営業権とは企業がもつ無形資産の価値を表すものです。営業権はほかの無形資産と同様に減価償却が必要ですが、平成29年度税制改正により償却方法の見直しが行われました。営業権の償却を正しく行うためには営業権の償却方法や、営業権の計算方法について正しい理解が必要です。本記事では営業権の償却について詳しく解説します。
目次
営業権の償却とは
営業権とは企業が持つ目に見えない価値、すなわち無形資産の価値を表すものです。企業の知名度、ブランド力、顧客情報、人的資源などが営業権に含まれます。
営業権は無形固定資産に該当し、企業の時価評価純資産とM&Aにおける買収価額の差額が営業権として計上されます。
営業権は他の無形固定資産と同様、価値が永続するわけではありません。そのため、時間の経過に伴い価値が減少する資産として減価償却が必要になります。このように減価償却により営業権を費用化する処理を営業権の償却といいます。
税制改正に伴い営業権の償却限度額が変更
税法で定められている営業権の耐用年数は5年です。他の無形固定資産と同様に定額法で償却をします。
なお平成29年度の税制改正により、営業権の償却について以下のような見直しが行われました。
「営業権の償却方法について、取得年度の償却限度額の計算上、月割計算を行うこととする(所得税についても同様とする。)。資産調整勘定及び負債調整勘定についても同様とする。」
営業権が発生した事業年度に計上できる営業権の償却費は、発生の日から事業年度終了の日までの月数で按分した金額が上限となります。
以下の例を用いて、営業権の発生年度に計上できる償却費の計算方法を紹介します。
- 営業権の発生日:20X1年10月1日
- 事業年度終了の日:20X2年3月31日
- 営業権の計上額:5,000万円
この場合、営業権の発生日から事業年度終了の日までの月数は6ヵ月です。したがって、当該事業年度に計上できる営業費の償却額は以下のようになります。
5,000万円 × 6ヵ月 ÷ 60ヵ月(12ヵ月 × 5年)=500万円 |
営業権の償却に伴う必要な税務の対応
営業権の償却を正しく行うためには適切な税務対応が必要です。税務対応で大前提となるのが、営業権の評価額を正しく計算・記帳することです。
前述のように、企業の時価評価純資産とM&Aにおける買収価額の差額が営業権として計上されます。営業権の額を帳簿に正しく反映させるためには、時価評価純資産、買収価額、差額それぞれの正しい計算が求められます。
なお、M&A成立時の仕訳を正しく行うには、会計・税務の専門知識が必要です。ミスなく正確な計算や記帳を行うためには、専門家である税理士のサポートを受けることをおすすめします。
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営業権をはじめとしたM&Aに関する仕訳についてお悩みであれば小谷野税理士法人へご相談ください。
営業権の評価方法について
M&Aにおける企業価値の算定方法は3種類あり、どの方法を選ぶかによって営業権の評価方法の切り口も変わります。企業価値の算定アプローチの方法ごとに、営業権の考え方との関係について解説します。
【算定方法1】コストアプローチ
コストアプローチとは、企業の資産および負債に基づいて企業価値を算出する方法です。コストアプローチに該当する方法としては、以下の2つが挙げられます。
- 時価純資産法:純資産を時価で算定し、1株あたりの価額を算出する方法
- 簿価純資産法:貸借対照表の簿価に基づいて1株あたりの価額を算出する方法
簿価純資産法は貸借対照表に記載された額をそのまま用いるため、実態と大きく乖離してしまう恐れがあり、営業権も考慮されにくいです。時価純資産法であれば営業権の考慮も可能ですが、それぞれの資産・負債を時価評価するのは多大な労力を要します。
また、コストアプローチに該当する方法は、将来の収益性については反映しにくい点にも注意が必要です。
【算定方法2】マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、譲渡側企業と類似する企業やM&A取引を参考に価値を算定する方法です。実際に存在するデータを参考にするため、現実的で妥当性が高いとされています。
