自社の事業を第三者に引き継ぐ方法として、主に事業継承と事業譲渡という2つの選択肢があります。会社や経営者の状況により、事業存続の選択肢は変化するため、慎重な判断が必要です。本記事では、事業継承と事業譲渡の違いを詳しく解説するとともに、それぞれのメリットや注意点についてお伝えします。
目次
事業継承と事業譲渡の違い
事業継承と事業譲渡の主な違いは、その目的です。事業継承の主な目的は会社を存続させることであり、事業譲渡の主な目的は事業の選別や効率化です。したがって、事業継承では経営権は移転しますが、事業譲渡では会社自体の経営権は移転しません。
この章では、事業継承と事業譲渡の基本的事項について、詳しく解説します。
事業継承とは
事業継承とは、現在の経営者から後継者に対して、事業に関するすべてを引き継ぐことです。事業継承は、会社の将来の存続を左右する重要な手続きです。
事業継承で引き継ぐものとして、主に以下の3つが挙げられます。
1.人(経営)
後継者に移譲する経営権
2.資産
株式、事業用の土地・建物など、事業運営に必要な資産
3.知的資産
経営理念、ノウハウ、取引先との信頼関係など、会社の成長を支える無形の資源
中小企業では、経営者の知識や経験、牽引力が会社の基盤となっていることが多く、これらを誰にどのように引き継ぐかが重要です。後継者の育成には一般的に5年以上かかる場合が多いため、早めの準備と計画が必要です。
事業継承の方法
事業継承には、以下の主な3つの方法があります。
1.親族内承継
子どもや親族に経営権を引き継ぐ方法です。
親族内承継は、家族経営の理念を引き継ぐことができげます。一方、後継者の能力や他の相続人との調整が課題になり得ます。
2.親族外承継
親族以外の役員や従業員に経営を引き継ぐ方法です。
親族外承継は、経営への理解や現場の知識を持つ後継者が選ばれるため、会社存続の可能性が高いでしょう。一方、従業員が引き受けるための資金調達が課題です。
3.M&A(第三者承継)
親族や従業員以外の第三者に事業を売却し、経営を引き継ぐ方法です。
企業価値を最大化できる可能性がある一方、売却後の従業員や取引先との関係維持に配慮が必要です。
どの方法を選択する場合でも、会社の存続と発展のため経営者が早い段階から計画を立てることが重要と言えます。また、社内外の関係者の理解を得ながら、株式や資産の分配、後継者育成といったステップを踏むことで、スムーズな事業継承を行えます。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社が行っている事業の全部または一部を他の企業に譲り渡すことで「事業売却」とも呼ばれることがあります。
事業譲渡は、株式の譲渡や経営権の移転は伴わず、譲渡元の法人格が維持されるのが特徴です。事業譲渡で譲渡するものとして、主に以下が挙げられます。
- 事業そのもの
- ブランドや商標
- 人材
- 設備や施設
上記のものを譲渡することにより、譲渡元の会社は非主力事業を切り離して経営資源を効率化できます。また、譲渡後の事業運営は買い手会社側が行うため、譲渡元の経営者は譲渡した事業の運営からは撤退することになります。
事業譲渡の方法
事業譲渡は会社法に基づいて進められるため、いくつかの手続きが必要になります。一般的な事業譲渡の流れとしては以下になります。
1.買い手の探索
譲渡先として適切な買い手となる企業を見つけます。
2.交渉と合意
譲渡範囲や価格、条件を買い手企業と交渉します。
3.社内手続き
取締役会での承認を得た後、株主総会での特別決議を行います。譲渡可決には出席した株主の2/3以上の賛成が必要になります。
4.契約締結
双方が合意した条件をもとに、事業譲渡契約書を作成し締結します。
5.譲渡の実施
決定した譲渡範囲に従って、資産や人材などを引き渡します。
事業譲渡においては売り手企業と買い手企業、双方の条件をすり合わせながら締結をします。売却益を活用して既存事業を拡大したり債務返済を進めたりするなど、経営の再構築にも役立つのが事業譲渡の魅力です。
