課税事業者になりそうな個人事業主は、法人成りによって免税期間を延長できる節税スキームがあります。しかし、インボイス登録者にとってこのスキームは使いづらくなりました。そんな中、インボイス登録者でも「2割特例と法人成りの組み合わせ」で税負担を抑えられる場合があります。この記事では、2割特例を活用した法人化について解説します。
目次
インボイスで「法人成り→免税期間を延長」が難しくなった
インボイス制度の導入により、従来の「法人成りを利用して消費税を節税する」という定番パターンが機能しにくくなりました。
インボイス制度開始前の「法人成り節税パターン」とは?
まず、課税事業者とは、消費税の納税義務がある事業者を指します。インボイス登録者も課税事業者です。一方、免税事業者とは、消費税の納税義務がない事業者です。
消費税の納税義務は、前々事業年度の課税売上高が1,000万円を超えると発生します。つまり「前々事業年度」が存在しない法人化直後の2年間は、基本的に免税事業者です。
参考:納税義務の免除|国税庁
上記のルールに基づき、法人化を利用して税負担を回避するケースが多くありました。具体的には、以下のようなステップを踏みます。
- 個人事業の売上が1,000万円を超えたので、2年後に課税事業者になってしまう
- 課税事業者になる直前に法人化し、新設法人として再び2年間の免税を得る
- 個人→法人の免税期間を両方活かす
【インボイス制度が開始前までの定番パターン・イメージ】
課税売上高 (個人) | 課税売上高 (法人) | 消費税 | |
個人開業1年目 | 1,200万円 | ― | 免税 |
個人開業2年目 | 1,200万円 | ― | 免税 |
法人設立1年目 | ― | 1,200万円 | 免税 |
法人設立2年目 | ― | 1,200万円 | 免税 |
法人設立3年目 | ― | 1,200万円 | 課税 |
法人成りで免税期間を延長する定番パターンについて、詳しくは下記の記事もご確認ください。
関連記事:法人成りで消費税を最長2年間免除に!免除の条件とインボイス制度による影響を徹底解説
インボイス制度で状況が変わったのはなぜ?
現在も上記の定番パターンは有効ですが、インボイス制度の開始により、免税期間を延長しづらくなりました。多くの課税事業者は「インボイス登録されていない免税事業者」との取引を避ける傾向があるからです。
インボイス制度の改正で変わった状況は以下の通りです。
- 課税事業者の場合、取引相手が免税事業者だと原則として消費税の仕入税額控除を受けられない
- 仕入税額控除を受けるため、取引相手に「インボイス登録してほしい」と要求するケースが増えた
- 結果として、免税事業者は取引条件が不利になり、免税期間に関係なくインボイス登録せざるを得ないケースが増えた
つまり、インボイス登録せざるを得ない場合、「法人設立後2年間は免税」という従来の戦略ができなくなりました。
【インボイス制度によって崩れた定番パターン・イメージ】
課税売上高 (個人) | 課税売上高 (法人) | 消費税 | |
個人開業1年目 | 1,200万円 | ― | 免税 |
個人開業2年目 (期首に個人のインボイス登録) | 1,200万円 | ― | 課税 |
法人設立1年目 (期首に法人のインボイス登録) | ― | 1,200万円 | 課税 |
法人設立2年目 | ― | 1,200万円 | 課税 |
法人設立3年目 | ― | 1,200万円 | 課税 |
ただし、インボイス制度と同時に始まった「2割特例」の制度を利用すれば、法人化で節税できる可能性があります。
2割特例を使えば法人成りによる消費税節税ができる場合も
従来の免税定番パターンは使いづらくなりましたが、消費税を節約する可能性はまだあります。それは、「2割特例」を使う方法です。
「2割特例」とは小規模事業者対象の消費税軽減措置
「2割特例」とは、「売上時に預かった消費税のうち2割だけを納税すればOK」という制度です。多くの場合、資金繰りの改善につながります。課税事業者にならざるを得なくなった小規模事業者の税負担を軽くするため、期間限定の救済措置として制度化されました。
通常、つまり「一般課税」の納税額は以下の計算式で決まります。
一般課税の納税額= 売上時に預かった消費税額 − 仕入れや経費で支払った消費税額(仕入税額控除)
※仕入税額控除の対象は「課税仕入れ」にかかる消費税のみ(免税事業者からの仕入れなどには控除が適用されない)
一方、2割特例では、仕入税額控除の計算は不要です。単純に「売上時に預かった消費税額」の2割だけを納めるというシンプルな仕組みです。
2割特例の納税額= 売上時に預かった消費税額 × 20%
例えば売上1,100万円(うち消費税100万円)、仕入れ・経費550万円(うち消費税50万円)の場合、納税額は以下の通りです。
一般課税の納税額 | 売上時に預かった消費税額100万円 − 仕入れの消費税額50万円 = 50万円 |
2割特例の納税額 | 売上時に預かった消費税額100万円 × 20% = 20万円 |
このように、2割特例を選択した方が納税額が低くなるケースがあります。
2割特例には、いくつか適用条件があります。代表的なものは以下の通りです。
- 2026年9月30日までの日が含まれる事業年度までしか適用できない(例えば3月決算なら、2027年3月31日まで適用可能)
- 前々事業年度の課税売上高が1,000万円以下の事業者
- 資本金が1,000万円未満の新設法人
つまり、「インボイス制度開始前なら免税であった事業者」が対象です。
他の適用条件について詳しくは下記の国税庁のホームページをご確認ください。
参考:2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)の概要|国税庁
また、2割特例については下記の記事も併せてご確認ください。
関連記事:課税事業者必読!インボイス制度の2割特例をわかりやすく解説
関連記事:【税理士監修】インボイス制度の負担軽減措置「2割特例」とは?要件や計算方法、適用期間を解説!