ただし、参考にできる類似取引や類似企業が見つかるとは限りません。また、算出される営業権は比較対象に使った類似取引や企業と同様の内容になるのが前提のため、適切な評価ができない恐れがあります。
【算定方法3】インカムアプローチ
インカムアプローチは、将来の収益力を基に企業価値を評価する方法です。予測される将来のキャッシュフローを割引現在価値に変換して算出します。
将来的な収益を考慮して企業価値を評価するため、企業が持つ目に見えない価値である営業権も適切に評価されることが期待できます。
営業権評価における具体的な手法
営業権評価にはさまざまな手法が存在し、それぞれ計算方法や特徴が大きく異なります。どの手法を選ぶかのルールは定められていないため、企業の実態に応じた最適な手法を選択しましょう。以下では、代表的な評価手法であるDCF法、年買法、類似企業比較法について解説します。
DCF法
DCF法(割引キャッシュフロー法)は、将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する方法です。DCF法による計算の大まかな流れを紹介します。
- 予算実績管理や中長期の事業計画などを基に、企業が将来生み出すキャッシュフローを計算する
- 1のキャッシュフロー獲得のために見込まれるリスク等を考慮した割引率を設定する
- 2で設定した割引率を用いて、1のキャッシュフローを現在価値に割り引く
※ここまでで計算した評価額を「事業価値」と呼びます - 3に、事業と関係のない資産(事業外資産)を加算、有利子負債を控除して株式価値を算定する
最終的に算出された株式価値から現在の純資産の総額を差し引いた後の差額部分が営業権になります。
DCF法は企業の実際の収益力や成長可能性を直接反映するため、特に合理的で信頼性が高いとされる方法です。DCF法を用いることで、企業の将来性を見据えた正確な評価が可能になります。
ただし、キャッシュフローの正確な見積もりや適切な割引率の設定には高度な専門知識が必要です。また、恣意性が入りやすい点もデメリットといえます。
客観的・理論的な算定が期待できる方法ではあるものの、そもそも計算の難易度が非常に高いです。一部の上場企業を除き、DCF法を用いて営業権の額を算定するのは難しいといえます。
年買法
年買法は、譲渡側企業の時価純資産に複数年分の営業利益を加算した額を企業価値とする方法です。時価純資産を譲渡対象の現在価値、3〜5年分の営業利益の額を営業権として用います。
年買法の最も大きなメリットは計算が簡便な点です。時価評価の手間がかかりはするものの、営業権は過去数年間の営業利益の平均額さえ求めれば簡単に計算できます。
デメリットとして、3〜5年分の営業利益の額を営業権として用いることの根拠が乏しい点です。また、乗じる年数を当事者間で設定する必要がありますが、売り手は年数が長い方が有利で買い手はその逆です。そのため、年数設定の交渉が難航する可能性があります。
類似企業比較法
類似企業比較法は、価値算定の対象となる企業と類似した上場企業の数値を基に評価額を計算する方法です。売上高倍率法やPER(株価収益力)のような市場評価指標を用いて計算します。
類似企業比較法の主なメリットは、広く公開されているデータを用いるため平等性が高い点です。評価に用いる数字が明確なため計算しやすい点もメリットといえます。
デメリットとして、類似企業が存在しなければ実施できない点が挙げられます。事業内容や規模が類似する上場企業が必ずしも存在するとは限りません。類似企業を探すだけでも多大な労力を必要とします。類似企業を選定しなければ営業権の適切な評価を行えないため、企業選びには注意が必要です。
まとめ
営業権とは企業がもつ目に見えない価値を表すものです。他の無形固定資産と同様に時間の経過に伴い価値が減少するため、営業権の償却を行う必要があります。
税務上の営業権の耐用年数は5年です。営業権を取得した年度においては、営業権の発生の日から事業年度終了の日までの月数で按分した金額が上限となります。
営業権の評価方法に明確な決まりはなく、複数の選択肢から適切と考えられる方法を選ぶ必要があります。しかし、適切な評価方法の選択および正確な計算を行うのは容易ではありません。営業権の会計処理を正しく行うためには、専門家である税理士のサポートを受けるのが確実です。