医療法人化とは、医療法に定められた手続きによって、病院の事業主を「個人」から「法人」へと変更することを言います。医療法人化には手続きの煩雑さなどのデメリットもありますが、節税や病院以外の施設が開設できるようになるなど、経営面でのメリットが豊富です。この記事では、医療法人化の基礎知識や、メリットとデメリット、具体的な手続き方法について詳しく解説します。
目次
医療法人化とは
医療法人化とは、開業医として個人病院や診療所を経営している医療機関が、個人から法人になるため、法人化する手続きを指します。医療法人になることで、個人経営だった医院やクリニックは、法人化前よりも経営の安定性や法的なメリットを受けられる点が強みです。
医療法人の定義
医療法人とは、地域社会に医療サービスを提供することを目的とした法人を言います。医師が個人でクリニックを経営するのとは異なり、組織としての構造を持つため、経営面での安定性が生まれるでしょう。
また、医療法人化の際には、医療法の規定に基づいた手続きが必要であり、人の命にかかわる内容のため、非営利性が重視される点が特徴です。医療は積極的な利益を求めるものではなく、あくまで株式会社のような営利法人と区別して考えられています。非営利性を重視するということで、余剰金の配当も法律によって禁止されています。
参考:医療法人の団体です ~一般社団法人 日本医療法人協会~
医療法人と個人病院の違い
医療法人と個人病院の最も大きな違いは「事業を行う人格」についてです。
医療法人の事業主は法人格を有し、複数の医師が共同で経営できる体制が強みです。法人格であれば資金調達も容易になり、医療サービスの幅を広げられます。また、法人化することで個人と法人の財産が分けられるようになり、医療法人から、個人である自分に対して給与が支払われることにもなります。
一方、個人病院は開業医自身が経営全般を担うため、患者との契約や報酬のやり取りはすべて医師個人が行います。つまり意思決定やその反映が迅速になりますが、一方で資金調達や人材確保に制約が生じやすいといったデメリットもあります。
参考:医療法人化とは?メリット・デメリット・検討すべき開業医ケース5つ
関連記事:法人格の種類とは?特徴や取得方法について解説 – 【会社設立】小谷野税理士法人(東京都渋谷区)
医療法人の種類
医療法人には大きく分けて、社団法人と財団法人の二種類があります。医療法人化を検討する際は、自身のクリニックの経営方針や目標に合った形態を選ぶことが重要です。
社団医療法人
社団医療法人は、「人の集まり」が基盤となっています。医療業務を行う目的を持った個人が集まって設立する法人形態です。
ちなみに現存する特定医療法人や多くの民間病院などの運営形態は、ほとんどが社団医療法人です。株式会社と同じように、基金を拠出する「社員総会」や「理事会」「監事」といった組織によって成り立っています。
社団法人には複数の構成員がいるため、意思決定が民主的に行われやすく、経営の透明性を高く保てる点もメリットとされています。医療法人で言われる構成員や社員は、理事が兼ねることも可能です。
参考:医療法人社団と医療法人財団の違いとは?どちらで設立するべきかを解説 – 税理士法人 池上会計
財団医療法人
財団医療法人は、個人や団体からの寄付を基盤にして設立される法人形態です。つまり「財産の集まり」が基盤となっている医療法人のことで、誰かからの寄付と、寄付された財産を管理・運営・監視することが求められます。
また、財団医療法人は税金面からさらに「社会医療法人」「特定医療法人」「その他医療法人」の3種類に分類される点も特徴です。
社会医療法人は都道府県知事の、特定医療法人は国税庁長官の認定が求められます。その他の医療法人は通常の財団医療法人の多くが当てはまっており、特別な認定がない分、税制上の優遇措置は存在しません。
財産の安定性がメリットとして挙げられる一方で、莫大な財産的裏付けが必要であることから、財団医療法人として経営されている病院は少ない点が挙げられます。
参考:財団医療法人で経営する病院について | 介護・医療・福祉のM&AならCBパートナーズ
関連記事:医療法人の社団と財団とは?選び方や組織の違いなどについて解説 – 【会社設立】小谷野税理士法人(東京都渋谷区)
