個人事業主から法人へステップアップする法人成りの際に重要なのが、資産の引継ぎと仕訳処理です。本記事では、スムーズな法人成りを実現するために、資産の引継ぎ手段の基本や注意点、仕訳処理について解説します。適切な手続きを理解して、法人としての事業の土台を固めましょう。
目次
法人成り時における資産引継ぎの概要
法人成りをした後、同じ事業主が引き続き経営する場合でも、個人事業主と法人では法的には別人格です。事業に関する資産を個人名義のまま法人でも使い続けることはできません。売買や贈与、賃貸といった方法で個人から法人へ引き継ぐ必要があります。
法人成り後の事業運営を円滑に進めるためには、個人事業主のうちに事前にどの資産をどのように引き継ぐかを理解するとともに、適切な会計処理を行うことが大切です。まずは引継ぎができる資産とできない資産について詳しく見ていきましょう。
引継ぎができる資産
法人成りの際に引継ぎができる資産には、以下のような種類があります。なお、資産の評価や引継ぎの処理には専門知識が必要になるケースがあります。不安がある場合は税理士などの専門家に相談すると安心です。
1.棚卸資産
棚卸資産とは、商品、製品、仕掛品、原材料など、販売を目的として保有する資産です。法人成りの際、棚卸資産は原則として時価で評価されます。個人事業主からの引継ぎの際、個人では時価と帳簿価額の差額が所得となり所得税の課税対象になります。法人になった側は、譲り受けた棚卸資産を仕入れとして処理します。合理的な根拠に基づいて在庫数を把握・決定し、評価方法と数量に関する記録を残しておきましょう。
2.減価償却資産
減価償却資産は、建物や機械設備、車両など、長期にわたって使用されることで価値が減少する資産です。減価償却資産を譲渡する際は、基本的に時価で評価します。時価が不明で帳簿価額で譲渡する場合、簿価での処理が認められています。法人側は引き継いだ帳簿価額をもとに減価償却を行います。
引継ぎの際に注意したいのは、時価で評価した場合に評価額が個人事業での帳簿価額を上回ると、個人に譲渡所得が発生し、所得税がかかる可能性があります。
3.不動産
不動産を譲渡するには所有権移転登記が必要です。不動産の時価判定は難しいため、不動産鑑定士などの専門家に評価を依頼することもあります。譲渡により個人には譲渡所得が発生するかもしれません。また法人化をすると、不動産取得税や登記時の登録免許税など譲渡時の負担が大きくなりがちです。固定資産税などの維持費用もあるため、事前に税額のシミュレーションをすることをおすすめします。税負担や手続きの煩雑さから、敢えて動産は個人が所有したまま法人に賃貸するという選択肢もあります。
4.売掛金
売掛金は、商品やサービスを提供した後、顧客からの支払いを待つ金額を指します。法人成りの際には、これを法人名義に切り替える必要があります。売掛金に対応する売上は、個人として既に計上済みであることから所得税の対象となっています。したがって、売掛金を法人に譲渡しても、個人事業主側には新たな所得とはなりません。個人事業主として法人へ売掛債権を譲渡すると、法人は引き継いだ売掛金を回収する権利を得ます。売掛金の支払い義務がある取引先には必ず通知しましょう。
5.借入金
個人事業主の頃の債務を法人が引き継ぐ方法は2つあります。個人側は債務を免れ、代わりに法人が債務を引き継ぐ方法と、個人側と法人双方が債務者となり、法人が弁済する方法です。いずれの場合も、債権者である金融機関の承諾が必要となり、そのための審査もあります。
適切な手続きを経ずに法人の資金で個人側の債務を弁済すると、法人側から個人への利益供与とみなされるリスクがあります。給与、賞与、またはみなし配当として扱われ、個人側と法人側双方の税負担にも影響を及ぼしかねません。借入金の引継ぎ方は金融機関や税理士に相談しましょう。
引継ぎができない資産
