はじめに
スタートアップ企業の株式価値評価にあたっては、将来の期待とリスクを価値にどの様に織り込むかという点が重要となります。
この点、スタートアップ企業の株式価値評価に関しては、2023年3月16日に日本公認会計士協会から経営研究調査会研究報告第70号「スタートアップ企業の価値評価実務」が公表されています。
今回は、当該研究報告を基に、スタートアップ企業の株式価値評価について解説します。
1.スタートアップ企業の株式価値評価の特徴
(1)スタートアップ企業は経営全般で不確実性やリスクが高いため、資金調達面で困難を伴うことが多く、比較的短期間で複数回の資金調達が行われます。
そのため、スタートアップ企業の株式価値評価においては、各資金調達ラウンドにおける株式の発行価格を参考にすることが一般的です。
(2)スタートアップ企業の資金調達手段は、普通株式に加えて、種類株式、新株予約権等様々であり、資本構成が複雑となるケースが多く、株式等の種類ごとに経済的な価値が異なる可能性があります。
その場合、先ず企業価値を算出し、そこから有利子負債等を差し引いて株主価値を算出した後、株式の種類ごとに株主価値の配分を行うことにより株式価値を評価します。
2.スタートアップ企業の株式価値評価方法
(1)インカム・アプローチ
インカム・アプローチは、スタートアップ企業の株式価値評価において最も一般的であり、代表的な評価方法は、ベンチャー・キャピタル・ハードルレート(VCレート)※1を用いたフリー・キャッシュ・フロー法(DCF法)があります。
※1 事業ステージごとのVCの期待収益率。米国公認会計士協会(AICPA)が発行している「AICPA評価ガイダンス」によると、スタートアップ企業におけるVCレートは、シード期50~70%、アーリー期40~60%、レイター期30~50%、IPO直前期20~35%とされています。
(2)マーケット・アプローチ
インカム・アプローチの採用が困難な場合等に採用される評価方法であり、類似上場会社法、類似取引法、評価対象会社の過去の取引事例を参照する取引事例法等があります。
(3)ネットアセット・アプローチ
ネットアセット・アプローチは、他の評価方法が採用できない場合等に採用される評価方法ですが、一般的に、スタートアップ企業の株式価値評価には適合しない評価アプローチとされています。具体的な評価法として、簿価純資産法、時価純資産法、修正簿価純資産法があります。
3.スタートアップ企業の株式価値評価を巡る税務上の留意点
(1)税務上の時価
税務上、あらゆる取引は時価によることが原則です。
また、税務上の時価は、株式の異動態様(取引対象者の属性、株式の取得方法等)により、算定方法が細分化されています。
税務上は将来利益やキャッシュ・フロー予測といった不確定要素は排除され、②の通り、所得税や法人税の基本通達又は財産評価基本通達等の定めに従って算定されます。
一方、取引を実施しようとする相互間で利益が相反する「第三者間取引」では、原則として、税法規定によらずとも問題ありません。
(2)財産評価基本通達の準用
非上場株式の税務上の時価について、所得税基本通達23~35共-9、法人税基本通達9-1-13では、直前に売買実例等が無い場合は「純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」によるとされています。
更に、この「純資産価額等」の算定に当たっては、課税上弊害が無い限り、財産評価基本通達を準用することが認められています(所得税基本通達59-6、法人税基本通達9-1-14)。
おわりに
スタートアップ企業は、株式価値評価の際の基準が確立されていない一方、その算定結果は、資金調達やM&Aの取引条件、あるいは税負担額に直接影響を及ぼすため、各算定手法への理解と慎重な検討が求められます。
(担当:中路)