法人税の実務では「取得原価」だけでなく「時価」も重要な評価基準です。企業会計や税務処理において、資産の適正な価値を判断するには、状況に応じた時価評価が欠かせません。本記事では、時価の定義や法人税法上の評価方法、その変遷、実務上の留意点まで解説します。時価の意義や法改正の変遷も踏まえて、現在の法人税上の時価がどのような扱いとなっているのか理解を深めていきましょう。
目次
企業会計における「時価」とは?
企業会計における「時価」とは、基本的には「公正な評価額」を指すのが一般的です。特に『金融商品に係る会計基準に関する意見書』では、「市場で形成されている取引価格や気配、指標などに基づく価額」と定義が示されています。
このように市場価格がない場合には合理的に算定された価額が時価とされます。
一方で従来の企業会計原則でも「時価」という言葉は使われていますが、その定義規定は設けられていません。「公正な評価額」とされるこの「時価」に関しても「公正な」の具体的な意味が明確にされていない点が指摘されています。
法人税法における時価主義の変遷
法人税法では「資産の評価による利益や損失(=評価損益)」を税金の計算に含めるかどうかは、時代によって変わってきました。
昭和20年頃(戦後すぐ) |
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昭和40年の改正 |
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法人税法では、かつては「評価損益も課税対象」でした。しかし昭和40年の改正で「実現主義(=利益や損失が実際に確定してから課税)」に変更されます。そして今の制度では原則として評価損益は税金の計算に含めなくなりました。
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法人税の計算では取得原価主義と時価主義のどちらを使う?
法人税を計算する際、基本は「取得原価(実際に払った価格)で利益を計算する」原価主義です。しかし、一定の場合には「時価(今の市場価値)」で評価する時価主義も補助的に使われます。
具体的に、時価主義が使われるケースの一例をご紹介します。
- 資産の交換・代物弁済・贈与などで、いくらの価値か分からないとき
- 無償譲渡や不当に高い取引で、実際の価格では適正な利益がわからないとき
- 資産を「低価法」で評価しているとき(=市場価格が取得原価より下がった場合)
- 災害などで資産の価値が大きく下がったとき
法人税の計算は「取得原価」が原則ですが、正確な課税のためには時価も使われます。つまり、原価と時価の使い分けが行われる「ハイブリッド方式」となっているのです。
法人税法で使われる「時価」
法人税法で使われる「時価」には以下のような種類があります。
- 再調達価額(取得時の基準):同じ資産を「今もう一度手に入れるならいくらか?」という視点
- 実現可能価額(処分時の基準):その資産を「今売るならいくらになるか?」という視点
このうち、どちらを使うかは資産が入ってくるときか、出ていくときかによって異なります。
資産が法人に入ってくるとき(取得時)
交換・代物弁済・受贈などの資産を取得した場合は原則、再調達価額と考えられます。ただし再調達価額が不当に高い場合は、実現可能価額(実際に売れそうな価格)に引き直すこともあるので注意しましょう。
また実質的な交換取引で同額評価をしていれば、恣意性や不合理性がなければその価格は「時価」として認められます。
資産が法人から出ていくとき(譲渡・売却など)
譲渡・贈与があった場合は原則として実現可能価額を用いることになるでしょう。これは資産が出ていくタイミングで「売れるであろう価額」で評価するためです。
災害や特別な事情で評価換えを行うとき
この場合は取得の見込みがないことや、処分前提の価値評価がされるため実現可能価額で評価されるでしょう。棚卸資産の損傷・陳腐化、固定資産の遊休・立地悪化、更生法等による再評価などは実現可能価額を用いるのが一般的です。
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平成12年の法人税制の改正による変更点
平成12年の商法改正によって企業の保有する金融商品について「時価評価」を導入する動きが進みました。それに伴い、法人税法も改正されました。改正の主な内容を見てみましょう。
有価証券の評価に関する改正 |
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デリバティブ取引への対応 | 期末に「決済があった」とみなして利益または損失を計算し、損益に反映 |
平成12年の改正では、企業が保有する金融商品の時価評価を法人税法上も取り入れられました。そして、企業の実態に即した損益計上が求められるようになりました。これは企業会計と税法の整合を図ると同時に、課税所得の公平な算定を目指した制度改正です。
