個人事業主の売上が増えてくると、節税対策や社会的信用を高める目的から、法人成りについて検討され始める方が多いでしょう。法人化にあたっては、会社設立や個人事業主の廃業など、さまざまな手続きが必要になります。今回は、法人成りする際に必要なこと・ものや、その後に必要な手続きなどについて解説します。事前にどんなメリット・デメリットがあるのかも知っておきましょう。
目次
法人成りとは
個人事業主やフリーランスとして事業を行う人が、新しく会社を設立して事業を引き継ぐことです。個人事業主が法人に「成る」ことから呼ばれており、2006年の会社法改正により資本金1円、役員最低1人でも法人化が可能になりました。
法人成りの場合、既に個人として事業を行っていたため、収益の基盤が法人化の段階で出来上がっているケースが多いです。法人を設立しても、早い段階で軌道に乗せられる可能性が高いでしょう。
関連記事:法人成りの手続きに必要な5ステップについて詳しく解説
法人成りするメリット
個人所得に対する税率と法人所得に対する税率の違いによって、法人成りすると節税になる場合があります。特に、事業が大きく成長して利益が増えると、個人事業主の時よりも税負担が軽減される可能性が高くなります。
更に、法人化によって社会的な信用力が向上し、取引先として信頼されやすくなり、より良い企業との取引きが期待できるでしょう。
法人成りするデメリット
法人成りをすると、個人事業主の頃には必要なかった複雑な手続きが多くなり、コストや手間もかかります。
また、節税対策を主目的に法人化するケースが多いですが、税目の違う税の発生、想定しない費用などが発生し、個人事業の方が良かったというケースもあり得ます。事業の規模や予算に応じて、個人事業主から法人化する際には慎重な検討が重要です。
法人成りに必要なやることリスト
法人成りする場合に、必要なことをリストアップしました。法人化の手続きの際にチェックリストとしてご活用ください。
- 許認可を取得する(必要な業種の場合)
- 株式会社や合同会社など会社形態を決める
- 会社の基本事項を決める
- 会社用の印鑑を購入する
- 定款を作成する
- 株式会社の場合は定款の認証を受ける
- 資本金の払い込みを行う
- 登記申請を行う
基本的に、法人化する場合も株式会社を設立するのと流れは同じです。では順番に解説していきます。
①許認可を取得する(必要な業種の場合)
扱うビジネスの領域によっては、自治体などの許認可が必要です。例えば旅館なら「旅館業営業許可」、飲食店なら「飲食店営業許可」などが該当します。このような許認可が求められるビジネスは実は数が多く、また種類によって担当機関や窓口が異なっています。
個人事業で許認可を得ていた場合も無効となり、法人成りに伴って新たに取得する必要があるため注意が必要です。事前に確認しておきましょう。
②株式会社や合同会社など会社形態を決める
会社形態を決めましょう。新しく設立できる会社形態は「株式会社」「合同会社」「合資会社」「合名会社」の4つです。形態によって出資者の責任の範囲や経営スタイル、設立手続き、設立費用などがそれぞれ異なります。
新たに設立される会社の中で最も多いのは株式会社ですが、近年では合同会社を選ぶ経営者も増えています。会社設立時には、それぞれの特徴を把握したうえで、どの会社形態を選ぶかを決めなければなりません。
関連記事:有限会社・合同会社・株式会社の違い|会社設立で知っておきたいことを解説
③会社の基本事項を決める
会社の名前、事業の目的、会社の住所、機関設計、役員構成、資本金の額、誰に株式を持たせるのか、事業年度などの会社の基本を決定します。基本事項はいずれも今後の経営の根幹となる部分のため、じっくり検討しましょう。
会社の名前は原則自由に決められますが「会社の商号の中に会社形態である株式会社の文字を使用しなければならない」など、いくつかのルールがあります。
④会社用の印鑑を購入する
会社の設立登記時における印鑑の必要性は変化しつつありますが、実際に事業を行ううえでは押印が必要になるケースは依然として少なくありません。そのため、会社設立時には印鑑を用意しておいたほうがよいでしょう。
法人用印鑑には、代表者印(実印)・銀行印・角印・ゴム印の4種類があります。法務局に登録する代表者印には規定があり、1辺の長さが1cm以上かつ、3cmの正方形に収まるものを使用しなければなりません。
関連記事:【税理士監修】会社設立に必要な印鑑4本セットとは?証明書についても解説
⑤定款を作成する