個人事業主から法人への引継ぎができない資産には、以下のようなものがあります。直接引き継ぎができないため、契約し直す、許可を取り直すなど法人成り後の対応も含めて確認が必要です。
1.リース契約資産
業務用のコピー機や車両などリース契約で使用している資産は、所有権がリース会社にあります。個人として結んだリース契約をそのまま法人に引き継ぐことはできません。法人として継続して使用したい場合は、法人名義で新たに契約を結びなおす必要があります。ただし、リース料や契約期間などの条件が変わる場合があるため、契約条件は事前に確認しましょう。
2.営業許可証
飲食業、理美容業、建設業などの業種では営業許可証や免許が必要です。通常、個人の営業許可を法人に引き継ぐことはできません。法人成りした後も同じ業務を続けるには、法人名義で許可を取り直すとともに、個人の営業許可を廃止する必要があります。審査に時間がかかる場合もあるため、余裕をもって準備を進め、申請書類に不備のないように注意しましょう。
3.顧客や取引先との契約
顧客や取引先との契約をはじめ、サーバーレンタル、広告掲載、保守点検など、事業に関するさまざまな契約があります。個人名義で結んだ契約は、法人成りによって自動的に法人名義に切り替わることはありません。原則として契約を再締結します。取引先の承諾が必要な場合や再審査が必要な場合もあるため、前もって調整しておくと安心です。
4.個人的な資産
経営者個人と法人は法律上まったく別の存在です。経営者個人名義の不動産や車両などを適切な手続きなく法人が使用することは、他人の土地・建物や車を勝手に使用することと同じです。「なんとなく会社の備品として使っている」という状態のままにしておくと、税務署から指摘されることもあり得ます。
個人名義の資産を法人に譲渡したり、貸し出したりする際は、税理士などの専門家と相談して契約や税務上の取り扱いを確認しましょう。
5.税金の還付を受ける権利
個人事業主の時に納めすぎた税金があっても、税金の還付権を法人に引き継ぐことはできません。税務上、個人と法人は別の納税者であるためです。ただし、税金の還付を受けられなくなるわけではなく、法人成りした後でも個人として還付請求は可能です。
関連記事:法人成りする際の最後の個人事業税はどうやって処理するの?
資産引継ぎの基本となる4つの方法
資産引継ぎには、主に売買契約、賃貸借契約、現物出資、贈与契約の4つの方法があります。ここでは、4つの方法の特徴や注意点を解説します。
1.売買契約による引継ぎ
個人として法人に資産を買い取ってもらう方法です。時価(市場価格)を基準として売却価格を決定し、資産を法人に移転します。
いつ・何を・いくらで売買するのかといった取引内容が記載された売買契約書を作成しておくと、売買があったことの客観的な証拠となります。時価と大きく異なる金額で売買すると、税務上問題となる可能性が高く、個人に思わぬ税負担が生じることもあるため注意しましょう。
2.賃貸借契約による引継ぎ
資産の所有権は個人に残したまま、法人に賃貸して使わせる方法です。不動産や設備などの高額な資産を引き継ぐ場合、法人側の費用を抑えられる点がメリットです。
個人と法人の間で賃貸借契約を結び、法人が個人に賃料を支払います。賃貸契約書には、賃料、契約期間、解約条件などを詳しく記載し、契約内容を明確にしておくことが重要です。個人が法人から受け取った家賃は、不動産所得となります。固定資産税は資産の所有者が納税義務者となるため、原則として個人が引き続き納税します。
3.現物出資の活用
現物出資は、現金以外の資産を法人の資本金や資本準備金として出資する方法です。現金の持ち出しを抑えながら資本金の額を増やす効果があるため、法人設立時の資本金が不足している場合に活用できます。