医療法人化するメリット
クリニックの開業医や経営者にとって、医療法人化は多くのメリットがあります。経営の安定性と将来性を考えた場合、医療法人化のメリットは以下の通りです。
節税効果が高い
個人事業としての医療業務では、累進課税制度により所得税が課され、所得が増えるにつれて税率も高くなります。しかし、医療法人になると法人税を納付することになるため、税率は一律です。結果として、高所得者層にとって大幅な節税効果が期待できます。特に収益性の高いクリニックにおいては、大きな財務改善が見込まれるでしょう。
複数事業所の経営が可能
医療法人化すると、複数のクリニックや診療所を設立・運営することが可能です。個人事業主としては一つの診療所しか経営できませんが、法人組織にすることで制限を解消できます。
事業の拡大や地域医療の拡充、経営リスクの分散も手軽になり、経営面でのメリットが増えるでしょう。また、複数の事業所を連携させて、医療提供を効率化させたり、共通の経営資源を有効活用させることも可能です。
社会的信用の向上
法人化することで、クリニックの社会的信用が向上します。法人としての組織は一般的に個人事業よりも信頼性が高く評価されるため、金融機関からの融資が受けやすくなると同時に、患者からの信頼も強まります。
クリニックの集患力が増していけば、経営面での安定性も高まるでしょう。また、働くスタッフにとっても、法人化は安定した雇用環境に繋がるため、提供する医療サービスの向上が期待できます。
退職金を受け取れる
医療法人にすることで、経営者に対する退職金制度の整備が可能となります。個人事業主では、自身への退職金制度も存在せず、将来の経済的安定が不十分です。しかし、法人化によって退職金規定を適切に設けることで、経営者も安心して将来に備えられます。
事業承継・相続対策ができる
医療法人化は事業承継や相続対策においても有効です。事業内容に関係なく、個人事業主が亡くなると事業は一旦終了することが一般的ですが、法人であれば事業は継続できます。つまり、突然のイレギュラーで事業が中断するリスクを回避できるため、長期的な経営の安定が図れるでしょう。
さらに、複雑な手続きや高額な相続税を回避することが可能となり、経営資産を保つ効果も期待できます。医療法人の財産は国や地方自治体、その他の医療法人に属するため、出資持分なしの場合は相続税の負担がありません。
関連記事:医療法人化のメリット・デメリットと、適したタイミングを解説 – 【会社設立】小谷野税理士法人(東京都渋谷区)
医療法人化のデメリット
医療法人化はクリニックの経営に多くのメリットをもたらす一方で、設立や運営にかかる費用や手続きの煩雑さというデメリットも存在します。
医療法人化までの手続きが煩雑
後述しますが、医療法人化の手続きは煩雑です。まず、都道府県に対して申請を行い、承認を受ける必要があります。この時点で事業計画書、定款の作成、役員の選任など、多くの必要書類の準備と提出が必要です。
法人化手続きを効率的に進めるためには、法務や会計の専門知識が求められます。経営者自身で行うのが難しい場合は、会計事務所や税理士法人など専門家のサポートも視野に入れましょう。
医療法人化後の事務手続きも煩雑
医療法人化後は、事務手続きも増加します。法人税の申告、各種社会保険の手続き、年次総会の開催などが必要です。決められた手続きをおろそかにすると、法的ペナルティや罰金が科せられるリスクがあります。
さらに、事務スタッフの増員や外部の専門家への委託が必要な場面も多くなるため、結果として運営コストが増加します。
社会保険の加入が必要になる
医療法人化すると、従業員に健康保険や厚生年金保険といった社会保険の加入が義務付けられます。従業員にとって社会保険の加入は大きなメリットである一方、経営者にとっては保険料の半額を事業主が負担する必要があるため、経営負担の増加がデメリットです。
特に従業員数が多ければ、その分クリニックの経営コストが増加し、利益を圧迫する可能性があります。
医療法人化の主な要件
医療法人化のためには、いくつかの必要な要件があります。手順を事前にチェックしておくことで、法人化途中での法的リスクやトラブルの発生を回避できるでしょう。特に開業直後に医療法人を設立しようとすると、審査で落とされる可能性もあるため注意が必要です。ここでは、最も数の多い社団医療法人の要件を解説していきます。