事業継承のメリットと注意点
事業承継は会社の存続を左右する重要な手続きです。
事業継承の持つメリットを自社のケースにあてはめながら、注意点についてもしっかり確認しておきましょう。
事業継承のメリット
事業継承のメリットとして、主に以下の5点が挙げられます。
- 従業員の雇用が守られる
- 取引先の信頼を維持しやすい
- 後継者を計画的に育成・選定できる
- 手続きが簡略化しやすい
- 税制優遇を活用できる
以下よりそれぞれのメリットについて詳しく解説します。
1.従業員の雇用が守られる
事業継承では、基本的に会社の運営体制や雇用条件は維持されます。そのため従業員が変わらず働き続けられることが、メリットの一つです。
例えば経営者が高齢などを理由に会社の存続が危ぶまれる際にも、事業継承を行うことで従業員の生活が守られます。また、会社のノウハウや経験を有する人材がそのまま承継されるため、新たな採用や教育にかかるコストも削減できます。
2.取引先の信頼を維持しやすい
事業継承では、社名や社風は変わらないことが多いため、取引先や顧客からの信頼を損なうリスクは少ないでしょう。
経営者が変わっても、これまでの取引関係を維持でき、契約打ち切りなどのリスクを軽減できます。企業のブランドやイメージを守りながら事業を継続できる点は、事業継承が選ばれる理由の一つです。
3.後継者を計画的に育成・選定できる
事業継承では、後継者として最適な人材を選定でき、計画的に育成できます。
親族内継承の場合、長期に渡って経営者として必要な教育を施し、経営ノウハウを養えます。一方社内継承では、適切な従業員を候補者として、事業の継続性と経営の質を確保しやすくなります。またM&Aでは第三者からも後継者を選べるため、より広範囲で優秀な人材を見つけられる可能性があります。
4.手続きが簡略化しやすい
事業継承は、事業譲渡に比べ、手続きが簡潔です。
資産や許認可をそのまま引き継ぐため、取引先との契約や従業員の雇用契約を個別に更新する必要がありません。この点は、事業継承が実行しやすいとされる理由の一つです。
5.税制優遇を活用できる
事業承継税制を利用することで、相続税や贈与税の負担を軽減できます。
親族内承継に限らず利用できるため、後継者の負担を抑えながら、円滑な承継を進められます。
事業継承の注意点
事業継承を行う際の注意点として、主に以下の4点が挙げられます。
- 後継者や承継先確保が難しい
- 経営権の集中が難しい
- 負債も引き継がれる
- 会社存続が確実ではない
以下より注意点について1つずつ詳しく解説します。
1.後継者や継承先確保が難しい
中小企業では経営者の影響力が大きいため、後継者の選定は重要な課題の一つです。
しかし、日本では後継者不足が深刻化しており、親族に適切な後継者がいないケースが多くあります。また、後継者候補が事業を引き継ぐ意思を持たない場合もあるため、後継者の意思確認も慎重に行う必要があります。
2.経営権の集中が難しい
事業継承では、株式の分散が原因で経営権の集中が難しくなることが注意点の一つです。
例えば、親族間で資産を公平に分配した結果、株式が分散し後継者が十分な議決権を確保できなくなるケースがあります。後継者が意思決定権を行使できず、重要な経営判断が滞り、経営の不安定化につながる可能性があります。
こうした問題を防ぐためには、生前贈与や遺言を活用して、株式配分を事前に明確にしておくことが重要です。
3.負債も引き継がれる
事業継承では、会社の資産だけでなく負債も含めて引き継ぐ必要があります。負債額が大きすぎる場合には、後継者や買い手が引き受けを拒否するケースも考えられます。
このようなリスクを軽減するためには、負債の金額や内容を正確に把握し、事前に経営改善や債務整理を進めておくことが重要です。
4.会社存続が確実ではない
事業継承は、会社の存続が必ずしも約束されるわけではありません。
例えば、後継者が従来の経営方針を変更した結果、事業が軌道に乗らなくなるケースがあります。また、市場環境や社会情勢の変化によって、事業そのものが成立しなくなるリスクも考えられます。