現物出資を行う場合、資産の価額を適正に評価することが大切です。評価が正確でないと、法人の資産計上に矛盾が生じる可能性があるため、慎重な対応が求められます。複雑な手続きを伴うため、会社設立や税務の専門家のアドバイスを受けると安心です。
4.贈与契約の利用
贈与契約は、無償で個人から法人に資産を譲渡する方法です。贈与契約書を作成し、契約内容を明確にしておきましょう。ただし、法人が個人から無償で財産を受け取ると、資産の時価相当額が法人の受贈益として計上されます</b。現金を伴わない収益に対して課税されるため、税務的にはメリットが少ない場合があります。
引き継ぎ可能な資産の処理方法
棚卸資産や減価償却資産、不動産、売掛金、借入金などが引継ぎの対象となることは前述のとおりです。ここでは、実際に資産を引き継ぐ際にはどのように処理すればよいのか、具体的に解説します。
棚卸資産の引継ぎとその処理
棚卸資産(商品、製品、原材料、仕掛品など)は、通常の取引価格で個人から法人に売却します。
<仕訳例:個人の場合>
借方 | 貸方 | ||
現金 | 100,000 | 売上高 | 100,000 |
法人から受け取る対価を売上高として計上します。売上は事業所得のため、所得税や住民税の課税対象です。
<仕訳例:法人の場合>
借方 | 貸方 | ||
仕入高 | 100,000 | 現金 | 100,000 |
取得した棚卸資産を仕入高として計上します。資金が不足している場合は、個人への支払義務を未払金として処理することも可能です。
減価償却資産の引継ぎと経費処理
自動車、設備、パソコンなどの減価償却資産は、時価で売却するのが一般的です。たとえば、100万円で取得し、減価償却累計額40万円の固定資産を70万円で売却する場合の仕訳は以下のとおりです。
<仕訳例:個人の場合>
借方 | 貸方 | ||
現金 | 700,000 | 固定資産 | 1,000,000 |
減価償却累計額 | 400,000 | 事業主借 | 100,000 |
譲渡した時点の帳簿価額と譲渡価額との差額は事業主勘定で処理しましょう。。売却益は譲渡所得となるため、確定申告時に注意が必要です。
<仕訳例:法人の場合>
借方 | 貸方 | ||
固定資産 | 700,000 | 現金 | 700,000 |
上記の仕訳方法は、取得価額をもとに中古資産として改めて減価償却費を計上します。取得価額をその期の費用とするわけではありません。
不動産を引き継ぐ場合の注意点
不動産は価額が大きくなることが多く、税負担が重くなる傾向があるため、特に慎重な検討が必要です。個人が法人へ不動産を売却する際は、譲渡価額と取得価額(購入代金など)の差額が譲渡所得となります。建物の場合は、譲渡時点までの減価償却費相当額を取得費から差し引きます。譲渡所得は不動産を所有していた期間によって長期譲渡所得と短期譲渡所得の2種類があり、税率が異なるため、どちらに該当するか確認しましょう。
法人側では、購入した不動産を土地と建物に分けて計上します。建物については、取得価額をもとに減価償却費を計上します。土地は減価償却を行いません。
売掛金の引継ぎ方
売掛金は債権譲渡契約により引き継ぐのが一般的です。個人は、売掛金を法人に譲渡し、対価を得る、または対価を受け取る権利を得る処理を行います。売上高は個人事業の期間に既に計上済みです。法人側は、個人から債権を買い取ったとして処理します。すでに個人が売上として計上済みのため、法人が売掛金を回収した際には売上とはなりません。
借入金の引継ぎ方
金融機関からの借入金は、原則として金融機関の承諾なしに法人に引き継がせることはできません。再度審査を行い、個人と法人の双方を債務者とする場合と、法人のみを債務者とする場合があります。法人のみを債務者とする場合は、個人が保証人となるのが一般的です。個人名義で事業資金の借入がある場合は、金融機関に事前に相談しましょう。
資産引継ぎの手続きにおける注意点
