役員借入金の死亡時はどうなる?相続税の扱いと対策をわかりやすく解説
役員借入金が残ったまま会社オーナーが亡くなった場合、その貸付金は相続税の評価でどのように扱われるのでしょうか。死亡時点の評価方法や相続人の負担、そして生前の整理の必要性など、判断を誤ると大きなリスクに繋がる場面も少なくありません。本記事では、役員借入金の死亡時評価の基本、起こりやすいリスク、事前に取れる対策について解説します。役員借入金の相続で不安がある方は、ぜひ最後までご覧ください。
目次
役員借入金が死亡時にどう扱われるか

「役員借入金」とは、社長や役員が会社の運転資金・設備投資・一時的な資金不足の補填などのために、個人の資金を会社へ貸し付けたものを指します。形式としては、個人(役員)から会社への明確な貸付であり、税務上も会社の貸借対照表に負債として計上されます。
会社から見ると返済すべき「借入金」ですが、貸した側の役員から見ると「会社に対する債権」であるため、役員が死亡すると、この債権はそのまま相続財産として相続人に承継されます。
法律上、債権は死亡によって消滅せず、民法896条の規定により、死亡時点の権利義務が相続人に包括的に引き継がれるため、会社が返済していない役員借入金の残高がある場合は、預金や不動産と同じ「相続財産」として扱われ、相続税の計算に組み込まれます。
相続人がその存在を十分に認識していなくても、決算書や台帳に記録されている限り法的には債権が残っており、相続手続きの対象から外れることはありません。
死亡時の役員借入金は相続税でどう評価されるのか

役員借入金は、相続財産の中でも特に評価方法に注意が必要な項目です。一般の資産とは異なる扱いを受けるため、その評価の考え方を事前に理解しておきましょう。
役員借入金は原則として「額面どおり」に評価される
死亡時の役員借入金は、帳簿に残る残高がそのまま額面で評価されるのが原則です。
会社の赤字、資金繰りの悪化、債務超過といった経営状況は「返済不能」とはみなされず、評価額に反映されません。これは、事業が継続している限り、将来的に返済できる可能性が残っていると考えられるためです。
これにより、実際には返済が難しい状態であっても、客観的に回収不能と認められる事情がない限り額面評価が維持され、「返済されないのに相続税だけは満額」という状況が生じやすい点には注意しましょう。
回収不能と認められる条件は厳しく減額は容易ではない
役員借入金の評価を額面から減額できるのは、相続税法基本通達205が定める破産手続・再生手続の開始など「回収不能または著しく困難」と客観的に認められる場合に限られます。
しかし、これらの基準は非常にハードルが高く、単なる業績悪化や資金繰り難だけでは該当しません。
営業停止や資金繰り悪化が長期にわたるなど複数の要素が重なり、返済可能性が完全に否定されると判断できる資料が揃ってはじめて価値の減額が認められますが、実務では該当案件は極めて少ないのが実情です。
死亡後に生じやすい役員借入金の問題点