人的要件
医療法人の設立には、以下の表でまとめた人的要件が必要です。
社員 | 3名以上 |
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理事 | 3名以上 |
監事 | 1人以上 |
また、1人医師法人の場合には、都道府県知事の認可も必要です。これらの人的要件をクリアすることで、医療法人化への第一歩を踏み出せます。
資産要件
医療法人の設立には、資産面の条件も満たす必要があります。以下に主要な資産要件を表にまとめました。
一定額の資本金 | 数百万円~数千万円が相場(地域によって異なる) |
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十分な運営資金 | 少なくとも2ヶ月分の資金(クリニックの規模や提供サービスによって異なる) |
施設・設備 | 建物や最新の医療機器など |
上記の資産要件をクリアすることで、医療法人としての基盤が築かれ、安定的な経営が可能であると判断されやすくなります。
医療法人化の手続き
個人経営のクリニックが法人格を取得し、経営の透明性や安定性を高めるための「医療法人化」の手続きについて具体的に見ていきましょう。
「医療法人設立の手引き」の入手
まず、医療法人設立を考えているクリニックの開業医や経営者は、当該地域の保健所または地方自治体のウェブサイトから「医療法人設立の手引き」を入手してください。手引きには、法人設立に必要な書類や手続きが詳細に記載されています。
あらかじめ手順や必要書類に関する具体的な情報を得ることで、後々の修正や追加対応を避け、スムーズに医療法人を設立できるようになります。
社員・理事・監事の決定
医療法人設立の際には、前述の通り社員、理事、監事といった役職の決定が必要です。社員は法人の構成員としての役割を果たし、理事は業務執行者として日々の運営を担当します。
一方、監事は法人の業務と財務の監査を行い、公正性と透明性を確保するのが役目です。すべての役職には信頼できる適切な人材を選定し、業務のスムーズな進行を確保することが法人化成功のポイントになります。
定款等の作成
定款は法人名、事業目的、所在地、役員構成などを規定する基本規則を明記する重要文書です。定款は法人設立の核となる文書ですから、慎重に作成する必要があります。
内容は法人化する事業の名称や目的・事業内容、資産や社員などです。つまり法人設立後の業務運営における指針となり、法的にも重要な役割を果たします。
正確な内容にするためには、法律の知識や実績を持った専門家に助言を求めると良いでしょう。
設立総会の開催
医療法人を設立するためには、3名以上の設立者で集まって行う「設立総会」が必要です。
まず定款の承認を行い、次に役員の選任を実施します。定款も役員の選任も、法人の運営に直結するため慎重に行ってください。また、総会議事録は法人設立の手続きに必要な書類のため、正確かつ詳細に記録します。
設立総会を円滑に進行させるために、事前に議題や進行手順を計画しておくと良いでしょう。設立総会を開催する際は、社員全員の出席が必要です。
設立認可申請書の作成、提出(仮申請)
設立総会の決議を受けて、設立認可申請書を作成し、仮申請を行います。申請書は地方自治体や保健所に提出する多くの書類と共に準備する必要があります。各書類の内容を正確に把握し、漏れなく記載することが必要です。
特に、設立認可申請書の記載内容には厳しい審査があり、誤りや不足がないように注意しなければなりません。
設立認可申請書の審査・補正指示
設立認可申請書類が提出されると、詳細な審査が行われます。審査過程では、不足書類の指摘や訂正指示が出されることが一般的です。例えば、財務状況の詳細な説明や医療法人化に伴う具体的な運営計画の説明を求められるケースもあります。
スムーズな法人設立のためには、審査中に受けた指摘に迅速かつ正確に対応することが重要です。事前に十分な準備と不備のない書類作成をしておきましょう。
本申請書類の提出
仮審査をクリアした後で、正式な設立認可申請書を提出します。提出前にすべての書類が完璧に整っていることを確認し、不備がないかを再度チェックしてください。