個人から法人への資産引継ぎの際は、消費税や評価額と譲渡額の差にも注意が必要です。税務上のリスクを避けるため、具体的にどのような点に注意すればよいのかを確認しましょう。
消費税が関わるケースへの対応
個人から法人へ資産を譲渡する際、個人が課税事業者であれば、譲渡した資産について消費税が発生する場合があります。消費税を譲渡価格に含めるか別途加算するかを明確にし、正確に計算して処理することが大切です。
計算方法や申告手続きを誤ると、後々の税務調査で指摘を受けるリスクがあります。国税庁が公表している関連資料やガイドラインを参照し、正確な情報を把握しましょう。不明点がある場合には、税理士などの専門家のアドバイスを積極的に活用することで、安心して手続きを進められます。
時価評価と課税リスクの考慮
引き継ぐ資産の評価額は、個人と法人双方の税務処理に大きな影響を及ぼします。市場価格とかけ離れた不適切な金額で資産を譲渡すると税務上のリスクが生じます。
たとえば、時価より著しく低い価額で法人に資産を譲渡した場合で考えてみましょう。個人は実際に受け取った金額にかかわらず、時価で譲渡したものとして課税されることがあります。法人が時価より著しく低い価額で取得した場合、時価と取得価額との差額は受贈益として計上しましょう。
市場価値や類似の取引事例を参考にしながら資産を正確に評価し、実際の譲渡額の差額についても慎重に確認することが重要です。
法人成りで税理士サポートを活用するメリット
法人成りを検討する際は、税理士のサポートを受けることをおすすめします。専門家の知識を活用することで税務リスクを回避し、複雑な手続きや資産引継ぎを円滑に進めることができます。
専門的なアドバイスによる安心感
税理士の専門的なアドバイスを受けることで、税務上または経営上のリスクを回避し、スムーズに法人へ移行できます。個人から法人への資産の引継ぎは、双方で適切な会計処理が必要です。引き継ぐ方法や資産の評価を誤ってしまうと、税務上の不利益を被る恐れがあります。不安を感じながら自己判断で進めるよりも専門家に相談しましょう。
事務処理の効率化と手間の削減
税理士のサポートを受けることで事務処理を効率化し、本業に集中する時間を確保できます。法人成りすると、資産の引き継ぎだけではなくさまざまな手続きが必要です。個人事業主として自分で記帳や申告をしていた方も、法人は勝手が違って戸惑うことがあるでしょう。
法人の事務作業は、経営者が片手間に行うには負担が大きいものです。煩雑な事務作業は税理士に任せて、事業に専念するのもひとつの選択肢です。
法人成りの際に必要な手続きは以下の記事も参照してください。
関連記事:法人成りしたらやることリスト!手続きの仕方や必要書類も解説
経営改善と事業の成長
税理士の業務は、記帳や決算申告だけにとどまりません。経営状況を深く理解し、将来の成長戦略を立てるための経営分析も、税理士の重要な役割のひとつです。キャッシュフロー計算書などを活用して会社の強みや課題を明らかにし、経営改善に向けた具体的なアドバイスを行います。信頼できる専門家と連携することで、資産引継ぎや経営管理に伴う負担が軽減されるだけでなく、将来の事業の成長につながります。
以下の記事で税理士を探す際のチェックポイントなどを解説しています。税理士の探し方がわからずお悩みの方は参考にしてください。
関連記事:税理士の探し方がわからない?優先順位やチェックポイントを解説
まとめ
法人成りは個人事業主にとって事業の重要な転換点です。資産の引継ぎや税務処理などの手続きを計画的かつ正確に行うことで、事業をスムーズに法人へ移行できます。しかし、法人成りの手続きは煩雑で専門知識が必要なため、経営者がひとりで行うのは難しい場面も多くあります。事務処理の負担を減らし正確に手続きを進めるには、税理士のサポートを受けるのが効果的です。
個人事業主からの法人成りについてのお悩みは、ぜひ「小谷野税理士法人」へご相談ください。