定款とは、会社を設立するタイミングで発起人全員が話し合って定めるもので、その会社の目的や組織の形態、活動内容などに関する原則が記載された書類です。その会社の憲法とも言えるものであり、会社を設立する時には定款が必要になります。
定款の記載内容は「絶対的記載事項」「相対的記載事項」「任意的記載事項」があり、絶対的記載事項は定款に必ず記載しなければならず、その記載がなければ定款全体が無効となります。
⑥株式会社の場合は定款の認証を受ける
定款の認証とは、法務省が管轄している公証役場で公証人が定款の正当性を証明することです。会社設立が適法に行われるようにするために実施され、認証が必要な法人のうち、代表的なものが株式会社です。
合同会社、合資会社、合名会社といった所有と経営が一致している持分会社の場合は、定款の作成は必要ですが公証人による認証は必要ありません。
⑦資本金の払い込みを行う
あらかじめ定めた金額を、会社の発起人の口座に払い込みます。法人設立において重要なプロセスで、資本金払込が確認されないと、法人登記の申請ができません。
資本金払込をする時点ではまだ会社は設立されていないため、会社の銀行口座は存在しません。そのため、用意するのは発起人個人の銀行口座で問題ありません。発起人が複数人いる場合は、発起人総代の銀行口座を使用します。
関連記事:会社設立の資本金はいくら必要?払込方法や最低金額などを詳しくご紹介
⑧登記申請を行う
設立する法人の所在地を管轄する法務局で申請します。原則として、資本金の払い込み後、2週間以内の申請が必要です。書類に不備がなければ、申請から1週間~10日間程度で手続きが完了します。
登記申請は法務局に行き窓口で書類を提出するほか、郵送やオンラインでも可能です。さらに、オンラインによる申請は2種類あり、合計4つの申請方法があります。
法人成りした後にやることリスト
手続きが終わり一息つきたいところですが、実は法人化した後にしなければいけない手続きがまだ残っています。手続きはひとつではないため、最低限何をするのか以下のリストで確認してください。
- 会社の銀行口座を開設する
- 個人事業主の廃業手続きを行う
- 個人事業の資産や負債の移行手続きを行う
- 個人から法人へ名義変更を行う
- 登記事項証明書や印鑑証明書を発行する
- 各機関へ法人設立届出書を提出する
- 労働保険・社会保険への加入手続きを行う
- 顧問税理士を雇う
それぞれ解説していきます。
①会社の銀行口座を開設する
会社の取引において利用する、法人名義の銀行口座を開設しましょう。法人口座は個人口座に比べて審査に時間がかかるため、法人設立登記が終わったらできるだけ早く法人口座の開設の手続きをすると良いでしょう。
法人口座の開設は義務ではなく任意で、個人名義の口座で取引を行っても違法ではありません。ですが、社会的信用を得られずビジネスにおいて不利になってしまう可能性があるため、会社を設立したときには法人口座を開設するのが一般的です。
②個人事業主の廃業手続きを行う
事業の開業届として提出した書類と同じ書類で、個人事業の廃業の届出を行います。事業を廃止して原則1ヵ月以内に廃業届を出す必要がありますが、提出しない場合も罰則はありません。
ですが、廃業届を出さないまま放置していると、事業を継続しているとみなされてしまい確定申告や納税を求められるため、忘れず提出しましょう。事務所や店舗の住所地を納税地としている場合、事務所や店舗がある自治体を所轄している税務署へ提出します。
関連記事:個人事業主は廃業届をいつ出すべき?その書き方と廃業方法
③個人事業の資産や負債の移行手続きを行う
法人成りの際、個人から法人へと資産の引継ぎが可能ですが、その場合資産によって適切な方法が異なります。「売買契約」「賃貸借契約」「現物出資」「贈与契約」など様々な手続きが必要になるため、事前に理解しておきましょう。
事業で使用する物件や自動車、機器などを個人事業主として借りたり、リースしたりしている場合は、法人として契約し直さなければなりません。
④個人から法人へ名義変更を行う
個人から法人に変わる場合には、名義の変更をしましょう。契約書等の名義変更を急いだ方が良いケースは、特に売上に関わる部分です。
契約書ではなく、どこかのサイトに登録して収益を得ている場合においても、サイトでの登録名称を法人にして、振込先銀行口座も法人に変更した方が良いでしょう。設立第1期目の法人売上高に大きく影響する部分でもあるため、注意が必要です。
⑤登記事項証明書や印鑑証明書を発行する
