整理しておくと、後々のトラブルや再登記の費用負担を避けられます。