役員が亡くなった後は、役員借入金の扱いをめぐって相続人にさまざまな負担やトラブルが生じる場合があります。役員の死亡後によく起こる問題点について解説します。
貸付金が回収できないまま相続税の納付が先に必要になる
役員借入金は、役員の死亡時点の残高がそのまま相続税の課税対象になるため、相続人は早い段階で納税資金を準備する必要がありますが、会社側がすぐに返済できるとは限りません。
資金繰りが苦しい会社では返済まで時間がかかるケースも多く、実際の入金がないまま納税期限を迎えてしまう状況が生じます。このように「貸付金は戻らないのに税金だけ支払う必要がある」点が遺族にとって大きな負担となります。
死亡後に評価を下げようとしても認められにくい
前述したように、会社の業績が悪化していたり、債務超過に陥っていたりしても、それだけで役員借入金の評価が下がるわけではありません。
相続税で貸付金の価値を評価する際には、「返済の可能性が明確に否定できるか」が基準となるため、死亡後に説明しても評価が下がらないまま扱われるケースが多いのが実情です。
会社が赤字でも営業を続けている限り「将来的には返済できる可能性が残る」と判断されるため、生前に整理していない場合は、死亡後に評価減を求めても認められにくく、対応が難しくなります。
清算や手続きによる価値の調整が死亡後では間に合わない
会社を解散または清算すれば貸付金の価値を抑えられる場合がありますが、これらの手続きには時間・書類・債権者対応など多くの準備が必要です。相続開始後に急いで着手しても、評価額に反映されるタイミングまでに間に合わないケースがほとんどです。
そのため、役員借入金の整理を清算等で行う場合は、死亡後ではなく生前のうちに計画的に進めておくのが重要です。
死亡前に行う役員借入金の具体的な対策
役員借入金は、死亡後に相続財産として扱われるため、生前のうちにどのように整理しておくかが相続税の負担に大きく影響します。役員の生前に検討できる主な整理方法について解説します。
役員報酬を調整しながら返済を進める
まずは、会社に無理のない範囲で返済原資をつくるのが大切です。役員報酬を抑え、その分を役員借入金の返済に回していけば、時間はかかっても貸付残高を着実に減らせます。死亡時の時点で残高が小さくなっていれば、そのまま相続税の評価額も抑えられます。
会社に一定の支払能力があるなら、仕組みがシンプルで税務リスクも比較的少ない、基本かつ安全な対策と言えるでしょう。
役員借入金の権利を贈与で移転する
貸付金そのものを家族に移しておきたい場合は、役員が生前にその権利を贈与する方法があります。ただし、名義だけを家族名に変えても「本当に贈与した」とは見なされず、贈与契約書の作成や実際の資金移動など、形と中身の両方を整える必要があります。
また、贈与額が大きくなると贈与税の負担も生じるため、何年かに分けるのか、一度にどこまで贈与するのかといった設計も重要です。税務の取り扱いが複雑になりやすいので、専門家に試算や手続きのサポートを受けながら進めるのが安心でしょう。
債務免除やDESを使って整理する
役員借入金を一度に圧縮したい場合には、役員が返済請求権を放棄する「債務免除」や、借入金を資本金へ振り替える「DES(デット・エクイティ・スワップ)」といった方法も選択肢に含まれます。
「債務免除」を行うと会社の負債は減少しますが、会社側では債務免除益が計上されるため、繰越欠損金との関係次第では法人税負担が生じます。
「DES」は、借入金を株主資本に振り替えることで自己資本比率を高め、債務超過の解消や財務体質の改善に寄与する一方、純資産の増加を通じて株価に影響を与えます。その結果、株主構成によっては特定の株主だけが利益を受けたと評価され、「みなし贈与」による贈与税が生じる可能性があるでしょう。
こうした点から、債務免除やDESを用いる際には、決算・繰越欠損金の状況、株主構成、将来の事業承継方針などを総合的に踏まえ、事前に十分なシミュレーションと専門家による検証を行ったうえで実行する必要があります。
役員借入金の死亡時に関してよくある質問
役員借入金は相続の場面で誤解されやすく、申告の有無や評価方法、整理手続きの扱いなど、実務で多くの疑問が寄せられる項目です。特に相談の多い質問を以下に取り上げるので、死亡時の役員借入金の取り扱いを判断する際の参考にしてください。
役員借入金の存在は税務署に把握されますか?
役員借入金は会社の貸借対照表に必ず計上される項目であり、税務署も決算書を通じて把握しています。相続税申告で記載が漏れていても、会社側の決算情報との照合により容易に確認されるため、申告漏れはすぐに発見される可能性が高いです。
相続人が内容を把握していなかったとしても、後から指摘を受けるリスクが残るため、生前のうちに、残高・貸付日・返済経緯などの資料を整理し、正確な内容を共有しておきましょう。
役員借入金の内容が古く取引経緯が曖昧な場合はどう扱われますか?
取引履歴が曖昧でも、帳簿に貸付金として残っている限り、相続税では「存在する資産」として額面評価されます。経緯の不明確さは税務署からの指摘に繋がりやすく、実質的には贈与扱いを疑われたり、計上誤りを指摘されたりする可能性が高いでしょう。
特に返済記録が途絶えていたり、契約書が失われている場合は注意が必要です。通帳の動き、返済履歴、当時の経緯を示す資料は、生前から計画的に整理しておくのが重要です。
役員が亡くなる前に貸付金を会社が相殺した場合、相続税はどうなりますか?
生前に実態を伴う相殺が完了していれば、その貸付金は死亡時点で存在しないため相続財産には含まれません。
ただし、帳簿の仕訳だけで実際の支払いや資産の受け渡しが行われていない場合は、税務署に否認される可能性があります。
相殺契約書、資産の移転記録、通帳の入出金など、取引を裏付ける資料を確実に残しておく必要があります。形式だけの処理は最もリスクが高いため、専門家の助言を得ながら実務に沿った相殺を進めましょう。
役員借入金の死亡時対応に不安がある方は専門家に相談を
役員借入金は、死亡時点の残高がそのまま相続財産として評価されるため、返済見込みが乏しい場合でも相続税だけが先に発生し、遺族が納税資金不足に陥るリスクがあります。
評価減が認められる条件も厳しく、死亡後に状況を説明しても減額が通らないケースが多いため、生前の整理や適切な手続きが欠かせません。こうした複雑な判断が求められる場面では、相続税実務に精通した専門家へ相談するのが最も確実です。
小谷野税理士法人は、役員借入金の評価・整理、生前対策、相続発生後の申告まで一貫してサポートしており、多くの中小企業オーナーの相続対策を支援してきた実績があります。役員借入金の扱いに不安がある方は、早めに小谷野税理士法人へご相談ください。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。