2割特例が有効な期間内に法人成りすれば税負担を抑えられる場合も
インボイス登録済みで、課税売上高が1,000万円を超えた個人事業主は要チェックです。個人として2割特例が適用できなくなる直前に法人成りすれば、法人として再び2割特例が使えます(2026年9月30日が含まれる事業年度まで)。
インボイス登録のため免税期間は得られませんが、2割特例を使えば節税できるケースがあります。個人と法人を合わせれば、課税売上高が1,000万円超でも最大4年間は消費税の納税額を抑えられる可能性があります。
インボイス登録をしている個人事業主のイメージを見てみましょう。
【個人事業主を続けた場合のイメージ(開業と同時にインボイス登録)】
課税売上高 | 2割特例 | |
開業1年目 | 1,200万円 | ○ |
開業2年目 | 1,200万円 | ○ |
開業3年目 | 1,200万円 | × |
開業4年目 | 1,200万円 | × |
開業5年目 | 1,200万円 | × |
課税売上高が毎年1,000万円を超えている個人だと、2割特例が使えるのは2年間のみです。
【個人事業主から法人成りした場合のイメージ(個人も法人もインボイス登録)】
課税売上高 (個人) | 課税売上高 (法人) | 2割特例 | |
個人開業1年目 (期首に個人のインボイスを登録) | 1,200万円 | ー | ○ |
個人開業2年目 | 1,200万円 | ー | ○ |
法人設立1年目 (期首に法人のインボイスを登録) | ー | 1,200万円 | ○ |
法人設立2年目 | ー | 1,200万円 | ○ |
法人設立3年目 | ー | 1,200万円 | × |
課税売上高が毎年1,000万円を超えていますが、途中で法人成りしているため、4年間2割特例を使えます。
ただし、仕入れの額や業種によっては、一般課税や簡易課税の方が納税額が低くなる場合もあります。どの方法が最も得になるかは、税理士などとシミュレーションして見極めましょう。
簡易課税について詳しくは下記の記事をご確認ください。
関連記事:【税理士監修】簡易課税とは?メリット・注意点や計算方法を解説
関連記事:簡易課税制度とは?消費税の計算方法やメリット・デメリットまとめ
2割特例を適用する法人成りのタイミングは税理士に相談を
この記事では、2割特例を活用した法人成りで消費税を節税できる場合について解説しました。ただし、法人設立には費用や手続きの負担が伴います。加えて、法人運営では、税務申告・社会保険の加入など、多くの実務が発生します。
関連記事:法人成りの手続きに必要な5ステップについて詳しく解説
関連記事:会社設立費用の相場は?会社設立時の注意点も解説
さらに、2割特例は2026年までであるため、適用期間や今後の税制改正の影響も考慮する必要があります。「法人設立の努力に見合った節税になるか?」といった費用対効果を含めて、総合的に判断しましょう。
以下の点についてお悩みの方は、ぜひ税理士にご相談ください。
- 法人成りを考えているが、最適なタイミングが分からない
- 2割特例・一般課税・簡易課税のどれを選ぶのが得なのかシミュレーションしたい
- 事業の将来性や負担のバランスを重視した節税対策をしたい
税理士は法人設立に関する税務的なアドバイスができます。法人成りのタイミングやメリットのご相談はお任せください。インボイス制度や2割特例を踏まえ、法人成りが本当に得なのか、総合的に判断するサポートをいたします。
インボイス登録者の2割特例や法人成りに関するお困りごとやご相談は、ぜひ「小谷野税理士法人」までお気軽にお問い合わせください。