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法人税法における時価の評価方法
先述の通り、法人税法上「時価」についての明確な定義は設けられていません。しかし一般的には、資産がその時点で譲渡された場合に通常成立するであろう価格で評価するのが原則です。つまり、第三者間での取引価格を基準とするという考え方となります。
ただし資産の種類や性質によっては、こうした客観的な価格の把握が困難なケースもあります。そのため、法人税基本通達(法基通12の3-2-1)では、課税上の弊害がない範囲で、一定の評価方法を認めています。
実務上は、次のような情報や指標をもとに時価を評価することが一般的です。
- 類似資産の市場価格
- 最近の取引実績
- 専門的な評価手法
なお時価の算定は課税上のリスクにも直結する重要な判断となります。資産評価に迷った場合は、必ず税理士などの専門家に相談のうえ、慎重に対応することをおすすめします。
上場・非上場企業の時価総額の求め方
時価総額を調べる方法は、上場企業か非上場企業かによって異なります。それぞれの調べ方は以下の通りです。
上場企業の時価総額の調べ方
上場企業の時価総額は、株価 × 発行済株式数で算出できます。株価と株式数は公表されており、証券取引所のウェブサイトやIR情報、株式情報サイトから確認可能です。
また、「会社名+時価総額」で検索エンジンを使えば、最新の時価総額をそのまま表示してくれる場合もあります。
非上場企業の時価総額の調べ方
非上場企業は株式が市場で取引されていないため、株価から時価総額を求めることはできません。その代わりに、企業価値評価の専門的手法を用いて時価総額を算定します。代表的な手法には以下があります。
- コストアプローチ(純資産価値に着目)
- マーケットアプローチ(類似企業の市場データを参照)
- インカムアプローチ(将来の利益予測に基づく)
これらの手法を使って、総合的に企業の時価総額を評価します。
時価総額が高い場合のメリット
時価総額が高いことは、企業にとって大きなプラスになります。その主なメリットは以下の3点です。
信頼性が高まり企業価値が向上する
時価総額の高さは、企業の規模や市場からの評価の高さを意味します。株式市場では企業の将来性や収益力、成長性などを総合的に判断して株価が形成されます。そのため、時価総額が高い企業は「将来に期待されている企業」として認識されるのです。
このような評価は、投資家だけでなく、取引先・金融機関・求職者といった利害関係者にも好影響を及ぼします。
経営の安定に繋がる
一般に、時価総額が高い企業は利益や純資産が多く、財務基盤がしっかりしている傾向にあります。また、買収の観点から見ても有利になりやすいです。
例えばとある企業の時価総額が約36兆円とした場合、過半数の株式を取得するには18兆円以上の資金が必要です。このように、高い時価総額は買収リスクを下げ、経営の安定性を高める要因にもなります。
資金調達がしやすくなる
企業の信頼性や安定性が高いと、銀行などの金融機関からの融資が受けやすくなる可能性があります。また、株主割当増資や公募増資などでの出資を募る際も、時価総額の高さは投資家の判断材料となり、資金調達の後押しになります。
時価に関する留意点
株式を時価より低い価額で譲渡すると、税務上の不利益を被る可能性があります。客観的に算出された時価で譲渡すれば問題ありません。しかし、時価の1/2未満で売買するようなケースでは、税務上の取扱いに注意が必要です。
例えば個人が保有する株式を法人に時価の半分以下で譲渡した場合、個人側には「みなし譲渡課税」が適用されます。そして「時価で譲渡したもの」とみなされてその差額に課税されるのです。
法人側では、その差額分を受贈益として益金に算入しなければなりません。また法人が保有する株式を個人に時価未満で譲渡した場合には、譲渡価額と時価の差額は以下のように扱われます。
- 相手が役員であれば「役員賞与」として損金不算入
- 相手が法人に属さない第三者であれば「寄付金」として処理(多くの場合損金不算入)
節税目的で譲渡価額を下げると納税額が増えるリスクがあるため、株式を譲渡する際は、時価の把握と適正な評価が欠かせません。
まとめ
法人税法上の「時価」は実際の取引価格を基準に評価され、取得や譲渡の場面に応じて使い分けられます。
正確な課税のため取得原価主義と併用されており、誤った評価は税務リスクにもなります。適切な対応ができているか不安な場合は、税理士など専門家の助言を求めましょう。
小谷野税理士法人では、法人税の時価の扱いや算出方法でお困りの方に適切なアドバイスができる税理士が在籍しています。もし法人税上の時価の取り扱いや評価方法でお悩みの場合は、お気軽に一度小谷野税理士法人にご相談ください。