継承後の安定的な事業運営には、慎重な計画と対応が必要です。
事業譲渡のメリットと注意点
事業譲渡は、法人格を維持したまま一部の事業を切り離せる重要な手続きです。
事業継承と事業譲渡、自社ではどちらにメリットがあるか比較しながら、事業譲渡の注意点についても把握しておきましょう。
事業譲渡のメリット
事業譲渡のメリットとして、主に以下の5点が挙げられます。
- 特定の事業を選択して譲渡できる
- 会社の存続が可能
- 売却益を得られる
- 譲渡先を見つけやすい
- 買い手側の節税効果
以下よりそれぞれのメリットについて詳しく解説します。
1.特定の事業を選択して譲渡できる
事業譲渡は、譲渡範囲を自由に決められるため、採算性の高い事業に集中できます。
不採算事業を譲渡することによって、経営資源を効率的に再配置できます。一方買い手にとっても必要な事業のみを引き継げるため、売り手と買い手両者にとって利点です。
2.会社の存続が可能
事業譲渡は株式移転が伴わないため、会社の法人格や資本構造は変わりません。
必要な事業や人材を残しながら、会社自体を存続できる点が魅力です。譲渡後に全事業を手放した場合でも、法人格は維持されます。会社の歴史や社名を残したい場合にも適しています。
3.売却益を得られる
事業譲渡で得られた売却益は、会社の資金として幅広く活用できます。
新規事業の資金調達や既存負債の返済、経営基盤の強化などに充てられ、会社の再建や成長に役立ちます。
4.譲渡先を見つけやすい
事業譲渡では負債を譲渡事業と切り離せます。赤字経営や不採算事業を抱えていても、譲渡先を見つけやすいのが特徴です。
事業承継で後継者を見つけにくい場合でも、事業譲渡を活用すればスムーズな取引が実現します。
5.買い手側の節税効果
買い手企業には、節税効果を得られるメリットもあります。
譲受時に発生する「のれん相当額」を一定期間にわたって損金計上することで節税が可能です。そのため譲渡価格が高額であっても、長期的にコストを吸収できる可能性があります。
事業譲渡の注意点
事業譲渡を行う際の注意点として、主に以下の3点が挙げられます。
- 手続きに時間と手間がかかる
- 競業避止義務の制約
- 売却益に法人税が課される
以下より注意点について1つずつ詳しく解説します。
1.手続きに時間と手間がかかる
事業譲渡は、事業継承に比べて手続きが煩雑です。
譲渡対象になる事業に関わる契約や権利義務について、すべて個別に相手先の同意を得なければなりません。関係先が多いほど手続きが煩雑で、株主総会や取締役会での承認も必要です。
また、譲渡範囲に債務が含まれる場合には、債権者の同意が得られないと事業譲渡を進められません。
2.競業避止義務の制約
事業譲渡を行うと、一般的に売り手企業には「競業避止義務」が課されます。
「競業避止義務」とは、売り手企業が譲渡後に同じ地域で類似事業を一定期間行わないことを義務付けるものです。買い手企業が不利益を被ることを防ぐために設けられています。期間は原則20年間とされていますが、双方の交渉次第で30年まで延長可能です。
譲渡後に新たな事業を展開する場合には、譲渡した事業と関連性の低い分野を選びましょう。
3.売却益に税が課される
事業譲渡には法人税と消費税が課税される点にも注意が必要です。
株式譲渡の場合の税率は約20.315%であるのに比べ、法人税の実効税率は30%前後と高い負担になります。対策としては、赤字決算や青色繰越欠損金を譲渡益と相殺したり、役員退職金を損金計上したりすることです。これにより節税を図ることができます。
事業継承と事業継承は慎重に選択しよう
事業継承と事業譲渡の違い、それぞれのメリットと注意点について解説しました。事業を引き継ぐ方法には様々な方法がありますが、各会社の状況により正解となる選択は異なります。それぞれのメリットと注意点を顧みて慎重に判断をする必要があります。
また、第三者からの意見が必要な場合は、専門家に依頼するという選択肢も視野にいれると良いでしょう。