登記事項証明書は「会社登記簿謄本」や「会社謄本」と呼ばれ、社会保険や労働保険、許認可申請といった法人名義での手続きの際に提出を求められるため、準備しておきましょう。
登記事項証明書については、商業・法人登記情報交換システムにより、最寄りの登記所から他の登記所管轄の会社・法人のものを取得できます。
パソコンで管理されていない登記簿の謄本・抄本については、会社等の本店又は支店の所在地を管轄する登記所でのみ取得可能です。
⑥各機関へ法人設立届出書を提出する
設立した法人の基本情報(法人名、所在地、事業内容、資本金など)を税務署や都道府県・市町村に知らせるための書類です。会社を設立した際は、税務署などへ税金を納めるために提出する必要があります。
提出しなければ税務署から本来送付されてくるはずの書類が届かず、税金や年末調整の書類などの準備が十分にできず、申告漏れにつながる可能性があるためご注意ください。届出書は国税庁の公式サイトにテンプレートがあり、ダウンロードも可能です。
⑦労働保険・社会保険への加入手続きを行う
会社を設立した際は、健康保険・厚生年金をはじめとした各種社会保険への加入が必要です。雇用状況や法人の状態に応じて加入が不要になる場合もあるものの、基本的には会社設立のうえで必須のものと覚えておきましょう。
会社加入と役員・従業員加入のそれぞれを届け出ます。 どちらも会社設立や加入者の発生の事実から「5日以内」に、会社所在地を所轄する年金事務所に届け出る必要があります。
⑧顧問税理士を雇う
法人成りしたばかりの時期は、経営者自身が経理業務を行うこともあり、慣れない帳簿付けや管理に苦労するケースも少なくありません。しかし、税理士に相談すれば、その会社に適した経理・会計処理や税務処理について丁寧に指導してくれます。
顧問契約を結んでいる税理士なら、会社の売上や資金繰り状況などを定期的に把握できるため、効果的な節税対策のアドバイスや経営相談への対応が可能です。
会社設立後の顧問契約を前提に手続きを依頼する場合、無料で会社設立手続きの支援をしてもらえるケースもあります。
関連記事:顧問税理士とは?税理士と顧問契約を結ぶメリットや注意点を解説
法人成り後に個人事業主を廃業しないケース
法人成りでは、個人事業主を廃業させるのが一般的ですが、中には個人事業主を廃業しないで残す場合もあります。例えば個人事業で複数の事業を行っていた場合に、そのうちの一部だけを切り離して法人にするケースです。
ただしこの場合には、明確に法人と個人の事業の領域を分離する他、口座や経理の面でも区別する必要があります。法人成り後に個人事業でも同じ事業を行うことは、意図的に税金の調整ができてしまうため禁止されています。脱税の意図ありとして、高い確率で税務調査の対象になるため注意してください。
手続きも複雑で専門知識が必要になるケースもあるため、専門家の適切なアドバイスを受けながら進めるのがおすすめです。
よくある質問
法人成りに関するよくある質問について、回答と共に紹介します。
法人成りにかかる費用は?
設立にかかる登録免許税は15万円、専門家に手続きを依頼する場合は、さらに5万円程度の報酬等が必要になります。資本金は1円からでも設立可能であるため、事業を進める上で不便のない金額に自由に設定が可能です。
法人成りにかかる期間は?
設立の準備から設立完了までに要する期間は最短で2~3週間ほどです。合同会社であれば2週間程度、株式会社であれば3週間程度はかかると考えておくと良いでしょう。合同会社に比べると、株式会社の方が定款の記載事項が多いため、要する期間は長くなる傾向があります。
「1日で法人成りできる」は本当?
1日で完了させることは可能ですが、その1日に向けて数日~数週間の準備が必要となります。「会社設立日」は会社の登記申請をした日を指します。登記申請は数日にまたいで行えないため、その意味では全ての会社は1日で設立されたとも言えるでしょう。
法人成りの手続きは専門家に相談がおすすめ
法人成り前後の数ヵ月間は、多くの手続きが存在します。万が一提出期限を過ぎてしまうと行政指導が入る、最悪の場合は罰則を課されるといった事態にもなります。忘れずに手続きを行うようにしましょう。
もし「手続きの種類が多くて混乱する」という方は、上記のやることリストを参考にして、書類や提出場所、期限などを意識すると何から手を付ければ良いのか分かりやすいです。
ただし、不安な点がある場合は税理士などの専門家に相談するのもおすすめです。法人化の必要性があるのかも含めて、慎重に検討してみてください。税理士はあなたを全力でサポートしますので、ぜひ一度「小谷野税理士法人」までお気軽にご相談ください。