設立認可申請書には、医療法人化に必要な書類とともに、詳細な計画書も求められます。手続きがスムーズに進むよう、事前準備と詳細な確認を怠らないようにしましょう。
設立認可書の交付
設立認可申請書が正式に受理された後、詳細な審査が行われ、設立認可書の交付が行われます。医療法人として正式に認可されるのは、設立認可書が交付されたタイミングです。
設立認可書は法人の法的な証明となる重要書類ですから厳重に管理しましょう。
開設・廃止届
医療法人化に伴い、クリニックの経営形態が変わることで、さまざまな手続きが必要になります。
まず保健所への開設届・廃止届の提出が必要です。開設届を提出することで、医療法人としての正式な活動を始められるようになり、必要な法的手続きをクリアできます。
廃止届は法人の活動を終える場合に必要な書類で、法人活動終了の際には速やかに提出することが求められます。
保険医療機関指定申請
保険医療機関指定申請を行うことで、保険医療機関として認められ保険診療を行うことが可能になります。
申請には、医療法人の基本情報や診療所の詳細情報が必要です。医療法人の定款や法人登記、診療所の配置図、医師やスタッフの資格証明書などを含む書類を準備してください。
申請書類の不備や遅れは、保険医療機関指定を遅らせる可能性があり、その期間中は保健診療での医療行為が行えなくなってしまいます。しっかりと計画を立て、必要な書類を整えて提出しましょう。
医療法人化のタイミング
医療法人化のタイミングに迷う方もいるでしょう。ベストなタイミングを見計らって医療法人化を行うことで、税務上の優遇措置や資産管理の効率化といったメリットを活かせます。
以下より医療法人化をするタイミングや条件について見ていきましょう。
年間事業所得が1,800万円を超えている
年間事業所得が1,800万円以上になると、個人事業としての所得税負担が大きくなるため、医療法人化を検討した方が良いでしょう。
医療法人化で法人税の適用が可能になり、税負担を軽減させられます。
社会保険診療報酬が5,000万円を超えている
社会保険診療報酬が5,000万円を超えている場合も、法人化がおすすめです。特に、収入源が社会保険診療報酬である場合、法人格で得られる社会的信用がメリットになります。
さらに、医療法人化により職員の福利厚生制度も充実するため、人材確保もしやすくなるでしょう。例えば、社会保険適用によって従業員のモチベーションも向上し、優秀な人材が定着がしやすくなります。
開業して7年目を迎える
一般的に、個人が開業してから7年目を迎えるクリニックは、経営が安定する傾向が多いです。このタイミングで医療法人化をすることで、法人としての基盤を強化し、将来の事業成長に対応する準備が整います。
また、医療機器の導入は償却期間が6年までと定められています。つまり開業当初から導入していた医療機器は、7年目からは減価償却費を計上できなくなるため、節税効果の大きな法人化を検討するのがおすすめです。
事業拡大を検討している
個人医院が事業拡大を検討している場合、医療法人化により、複数のクリニック運営や新しい診療科を追加できます。個人事業主の場合は拡大できる施設数が1ヵ所と決められていますが、法人なら分院が可能とされているため、施設を増やして事業拡大が可能です。
優秀な管理職や専門職の採用も促進されるため、組織としての効率化が図れるでしょう。
事業承継を検討している
事業承継の手間と節税を重視するなら、医療法人化を検討するのがおすすめです。個人事業主としての事業承継では多額の相続税がかかりますが、出資持分なしの場合は医療法人なら相続税はかかりません。
また、個人事業では、開業医の引退や急な病気による事業の停止リスクが存在しますが、法人化を済ませておけば他の人員への継承が容易になります。
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医療法人化のまとめ
医療法人化は、クリニックを個人経営から法人経営に切り替える手続きです。クリニックの開業医や経営者にとって、医療法人化は税金対策や継承問題の解決にメリットがあります。一方で、手続きが複雑であり、初期コストや運営コストが増加するなどのデメリットがある点にも注意が必要です。